傷だらけの限界超越(リミットブレイク)

絢野悠

第1話

「今日は入学式、お前の弟も入ってくるんだろ? 話題の麒麟児、鳴神薫なるかみかおるがさ」
「ああ、そうだ。まあ俺は一般科だから関係ないけどな」
一日の授業も終わり、俺はいつも通り紫宮京介(しのみやきょうすけ)と屋上に来ていた。売店で買ったジュースを飲みながら、フェンス越しにグラウンドを見下ろす。特にこれといって用事はないのだが、こうするのが日課になっていた。
「一般科に移ったことに関してはなにも言わない。ただな、お前には間違いなく軍事科の方が合ってると思うぜ?」
「言ってんじゃねーか」
ストローを口にくわえたまま、俺はフェンスから離れた。
「まあ待てよ兄弟」
「お前と血を分けた覚えはない」
「なんとか兄弟か……?」
「うるせーよ童貞」
俺が屋上を出れば、京介もついてくる。
階段を降り、売店のある踊り場に出た。ここにはいろんな店があり、文房具専門の売店や食品専門の売店、洋服や靴まで売っている。
私立征旺せいおう学園は五つの学部があり、それぞれ五年制だ。俺は今一般科に在籍していた。中高一貫であり、俺も一応中等部から征旺の生徒だ。しかし高等部からでないと学科編成はないため、中等部は普通の学校と変わらないのだ。
一般科は基本的な学力を向上させ、大学までの資格を与え、より良い就職先を提供するのが目的。
被服科は服飾についての知識を学び、そういった方面への就職を促す場。
音楽科は音楽の歴史を学び、楽器や声楽で音楽家を目指す。
医療科は看護師や医者を目指す人間が集う。
そして、俺が元いた軍事科は、軍隊へと入るための修練施設のようなものだった。また、それぞれの学科を卒業した者が教師になることも少なくない。
『トランスフィクサー』という特殊な力。それを使う者をディボーターと呼び、戦場で人を殺し、陣地を奪い合う。
五百年以上前に開発されたトラフィックギフトと呼ばれる装飾具を装備することで、九個ある職種ロールのどれかを選択し、戦闘を有利に進めるための力。それがトランスフィクサーだ。
職種には自身の身体能力、魔法能力を高める効果がある。エンハンスという必殺技も職種ごとや個人ごとによってに異なり、より一層その力を引き出してくれる。しかしエンハンスはいつでも使えるわけではなく、トランスフィクサー使用中にエンハンスゲージが上昇、ゲージが一本溜まるとエンハンスを使える。
まあそのエンハンスゲージも個々に差があり、ディボーター全体での平均は五本と言われていた。
俺は二本しかゲージを持たないが、別にコンプレックスというほどでもない。諦め半分、受け止め半分だ。
踊り場に降りた俺たちは、そのまま階下へと向かおうとした。だが、妙な人だかりにそれを阻まれてしまった。
「おい京介、なんだよこの人だかり」
「そんなの俺が聞きたいくらいだぜ」
思うように前に進めない。が、イライラしているわけではない。俺は怒ることをやめたんだ。誰がなにをしようと怒らないし、そんな無駄なことに労力を裂こうとも思わない。
そう、決めたんだ。
「仕方ない、向こうの階段から行くか」
「だな――」
「兄さん! にーさーん!」
先の方にある別の階段に行こうとした時、あいつの声が聞こえた。
辺りを見渡すと、妙な人混みの中から手を振っているではないか。しかも、その人混みをかき分けて、こちらへと走ってくる。その人物は、俺と京介の前で立ち止まった。
「あの人混みはお前のせいか、薫」
「僕は人混みって苦手なんだけど、なんでかみんな集まってきちゃうんだよね」
薫は子供っぽい笑みを浮かべ、小さく舌を出した。
俺と薫は年齢的に二つ離れている。感情的でイタズラが好きで、それでいて社交的でイケメン。それが俺の弟である鳴神薫という人物だった。
中等部の頃から麒麟児と称され、世界的に注目されていた弟。十一本のエンハンスゲージを持ち、中等部トランスフィクサーの模擬戦でも常にエースだった。頭もよくてなんでも器用にこなす薫は、どの職種であっても対応できる万能さも備えていた。
方や俺はパッとしない成績、パッとしない顔で、運動だって薫には勝てない。戦闘力だって弟以下で、今全力で戦ったところでこいつには勝てる気がしない。
俺が一般科に移ったのには、そういった理由もある。
「俺も人混みが苦手だ。だからさっさと散らせてくれ」
「じゃあ、兄さんのお願いを聞いたら、兄さんは僕のお願いも聞いてくれる?」
「あんまり聞きたくないけど、お前のお願いってなに?」
「僕と勝負してよ」
喧騒の中でする会話だ、当然少しくらいは声を張る。そのため、周りにもしっかりと聞かれてしまっていた。
たくさんの生徒たちの視線が肌に刺さる。その感覚がやけに気持ち悪い。昔から俺が注目される状況は、俺にとってマイナスの要素しか含まなかった。
本当に鳴神家の者なのか。あれでは面汚しではないか。そんな記憶しかない。
「おいおい、俺がお前に勝てるとでも思ってんのか? 無理無理。ただの一般科の生徒が、ガチ軍事科に勝てるわけないだろーが」
「僕は一年、兄さんは三年。なんとかなるんじゃないかな?」
一度俺を見た薫は、俺の意思を聞く前に一人で歩き出した。ついて来いってことか。
「マジで行くのか? マジでやる気なのか? お前弱いのに?」
「あーもううるせーな黙ってろよ。あいつはな、いつもいつも、顔を合わせる度に俺と戦いたがってたんだ。同じ学校になっちまったんだ、一回くらいはいいかって、そう思う」
「惨敗でもすればいいって、そうも思ってるだろ」
「さすが京介、よくわかってるじゃねーか」
薫は手の甲で野次馬を追い払いながら進んでいく。雑だが、俺の『お願い』は聞いてくれてるんだな。一応程度だけど。
一つため息を吐き、俺も後を追った。
大きな大きな踊り場の端、いくつも並ぶ模擬訓練施設【ソティルケージ】の一つに入っていく薫。そして、俺もその中に入った。
本来は戦場にて生身で行うのだが、学生の俺たちはこのケージ内でしか、トラフィックギフトの使用を認められていない。ケージ内で死ぬことはなく、個々の体力値がゼロになるとトラフィックギフトがセーフティモードに入り、それ以上ダメージを受けなくなる。団体で行うコミュニティストラグルならば、体力がゼロになったところでケージからはじき出される。仕組みは授業でならったが、よく覚えていない。
この学校は一つの棟に一つの学科が入っている。そしてその棟を繋げている唯一の架け橋が踊り場だった。学生全員を収容できるだけの食堂もあるため、踊り場はものすごく大きい。
「結局、野次馬が増えたな」
