それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈expiry point 2-Disaster Again〉 八話

 昨日もまた、フレイアと同じベッドで寝た。フレイアがこういうことをあまり気にしないせいか俺は今日も元気だ。どこが元気かは言わないでおこう。

「いいか? 絶対に家から出るんじゃないぞ?」

 そう言うと、フレイアが「うんうん」と何度も頷いていた。

 今日からまた学校が始まる。憂鬱な一週間が始まってしまった。体も心も休める暇がない。

「でもちょっと運動したくなっちゃったらどうしようかなー」
「部屋で筋トレでもしててください。俺の家から見知らぬ女が出てきただなんて近隣住民に知られたら噂になっちまう」
「ウソウソ。でもその代わりにさ、今日ショッピングモールに連れてってほしいな。ミカド製薬っていう場所も見ておきたいしね」
「帰ってきてからか? まあ、いいけども」

 学校が終わってすぐに帰ってくれば問題ないか。夕方の五時前に家を出て、二時間くらいショッピングモールを見て、九時前にでも帰ってくれば双葉も許してくれるだろう。

「お兄ちゃーん。もう行くよー」
「はいはい今行きますよーっと。んじゃ、頼むな」

 捨てるように言ってから部屋を出た。久しぶりの妹との登校、気持ちが高ぶっていく。いつも一緒に行かれないのは俺の寝坊のせいなんだけどそれは忘れよう。

 双葉との登校は嬉しい。けれどなんだろうか、双葉と話をしていてもフレイアの顔が脳裏にチラつく。なんかヤバイことでもしてないかとか、きっとそういう方面なんだとは思うが。

 学校につき、双葉と別れた。

 たっつんとサダと合流に、とてつもなくくだらない会話をして、なんてことない日常を送る。これが本来、俺がいる世界なんだ。

 そのはずなのに実感がない。自分であって、自分でない。どこか遠くから見ているような気さえする。それはきっと、いろんなことを経験したからだ。あっちの世界でこっちの世界で。戦って、死んで、行ったり来たりして。自分がどこにいるのが正しくて、どこにいたいのかさえわからなくなってくる。

 間違いなく、俺はあっちの世界に惹かれているんだろう。現実だけどゲームみたいな世界。思うように拳を振るい、命をかけるようなそんな世界に。

 授業が終わってたっつんに誘われた。でもフレイアとの用事があるからと駆け足で帰った。双葉に「今日は遅くなる」と朝のうちに言っておいた。

 家に帰ると、フレイアが昨日買ってきた洋服に身を包んでいた。いやあ、やっぱり可愛い。俺のセンスもバカにはできないな。

 彼女に後ろを向いてもらって、できるだけ速く着替えた。男の用意は五分もいらない。

「まずはショッピングモールだっけか」
「だって昨日行ってないからね。やっぱり珍しいし、行っておきたいよ」
「まあいいよ。フレイアが楽しんでくれるなら歓迎だ」
「そういうとこ、妙に男らしいよね。イツキのそういうところ、私は嫌いじゃないよ」

 本当は撮り溜めたアニメとか、買って積んであるゲームとか漫画とか小説を消化したい。なんて言えるわけがなかった。フレイアと出かけるのも楽しいからいいけど。

 前回行ったショッピングモールでテキトーに買い物をした後で、今回問題になっているミカド製薬の本社に行く。ハッキリ言ってしまえば後者が目的なんだろう。

 一応、俺はワークキャップを被り、マスクをして出かける。フレイアと一緒にいるところを誰かに見られても困るからだ。

 彼女はパンプスを指にかけ、鼻歌を歌いながら階段を降りていった。階段を降りる時も、リズムを刻みながらだった。

 双葉は双葉で優帆と遊ぶらしいのですぐには帰ってこないはずだ。

 家から出てすぐに腕を組まれた。胸の膨らみが二の腕を圧迫する。これがまた心地良い。いや、本当は近隣住民の方々に見られたらまずいのだが、俺の欲望がガンガン前に出てきてしまう。男というのは本当にバカな生き物だなと思う。

