それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈actuality point 3-Kindness Piece〉 九話

「コイツらがデミウルゴスだっていうなら、もう質問の意味もねーんじゃねーか? これからどうすんの?」
「口封じ、ってわけにもいかないのよね。そんなことしたら政府も敵に回っちゃうし。メディアとグランツはどう思う?」
「私は放置安定だと思うけど」
「ボクはなんらかの処置が必要かなと。ゲーニッツでも同じことを言うと思うよ」

 意見が割れた。こうなってしまうと少々面倒臭い。

 と思ったが、グランツがメディアの案にアッサリと乗った。手足を縛り、口を塞ぎ、木陰に隠すという形で意見がまとまったのだ。

 再び馬車に戻る。衰弱死なんかしなきゃいいんだが。

「大丈夫よイツキ。これくらい自力で抜け出すわ。それよりも考えなきゃいけないことがあるわ」

 爽やかに笑いながら、フレイアが馬車に乗り込んだ。

 だが、俺には見えていた。馬車へと戻る時の真剣な顔を。

 再び馬車が動き出す。けれどフレイアの顔は真剣なまま窓の外を見つめていた。理由はなんとなくわかっている。デミウルゴスが襲ってくるのではないか、と考えているに違いない。

 結局フレイアは喋らなかった。正確に言えば、途中で寝てしまったのだ。双葉もフレイアも眠ってしまったため、俺は特にすることがなくなった。

 自分の手を見た。

 手に巻かれた包帯はそろそろ限界で、ところどころ黒く煤けてしまっていた。次の町では新しい包帯と小手を両方買わなきゃいけないな。ずっと包帯のままってのはさすがに厨二病が過ぎる。俺だって小手がボロボロじゃなきゃ包帯なんて使わない。

 しかし、なんとなく感覚は掴めてきた。物質に対してその属性への耐性を強化する。最初はどうなるかと思ったが、使い慣れればなんとかなりそうだ。

 目的地まで、俺は自分の戦い方のことだけに没頭できた。拳を振るうだけではダメだ。ある程度力がついたからって、格上の相手には通用しない。格上の相手と戦うには戦うための手段が必要だ。手段というか、技能というか。これはその一つだ。いずれは炎だけじゃなく、雷とか風とかもカッコよく使いたいな、とは思ってる。

 そうやっているうちにロークスに到着した。

 メイクールの何分の一だろうかというくらいには小さい。数時間前までいたナレットよりも小さいだろう。町なのか村なのか微妙なところだ。田畑が周囲に広がっているのを見る限り、農業をメインにしているんだろう。

 馬車に乗ったまま宿屋の前へ。グランツとメディアが肩を貸す、という状態でグランツが運び出された。つまり、まずは使い物にならないゲーニッツを寝かせてしまおうということだ。

「おい、ついたぞ。双葉、フレイア」

 二人の肩を揺すって起こした。

「う、うん……」
「おはよう、お兄ちゃん」
「さすが双葉、寝起きも素晴らしい」
「なんか妙な褒められ方なんだけど……」
「ちゃんと褒めてるから大丈夫だ。メディアたちがゲーニッツを運んでるから手伝ってやってくれ」
「うん、わかった」

 寝起きだというのに颯爽と馬車を降りていく双葉。こういうところは、正直見習いたいなと思う。

「おいフレイア、いつまで寝てるんだよ」
「うん、うん、大丈夫」
「大丈夫ってなんだよ。ほら行くぞ」

 いつまで経っても起きてこないフレイアの腕を掴んだ。

 熱い。温かいとかそういうのじゃない。完全に平熱よりも高い。

「ちょっと失礼」

 前髪を避けて額に手を当てる。

「めちゃくちゃ熱いじゃねーか。三十八度は超えてる。いつから具合が悪いんだ?」
「デミウルゴスの追手を倒したあたり、かな」
「なんで言わないんだよ……とりあえず宿に入ろう。汗も酷いし、まずは水分を補給しないと」