ガラス張りのケージの外には、たくさんの生徒が群がっていた。ガラスは魔法で強化されているため壊れることはまずない。が、ガラス張りのため晒し者である。
「まあいいじゃないか。兄さんの力を見せつけるいいチャンスだ」
薫はトラフィックギフトを操作しながらそう言った。
「悪いんだが、俺は軍事科から移った際にトラフィックギフトを返上してる」
「知ってるよ」
ポケットから出した腕輪を、俺に投げてよこした。これさえなければ断れると思ったのに。
「用意良すぎだろ……」
今日はため息ばかり出る日だ。そう思いながら、トラフィックギフトを腕に付けた。俺がじいちゃんの家で使っていた、じいちゃんからもらったもの。一般科に移った際に返したはずなのにな。
「兄さんは相変わらずストライカーなの?」
「俺はこれ以外やったことないんだ。ほっとけ」
トラフィックギフトを操作し、空中に半透明のコンソールを出す。ステータス画面を見れば、あいも変わらず平凡を下回る能力値で、ここでもまたため息が出る。
鳴神語なるかみかたる、体力値B、攻撃値B、防御値C、魔導値E、抵抗値D、敏捷値C、感性値D、頭脳値C、エンハンスゲージ2】
基本的にはこのまんまの能力。体力は耐久力、攻撃は攻撃力、防御は防御力、魔導は魔法攻撃力、抵抗は魔法防御力、敏捷は反応速度や運動神経、感性は感情の波の大きさ、頭脳は頭の良さや回転の速さだ。エンハンスゲージの本数というのは劇的に変わることなどなく、先天的に持つ本数が全て。つまりこれも才能と言っていいだろう。
こういうふうに評価されると、能力の低さに愕然とする。俺よりも能力が低い奴はいることはいるが。
『鳴神の面汚し』
その言葉が頭をよぎる。昔からそうやって、後ろ指を刺されてきた。今でもなおトラウマであり、俺が自信を持てない理由でもあった。
実家が嫌いな理由も、間違いなくそこにある。
毎日塞ぎ込み、徐々に外に出なくなった俺を救ってくれたのはじいちゃんだった。俺は小さい頃から実家を離れ、じいちゃんと一緒に住むようになった。ごくたまにねえちゃんや薫も来ていたな。
じいちゃんは世界的にも有名な軍人。今は退役しているが、指導役兼監督責任者として、まだ軍部には残っているらしい。
コンソールをスクロールさせ、現在の順位を確認した。
【学年別考査順位四百七十三位、個人実技順位四百七十三位、総合順位二千三百位】
学年別考査順位とは、期末考査の順位。個人実技順位は、期末考査と共に行われる実技試験の順位だ。総合順位とは軍事科の生徒が学年に関係なく、同じ筆記試験、同じ実技試験、同じ適性検査を受けて順位を決める校内総合順位というものがある。基本的には生徒の上下はこの総合順位を使ったりすることが多い。
俺の場合は一般科なので軍事科の期末考査はしてないし、実技試験だって受けていない。そのため順位は最下位だ。総合順位だけは最下位ではないが、二年前のデータを継承しているため、当時自分よりも下だった者や後輩たちに抜かれ放題だ。一応軍事科の生徒は一学年に五百人程度で、それが五年生まである。つまり最低順位は二千五百位くらいだろうか。
軽くため息をついたが、まあ仕方がない。
「さあ始めようか」
薫の左手にある腕輪が、青い光を放つ。
「満足するかどうかはわからんがね、これっきりにしてくれ」
コンソールを操作し、自分用の設定に書き換える。二年前のままだから、多少いじらないと上手く操作できないだろう。
最後のロールセレクトで『ストライカー』を選ぶ。半透明なコンソールが消え、腕輪が青く光り出した。
ストライカーは近接攻撃型のロールであり、身体能力の上昇も攻撃力が一番高い。魔導値や抵抗値はそこまで高くならないが、トランスフィクサーを使っている時点で魔法は使える。得意じゃないから使わないが。
「いざ」
「尋常に」
「「勝負!」」
薫は間違いなく全力で来る。ということはつまり、ロールセレクトは『ラウンダー』だ。エンハンスは基本的に、全てのスピードを超高速にする能力。攻撃力を極大にするストライカーとはほぼ真逆に位置していた。
薫の素早い右ストレートを左手で叩き落とす。その際、俺も後方へとバックステップし、攻撃を見切りやすくした。
蹴りが飛んでくるも、俺はすぐに着地し、サイドステップで次を受けないように。避けたからといってすぐ攻めてもいいことはない。攻撃は打ったら戻し、打ったら戻す。その速度を上げるのは当然で、迂闊に攻撃してはカウンターをもらう可能性が高くなるのだ
ハイキックの勢いを殺すことなく、今度は回し蹴りが襲いかかる。
「回し蹴りは」
ふくらはぎを肘鉄で受け止めてやる。
「そうやって打つもんじゃねーよ」
肘を伸ばし、掌底を打ち出した。
「ぐっ……!」
体勢を崩した薫だが、素早く俺と距離を取った。と、思ったのもつかの間。
「下からに弱い!」
身体を沈め、アッパーを繰り出してきた。昔よりも動きにキレがある。そしてなによりも速い。運動能力も判断能力も、俺が知っている薫とは違う。
両手をクロスさせてアッパーを受け止めたが、咄嗟のことだったので上手く防御できなかった。おぼつかない足取りのまま、今度は俺が距離を取る羽目になった。
「まだまだ!」
そして乱打戦に持ち込まれてしまった。
攻撃の速度は上がる一方で、魔法で身体強化しているというのがすぐにわかった。
薫は全ての能力が高い。通常戦闘は当たり前として、武器の扱い、指揮官としての器、魔法の才能。俺にはないものを、たくさん持っている。
本来、人間にという種族には魔法を扱う力はなかった。トラフィックギフトを使って初めて、魔法という異常な力を行使できる。魔法はトランスフィクサーを使えばどのロールでも行使できる。が、基本的に魔法を使えるのは、魔法攻撃を主体とする『ブラスター』や回復や補助を主体とする『ヒーラー』、魔法力を味方に分け与える『フォーサー』など。魔法の素質が高い人ならば索敵能力に長けた『コンダクター』などの他の職種でも使える。ラウンダーでブラスター並に魔法が使える人間というのもレアケースだ。
「兄さんだって、隠してる魔法があるだろう!」
薫の拳が頬を掠めた。その痛みはまるで、切り傷を作った時のような痛みだ。
一回攻撃が通り始めると、二撃、三撃ともらってしまう。まだクリーンヒットと呼べるようなものはないが、このままいくとまずいのは確かだ。
俺には魔法の才なんてない。一応強化は使えるが、元々の魔法力が低いので制御しないとすぐに底が見える。しかし、薫が言っているのはそういうことではない。
不利を覆す魔法。俺がじいちゃんに教わった、そんな魔法。薫も使えるはずだが、俺の場合は今使わないと勝負を継続できなさそうだ。
