傷だらけの限界超越(リミットブレイク)

絢野悠

第16話  リゼット=サリファ

「また負けにきたのか?」
「先日のは本気じゃなかった。今度は本気」
「これは奇遇だな、私もまだ本気じゃなかったんだ」
レイナはそう言いいながら、右拳を左手の平で覆い、パキパキと指を鳴らした。
この人が実戦派というのは理解している。先日の一件で、特に思い知らされた。
厄介なのはそこではない。野生の塊だというのは間違いないが、この人は私の攻撃がちゃんと見えていた。異常なまでの勘の良さと相俟ってああいう結末になってしまったが。
「マイナは離れてて」
「二対一じゃないの?」
「二対一だよ。ただ、マイナはサポート役だから。マイナ! コンダクターエンハンスだ!」
「うん、お姉ちゃん」
エンハンスを使ったのはマイナなのに、レイナの身体が光り出した。完全にサポート型のエンハンスだけど、これもまた情報がない。戦いながら分析するしかなさそうだ。
エンハンスとは、どれだけ強力であってもそのロールの指向性は失われない。つまりコンダクターである以上、索敵や情報分析であるはず。しかし能力の対象者が自分でない以上、どんな能力かを判別するのは困難だ。
「さあいくぞ、リゼット」
笑顔なのに、押しつぶされそうな程の威圧。槍を握る手にも力が入る。
目を離せない。
空気が重い。
口が渇く。
しかし、なぜ彼女は動かないんだ。我慢比べなら自信はある。目の良さも反応の良さも同じくらい自信がある。なのに、次の攻撃が当たるような、そんな気がしてならない。逆にこちらの攻撃は当たらない。
これは野性的な勘だ。でも勘だけではレイナに勝てない。彼女の勘と運の良さは、他を許さないほどに脅威となる。
「ついてこいよ?」
動いた。
下段から上段への切り上げを左の槍で弾く。刹那、胸尖への蹴撃。鳩尾を押されることでの呼吸困難は免れたが、苦しいことに変わりはない。
「ちょいとばかり遊んでくれよ」
即座に背後に回りこまれた。
「遊びに付き合うつもりはない!」
地面を踏みしめて体勢を立て直す。かかとを軸にして反転、背後に向けて槍を突き刺した。しかしすでにレイナは存在せず、槍は空を切った。
体重は前方に引っ張られたが、重心をそちら側に移動させて距離を取る。なぜならば、彼女はまた私の後ろにいるからだ。
「さすがにやるねえ。二発目は首を狙いにいったのに」
「今の速度は覚えた。さっき以上の速度を出さなければ、すべて弾き返す」
「でも人間だ。限界はある」
「限界があるのはそっちも一緒。速度を覚えたのは、こっちも一緒」
重心を下げ、次の攻撃に備えた。いやダメだ、今度はこちらから出る。
一歩踏み出し流動魔法で加速。左手は口元を隠すように、右手は相手に先端を向けて。
槍の先端を柄頭でかち上げられた。予想通りだと、私は左手の槍を薙いだ。今度は剣身で受けて止められてしまう。
「いいね。いい気迫だ」
「負けない……!」
つばぜり合いのようなやりとりがしばらく続く。押して、押し返されて、引いて、押されて、お互いがお互いを出し抜くために、力を入れたり抜いたりする。近くにあるレイナの笑顔は、私にとっては狂気にしか感じられなかった。
「なにがそんなに楽しいのか」と、聞いてみたくもなる。
「なぜいつも笑っているのか」と、問うてみたくもなる。
「どうして私は貴女のように笑えないのか」と、答えなど返ってくるはずのない質問を投げてみたくなる。
私は、コミュニティメンバーのようにも、レイナのようにも、断真のようにも笑えない。
でも一つだけ。彼のことを考えると、ふとした瞬間に頬が弛緩するのだ。
彼はそう、幼少の頃に私を助け、元気づけてくれた鳴神語という、平凡で非凡な少年だった。そんな彼はときとして私の生きる意味でもあり、活力でもあった。
語のために、語の力になろう。
彼が抜身の刃なら、私はその鞘になろう。
「負けるわけにはいかない!」
引いてはダメ。押して、イニシアチブを掴み取る。
少しだけ押し、重心をレイナの方へと傾けた。それを確認し、流動魔法で円を描く。身体を一周させるだけなら数フレームで十分だ。
「はあああああああああああああ!」
右腕を、思い切り振り切った。
「だから、甘いんだって」
レイナの姿はいつの間にか消えていて、その代わりに激痛が残った。
上体を沈めたのと同時に切り上げ、攻撃が終わった直後には離脱。なんと早すぎる一撃だろうか。
しかし関心している場合ではない。徐々に来る痛みに、思わずしゃがみ込んでしまう。私は腹から胸にかけてを切り裂かれていた。