 そう言って、彼女の身体を担ぎ上げた。その時、肩でなにかが光った。よく見ると細い針が突き刺さっていた。

「もしかしてこれのせいか……? とりあえずメディアとグランツに見せた方が良さそうだな」

 針を抜こうかとも思ったが、もし毒が塗られているとしたら俺もこうなってしまう可能性がある。それに毒の分析とかもしなきゃいけないのなら、俺が抜いてどこかにやってしまうのもマズイだろう。

 グランツが取った部屋は二つ。男部屋と女部屋。男部屋にゲーニッツを放置し、女部屋のベッドにフレイアを寝かせた。

「フレイアが高熱を出してる。肩には針が刺さってた。もし毒だった場合は対処が必要だろう」
「よく針を抜かなかったわね」

 メディアがしゃがみこんで針を抜いた。

「いろいろ考えてな。馬車の中で抜くよりも、すぐに運び込んでから抜いた方がいいかなと」
「その判断は正しいわね。さて、まずはこの針についていた毒を解析しなきゃならないわけ。そんなに時間はかからないけど、汗を拭いたり着替えさせたりするわ。男二人は出ていってね」
「そんな馬鹿な。それは俺の役目だ」
「お兄ちゃん?」
「ちょっとした戯れだ。では失礼する」

 最後は紳士的に女部屋をあとにした。

 グランツと一緒に男部屋に戻ると、ゲーニッツが水を飲んでいるところだった。

「具合はどうだい?」とグランツが訊くと「いいわけねーだろ」とゲーニッツが返す。ちょうど起き上がっているのでフレイアの具合を伝えると、大きなため息をついていた。
「俺たちは魔女派でデミウルゴスに狙われてんだぞ。何人もバタバタ倒れてちゃ、先が思いやられるな」
「いやいや、アンタが一番最初に体調崩してるからね? しかも二日酔いとかいう情けない崩し方だからね?」
「俺のことはいいんだよ」
「よくねーだろ。アンタが寝てる間にもデミウルゴスの連中が襲ってきたんだぞ? そのせいでフレイアが高熱を出してる」
「デミウルゴスとの交戦は見てたぞ。具合が良くなかったから寝てたが」

 そのセリフを聞いて、俺は思わずため息をついてしまった。

「ギルドのトップってこんなんでいいのかよ……」
「ウチはいつでもこんな感じだよ。ゲーニッツがテキトーだから、実質メディアが頭領みたいなところあるけど」

 グランツもそこそこ苦労してるみたいだ。このギルド、本当に大丈夫かよ。

「なんとなくわかる気がする。で、これからどうするよ。しばらくはここに留まるんだよな?」
「そうなるね。フレイア無しってなると前衛が薄くなってしまう」
「でもデミウルゴスは俺たちのことを監視してる。今でも町の外で見張ってるかもしれない」
「かもしれないんじゃなく、そうなんだよ。尾行において、二重尾行っていうのは割りと基本中の基本なのさ。探偵であったり個人的な用事でってなれば難しいかもしれないけど、デミウルゴスや政府や魔女派っていうのは大きな組織だからね。二重尾行をしない理由がないんだ」
「第一陣がダメになっても第二陣がちゃんと見ている、ってか」
「そういうこと。だからボクらがここに留まるということは、この町の人たちを危険に晒すのと一緒なんだ。メイクールでもあれだけの騒動をやらかしたんだ。こんな町のことなんて絶対考えないよ」
「それはちょっと、なんというか、イヤだな」
「迷惑がかかるから?」
「迷惑がかかる程度で済むとは思えないぞ。死人だって出るだろうし、死人が出れば魔女派かデミウルゴスが恨まれる。恨みは復讐心になって、いい未来を作らない」
「若いのに言うね。でもボクも賛成だ。賛成だが、どうすることもできないんだなこれが。メイクールの時だって途中で逃げて来たから良かったんだ。逃げられない状況なら、それは真っ向からぶつかって、勝つしかない。キミにはその自信があるかい?」
「俺は……」

 あるわけない。俺はメイクールでもこの人たちに助けられたのだ。この人たちがいなければ、俺はまた死んでいた。フレイアにも何度も助けられた。だから俺は生きている。

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