さっさと負けるはずだったが、薫の姿を見ていてそれは失礼だと考えてしまった。
人を乗せるのが上手いのか、俺が乗せられやすいのか。それはあまり考えないように努めた。
「やってやるよ」
こうやって熱くなるのは性じゃない。それでもなぜか、薫とこうしていると昔を思い出してしまったから。
落ちぶれてしまう前の、まだ前を見ていた頃の俺を、思い出してしまった。
流動魔法エフケリアスペル、発動」
魔法をほとんど使えなかったじいちゃんが、唯一ちゃんと使える魔法。何年も掛けて作り上げ、その魔法の権威となり、その魔法だけで軍部のトップまで上り詰めた、そんな力。
小さい流れを大きくし、正の流れを逆にする。物質の流れ、動き、ベクトルを自由に操る、そんな魔法。
少しの魔法力であっても使えるのだが、使えるようになるまでが修羅の道とさえ言われていた。俺はずっと、じいちゃんの家で教えてもらっていたんだ。まあ姉ちゃんも薫も使えるらしく、その優秀さが伺えた。
一回でいい。
振り切った薫の左腕に、俺は右手の平を当てた。
「流れを、この手に」
振り切られた腕の勢いを何倍にも加速させれば、一瞬で薫との距離が近づく。
あとはただ、俺は握りこぶしを作るだけでいい。相手が勝手に攻撃されに来るのだから。
「知ってるよそんなの!」
ギリギリで躱した薫だが、こっちだってそんなのは知っている。
「俺も知ってる」
傾く薫の身体に左手を当て、その速度を加速させた。その左手は薫の腹にクリーンヒット。
「さ、さすが兄さん……」
少しばかり後退した薫だが、まだまだやる気満々だ。あの楽しそうな笑顔が物語っている。
「まだやるのかよ、正直しんどいんだが」
「まだこれからじゃないか!」
「頼もう!」
突如、ケージの外から声を掛けられた。ケージを解放すると、そいつが入ってくる。決着のつかない戦闘に介入するのはご法度だが、見た目からわかる通りの不良には、そんなことを言っても無意味だろう。モヒカンなんて初めて見るぞ。
「なんだ、お前は」
興を削がれたためか、薫は不服そうに言った。
「俺の名はヒッグス。現在コミュニティランキング五十二位の『ハウンドドッグ』リーダーだ。今日は鳴神薫を勧誘しにきた」
ヒッグスと名乗った人物のことは、まあ噂程度なら知っている。なにせメンバーのほとんどが無法者で、学校で悪目立ちがすぎるのだ。実際見るのは始めてだったので、少々面食らってしまった。
タイの色が黒ってことは五年生か。一年が白、二年が黄、三年が赤、四年が青、五年が黒というふうに、学校の規則で決まっていた。
「僕を勧誘する? 先輩は五年生みたいだけど、僕より弱い人の下にはつきたくないな。それに、僕はもうコミュニティに所属している」
「あん? そんな話聞いてねぇぞ?」
首をかしげるヒッグスとは逆に、薫はなぜか誇らしげに笑っていた。
「入学した直後だってのに、もうどっかに入ったのか。まあ俺には関係ないけど」
「なに言ってるんだい兄さん。コミュニティリーダーは兄さんだよ?」
一瞬だけ、時間が止まったような気がした。
「いやいや、俺は一般科なんだって。軍事科のコミュニティになんて入れるわけねーだろ。しかもリーダーとかありえないから」
「その辺に関しては問題ないよ。だよね、姉さん」
「うむ、ちゃんとした手続きもした。語も明日から軍事科だ! よかったな!」
背後からの聞き慣れた声。それは紛うことなき実姉の声だ。
征旺学園は世界的にも有名で、優秀な人材を排出してきた。そこの教師であり、学生の頃は天才と言われていた鳴神奉なるかみまつる。誰もがエリートとして軍人になるのだと思っていたが、周囲の期待とは裏腹に、彼女は教師という道を選んだ。
いい姉だと思う。誰に対しても気が利くし、俺や薫にも優しい。が、とても強引な部分がある。
「ははっ、冗談はやめてくれよ」
「冗談ではない。それに、これはお祖父様の意向でもある」
それを言われると俺も困ってしまう。じいちゃんには世話になってるし、尊敬もしている。なによりも俺はじいちゃんが好きだから、迷惑をかけたくなかった。
確かに一般科へと移ったとき、少し残念そうな顔をしていたな。あのときは自分のことしか考えられなかったけど、俺だってじいちゃんを悲しませたいわけじゃないんだ。
「じゃあコミュニティの件は? 作った覚えはないんだが……」
「薫に言われて作っておいたぞ! ほら、メンバー証だ!」
そう言って、姉さんは俺にカードを渡してきた。それは、今朝から見当たらなかった俺の学生証。背景の色が一般科の緑色から、軍事科の黄色に変わっていた。
【コミュニティ:スレイプニル】
プロフィールの中にあるコミュニティの欄にそう書いてある。そしてリーダーも、薫が言っていた通り俺になっている。
学生証に触れ、コンソールを出す。暗証番号を入力し、コミュニティの詳細を出した。
「おい、でもメンバーが薫しかいねーぞ……」
「これから増やしていこうね! 兄さん!」
「腕にしがみつくなよ暑苦しい!」
「俺様をノケモノにして楽しそうに会話してんじゃねーぞ!」
今まで黙っていたヒッグス。だが、額に浮き上がった血管が激怒を物語っていた。
「まあそういうことなんですよヒッグス先輩。申し訳ありません」
「別に謝る必要はねえだろ。これからキャプチャーバトルを申請すりゃいいだけだ」
額に浮き上がる血管はそのままだが、妙に冷静な口調だった。
「スレイプニルにキャプチャーバトルで勝ち、僕を奪取すると」
「まだ新参のチームなんざ、ランキングバトルで勝っても意味ねーしな。こっちのランキングが上がらないような無駄な勝負はしねーよ。先生、承認してくれ」
「いいだろう、学生証を出せ。当然、語もな」
「俺はまだやるとは――」
「メンバーが二人だからって、舐めない方がいいですよ?」
この流れを切ろうとしたのに、なぜ薫は挑発しているのか。
「なんでお前はそんなに強気なんだよ! 二人でなんともならない競技でも出たらどうすんだよ!」
「そういうときこそ助っ人参上ってな」
「ようやく語がその気になったんだもの、私たちだって手伝うわよ?」
ケージの中に入ってきたのは二人の男女。中等部時代からの友人だ。
「京介はどうでもいいが、望未までいたのか」
「おい! 俺のことバカにしてんだろ!」
「最初は騒ぎを聞きつけただけだったんだけどね。こうなっちゃったらやるしかないでしょ?」
「二人とも俺の話を聞けよって!」
京介はこの際無視しよう。
高等部になったとき、俺は軍事科にいた。紫宮京介と徳倉望未(とくらのぞみ)は中等部時代からの友人であり、同じコミュニティにも所属していた。望未はお節介だがリーダーシップがあり、とても頼りになる人物だ。ウェーブがかった長髪を後ろで結い、メガネをかけ直す姿が様になる。スタイルもいいが、どうしても女性としても見られないは性格のせいか。
