廃クラさんが通る

おまえ

027 仲間と家族

「ごめん、みんな」
 涙を拭い、俺はみんなに向かって頭を下げる。
「え? なに? ごめんって」「いままではぐらかしてきたけど、中沢君も言ってた事故についてちゃんと話しておこうと思って」
 俺の発した『事故』という言葉に一同神妙な顔つきとなる。
「多分みんなもそういうことが俺にあったってことはうすうす気づいていたんだろうけど、その事故で俺とお姉ちゃんの二人だけが助かったんだ」
 言った。 ついに言ってしまった。 これでもう俺は後戻りすることができない。 
「俺が小学四年の頃、家族みんなで一緒に車で旅行に行ったんだ。その帰りに事故に遭って……」
 当時の記憶をたどろうとした俺はそこで言葉に詰まる。
「事故に遭った瞬間は覚えてないんだけど、気づいた時には俺は病院のベッドの上だった」
 事故の記憶は何一つないのに、目が覚めたときのあの白い天井だけが俺の脳裏に鮮明に焼き付いている。
「その時からこの家には俺とお姉ちゃんの二人だけになっちゃって、お姉ちゃんは就職が決まって一人暮らしをする予定だったから、二人だけじゃ広すぎるし管理しきれないこの家を離れることにしたんだ」
 俺は当時を思い出しつつ家を眺める。 その時と比べたら俺の背が少し高くなっているためにわずかに家が小さくなったようにも思えるが、目に映る外観に当時と変わっているところは何一つない。
「でも、思い出のあるこの家は手放さないままで、いつか俺たちに家族が出来たらきっと戻ってこよう、ってそう決めて」
 家族。 つまり俺かお姉ちゃんのどちらかが結婚したら、所帯を持つようになったら戻ってこようって意味だ。
「だから今回みたいな掃除も定期的にしているんだ。最初は一ヶ月に一回だったけど、それが三ヶ月ごとになって、今は半年に一回、春と秋の過ごしやすい時期に、ってだんだん頻度も減ってきたけど」
 決して徐々にこの家に愛着が無くなってきたわけではない。 俺も受験とかがあったし、お姉ちゃんも仕事などいろいろと周りのことが忙しくなってきたりしたためだ。
「本当にごめん。今までみんなにそれを聞かれないことを良いことにこんな大切なことを黙っていて」 
 俺はあらためてみんなに頭を下げ、しばらくそのまま頭を下げ続ける。 俺のこの告白にみんながどう反応したのか、頭を上げてそれを確認するのが怖かった。 もしかしたらあの時と同じ事が繰り返されるかもしれない。 今までこのことをみんなに話さなかったのはそれが怖かったからだ。
「まー何となくそういうことなんだろうなーとは思ってたけど……」
 最初に声を発したのは長田さん。
「こんな俺でも、……みんな今までと同じように…、今までと何一つ変わらず、俺に接してくれる?」
 再び目から止めどなく熱いものが溢れる感覚に気づき、俺は頭を上げる。
「ッ!!」
 俺は思わず息を飲み込んだ。 少し離れたところにいたと思っていたのに、長田さんの顔が俺の目の前にあったためだ。
「そんなの当たり前じゃん」
 腰を屈め覗き込む恰好で俺を見つめていた長田さんは俺と目が合うとにっこりと微笑む。
「そうかー、奥原は新しい家族のためにこの家を残してるんだー」
 そしてそのまま両手を開いて俺の後ろに回し俺を抱き寄せ、そのまま俺は長田さんに力強くも優しく抱きしめられる。
「だったらなっちゃおうか? あたしが奥原の家族に」
<a href="//24076.mitemin.net/i306652/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i306652/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
