廃クラさんが通る

おまえ

028 亜希と蒼空

「はー、疲れたー」
 ダンスの練習を終えた俺たちは家の中に戻ってきた。 先ほどの騒動もなんとか全員がかりで収束させ、お姉ちゃんは百川先生に引き取ってもらった。 その後も俺たちはダンスの練習に勤しみ、美麗さんは足をもつらせて転ぶこともなくなり、佳奈子さんも手足から余計な針金が抜き取れたようだ。 ――長田さんを佳奈子さんと呼ぶのにはまだちょっと抵抗がある。 一学期から今までずっと俺は「長田さん」と呼んでいたから。 美麗さんは元々、というか夏休みにあの事件があるまで名前を呼んだことすらなかったし、それまで俺は彼女の存在すらほとんど意識したことがなかった。 さらには名前が「灰倉」さんだ。 『廃人のクラフター』を意味する『廃クラ』さんの方をイメージしてしまうために俺はそっちの名前の方が呼ぶことに抵抗があった。 だから俺は美麗さんを下の名前で呼ぶことに関しては全く抵抗がなかったし、俺の方からそっちの名前で呼んで良いものか聞いたくらいだ。
「すまない、百川教諭をお借りしても良いだろうか?」
 美麗さんが居間に入るなりお姉ちゃんと歓談しだべっている百川先生に話しかける。
「え? 私に何か用?」「持ってきたのだろう? 約束どおり私が指導してやろうと思ったのだが」「持ってきたって、…あー、パソコンのこと? ちょっと待ってて、持ってくるから」
 と、席を立ち居間から出て行く百川先生。
「ちょっと、あんた、これから夕飯の仕込みだって言ったじゃん。それもサボるつもり?」
 唐揚げとか煮物とか夕飯に作るものは山ほどある。
「だから言ったであろう? 私は蜜蜂の巣から蜂蜜を抽出することすら出来ないのだと」「さっきは小麦を小麦粉にすることが出来ないって言ってた気がしたけど……つーか絶対それ、ここにいるみんなだって出来ないから」「そうなのか? だが私は蜜蜂の巣から蝋を作ることは出来るぞ?」「えーと、それは錬金術のレシピだっけ?……てか、だからそれもTFLOの話でしょ? ゲームでならともかくリアルでそんなことが出来るわけがないでしょ」「私は調理が出来ないからその時間を有効利用しようとしているだけだ」「いや、出来ないなりにもなにかやれることはあるっしょ…あんたにも……」「蒼空くん、さっきも言ってた気がするけどTFLOって何のこと?」
 お姉ちゃんが怪訝な顔つきで俺に尋ねる。
「あれ? お姉ちゃんが知らないはずないでしょ? TFLOって…ああ、そうか。もしかして略称までは知らなかった? TFLOって『トゥルーファイナルロアオンライン』のことだよ」「ああー、そうなの? ……ってもしかして、ここのみんなは全員そのゲームをやっていたりするの?」「うん、みんな一緒にプレイしていたのに最初の頃は気づかなかったんだ。それがこの間、一緒にプレイしていたその仲間が実はここにいるみんなだって気づいて――って先生と夢斗は最近始めたばかりなんだけど」「本当にあれはびっくりだったよねー」「え? じゃあそのゲームをやってなかったらもしかして……」「あ~、考えたことなかったけど、少なくとも俺たちが生徒会の役員になることはなかったし、今ここで合宿することなんかもなかったかもね」
 でも、もしかしたら長田さんは会長に立候補はしていたかもしれないし、俺も先生によって会計に立候補をさせられたかもしれないけど。
「……私はそんなつもりで蒼空くんにこのゲームを渡したんじゃない……」
 お姉ちゃんが小さな声で呟く。
「え? ていうことはもしかしてお姉さんがTFLOを蒼空に勧めて始めさせたの?」「うん、高校の入学祝いにMUSHとTFLOを貰って……って、そうだ」
 なぜお姉ちゃんからTFLOのソフトを貰ったのか。 まだこのことを俺はみんなには話してはいなかった。
