それでも俺は異世界転生を繰り返す

絢野悠

〈actuality point 1ーHello World〉 最終話

「犯人を見つけるようなことはしたくないけど、ここを出るには犯人を探すしかないかも」
「ぶっ壊して外には出れないのか。むしろ町の中に犯人がいるとは限らないだろ」

 彼女はふるふると、幼い少女を彷彿させるようにして首を横に振った。

「これだけ大掛かりな仕掛けだから、内外で同時に魔法を使わないと厳しいはず。魔女以外の人間の仕業ならだけど」
「でもお前は犯人を見つけるって言ったよな? 根拠があるんだろ?」
「うん。魔女はちょっと特殊な存在だから近くにいれば大体わかる。一度でも魔女と接触しているのが条件だけど、私はその条件を満たしてる。魔女に対して敏感になるんだけど、それはどうやっても隠せない。町の中にも外にも気配はない」
「だから魔女のせいじゃない、か」

 一つ、彼女は頷いた。

 普段とは違う。キツめの目元は凛々しく、立ち振る舞いからも勇壮な性格がにじみ出る。これが戦士としてのフレイアであり、たぶん、おそらく、きっと、俺が憧れ始めている冒険者の姿。

 そう、この姿に惹かれ始めている。緊張感を伴えば、背中に金属の棒が差し込まれたみたいな安定感が出る。そんな姿だ。

「行こう。そろそろ目も慣れてきたでしょう?」
「ああ大丈夫だ。でも俺が行って役に立つのかどうか」
「ここに置いていったらそれはそれで問題。なにが起きているかもわからないから、暗殺者がいる可能性もゼロじゃないし」
「おーけー、じゃあついてくよ」

 また彼女は頷く。

 そして、その灯りを頼りにして町を散策することとなった。

 町の中を歩いてみてわかるが、住人はまったく騒いでいない。声を上げ、町中を走り回っているのは商人か冒険者だ。住人は皆うなだれ、先ほどと変わらない様子で生活をしている。壁に寄り掛かる者、家の中に入って行く者、町をさまよい歩く者。本当にこの町は終わってしまっているんだと痛感する。

 そんな住人たちや冒険者たち、商人たちを横目に徘徊を続けた。防壁に抜け穴はなく、全体に魔法がかけられていて登れない。空にも穴などはなく一面真っ黒だ。南門にも北門にも行ったけれど進展はなし。誰かがこれを晴らしてくれるのを待つしかないのかと思われた。

「うわああああああああああ!」

 そんな時だった。一際大きな叫び声が上がった。それを皮切りにしてあちらこちらで絶叫が聞こえてきて、いつの間にか町中が悲鳴で溢れていた。

「なにが起きてんだよ!」
「物凄い速度で動き回る影がある」

 近くにいた冒険者が絶叫し、倒れた。生暖かいなにかが頬にかかった。それを右手で拭うと、手は真っ赤に染まっていた。

「なに、これ……」

 わかってる。これが人から吹き出た血だってことくらいわかってる。でも信じたくないんだ。目の前で人がこんな風になるなんて今までなかったから。

「次々に人が殺されてるみたい。迎撃するしかなさそう」

 なにを言っているんだと、俺は手を振りほどいた。

「バカ言うなよ。人が殺されてんだぞ? こんなにたくさんの人を一瞬で殺せるようなやつが動いてるんだろ? 太刀打ちできるわけねーだろ………」
「人を殺すだけなら私にもできる。当然アンタにも」
「そうじゃねーよ! こんなことができるヤツとどうやって戦うってんだよ!」
「そう思うならばそのへんで小さくなってなさい! 小さくなって、死を待てばいい! 生き残りたいのならば戦いなさい! どんなに大変でどんなに辛くても、困った時に立ち止まるようなら命はない!」

 素早く槍を構えたフレイア。その瞬間に火花が飛んだ。

 敵の襲撃だと理解するまで少しだけ時間がかかった。

 俺は尻もちをつき、フレイアが槍を振り回すのを見続けることしかできない。何度も何度も火花が散って、敵が一人でないことを知るまでにも時間が必要だった。二人三人なんてレベルじゃない、十人、二十人、いや、もっといる。

「足手まといを守るのも大変だな」

 男性の声がして、急に攻撃が止んだ。低く太い声色と、こちらに歩いてきているのか、金属が擦れ合うガチャガチャという音。暗がりから歩いてくる中年の男は重そうな甲冑を身にまとう。長くクセのある髪の毛を後頭部で束ねて口元にはヒゲを生やしている。身長は俺よりもずっと高いだろうか、身長だけじゃなく身体そのものが大きい。でも太っている感じでもない。見るからに「どこかの将軍」といった感じだ。

「足手まとい、か。それも仕方ない、彼はまだ低レベルだからね」

 フレイアが俺の前に出た。槍を構え直し、重心を落とした。

「その少年をこちらに渡せば見逃してやらなくもないが、どうする?」
「あいにくだな。一度助けると言った以上、私は自分の信念を曲げるつもりはない」
「この戦力で勝てると思っているのか」