「お前らだってコミュニティがあるだろう? 所属コミュニティ以外でのコミュニティストラグルはご法度じゃなかったか?」
「は? 俺はいつ新しいコミュニティに入ったって言ったよ」
「私も同じね。あれからずっと一人で寂しい思いをしてたわ」
「そういう言い方やめりろよ、勘違いされるだろうが。でも、コミュニティに入ってた方が成績だってよくなる。シングルバトルや筆記だけじゃ限界があるだろうに」
「問題ないわ。私は元々成績はいい方だったしね」
「俺は結構きつかったけどな。それでも、また戻ってくるんじゃねーかって、俺も望未もそう思ってたんだよ」
「お前ら……」
つい口ごもってしまう。
俺の意思で戻ったわけじゃないにしろ、こういうのも悪くないと思った。
「感動はまた今度にしろよ? 今はそれどころじゃねえ」
「そうね、落ち着いてから仲間のありがたみを知りなさい」
「お前らホントバカだわ」
頭に手を当て、俺はそう言った。戻ってくるかどうかもわからない俺を待っていたなんて、バカとしか言いようがない。間違っても「ありがとう」なんて言えなかった。おそらくだが、そんなことを言ったら一生イジられる。
バカ発言を聞き、京介は開いた口が塞がらない様子。だが、望未はそうじゃなかった。
「はいはい、京介だってなんとなくわかってたでしょ? 待ってたのは私たちの勝手なんだから」
「ま、そりゃそうだ」
俺たち三人の性格はバラバラだ。が、性格的な共通点はある。
「いつも通り、テキトーだな俺ら」
俺はそう言った。二人もそれはわかっているから、特に反論はないようだ。
「先生、俺たちもスレイプニルに入るぜ。認可を頼みたい」
姉さんはほくそ笑み、二人の学生証を受け取った。教員が常に持っているカードリーダーに差し込み、一枚につき数秒の操作を行った。
「ようやくお前たちもコミュニティに入ったな。このままだと留年だったぞ?」
「ごめんね奉ちゃん」
「ま、二人とも語の理解者だ、許してやろう。それとな、もう一人メンバーがいるんだ。出てこいリゼット」
人混みの中から、金色の長髪をなびかせた少女が現れる。タイは俺たちと同じ赤だ。
その歩みはしなやかで、淑やかで、上品さが感じられる。瞳は澄んだエメラルド、肌は雪のように白く、とても美しい。制服の上からでもわかるほどに胸が大きく、それでいて細い。スカートから伸びる長い足はストッキングで覆われ、それもまた非常に艶やかに見えた。身長は望未と同じくらいで、俺よりも頭一つ分低い。
「リゼット=サリファ、今日からこの学校に編入してきた。リズと呼んで欲しい。転入してきた目的は、語のそばにいたかったから」
彼女は今なんと言ったのか。無表情で、サラッとすごいことを言ったような。
「ちょっとよく聞こえなかったんだが」
「それじゃあもう一度言おう。語の伴侶になりに来た」
「更に飛躍したんだが」
「おい語、この美人は一体誰なんだ? お前とはどういう関係なんだ?」
と、京介が肩を組んでくる。
「私も聞きたいところだわ」
望未はジト目で俺を睨む。やましいことなどしていないはずなのに、なんだか胸が苦しくなってきた。いや、胃だなこれは。
「当然僕だって聞きたいよ! 僕を差し置いてなにを考えているんだ! 無断に兄さんの伴侶になるなんて許せない!」
最後に薫がわめきたてた。
肩を組んだり背中にのしかかったりと、三人分の体重を支えるのはキツイ。
「俺はこの子のことなんて知らないぞ」
あまり大声では言えないが、女性の知り合いは多くない。しかもこんなに美人なら覚えていない方がおかしい。
「語」
「な、なんだリズ」
初対面で女性の名前を呼ぶのは若干恥ずかしいな。呼ばれるのももちろん恥ずかしいのだが。
「昔少しだけ一緒に暮らしたことがある」
「どこでだ? 俺は記憶にないぞ」
すぐるの家で。私が引き取られた直後、少しの間一緒に暮らしていた」
じいちゃんの家で一緒に暮らした。そう言われ、俺は過去の記憶を掬い上げていった。そして、じいちゃんが拾ってきた金髪少女のことを思い出した。髪の毛はぼさぼさだったし、今のような艶やかさは微塵もなかった。常に無表情だったし、ほとんど口も開かない。感情を上手く表に出せないのは昔から変わってないらしい。
「それはいいとして、なんで俺の嫁なんかに――」
「おいお前ら! いつまでそうやってやってるつもりなんだよ!」
大声が室内に木霊した。ヒッグスの方を見れば、すでにメンバーが揃っているようだった。
その中で一人、場違いな人物が目に留まる。不良の吹き溜まりみたいな場所に、少女が一人だけいるのだ。背が低い、ショートカットの少女だ。くせっ毛なのか、髪の毛が右へ左へとカールしている。顔を含めてパーツは全体的に小さめ、横に結われた口元から聡明さが見え隠れしている。
「カティナ=オルディフね。二年生でありながら総合順位七十六位。メインロールはスナイパー。弱小のコミュニティからヒッグスが無理矢理引奪いとったって感じね」
「望未はそういうの詳しいな。頼りになる」
「頭を使う作業は好きなのよ。まあ今調べただけのなだけど」
スナイパーは時にガンナーともアーチャーとも呼ばれている。遠距離型をスナイパー、近距離型をガンナー、弓を使った変則型をアーチャーなど。しかし基本的にはスナイパーで通っている。絶対数は少なくないが、なかなか強いスナイパーが現れない。そのため、高ランクのスナイパーはどのコミュニティだって垂涎ものだ。
「先生! こっちはさっさと始めたいんだけどよお!」
「わかったわかった。大声を出すんじゃない」
姉さんがヒッグスたちをなだめた後で、全員の学生証を回収した。
「両者前へ」
向こうは九人のフルメンバー。かたやこっちは即興の五人。さてどうやって戦うべきか。
「ハウンドドッグのキャプチャーは薫だが、スレイプニルはどうする?」
「当然、カティナ=オルディフを指名する」
と、望未は言った。完全に乗っ取られたなこりゃ。俺よりはリーダーに向いてるし、面倒な役割を買って出てくれるならその限りではない。
カティナを一瞥すると、彼女は恥ずかしそうに頬を染め、顔を伏せた。もしかして極度の顔見知りなのだろうか。
「わかった。両者のターゲットが決まったところでヴェルフェルを始める」
姉さんがカードリーダーを胸の前に出すと、立体映像が浮かび上がる。そして二つのサイコロが出現した。姉さんが立体映像に触れると、サイコロは周り、周囲へと散らばった。