「そういえばみんなにはまだ言ってなかったよね。お姉ちゃんがプロジェクトのリーダーになってTFLOのテレビCMを作ったってことを。それでお姉ちゃんからTFLOのゲームソフトを貰ったんだよ」「え?」
 みんなの目が一瞬点になり
「えええ~~~~!!!!」
 と目を丸くして驚く一同。
「あのCMを!? 『この世界でみんなと会える』ってあのCM!? 」「なに? どうしたの? 何の話?」
 百川先生がノートパソコンを手に戻ってきた。
「蒼空のお姉さんが中心になってTFLOのテレビCM作ったんだって」「え? そうだったの? そういえば亜希さんは業界最大手の広告代理店『タカノ・アド・プロダクト』で主任を務めているんだったわよね。なるほど……私と同い年なのにもうそんなプロジェクトを任されているのね……」「ん? お姉ちゃんと同い年ってことは先生の年齢としは……」「奥原君? それはあなたの心の奥にだけしまっておきなさいね?」「……はい……」
 百川先生からぎらりと光らせた猛禽のような鋭い目で睨まれると俺は言葉を喉に詰まらせる。 ……そうか、見た目は小学生なのに百川先生は……。 とりあえずお姉ちゃんと百川先生の年齢とし30歳付近アラサーとだけは言っておこう。
「灰倉さん、ほら、持ってきたわよノートパソコン。それじゃよろしく頼むわね」
 百川先生は年齢としの話から話題をそらすように美麗さんに呼びかける。
「ああ、頼りにしてくれて構わない。私にはゲーム内ですでに一人を育てた実績がある」「それってもしかして俺のこと?」
 最初に美麗ミレニアムさんにゲーム内であったときのことだよな。
「話によるとそれ、ずいぶん押し付け気味だったとか聞いたけど……」「何? もしかして迷惑だったか?」「いや、役に立ったよ! あれがなければ全然わからなかったから多分俺クラフター続けてなかったし」
 本当にあの時の俺はクラフターのことは何一つわからなかった。
「ということだ。教諭は大船に乗ったつもりでいてくれていい」
 俺が全力で否定すると胸を張る美麗さん。
「あんた本当にももちーにTFLO指導するんだ」「指導してやって欲しいと言ってきたのはお前ではないか。だがもう一つ、異性との出会いが生まれるかということに関しては保証は出来ないが……」「まあ、あんたはTFLOでもぼっちなんだからそっちの指導はさすがに出来ないだろうけど」「え? 出会いって…… 嘘? このゲームって本当はそういうゲームだったの?」
 お姉ちゃんの顔が突然青ざめる。
「いや、違うって! そういうゲームじゃないから。そういうことも出来るのかもしれないけど、そういうのが目的のゲームじゃないから! って、お姉ちゃんもCM作るときこのゲームをプレイしたんでしょ? どこまでやったのかは知らないけど」「プロジェクトのみんなはゲームのプレイヤーだったけど、私だけ未プレイだったから最初の方だけしかやっていないけど……そうね、『この世界でみんなと会える』……そういう意味だったのね……」「え? あれってお姉ちゃんが考えたわけじゃないんだ」「あれはチームの今井君が……、私はプロジェクトのリーダーとしてみんなをまとめたり、メーカーさんとの橋渡し役が主な仕事だったから……」
 プロジェクトのリーダーであってもその仕事プロジェクトの主役じゃないってことか。 俺たち生徒会の役員や会長の長田さんも似たようなものなのかな。
「でもあなたたちは『出会った』。このゲームがあったからあなたたちは『出会う』事が出来て、今、生徒会の仲間になったのよね?」「いや、まあそれはたしかにそうではあるんだけど……」
 そのことに関しては俺はTFLOに感謝をしている。 TFLOがなければ俺たちは今でもただのクラスメイトでしかなかったかもしれない。
「やめて……」
 お姉ちゃんが聞き取れないくらいな小さな声で呟く。
「え? なに?」「もう辞めてよ……」
 わずかに声のボリュームが上がり今度は聞き取れた。
「辞めてって、え? 何言ってるの?」