 ぞろぞろと、甲冑を着込んだ騎士たちが集まってくる。闇にまぎれてよくわからないが、その闇に溶けているということは黒い鎧なんだろう。あとはマントを羽織ってるヤツもたくさんいる。鎧の兵士もマントの兵士も顔を覆っていてなにを考えてるのか見当もつかない。正直、怖かった。

 だけど気になることがある。アイツは確かに「その少年を渡せば」と言った。フレイアと一緒にいるのは俺だけ。つまりアイツの狙いは俺ってことになる。

「なあ、オッサン」
「なんだ少年」
「俺が狙いなのか? だとすればなんで俺なんだ? 俺はレベルも低いし特技があるわけでもないぞ」
「我が主がお前を欲している。ただそれだけだ」
「んなことで納得できるわけねーだろ……」
「お前の思考などこちらには関係ないのだ。女よ、邪魔をするのであれば切り伏せる」
「やれるものならばどうぞ」

 それ以上言葉はいらない。二人の間にある空気がそう言っているようだった。

 俺を無視し、二人の間に火花が散った。

「まあ、切り伏せるのは俺の役目ではないがな」

 風切音が耳のそばを掠めていった。頬や腕や足に痛みが走る。たぶん切られたのだと思う。俺がそう思った次の瞬間、目の前のフレイアが崩れ落ちた。

「ふれ、いあ……?」

 文字通り崩れ落ちたのだ。足や腕を切断された。

「フレイアー!」

 しゃがみこんで彼女の身体を抱きかかえた。

「大声を出さないで。痛いから」
「でもお前、こんなこと……」
「魔法耐性を上げるため、私は常に魔法防御力を強化する膜を皮膚の上にまとっている。それでもまったく防げなかった」
「そんなことはどうでもいい! なんでお前はこんな時でも涼しい顔してんだよ……!」
「私まで取り乱したら、アンタが逃げる隙が作れないでしょ……」

 彼女の身体から白い煙が吹き出てきた。霧というよりも煙に近いなにか。

「逃げて、イツキ」

 できるわけがない。でも、俺はもう逃げることしか考えられない。次が自分の番なのではと考えただけで、想像した痛みに震えてしまった。

 フレイアの呼吸は浅く早い。目を閉じて、眉間にシワを寄せている。なんだかんだ言って痛くないわけがないんだ。俺を安心させるために自分を偽ってるんだ。

 俺はフレイアの上着を強く握りしめた。こんなになってまでなんで俺を庇おうとするんだと、思わず涙が出てきた。

「無駄だ、少女よ」

 男は背中に背負った大剣を振るった。煙が一瞬にして晴れてしまった。

「煙幕のつもりだろうが無意味だ」

 剣を上段に構えた。

「その女は殺す。少年は連れて行く。これで任務は完了だ」

 無表情のまま、男は言った。

「恐れることはない、お前は生き残るのだ。それでいいだろう。自分が生き残れるのに、お前はなにを恐れているんだ」

 そう言われてその通りだとも思う。事実、今すぐにでも小便を垂れ流しそうになっている。

「それでも」

 ああ、わかる。自分の顔が引きつっているのが。

「それでも、フレイアは俺を助けようとしてくれてるから」

 自分でもなにやってんだろって思う。でも、彼女をこのままになんてできないんだ。

「なにかできんなら、俺だってなんとかしてーよ……」
「じゃあなんとかしてやるよ」

 耳元で男性の声が聞こえた。黒い騎士の声ではない、別の、野太い男の声だった。

 音も気配もなかったのにと反射的に振り返ろうとした時、背中に強烈な痛みが走った。

 ゆっくりと下へと視線を移す。腹から金属製のなにかが突き抜けてきて、それはフレイアにも刺さっている。

 背中から刺され、フレイアさえも突き抜けて地面に刺さっている。

 胃の奥から熱いなにかがこみ上げてきて、思わずフレイアの胸元に吐き出してしまった。おびただしい、自分の血だった。痛みが徐々に広がってくる。広がる度に激痛へと変わって、目の前のフレイアの姿さえなんなのかわからなくなってしまう。それくらい、痛い。

「悪いなガキ。こうしろって言われてんだ」
「お、まえは……」
「知らなくていいことだ」

 黒い甲冑のヤツらが動き出した。けれど、それ以上のことはわからないし考えられない。

「いつき」
「ふれいあ……」

 視線が交わる。どうしてお前は笑ってるんだよ。どうして。

 彼女の頬を一撫でした。

「ごめんね」そう、口が動いたような気がした。

「なんで謝るんだよ」って言おうとしたけど声が出なかった。

 目を閉じると、そのまま暗闇に飲み込まれていく。考えることもできず、俺はただ飲み込まれていくだけだ。

 今わかることがあるとすれば、フレイアの体温が失われていくこと。それだけだった。







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