それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈actuality point 2ーOne loss〉 一話

 水中から光に向かって浮上していく、そんな感覚。身体が浮遊感に包まれて、俺は大きく息を吐いた。

「はっ……!」

 目を覚ます。ガタガタという音と、馬車用の柔らかいサスペンションが身体を揺らした。

「馬車の、中か」
「そうみたい」

 隣を見ると、フレイアが薄く笑っていた。

「大丈夫か? 汗だくだぞ?」
「二回目だけど、キツいわね。まだお腹が痛む」
「いろいろ、申し訳ないとは思うよ。でも今はそれどころじゃなさそうだ。落ち込んでる時間も、後悔してる時間もなさそうだ」
「結構冷静なんだね」

 そう言われて頭に血が登った。

 握りこぶしを床に叩きつける。ジンジンと、拳が痛む。

「な、なに――」
「冷静なわけじゃねーんだよ! 仕方ねーだろ! ただじゃ戻れねーんだよ! こんなわけわかんない世界なんぞ知ったことか! 今すぐにでも帰って双葉を助けたいんだよ俺は!」

 脚を曲げ、両手で顔を覆った。

「どれだけアイツと一緒にいたと思ってんだよ。お兄ちゃんお兄ちゃんって、ずっと俺の後ろをついてきたんだよ。信頼できる男ができるまでは、俺がアイツを守ってやるんだってずっと生きてきたんだよ。でも守れなかったんだ。俺は死ねば戻れるけど、だとしてもアイツに痛い思いをさせちまったんだよ。あんなふうになって、どうやって冷静でいろってんだよ……」

 馬車には俺たちの他にも何人かいた。でも、その人たちのことなんて考えられない。自分の気持ちを整理するので手一杯だ。フレイアを巻き込んだことも悪かったと思ってる。でもそれでさえ彼女に謝れない。そんな自分がイヤでイヤでしょうがない。誰も守れない、誰にも謝れない、俺は一体どうすりゃいんだ。

 そうやって誰かに答えを求めてしまう自分が情けなくて、情けなくて涙が出てきてしまう。

「ごめんね。私、まだイツキのことよくわからないの。イツキの趣味も特技も知らない。イツキが好きな食べ物も、嫌いな食べ物も知らない。どこまで許容できて、どれくらい常識があって、どれだけ弱いのかもわからないの」
「……知ってる」
「だから、ごめんね」
「……いいよ、俺こそ、ごめん」

 一応謝れたけど顔は上げられなかった。

「大丈夫、大丈夫だから。私を、信用してよ」

 ふわりと甘い匂いが俺を包み込んだ。いや、フレイアが俺を抱きしめたのだ。額に当たる柔らかな感触は、男性としての欲求よりも心地よさや安心感の方が勝っていた。

 彼女の背中に手を回して少しだけ力を込めた。それでも彼女は受け入れてくれて、俺たちは馬車を降りるまで身を寄せ合っていた。二人の間に会話はなく、ガタガタという音だけが耳に痛かった。

 馬車が止まり、俺たちは必然的に降りるしかなくなってしまった。が、この馬車が走り続けていたら一生降りなかったかもしれない。

 今気づいたのだが、フレイアも俺も鎧を着ている。つまり前回メイクールで死んだ時のままだ。ポケットの中にはスマフォとライセンスとリップクリームと家の鍵。ポケットの中の物だけが継続して持ち越しされる。こちら側からは服も持ち越したというのに。

 いや、これを考えるのは後にしよう。今はこの先に待ち受ける死を回避する方が先決だろう。

 太陽光が降り注ぐ。立っているだけで汗が出てくるほどではないにしろ、暑いのは間違いない。

「フレイア」
「ん? どうかした?」

 メイクールの入り口、大きな門を見上げた。前回の出来事を思い出すと、町をぐるりと覆う壁が凶悪な檻に見えてきた。強固な、ではない。人を逃がさないようにするための凶悪な檻だ。

「俺はな、何度も、死にたくて死んでるわけじゃねーんだ」
「わかってるわ」
「繰り返したくて繰り返してるわけじゃねーんだ」
「それもわかってる」
「ただ、チャンスを貰えるのはありがたいとは思ってる。でも、できるだけ死なずになんとかしたい」
「うん、それは私も同じ」
「だから慎重にいこう。目の前でたくさんの人間が死ぬところなんて見たくない。お前が死ぬ姿も、双葉が死ぬ姿も」
「私も、アナタが死ぬ姿を何度も見たいだなんて思ってないわ」
「力を、貸してくれるか」
「なにか考えがあるのね? いいわ、任せて」

 できればメイクールの中には入りたくない。でも周りは迷いの森で囲まれている。それなら取れる道は一つしかないだろう。

「前回と同じように中に入る。でも中で起きるであろう出来事は知ってるから、それが起きる前に手を打つ」
「どうやって?」
「あれは何人もの魔法使いが必要なんだろ? だったらなにかしらのアクションを大人数が一斉に行わなきゃいけない。おかしな行動したヤツを全員ぶっ潰す。あの結界させ使わせなきゃなんとかなるだろ」
「町の中に入るのは一度経験済みだから?」
「それもある。もう一つは町の外だと町の中以上の戦力を揃えられていた場合太刀打ちできないからだ。前回見た感じだと敵はそこまで多くなかった。めちゃくちゃ速いやつはいたけど、町の外だともっと危険だと思った。二人に対して何百人って敵が来た場合、フレイアはまだしも俺は上手く立ち回れない」
「現在のレベルは?」
「えっと……45だな。戦えないことはないけど勝つことは絶対できないと思う」
「そうね、そんな感じだわ。となると戦力は私一人か」
「戦力差はあるけど指揮官っぽい鎧の男さえ倒せればなんとかなるはずだ。あの男は間違いなく俺たちの目の前に現れるだろうし、チャンスさえ逃さなければ勝機はある」
「なぜ目の前に現れると言い切れるの?」
「俺を待ってたみたいなこと言ってたからだよ。どういうことかはわからないけど、アイツは俺のことを知っている。異世界からやってきたはずの俺の存在を知っている。俺のスキルのことを知ってるかどうかまではわからないけど、確実に俺を狙ってくるだろうな」
「イツキがターゲットであるからこそメイクールの中に入って迎え撃つと」
「そういうことだ。よし、行くぞ」
「ええ、無事に済むと良いわね」
「無事に済むわきゃないと思うがね」

 そう言いながら笑ってやると、フレイアもつられて笑顔になってくれた。若干眉根が下がっているのだが、笑顔の中にある呆れも今はとても心強い。

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