それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈actuality point 2ーOne loss〉 十二話

 誰も一言も口にしないまま、全速力で駆け抜けていく。光の球はあるけれど、局所的にしか照らしてくれないから足元がおぼつかない。

 どんどんと腐臭が強くなっていく。鼻を抑えたくて仕方がない衝動も、二人に手を取られているから難しい。

 しかも急に立ち止まるものだから、正直どうしたらいいのかわからない。

 当然のようにつんのめり、地面に顔面ダイブしてしまった。

「なんなんだよ!」
「フラッシュフィールド」

 リアがなにかの魔法を使った。それが「光の球を大きくする魔法」であることはすぐにわかった。空中に浮かんでいく光の球が大きくなり、分裂して天井で固定された。

 光がどんどんと広がっていくと、広い場所が露わになる。最低でも学校のグラウンドくらいはありそうだ。

 でも、重要なのは場所の広さだとかそういうことじゃない。

「おいおいマジかよ……」

 俺たちが入ってきた入口はあっても、この場所には出口がない。実際は出口があるんだろうが、それを塞いでいる「なにか」が鎮座していた。

 黒と茶色が入り混じったその「なにか」は、生き物なんだろうけど意思を持っているかと言われるとかなり微妙だ。モンスターとして例えるならば巨大なスライムなんだけど、ところどころから別のモンスターの手足や頭がのぞいている。当たり前かのように人間も含まれるのが物悲しい。

「あれが元凶か。頭上を飛んでったのはなんだったんだ?」
「あの中から物体を飛ばしたんだと思うわ。ほら、構えをとりなさい。あれを倒せばミッションコンプリートよ」

 フレイアに背中を叩かれ「おう」と一言返した。

 全員が武器を持ち、巨大なスライムと対峙する。このすえた匂いや腐臭の原因はコイツだ。そして冒険者を飲み込んでいたのも。

 こちらの敵意を完全に察知したのか、スライムがのそりと動き出す。こんだけ遅いんなら、広範囲の魔法で大ダメージを与えれば一発なんじゃなかろうか。

 そう思った瞬間、俺の頭の横をなにかが掠めていった。一瞬だけ見えたそれは刃物のようななにか、おそらくナイフだろう。

「飛ばしてきやがった……!」
「各自散開。身体から異物を飛ばしてくるから、それだけは気をつけるように」

 アルが指揮をとる。おろおろとしていると、フレイアが俺の腰を掴んで横に飛んだ。

「もう、少しは状況判断できるようになりなさい。何度も死地を経験してきたでしょうが。冒険者としてやってくなら危険予知とか連携力とか、そういうのがなにより大事なんだから」
「う、うす」

 離れた場所に着地して下ろされた。スライムも戦闘態勢に入った。ぐにゅぐにゅと動き出し、少しずつ前進を始める。

 スライムの中にある物質すべてが見えるわけじゃない。黒と茶色が混じった身体は内容物を隠すほど、その色が濃いのだ。つまりなにが飛んで来るかもわからないというか、弾がどれだけあるかさえもわからない。

「私たちが避けながら近付くから、イツキは後方で邪魔にならないようにしてて」
「う、うす」

 もうこれしか言うことがない。明らかにレベルが低く、しかも戦闘能力が低い。拳闘士であるがゆえに接近戦じゃなければ戦いにならないのに、レベルが低いから接近戦に持ち込むこともできない。そりゃ邪魔者扱いもされるわな。

 が、隙あらば攻撃しようとは思ってる。

 フレイアとグランツが前に出る。その後ろにはメディア。最後尾にヒュンタイク姉妹。本当の最後尾は俺だがそれは気にしない方がいいだろう。

 飛んでくるのは武器なんかだけじゃない。骨や岩なんかも飛んでくる。しかも物凄い速度で。どうやって飛ばしてくるのかはわからないが、飛んで来るのを確認してから避けるのでは遅すぎる。他のみんなは割りと普通に避けているが、俺には予備動作が必要だ。

 あの巨大スライムは物体を打ち出す前に、打ち出す場所が少しだけ凹む。それを見て全部避けだけ。骨とか岩ならば壊せるけど、武器が飛んできた場合がヤバイ。だから全部避けるしかない。武器かその他を分別するだけの能力はまだない。