このサイコロを振る行動をヴェルフェルと言い、これによりバトルフィールドとバトルカテゴリーが選択される。
フィールドの種類は様々で、荒野のデザート、森林のフォレスト、崩壊都市のディバークルなどがある。カテゴリーはそのフィールドで行われるバトル形式のことだ。
教師たちのカードリーダーには、ソティルケージの形状を擬似的に変える力を持つ。ケージ内でコミュニティストラグルを行うには、教師の立ち会いが必要なのだ。
ランキングバトル、キャプチャーバトル、どちらでもこれは共通だ。
「フィールドはフォレスト、カテゴリーはフラッグ!」
木が生い茂っていて蒸し暑いフォレスト、通称森か。
「リズ、フラッグのルールはわかるか?」
一応声を掛けておく。
「傑に教わってるから大丈夫。フラッグは、相手の陣地にある旗を取り、十秒間保持すれば勝ちのゲーム」
「じゃあトラフィックギフトの思念通話のことは?」
「それも大丈夫。トラフィックギフト自体は使っていたから」
思念通話は受信者と送信者の意思が合意したときに限り、口に出さなくても会話できる機能。これも魔法が使える場所でしか使えず、しかも「今から思念通話するから」っていう意思疎通を行う必要がある。なんとも言えない機能の一つだ。
「よしよし、それなら大丈夫そうだな」
俺がそう言うと、なぜかリズはもじもじと身を捩らせた。
「ど、どうした?」
「褒めて、くれないの?」
「あーうん、すごい、すごいよ。褒める、超褒める」
しかし、まだもじもじしている。頭を俺の方に向けているところを見ると、もしかしてあれをしないとダメなのか。
「おい語、早くやってやれよ」
「ほら語、待ってるじゃない」
悪友二人に背中を押され、俺は仕方なく、仕方なくリズの頭をなでた。大事なことなので二回言うしかあるまい。
何度か撫でてやると、彼女はくすぐったそうにしていた。心なしか嬉しそうなのは気のせいということにしておこう。
「おい兄よ、すでにフィールドは展開しているぞ」
「お、おう。すまないな、弟よ」
だだっ広い空間で、俺たち五人は自陣にいた。フィールド展開と同時に自陣に移されるため、ハウンドドッグも俺たちとは反対側の陣地にいるだろう。
少し深めに呼吸をすると、草木の香りに満たされる。こういうリアルなところ、今の魔法科学というのは素晴らしいなと思わされる。まあ上空に鳥が飛んでいるわけでも、昆虫がいるわけでもない。そもそもこの森林には生物がいないのだ。空間そのものを熱帯雨林に飛ばしたわけではなく、訓練施設を媒体にして空間を広げ、魔法によって擬似的に創りだしているに過ぎない。ガラス張りの部屋も、周りから見えるからという理由ではない。正確にはガラスではなく、ガラスのようなもので形作られていた。魔法透過度が非常に高い物質だ。これにより、フィールドを作るのも容易になる。
試合開始までの五分間は作戦会議に当てられる。と言っても、俺たちはまず自己紹介から始まったので、少し時間を気にする必要があった。
どの学校であっても基本的な公式ルールがいくつかあり、その一つがセーフティをオンにしておくこと。ある一定以上の身体的ダメージを負うとフィールドから飛ばされる機能だ。あとはロールチェンジと呼ばれる職種の変更は一度きり。誰かがその職種になっていた場合、その人と職種を交換することになる。もしもフリーならばただ職種が変わるだけで済む。
「それじゃあまずは職種を決めないといけないわね。といっても、どうせ語はストライカーだし京介はゲイナーでしょ」
「俺はストライカー専門だからな」
「俺は別にゲイナー専門ってわけじゃないからな!?」
「じゃあどうするのかしら?」
「そうだな、ここはフォーサーでも」
「絶対無理だな」
「絶対無理ね」
「なんでお前らそうやって簡単に否定するんだよ!?」
「フォーサーは魔法力が高いやつがやるロールだ。的確に自分の魔法力を味方に分け与え、戦況を有利に進めようとする眼が必要なんだぞ」
「アンタにはゲイナーが一番合ってるわよ。少量の魔法力で防御壁を展開して味方を守る。いいじゃない」
「わかった……もうわかったよ……」
「それじゃあ私は魔法攻撃主体のブラスターで、薫くんはラウンダー、リズはフォーサーでいいかしら?」
「僕のことは呼び捨てでいいですよ。職種もラウンダーでいいんですけど、徳倉先輩はブラスターじゃない方がいいと思います」
「ちょ、ちょっと。私は一年の頃からブラスター志望だったんだけど」
「望未は昔からコンダクター一択だよ。俺と京介の中じゃな」
「後ろにドカッと構えて、索敵しながら指揮をとる。お前に一番向いてるのはコンダクター以外ありえねえよ」
「わかったわよもう……」
「あの」
ここにきて、今まで黙っていたリズが口を開いた。
「リズもなにか不満? いいわよ、言っても」
「私はトランスフィクサーでのコミュニティストラグルは初めてなの。だから、ラウンダーにして欲しい」
「と、いうことだけど薫はどう? 個人的には薫ならどこだっていけると思ってるわ」
「そこまで評価してもらえてるなら、喜んで譲りますよ。フォーサーあたりでいいです」
「オーケー、物分かりのいいメンバーは楽でいいわ。ロールチェンジは自由、必要ならばしてもいいということで。異論はない?」
それについては全員が頷いた。
「よし決定ね。ちょうどいい時間じゃない」
「いやいや、まだ作戦とか考えてないだろ……」
この辺は本当に昔から変わらない。俺が横槍を入れていかないと、話の方向が定まらなく鳴ってしまうのだ。
「あーそっか。じゃあ語を最前衛にして、右側を涼介、左側をリズ。三人でトライアングルね。薫と私が後衛。後ろでフラッグを守る私が最後衛。トライアングルツーストレートで行きましょう」
コミュニティストラグルにも他のスポーツと同じように陣形というものがある。今回は三人が前衛で三角形、後衛がフラッグの前に前後で並ぶというものだ。
「理解した? それじゃ、サクッと勝っちゃいましょうか」
気丈な笑みを浮かべる望未を見て、皆も頷いた。
開始のブザーと共に、旗が地面から出現した。長さは指先から肘辺りまで。握ると指先が手の平につく、ちょうどいい太さだ。
旗はフィールドの端に設置され、周囲十メートルが自陣となる。相手の旗も同じだ。なので敵も味方もフィールドの端から端まで走る必要があった。
後衛はこれを守り、前衛は相手の旗を取りに行く。ただし、フラッグは十秒間保持しないと勝ちにはならない。旗が敵に取られ、十秒以内に取り返した場合、旗は自分で戻す必要がある。自分で自陣に戻さないと、所持された時間は継続されてしまうのだ。