 こんな事を言ったのは今回が初めてではない。 まさかとは思うが……。
「先生、今までどうもありがとうございました」
 お姉ちゃんは百川先生に向かって頭を下げる。
「ありがとうございました、って。え? どうしたんです? 改まって」「今日まで蒼空くんのご指導ありがとうございました。蒼空くんは今日限り埼ヶ谷高校を辞めさせていただきます」
 頭を下げたまま言い切ると最後に頭を上げてにっこり微笑むお姉ちゃん。
「…………」
 その笑顔に静まりかえる一同。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと、お姉ちゃん? なんで? なんで俺が学校を辞めないといけないの?」「ならゲームの方をやめて。私は蒼空くんにそんな出会いをさせるためにゲームを与えたわけじゃない」
 お姉ちゃんが俺の方へずいっと詰め寄る。
「出会いって、たまたまだから! 偶然たまたま一緒にプレイしていた仲間がクラスメイトってだけで……」「そんなの関係ない。これから先もこのゲームを続けたら蒼空くんは出会うかもしれない。もっと危険ななにかに」「危険じゃないから! 今だって全然危険じゃないし、危険なことなんて起こらないから! だから辞めないよ! 学校だって、TFLOゲームだって!」「ちょっと、亜希さん落ち着いて!」「TFLOはそのようなものではない! きわめて健全なゲームだ! 危険なことなど何一つありはしない!」
<a href="//24076.mitemin.net/i308065/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i308065/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
 俺に相対するお姉ちゃんをみんなで押さえつけてなだめるが、当人はひどく興奮した様子で目が血走っている。 これはあれだ。 俺には『最終兵器リーサルウェポン』がある。 今しかない。 もうそれを出すのは。
「わかったよ、辞めるよ。学校だって、ゲームだって」「!?」「ちょっと? 蒼空? あんた何言ってんの?」「スカイ、学校辞めちゃうの?」
 俺のことを心配してあたふたとする。
「だけどもう一つやめさせてもらうから。俺がお姉ちゃんのことを『お姉ちゃん』って呼ぶことも。今日からはまた・・『亜希さん』だからね。それでいいよね? 亜希さん?」
 それを聞いた瞬間『亜希さん』の顔が急激に青ざめる。
「……駄目……、それだけは駄目……。ごめんなさい、辞めなくていいから……。学校もゲームも……。だから蒼空くんもそれだけはやめて……。これからも私のこと『お姉ちゃん』て呼んで……ね? お願いだから……」
 消え入りそうな声で息も絶え絶えに訴える『お姉ちゃん』。 目には涙を今にも溢れんばかりに溜めている。
「ね、だからお姉ちゃんもやめてよね。学校を辞めろとか、ゲームをやめろとか。そういうこと言わないでよね」「うん……、ごめんなさい……蒼空くん……」
 がっくりと肩を落とし意気消沈した様子の『お姉ちゃん』 よかった。これでもう『お姉ちゃん』は大丈夫だ。
「みんなごめんね。騒がせちゃって。もう大丈夫だから」「……う、うん……ならいいんだけど」
 みんなは押さえつけていたお姉ちゃんを解放すると、お姉ちゃんは力なく床に手をつく。
 はあ……、みんな引いちゃってるよ。 ドン引きだよ。 俺にはこの『最終兵器リーサルウェポン』があってよかった。 これ・・のおかげで俺は何度も危機を乗り越えてきたんだ。 これまでも、そしてこれからも。 何があっても俺はこの『最終兵器リーサルウェポン』で難局を乗り越えていくことが出来るだろう。

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