「ヤバイな、ちょっと反応が遅かったら食らってたよ。それが流動魔法『円』か。怖いもん持ってるな」
「なぜ、今のが避けられるの」
「まだマイナのエンハンス能力を話してなかったな。マイナのコンダクターエンハンスは、立体空間での位置把握。本来コンダクターというのは、自分の周囲数キロ内を平面で捉えて敵味方を観測するロール。それを圧縮し、他人に貼り付ける。身体の部位が今どこにあって、このまま放っておけばどんな動きをするのかくらいはなんとなくわかる。私の勘も揃うことで、擬似的な限界選定が使えるってわけだ」
極制紋エスカトロギア、見る者、観測者とも呼ばれる魔装体質。力の動き、方向性、到達点などを一瞬で見極めるのと共に、どの部分で一番力がかかり、どの部分で力が弱くなるのかを理解する。目に映るものすべてに適応され、生物だけじゃなく、自然に対しても有効。限界点を算出することで相手の力量を把握し、自分の限界を知ることで脳や身体の限界を超えることも可能になる。
行使される力の名は限界選定エレクティオ
「限界選定をその程度のものだと思っているの?」
「思ってないさ。ただ、書物で読む限りはこんな感じの能力だろ?」
「それは限界選定の百分の一程度」
「見たことがあるのか?」
「昔、一度だけ」
「そうかそうか、それなら仕方ないよな。でもまあ、今は本物かどうかは関係ない。強者を倒すために機能するという事実が大事なんだ」
「なるほど。このままだと、私はお前にやられるんだろう。けれど、そうすんなりはいかないようだな」
「異常な連携能力をお持ちのようで」
私の右に霞、左にはカティナが降り立つ。
「大丈夫ですか?」
「ありがとうカティナ。戦況は?」
「カリバーンは残り三人、こっちは望未さんと薫くんがやられました。断真さんとリュートさんが戦闘中で、ほのかさんも一緒にいるようです」
二人もやられたのか。敵も味方も合わせて、誰かが倒されれば通知があるはず。それなのにまったく気が付かなかった。周りが見えなくなるほど集中するのは、傑と真剣勝負をして以来だ。
「語と京介は?」
「こっちには向かってるみたいです。少し時間が必要ですね」
三対二にはなったが、実質二対二だ。私の体力は十分の一、もう戦えない。
「下がっていてください。霞さんと私でなんとかします」
二人が私の前に出る。
「カティナさんは慣れないコンダクターで大変でしょう。後方援護に徹してください」
「でもレイナさんとの接近戦は……」
「増援が来るまで、私が時間を稼ぎます」
霞は自分の背丈よりも長い杖を、両手で持ち華麗に数回まわした。地面には円形の魔法陣が出現し、淡い光を放ち始めていた。
水の爆雷アーグワ・ミーナ
魔法陣からいくつもの球体が浮き上がり、ある程度の高さで停滞した。高度はバラバラで、膝の上から頭の少し上くらいの間だ。確かあの魔法まは水属性。球体に触れると爆発するタイプの魔法だ。
「停滞系魔法は結構扱いが難しいはずなんだがな、涼しい顔でやってくれる」
「ブラスターだけど直接攻撃は苦手なんです。自分や味方を守りながら隙をうかがうのが私の戦い方ですから」
「守備と反撃に特化したブラスターか。じゃあ一つ忠告してやろう。世の中には解除系の魔法を得意とする人間もいるってことをな」
球体はその場で弾け飛んだ。行き場を失った雫が、次々と地面に落ちていく。
「ブラスターでもないのに、こんなに正確な解除魔法を……!」
「今はラウンダーだよ? 昔は上手くできなかったけど、二年間みっちり魔法の訓練をしてきた成果だ」
レイナが、地面を蹴る。それを察知したのか、霞はすでに魔法を展開していた。
浮力の行使プラネアドール・アイレ!」
地面から数センチ浮き上がり、移動系魔法で横へと回避する。それと同時に、カティナが放ついくつもの弾丸が、霞を避けてレイナへと向かっていく。
引力の系譜ビーア・フェアーレ
剣を振ると、銃弾が吸い込まれて消える。物質を引き寄せる効果を持つ魔法。
岩の檻ハウラ・ルーペス!」
地面が隆起、何本もの柱がレイナの行く手を阻む。
「無駄だ!」
剣撃がそれらをなぎ倒していく。その様を見ていると、何人たりともレイナの進行を阻害できないのだとさえ思わされる。
「氷のイエロ・フレッチャー!」
「氷のイエロ・フレッチャー
同時に出した氷の矢がかち合った。衝撃と共に蒸気が吹き出し、冷気が辺りを支配する。氷の粒が飛び散り、身体のいたる部分に当たる。上空からも氷の粒が降ってきた。