相手に五秒保持されてから奪取、自陣に戻す前にまた取られた場合は残り五秒保持されたら負け。奪取してから自陣に戻した場合、また取られても十秒からスタートする。
敵の旗までの距離はフィールドによって違うが、今回のフィールドは端から端まで六キロ程度だったはず。六キロと言えばそこそこの距離がある。が、トランスフィクサーにより身体能力が向上するため、体感でいけば普段よりも距離が短く感じるのだ。それに強化魔法もある。
「語は好きなように動いていい」
「リズちゃん、それはちょっと卑猥だぞ」
「アンタの頭の中、どうかしてるんじゃないの?」
京介だけは、望未の蹴りから始まった。
なんだろうな、この感じ。とても懐かしい。
素早く勝負を決めにいくため、俺たちは中央突破で旗を目指す。
木から木へと飛び移りながら、二年前のことを思い出していた。
新設のコミュニティにスカウトされ、ストライカー専門としてやっていた、あの頃の記憶だ。
そこにはゲイナーの京介とコンダクターの望未もいて、一年生三人も抱えながら、コミュニティはどんどんとランキングを上げていった。他のメンバーは先輩ばっかりだったし、リーダーは三年だったし、今考えれば苦労をかけていたのかもしれない。が、俺は卒業まであのコミュニティでやっていくものだと思っていたんだ。
レイナ=アスティクト率いる『ウィル・オ・ウィスプ』で。
『右から二人。左から二人。前衛はスクエアね。おそらくは相手も一気に勝負を決めたいと思うから、中衛を二人のワイド、後衛を三人のワイドといったところね』
コンダクターは味方の思念に接続し、遠隔思念魔法で情報を流せる。
スクエアは四角形。ワイドは並列陣形。基本といえば基本か。
「なんで中衛が少ないんだ? 勝負を決めるなら中衛は三人以上だろ?」
『ヒッグスは薫を警戒しているわ。ラウンダーならばゲージを貯めれば敵をかいくぐることも可能だしね』
「なるほど、コンダクターの言うことは聞いておくか。俺たちはこのまま突っ切るが、それで大丈夫か?」
『ゲージの具合は?』
「一応敵陣に対して進行してるわけだし、半分は溜まってるぞ」
エンハンスゲージは、その人がとった行動によって上昇量が変わる。交戦して攻撃した場合の上昇が一番高い。防御や回避など、戦闘に必要な行動は全て上昇率が高く設定されている。一番低いのは自陣に逃げること。敵陣に向かっていくだけでもゲージは貯まるので、このままでも十分だ。
視界の端に、敵らしき人物を捉えた。が、向こうもこちらには目もくれずに駆け抜けていく。
「どうする語」
「このままでいい、リズもちゃんとついてこいよ」
「了解した」
フィールドの半分くらいは進行しただろうか、ここから戦闘に突入する可能性が上昇する。
後衛に位置するのはコンダクター、フォーサー、ブラスター、スナイパーが定石。遠距離攻撃を基板にし迎撃を主とする職種だ。特に厄介なのがブラスターとスナイパーで、遠距離攻撃ならばこの二職が最強だろう。むこうには腕の良いスナイパーもいる。
「京介、ゲージは?」
「ギリギリ一本あるぜ、使うか?」
「そうだな、薫にフォーサーエンハンスをかけてもらえ。それで一気に抜けるぞ」
「了解。聞いたか薫、俺にエンハンスを頼む」
『まあ兄さんの意向に従おう』
京介の身体が黄色の光を帯びた。これは薫がエンハンスを行った証拠だった。
フォーサーは職種の中で唯一、他者に対してエンハンスを行える。魔法力で対象の全能力を強化し、対象のエンハンス能力も向上させるのだ。
エンハンスはゲージを消費して行う必殺技のようなもの。ストライカーならば超攻撃力の攻撃を、ゲイナーならばシールドを巨大化させたりといった感じだ。が、ストライカーエンハンスが飛び道具であったり、本当に拳にしか適応できなかったりと、個人差はどの職種にも存在している。
「よっしゃ! いくぜー!」
エンハンスゲージは、その場にとどまっていても増幅する。が、それだけで一本貯まることは少なく、時間がかかりすぎてしまう。おそらくだが、薫と望未が手合わせし、無理矢理増幅させたのだろう。味方同士で交戦してもゲージは溜められるのだ。敵と交戦するよりも上昇率は低いが、これはどのコミュニティでも行われることだ。
ゲイナーエンハンスは、魔法力で構築されたシールドを強化する。自身を守る程度のシールドならば常に張れるが、エンハンスを使うことでそれを巨大化させたり、シールドの量を増やして味方を守ったりできる。
京介は巨大なシールドを出現させ、俺とリズを守りながら進行した。今に限りトライアングルのトップを京介に譲った。
「望未、敵フラッグまでの距離は」
コンダクターの索敵範囲は限られているが、フラッグまでの距離だけはわかる仕様だ。
『約一キロ。こちらがまだ狙撃されていないことを考えると、後衛にカティナがいる可能性大よ。フラッグまでの距離はわかるけど、コンダクターの索敵範囲を超過している。敵の動きがわからないから気をつけなさい』
進行方向をずらしながら移動するかと、そう考えた時だった。一本の光線が俺の頬を掠めていく。シールドから少し身を出したところを正面から狙われた。
「スナイパーか、どこにいやがる」
視界が悪いこの熱帯雨林地帯などでは、スナイパーという職種はかなり強い。トランスフィクサーに使われる銃は実弾装備ではなく、自分の魔法力を弾に変えた魔法弾。弾数制限が未知数で、どこから撃ってくるのかもわからない。
京介に近づき、できるだけシールドに隠れる。
「語、大丈夫?」
「今のところは問題ない。しかし――」
銃声と共に、次から次へとどこからともなく弾丸が飛んでくる。魔法弾のため、使い方によっては銃弾を曲げることもできる。が、スナイパーとしての技量が高くなくては不可能だ。それだけ見ても彼女の強さをうかがえた。
「このままだと俺のシールドでも守りきれねーぞ!」
カテゴリーの中には、何度倒されても数分後には復活する。しかし、このフラッグというカテゴリーにはそれがない。一度倒されれば終わりなのだ。
『敵スナイパーの位置は不明、こちらの索敵範囲外にいる』
「語と京介は全身前進を続けて。私はスナイパーを倒してくる」
「場所もわからないのにか?」
返答をせずに、一瞬にして森の中に消えていった。
リズとは出会ったばかりで実力はわからない。放っておいてもいいのかとも考えたが、首を振って払拭する。
「行かせていいのかよ」
「元々じいちゃんのとこにいたんだぞ。むしろ相手が大丈夫かよって感じだ」
すぐに銃声が止んだ。
「ほらな」
俺たち二人はシールドを隠れ蓑にして、森を一直線に駆け抜けた。