 レベル100以上の冒険者が束にならなければいけないほどのモンスター。たぶんそれは、このダンジョンにいてはいけないモンスターであるということなんだろう。けれど、戦力はこちらの方が上らしく、スライムは徐々に小さくなっていった。

 核のような赤い球が最後に残った。それをフレイアが割れば、スライムは完全に動きを止めた。

「おそらくコイツが冒険者を喰ってたんだろう。これでクエスト完了だな」

 アルが武器を仕舞う。あの小さな身体に大鎌とは、使い勝手は悪そうだが戦場には映えるな。

「任務完了。スライムのサンプルを採取して持ち帰りましょう」
「そうね、そうして頂戴。あとは帰って報告書を書くだけね」

 試験管のようなものでスライムの身体の一部を採取したリア。それが終わるのを見届けてから、アルはスライムに背を向けた。

「なんだか肩透かしだな。こんなに簡単に終わるとは思わなかったわ」
「お前はなにもしてないだろう。後ろで避けてただけだ」
「そう言われると返す言葉がない……」

 フレイアたちが先に広場を出て行く。その後に続くのはヒュンタイク姉妹だ。俺はまた最後尾か。

「お前も冒険者ならもっと努力しろ。これから〈蒼天の暁〉に入るのならなおさらだ」

 そんな愚痴を言われながら、転送装置まで歩くことになってしまった。辛辣すぎて耳が痛い。

 近くの転送装置までやってきた。この周辺にモンスターがいないのは、おそらくあのスライムが全部食べてしまったせいだろう、とリアが言っていた。

「いやー、疲れた」
「お前が潜るようなレベルのダンジョンじゃないからな、それは仕方がない。まあ帰ったらゆっくり休むといい」

 今までめちゃくちゃに言ってたくせに、なんでこういうときだけ優しいのか。アメとムチかツンデレか。

 メディア、フレイア、グランツが転送装置の中に消えていった。たぶん双子が入って、最後に俺だろう。

 後方で物音がした。その物音にアルが振り向く。その瞬間、彼女が纏う空気が変わったような気がした。

 俺を押しのけて後方へ。胸を押しのけられ、転んで尻もちをついてしまった。当然「なにしてんだよ」と思ったが、アルの行動の意味はすぐにわかった。

 スライムが俺の後ろにいたのだ。

 そしてそのスライムは俺を喰おうとしてたんだろう、大口を開けて迫ってきていた。しかし鎌を振りかざしてスライムを追い払った。戦闘力はやはりそこまで高くないらしい。

 なにかが高速で突っ込んできて、アルの腰元にあたった。そう、思った。

「うそ……だろ……」

 彼女の腰に当たったはずなのに、気がつけば向こう側の壁に当たっていた。彼女の身体を通り抜けたんじゃない。彼女の下半身を喰ったんだ。

 彼女の上半身が地面に落ちた。ベチャリと水気を含む音。ガシャンと鎌が落ちた音。目の前で起きた出来事を、俺は理解できずに静観していた。

 ふと我に帰る。どれだけこうしていたのかはわからないが、状況が変わっていないところを見ればたぶん数秒だと思われる。

「アル!」

 しゃがみ込んで上半身を抱き起こす。彼女の額には玉の汗が浮かび、呼吸は徐々に弱くなっている。

「なんで、なんでこんな……!」
「黙れ。いいから逃げろ。私たちは少しばかり用意を怠った。安易に考えすぎた。リア、みんなを連れて今すぐここから逃げろ」
「なに言ってんだよ! お前も一緒に行くんだよ!」

 ドンっと、物凄い力で胸を押された。思わずアルの身体を離してしまう。また、ベチャリという耳障りな音がした。

「ぐうっ!」と痛みを堪えるアルの悲鳴。けれど、リアはアルを助けようとはしなかった。

 アルは腕だけで少し前進した。その先には、赤い核を光らせたスライムの群れがあった。暗闇で本体は見えない。でも、数百、数千という赤い核が、暗闇の中で煌々と光っていた。

「リアああああああああああああ!」

 アルがそう叫んだ瞬間、俺の手を誰かが引いた。そして転送装置の中へ

 転送装置に入った。青白い光が身体を包む。身体がどんどん消えていく。

 アルは笑っていた。苦しそうに顔を歪めながらも笑っていた。

 無数のスライムが飛び上がった。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおお!」

 最後の瞬間、アルがスライムの群れの中に消えていった。

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