「なんだか上機嫌だな、お前」
「だって楽しいもの」
「こっちの世界にあるものは珍しいだろうしな」
「それだけじゃないけどね。イツキとデートするの、私好きよ」

 フレイアの顔を見た。すると、彼女は満面の笑みで見上げてきた。「えへへ」と笑う彼女は、こうしてみればただの少女にしか見えない。少なくとも槍を振り回している姿なんて忘れるくらいには可愛かった。

 俺は俺でいい気分だ。こんなに可愛い女の子と腕を組んで歩くんだから、それも当然だ。道でも駅でも、男たちの羨望の眼差しが気持ちいい。可愛い彼女を連れて歩く男の気持ちがちょっとだけわかった気がする。

 ショッピングモールに着くまでにいろんな話をした。向こうの世界とかこっちの世界とか、そんなものは関係ない。あれが美味しかった、今度はあれが食べてみたい。あの漫画が面白かった、あの小説が興味深かった。フィギュアのことを可愛い人形と言い、あれに欲情するものなのかとも訊かれた。さすがに一番最後のは反応に困った。

 服は昨日買ってしまったので、今日は雑貨屋に寄ってみたり、本屋でフレイア好みの漫画や小説などを買った。化粧用品の前で不思議そうに見ているものだから、店員さんに薄く化粧をしてもらった。そんなことをしなくても可愛いし美人だが、さすが化粧品専門のお店だ。より一層彼女の魅力が際立った。

「どう? 私キレイ?」
「そのセリフはホラーのヤツだけど、お前は間違いなく可愛い」
「顔が怖いんだけど……」

 最後のセリフを言うだけでも、俺は気合いを入れないと言えなかった。思うだけなら簡単だけど、顔を見て「可愛い」なんてセリフは簡単には言えない。

「でも、ありがと」

 目を細めて、嬉しそうに笑ってくれた。だから、気合いを入れた甲斐があったんだって納得できる。

 なんだかんだと言いながら、彼女に似合うだろうなと思ってキュロットとブラウスを買った。帽子屋でキャスケットを買って彼女に渡した。髪の毛をアップにして帽子の中に入れれば、うなじが強調されてより魅力を引き立てるだろうと思ったからだ。

「悪いね、なんか私ばっかり」
「いいよ別に。気にしてない」
「それなら、まあ、いいけどさ」

 一通り見て回った後で、一階に戻ってカフェに入った。ここでもまた、フレイアは視線を集めていた。周りからの「なんであの男なんだ」「あんなに可愛いのに」という言葉は聞かないことにした。周りの言葉がどうとかじゃない。今俺が彼女と一緒にいるという事実の方がずっと大事だから。

「これからミカド製薬ってところに行くんだよね?」

「そのつもり。と言っても本当に行くだけだけどね。どこにあって、どういう外観なのかくらいは見ておきたいから」
「いざとなった時に乗り込めるように?」
「まあ、そんなとこかな」

 カフェオレを口に運ぶ。丁度いい苦味と口の中に広がるほのかな甘み。味覚が子供なのでこれで丁度いい。

「イツキ、変わったね」
「そう? 自分ではそんな自覚はないんだが」
「最初に会った時とは全然違うよ」
「どう変わった?」
「そうだな、カッコよくなったよ。顔がキリッとしてる」
「そう簡単に変わるもんかね。自分じゃよくわかんないけど」

 頬を掻きながら、不自然にならないように会話を繋げた。カッコいいと言われてドキッとしたのは黙っておこう。

「いろんな経験を一度にしたからじゃないかな。危険な目に遭って、何度も死んで。なにかをする時に死ぬ覚悟ができるようになった。常に気を張って、周りに気をつけながら生活するようになった。だからじゃないかなって、私は思うよ」
「気を張ってる自覚もあんまりないんだけどね」
「でもそれだけじゃないよ。一度にいろんな経験をして、それをちゃんと自分の中で消化して、自分の物にできてる。いいことだと思うよ」
「そりゃ、どうも」
「顔真っ赤。照れてる照れてる」
「やめろい。恥ずかしい」

 頬を突かれた。くそ、本気で恋人みたいなやりとりじゃないか。現実の恋人同士がこういうことをするかどうかはわからないけど。俺童貞だし。

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