 吐息のかかるくらいにまで俺の耳元に口を寄せ、長田さんが呟く。
「は?」
 おそらく長田さんの発した呟きが聞こえたのであろう。 俺の視線の先にいる三人の生徒会の仲間達が目を見開いて口をぽかんと空けている。 おそらく俺も同じような顔をしているのであろう。
「お、お、お、長田さん? ……か、家族になるって意味、わかってる?」「長田さん、じゃないっしょ? 家族になるんだから。あたしも奥原になるんだから佳奈子って呼んでよねー、蒼空そらー」「ッッ!!」
 俺の首に腕を回したままわずかに俺から体を離した長田さんは俺の鼻の先でにっこりと微笑む。 長田さんの突然の告白に、俺の目から溢れ出ていたものは完全に堰きとめられた。
「馬鹿者が! 真面目な話をしていたっていうのにお前はまたいつものように蒼空をからかって! 時と場所と場合をわきまえろ!」
 間に割って入り俺たちを引きはがず美麗さん。
「だからいつものように、同じようにしてただけじゃん。あんた何を聞いていたの? 奥原だって言ってたっしょ? 『これからも同じように接してくれ』って」
 俺から引きはがされた長田さんはわずかに勝ち誇ったような表情で美麗さんに詰め寄る。
「い、いや、確かに蒼空はそうは言ってはいたが……」
 一歩、二歩と、後ろへたじろぐ美麗さん。
「それに家族になるってまでは大げさだけど、半分は本気だから……」
 急に小声になると、下を向き顔を赤らめる長田さん。
「え? それって、つまり……」
 俺のことを長田さんは……
「奥原!」
 俺の名前を呼ぶと少し上目遣いで真剣な眼差しを俺に向ける。
「はいっ!」
 俺は突然名前を呼ばれ背筋をぴんと伸ばす。 愛の告白をされる? みんなもいるこの目の前で。それを期待した俺の胸が急激に高鳴る。
「あたしのことも名前で呼んでよ! あたしもあんたのことを名前で呼ぶから! こいつやジルだけ下の名前で呼ばれるなんて不公平だ!」
 俺に向かって叫ぶ長田さん。
「……はい?」
 俺の期待とはベクトルの違うことを言われ軽く混乱する。 呆けぽかんとした顔の俺とは対照的に顔を真っ赤にしてちょっと泣き出しそうな表情の長田さん。
「呼べって言われれば、そう呼ぶけど……。長……いや、佳奈子さん。もしかしたらそんなこと今まで気にしていたりした?」
 俺は早速長田さんを下の名前で呼んでみる。
「駄目だ!」
 突然美麗さんが叫ぶ。
「名前で呼び合う関係は私だけで十分だ! お前までそんな関係になることは私が絶対に許さない!」「はあ? なんであんたの許可をいちいち取らないといけないの? ジルだって奥原とは名前で呼び合ってるじゃん」「あれはゲーム中の名前で呼び合っているだけだろう? 私はともかく蒼空が許可するかどうかだ。どうなんだ? 蒼空」
 と、睨みを利かせつつ俺に迫る美麗さん。
「いや、俺は別に……」「なに?」
 と、さらに一歩俺に詰め寄る美麗さん。
「やめろって! 奥原を脅すんじゃねーよ!」
 長田さんが俺たちの間に割って入る。
「ちょっと、二人ともやめてよ……そうだ! こうしよう。生徒会の中ではお互いに名字呼び禁止。みんな下の名前かニックネームで呼ぶ。ね? それでいいんじゃないのかな?」
 誰か一人とか二人とか、それだけに限ってそういうことを認めるからこういった争いが生まれるのならその原因になっているものを広げてしまえばいい。 うん、我ながら良いアイディアだ。 下の名前やニックネームで呼び合うことでみんな仲良くなるなら素敵なことだ。 見つめられたら見つめ返せば良い。 本当にマジで
「はあ?」
 取っ組み合い寸前だった二人は素っ頓狂な声を上げる。
「これでいいでしょ? これからは俺も長田さんや柏木のことも下の名前で呼ぶ。柏木…いや、夢斗もそれでいいよな?」