「魔法はデカさじゃないだろ? ようは密度の問題だ」
霞の胸や腹には、氷の矢が何本も刺さっていた。全ての矢が身体を貫通しているため、背中しか見えなくてもわかる。
「ぶつけた矢は、ダミーだったのですね。氷の後ろに炎属性を……」
「なんで氷に氷をぶつけなきゃいけないんだ? 普通に考えたら、同属性よりも反属性だろ? それに、ブラスターに魔法力で勝てるわけないしな」
「そう、ですね」
膝から崩れ落ちた霞は、霧状になって消えていった。
「すいませんリゼットさん。私もこれまでみたいです……」
カティナもまた、霞と同じように氷の矢で貫かれていた。
「レイナさんとマイナさん、両方にダメージは通っています。あとは、よろしくお願いします」
短い間に二人の仲間がドロップアウトした。結局、誰一人増援は到着していないというのに。
「あのスナイパー、視界が悪いとか関係ないのか?」
レイナもマイナも、体力が六割近くまで減っている。どうやったかはわからないが、これは間違いなくカティナがやったのだ。
「でもまあ、あんまり関係ないな。後一撃でお前も消えるわけだし」
ツカツカと、甲高い靴音をさせて近付いてきた。
コンダクターのカティナを失った以上、他のメンバーとの通信はできない。語の声が聞こえなくなったことを考えると、なにかあったのだということは理解できた。だからこそ、本当ならば私がいかなければいけない。だがこの不利な状況は、気持ちとは正反対だ。
私はなんのために、わざわざ傑の元を離れて訓練したのだろう。苦しくて辛い日も多く、語や傑の所に帰りたいと何度も思った。しかしなんとか耐えてここまできた。だというのに、こんなところで打ちのめされて、私のやってきたことはなんだったのかと奥歯を強く噛み締めた。
「エクステンドヒール」
その声と共に、身体が温かな風に包まれた。一瞬にして回復していく体力に、私は驚きを隠せないでいた。
「ほのか……」
「遅れてすまないわね。ちょっと手間取っちゃって。今リュートが断真先輩の足止めをしてるわ」
「なんとかなりそうなの?」
「逃してもらった立場で言うのもアレだけど、一対一じゃ正直勝ち目はない。本来ならば私だってリュートと一緒に戦うつもりだった。リュートが行けって言うから、仕方なく来ただけよ」
『リズ、ほのか、リュート、聞こえるか』
そのとき、語からの通信が入った。カティナがいないのに通信ができるということは、王がコンダクターにロールチェンジしたという証拠。
「王が通信を?」
『そういうことだ。すぐに向かう。三人は持ちこたえてくれ。特に、リュート』
『厳しいこと言うね、善処しよう』
それ以降、誰の声も聞こえなくなった。それでもいいのだ、彼の声が聞けたから。私はまた頑張れるんだと、自分に言い聞かせる。
「通信が復活したか。これで、語か京介が王様ってことになるな。しかし、到着までの時間は稼がせないぞ」
普通にやっていたら勝てない。私は、私たちは確実に負ける。
肺に溜まった熱い息を、絞りだすように吐いた。
わかっている、私がやるしかない。
幼い頃から、両親にも、そして傑にも言われていたことがある。それは私が『サヴァン症候群』であるということ。
サヴァン症候群は、ある特定の分野において比類なき力を発揮する。が、その大半の人間はなにかしらの障害を持っていることが多い。障害を持たないものも当然いるが稀有だ。その稀有の中に私は含まれ、とある能力を行使することができる。しかしながら、力を使うのはかなりの労力と神経を消費してしまう。霊法院断真と戦うまではとっておきたかったのだけれど、そういうわけにもいかなくなった。
「二人まとめてドロップアウトだ」
来る。
地面を踏みしめたレイナは、剣を胸の横に構えた。そして切っ先をこちらに向け、前傾姿勢で突撃してきた。
ほのかにはきっと捉えきれないだろう。が、攻撃の矛先も、素早い動きも、楽しそうな笑顔も、私の目にははっきりと見える。周りの人間は私の先天的能力を『超感覚模写イミタシオン』と、そう呼んだ。そしてそれこそが私の切り札だ。
ただ「真似よう」と思った人間の動きがよく見える。そして、最終的には模写する。対象人物の動きが多少遅く見える程度だが、神経を研ぎ澄ますことで動きの詳細と捉えることが可能。この力を使いこなすために身体を鍛えてきたのだ。私の身体能力を上回るような行動は不可能なのだ。