一度大きな木の上で停止し、敵陣を見下ろす。敵の数は三人、正面にはリーダーのヒッグスがいる。一応周囲を見渡してから飛び降りた。
このカテゴリーは『旗を取れば勝ち』なのだ。必要のない戦闘をして、無駄にリスクを負うなんてありえない。特にこちらは人数が少ないから、早期決着が好ましい。
「駆け抜けてこいよ」
京介が俺にそう言った。歯を見せるその笑顔は、とても見慣れたものだ。一歩前に踏み出し、臨戦態勢に入る。まではよかった。
「ぐあー!」
高速で接近してきたフォーサーの攻撃にてドロップアウト。京介の立ち位置は昔から変わらない。前のコミュニティでも、一人だけ倒されることが多かったなと、二年前を思い出してしまった。
「行ってくる」
京介がいた場所に向かって、俺はそう言った。損傷過多のため空気に溶けてしまったが、今頃は姉さんと一緒にフィールドの外で試合を見てるんだろう。
ストライカーのエンハンスは攻撃力の超強化である。全身に施されるそのエンハンスは、実際の攻撃力だけでなく、突貫力、突進力を強化する力も持っていた。ゲイナーのシールドを簡単に破るペネトレート能力を付加できる。
そして、俺は普通の生徒や軍人にはできない特技がある。
『セーフクラフトエンハンス』と呼ばれるそれは、軍人であっても数百人に一人しか使えないと言われるエンハンス技能だった。後天的に使えるようになるにはかなりの時間と修練が必要だ。
本来エンハンスはゲージを一本消費し、全身に対して行うもの。しかしセーフクラフトを使えば、身体の一部分に限定し、一本以内であってもエンハンスが可能になる。適正が高ければ高いほど消費を抑えることができ、より細かい部分へのエンハンスができる。
ストライカーエンハンスだって足だけにエンハンスできれば、ラウンダーとまではいかなくても素早い行動が可能になる。
足を踏み出した瞬間に流動魔法を発動。少しの加速が何倍、何十倍にも増幅された。
土煙が視界に入るも、すぐにそれを追い越した。
一瞬でいいんだ。
一瞬だけ、旗に触れればいい。
周りの時間が停止し、このフィールで俺だけが動いている。そんな錯覚さえ覚えた。
手を伸ばし、旗を掴んだ。この間およそ一秒。目測五十メートルはあっただろうかという距離だが、そんなものは関係ない。
流動魔法を切り、少し離れた場所で停止した。
「お前、なにしやがった……!」
戦闘スタイルがめちゃくちゃなヒッグス。彼には特に強い部分が見受けられない。が、一つ評価してる部分があった。それは、思い切りの良さと判断の速さだ。今だってなんだかんだと言いながら、エンハンスを使って俺を倒しにきている。
「だが甘い」
俺が評価しているのはそれだけ。戦闘において、彼はあまり強くない。
上段から振り下ろされる剣を躱した。脚部にエンハンスをし、その場を離脱。
「なんだお前……今、光が足にしかなかったぞ……」
「あん? 当然だろ、足にしかエンハンスしてねーんだから」
「お前落ちこぼれのはずだろ? なのに、なのになんでセーフクラフトなんて使えんだよ!」
「俺はな、自分が弱いから一般科に移ったわけじゃない。確かに鳴神家で才能がない方だけど、それが原因ってわけじゃないんだよ」
その直後、フィールド全体にブザーが鳴り響いた。
『勝者スレイプニル。結界を解除するぞ』
姉さんの声が聞こえたかと思ったら、直後にフィールドが解除された。その空間はガラス張りの部屋に戻っていた。
「両者、もう一度向かい会え」
九対五の戦いはあっけなく終わった。
コミュニティストラグルにおいて一人が欠けるというのはかなりの損害だ。それが四人もいないというのはかなり苦しい。そんな中この速度での終結は、見ている人も驚いているだろう。
「キャプチャーバトルにより、カティナ=オルディフはスレイプニルに移籍。尚、スレイプニルに対しての申し込み(プロポーザル)はどのチームであっても二週間はできない。スレイプニルは二週間よく療養するように」
バトルを仕掛けた側が負けた場合、二週間は申し込みができない。仕掛けられた側は勝っても負けても、二週間は申し込みを受付けられない。そして対戦を仕掛けられた側が勝った場合のみ、他のコミュニティへの申し込みが可能である。申し込まれることは当然ない。つまり負けた場合は申し込むことも、申し込まれることもない。
コミュニティストラグルは、全てにおいて効率よく勝ち続けなくてはいけない。優秀な人材を確保するにも、順位を上げるにも必要なことだ。
「えっと、よろしくお願いします」
控えめな挨拶と挙動不審な態度は、校内順位七十六位とは思えないものだった。自信などは感じられず、ただただ縮こまっているばかりだ。
ここはなんとかしなければと、そう思えたらどんなによかったのか。
俺は軍事科に戻るつもりもなかったし、成り行きでこうなっただけ。コミュニティをまとめる能力があるとも思っていない。
「ああ、とりあえずよろしく。新設のコミュニティだし、まあ好きにやってくれていいや」
手を差し出すと、カティナは小さな手で握ってきた。体躯も小さいが、その手はさらに小さいと感じた。
「いつまで握ってるの」
「ひっ!」
耳元で囁かれるリズの声に、心臓が口から飛び出るかと思ってしまった。
「語、ひどい」
「もっと普通に言えよ……」
「人材も確保できたし、コミュニティルームにでも行きましょうか。先生、スレイプニルのコミュニティルームはどこですか?」
「4ーDだ。ちゃんと整備もしておいたぞ」
「さすが奉ちゃん。さあ行こうぜ」
失意に沈むヒッグスを置いて、俺たちは軍事棟へ足を向ける。カティナはヒッグスを一瞥した。が、俺たちの視線に気づくと微笑んで見せた。特に心残りもないのかもしれない。
「二年前と変わらないな、お前は」
その時だった。背後から、アイツの声が聞こえたのは。
振り向けば、二年前よりも長くなった髪をたなびかせ、仁王立ちする女生徒の姿があった。
「レイ……ナ……!」
俺は幻でも見ているのだろうか。二年前に俺たちを捨て、勝手にコミュニティを解散。自身も学校を辞めたその人物が制服を着ているのだ。
「目が真ん丸だぞ? 会えてそんなに嬉しかったか?」
そのセリフを聞いて、俺は目の前が真っ白になった。
「ふ……」
腹の底から、レイナに対しての気持ちがあふれだす。
「ふざけんなよ! 嬉しいわけあるかよ! 身勝手に出て行ったくせに、今更戻ってきてなにしようってんだよ!」
俺が今までどんな思いで一般科にいたのか、こいつには絶対にわからない。だからだろう、薄っすらと笑みさえ浮かべてやがる。