 少し離れた位置でジルとともに俺たちを見守っていた柏木に俺は尋ねる。
「う~ん、いいんじゃない? でも、俺は奥原のことジルちゃんみたいにスカイって呼んでいい?」「いいよ、それでも。ニックネームでもいいんだし。……ジルもいいよね?」「うん、ええよ。でもうちは今までと変わることは多分ないよね?」「うん、そうかもね」
 俺はジルに頷く。 ジルは今までも俺たちのことをゲーム中の名前やそれを省略した名前で呼んでいた。 柏木のことはそのまま「ムト」だったけど。
「ジルと夢斗も納得してくれたし、二人もそれでいいよね?」
 あらためて俺は二人に問いかける。
「みんながそれでいいって言うのなら……」「ふん……」
 良かった。 二人ともまだ少し不満げな表情だが納得してくれたようだ。
「蒼空!」
 長田さんが少し顔を赤らめ、恥ずかしそうに俺の名前を呼ぶ。
「それじゃこれからもよろしくね!」
 え? 俺は一瞬なんで長田さんはあらためてそんなことを言ったのだろう? と、思ったけど――そうだった。 俺はさっきまで泣いていたんだった。 それをきっと長田さんは慰めて、励ましてくれたんだろうと、さっきの長田さんの俺にとったあの行為もきっとそういうことだったんだろうと俺は理解した。
「うん、ありがとう。長…佳奈子さん」
 俺もあらためて長田さんを下の名前で呼ぶと長田かなこさんはにっこりと微笑む。
「あたしを呼ぶのに『さん』なんていらないから。だってあたしら家族になるんっしょ?」
 そう言うと俺に腕を絡める長田さん。
「……え? あれは冗談で言ってたんじゃ……」「懲りもせずまだそんなことを言うか! お前はその意味がわかっているのか? 家族になるということは、けっ、けっ、けっ、結婚を、す、する、ということなんだぞ! 私たちはまだ高校生だぞ! そんなことが出来るわけがないだろう!」
 顔を赤らめ、結婚という言葉の辺りで言葉を詰まらせる美麗さん。
「は~い、残念でした~。日本では16歳から結婚が出来るんです~。あたしは16歳だからもう結婚できるんです~」
 勝ち誇ったかのように美麗さんを見下す長田かなこさん。
「くっ、私はまだ15歳だ……。蒼空! 私の誕生日まで待ってくれ! 12月に私の誕生日がある! それまで待ってはもらえないだろうか?」
 美麗さんも俺の空いている方の腕にしがみつき必死に訴えかける。
「いや、二人が16歳になったとしても男は18歳じゃないと結婚できないから……って、しないよ! 結婚なんてまだしないしできるわけがないでしょ! いろいろと障害ハードルが高すぎるから!」
 美麗さんも長田かなこさんに対抗して本気なのかどうなのかわからないが、もうちょっと冷静になってくれ。
「あはははは! じゃあうちもスカイと結婚するー!」
 と、ジルも駆け寄り俺にしがみついている二人ごと覆い被さって抱きつく。
「よくわからないけど、じゃあ俺も」
 と、柏木も駆け寄ってくるが
「ぐはっ」
 と柏木の方向を全く見ずにはなったジルの後ろ蹴りを綺麗に鳩尾みぞおちに喰らう。
「ガラララッ」
 と窓を開け放つ音が聞こえる。
「あー、あなたたち! 蒼空くんにいったい何をしているの!? 結婚がどうとか聞こえたから様子を見に来てみたら……。駄目ー! 今すぐ蒼空くんから離れてー!」
 居間の窓からそのままお姉ちゃんが裸足で俺たちの駆け寄ってきてみんなを引きはがそうとする。 もみくちゃにされるがままの中で俺は思いを巡らせた。 大丈夫だ。 もう昔のようなことにはならない。 このみんなだったらきっとにはならないだろう。 そう俺は確信をした。

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