ほのかを突き飛ばしてから、レイナの攻撃を槍で受け止めて方向を変える。一度はやり過ごしたが、彼女は距離をとってからまた同じように突撃してくる。今度は二本の槍を十字にし、完璧に停止させた。
「リゼット、やはり最高だよお前は。戦闘能力だけならばスレイプニルでも一番だろう。一対一では誰も勝てない。私だってそうだ。でもきっと、団体戦闘においての能力は、おそらくほのかと同等。つまり最低ラインだ」
「どういうこと?」
剣を弾き返し、一メートルほどの距離をおいた。後退したが、もう一度彼女は前進し、剣を振り下ろす。私はそれを左の槍で受け止め、右の槍で彼女の身体を突いた。が、ひらりと身を反転させ、いとも簡単に避けられてしまう。
「足りないのは積み重ねてきた時間だよ。お前が団体戦闘をしてこなかったというのはすぐにわかった。ただ個人技能が高いだけでは、コミュニティストラグルは勝ち残れないんだよ」
下段からの切り上げを左に避け、中段の横薙ぎをバックステップ。攻撃を避けてからの刺突を、槍で地面に叩きつけた。
「いいねえ! でも無駄なものは無駄なんだよ!」
足払いをされた私は、バランスを失った。それを見たレイナは、もう一度切っ先をこちらに向ける。そして、高速の刺突。
身体ではなく顔に飛んでくるその攻撃を、私は穏やかな気持ちで見ていた。そう、見えていたのだ。
「速度は一緒。身体も脳も理解していれば、バランス感覚なんてあってないようなもの」
腹部に目一杯力を入れ、顔を背けつつギリギリのラインで避けた。即座に槍を地面に突き立て、それを軸にして身体を回転させた。遠心力を利用し、蹴りでレイナを追い払う。
「ちっ! なんだ、急に動きがよくなったぞ……!」
流動魔法を使って接近する際、剣撃で進行を塞がれた。
「アナタの最高速はもう見たわ」
右手に持つ槍の柄で絡めとり、左の槍の柄で腹を殴る。
「フォーサーエンハンス、ターゲットセルフ」
他人に対して能力強化を行えるのがフォーサーの特徴。けれど、自分だってその対象に入っている。フォーサーエンハンスとは、ただターゲットを指定して能力強化を行えるというだけなのだから。
足がもつれたレイナ。だが、しっかりと立てなおして、今度は下段から仕掛けてきた。
「それはもう見た」
同じ攻撃で、それを弾いた。
「なっ……!」
「これで、終わりよ」
「なーんてな」
嫌な予感がして、急いで距離を取る。
ヒュッと、耳元で風切音が聞こえた。次の瞬間、目の前を鎖鎌が通り過ぎる。
「二本あるんだな、これが」
右腹部に激痛が走った。
鎖を付けた鎌が、深々とめり込んでいる。鎖を目でたどってみれば、その先にはマイナの姿があった。
「今まで突撃し続けたのは……!」
「私が危険にさらされても、マイナがかんとかしてくれるからだ」
体力が徐々に減り、回復してもらったのに半分もない。
急いで鎌を抜こうとした、そのときだった。
「エクステンドヒール!」
腹部の鎌を蹴り飛ばし、空に浮いたそれを手で掴んだほのか。さっきのように私の体力を回復し、小さな体躯でレイナへと疾駆していった。
行ってはいけない。勝ち目なんてない。いや、今考えるのはそこじゃないはずだ。
目配せ一つもしない。が、意図は汲みとった。これが、最後だ。
「お前じゃ私には敵わないよ!」
ほのかが拳を前に突き出す。
私はそれを追い掛ける。
レイナは剣を振る。
左手の槍を捨て、二本目の鎌を掴み取った。
ほのかの身体が、横に一刀両断される。でも、それは私もほのかも知っていることだ。
「止めたわよ。あんたの剣……!」
「最初からこれが目的か!」
レイナからコピーした最速の刺突。消え行くほのかの身体を、私の槍が貫いた。その槍は、レイナの胸に深々と突き刺さる。
「チェックメイトよ」
「仲間を壁にしたか」
「私とリズをバカにした報いよ」
そう言い残し、先にほのかが消えていった。
「好き勝手やった報いもある、かな」
レイナも、寂しそうに微笑んだまま消えた。
しかし気は抜けない。まだマイナが残っているのだ。
そう思ったが、周囲にマイナの姿はなかった。鎌を二本とも置いていったのか。
「レイナは倒した。けど、ほのかもやられた。それとマイナに逃げられた」
『適当三行ありがとう。お前はリュートと合流してくれ』
語の声が、耳を通して胸に染みわたる。心の底から安心できるのは、やはりこの人の側なのだと思った。
「でもマイナが――」
『マイナは今、俺の目の前にいるんだよ』

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