入学当初、普通はいろんなコミュニティからの勧誘があったり、自分たちでコミュニティを作るものだ。しかし、俺に誘いはなく、自分から「入れてくれ」とも言えなかった。当然、作る気もさらさらなかった。俺が弱かったのもあるが、その弱さのせいでメンバーをがっかりさせたくなかったのだ。中等部から、俺のへっぽこっぷりは知れ渡っていた。
でも、そんな俺にも友人がいた。京介と望未だ。二人も俺と同じくコミュニティに参加せずぶらぶらとしていた。誘いはあったようだが、断っていたらしい。
そして、そこにレイナが現れた。
【三人揃ってうちにこい!】
そんな誘いを受けて、俺はWOWに入る。
気のいい先輩たちと、仲のいい友達。それはとても心地よくて、俺はこのコミュニティならやっていかれると思っていた。ヘマをしてもちょっと怒られる程度で、皆俺を「鳴神の血を引いてるくせに」なんて言わなかった。
大切だったんだ。あの空間は、俺にとっての宝物みたいなものだった。
しかし、レイナの失踪によりすべては崩れ去った。新しくリーダーになった人もやめて、またその次のリーダーもやめて、三人になったコミュニティは潰れた。レイナがいたからこそ、彼女の人柄にメンバーは惹かれたから。彼女がいなくなってしまえば後は簡単な話だ。
行き場を失った俺は、軍事科をやめて一般科に移った。京介と望未に対して申し訳ない気持ちはあったが、二人とも引きとめようとはしなかった。それがとてもありがたくて、また申し訳なくもあった。
「そう言うなよ。私だって少なからず後悔している。しかしな、私にだって事情があるんだよ。そのために、もう一度戻ってきたんだ」
「それくらいにしろよ、元リーダー」
「そうね、語もこんなんだし、やめてもらってもいい?」
京介と望未が俺の前に出た。
「大丈夫、私が守る」
リズが俺の手を握った。
手を握られて、手の震えは止まる。こんなにも強い力で握りこぶしを作っていたのかと気付かされた。
「京介と望未も一緒。今度は語がリーダーになって新しいコミュニティを作ったか。それも一興だ」
「一興だと? ホント、二年前からかわらねーな」
「京介も落ち着いて、私が話すわ」
「元ウィル・オ・ウィスプのコンダクターは、スレイプニルでもコンダクターか。いいと思うぞ。お前にはそれが一番合っている」
「戯れはよして、要件を行って頂戴。レイナのことだから、どうせ語に用事があったんでしょう?」
「この学校に戻ってきて新しいコミュニティを作ったんだ。名をカリバーン。私を含めてまだ五人しかいないが、六人目のメンバーに語を加えたい。さしあたってスレイプニルにキャプチャーバトルを仕掛けたいのだ」
レイナはこちらのメンバーを見渡す。
「未熟者六人か、勝負にならんな」
その言葉にまたカチンときてしまう。俺はいいが、他の連中は校内でも強い部類に入るはずだ。
「お前なに考えてんだよ」
そんな言葉が口をついてでた。
「私か? 私はこの学校の頂点に立つために戻ってきた。この、四人と共にな」
レイナの後ろから現れた四人は、全員黒いローブを羽織っていた。隙間から制服が覗いているので、ここの生徒だということはわかる。逆に、それしかわからない。
「レイナ=アスティクト。戻ってきて早々に騒ぎを起こさないでもらえますか?」
俺たちスレイプニルの横から、九人の集団が姿を現した。
校内では最強のコミュニティ『グングニル』だ。
リーダーは生徒会長の天宮凛香。容姿端麗品行方正解語之花。校内にいる男女のほとんどが彼女を尊敬しているだろう。そして、レイナとはあまり相性が良くないことでも、二年前までは有名だった。だがレイナも生徒会長も、お互いのことを認めていたんだと思う。そういうやりとりを何度も見てきたから。
「聞いたぞ? 今は生徒会長をやってるんだってな。しかも筆記は学内一位、個人実技順位八位、総合順位も八位ときたもんだ」
「もしも貴女が残っていたら、これよりもいい成績を出していたのかもしれませんわね」
「テストなら編入前に受けたぞ」
レイナはトラフィックギフトを操作し、自分のステータス画面を見せた。普通この画面は他人に見せないものなのだが、レイナらしいといえばレイナらしい。こういうところは変わらないようだ。
「期末考査順位五位、個人実技順位六位、総合順位四位ですって……!」
「悪いな、頭の良さ以外は負けるつもりはないさ。それはそうと凛香、今からランキングバトルでもしないか?」
「貴女、自分でなにを言ってるかわかってますの? 新設で順位のないカリバーンがランキングバトルで負けることの意味を」
「ランキング圏外のコミュニティは負けた時点でコミュニティは解散。リーダーには罰則として、二度とコミュニティを作れなくなる、だろ? そんなことは知ってるよ。その上で申し込んでる」
「二年前となにも変わっていないんですのね。傲慢であり質実剛健、不遜で豪放磊落。人を見下していながらも実直で、それでいて非常に老獪。面倒な人ですわ」
「それで、やるのか?」
レイナは学生証を生徒会長に向けた。
「後悔なさらぬよう」
生徒会長は自分の学生証を上からかぶせるように重ねた。
「コミュニティストラグル:ランキングバトル、この鳴神奉が受け持つ」
現在ランキング一位のグングニルと、ランキング圏外のカリバーンの勝負が始まろうとしていた。
ランキングバトルは、勝ったコミュニティが負けたコミュニティの順位に成り上がれるというもの。もしも勝ったものよりも負けた方の順位が低かった場合、学校が取り決めた方法によって順位は若干上がる。つまりは自分よりも高い順位のコミュニティを倒した方が高効率だ。
しかしカリバーンが万が一勝った場合でも、グングニルが圏外になることはない。圏外のコミュニティに負けた場合は、そのコミュニティはランキング最下位から始まるという決まりがあった。
「カテゴリーはデストロイ、フィールドはディバークル! 両者前へ!」
デストロイとは殲滅戦のこと。敵を全員倒せば終わり。時間制限内にどちらも生き残っていた場合、生き残っていた人間が多い方が勝ち。
ディパークルの通称は廃墟。崩壊都市で、つまり廃墟化した街だ。
フィールドの構造はランダムに形成されるため、構成を覚えたところで意味はない。その場その時での対応力が必要になる。
ケージのガラスが全てモニターになった。外部はモニターに、内部は魔法空間となって拡張される。
左側のグングニルは作戦会議を入念に行っていた。それとは反対に、カリバーンはただ立っているだけ。いつ始まるのか、はやくしろと、そういうスタンスにも見えた。
ブザーが鳴り響くのと同時に、二つのコミュニティが戦場を駆けていった。

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