廃クラさんが通る

おまえ

025 調理修練

 ジルはなんとか俺と柏木以外の女性陣によって救出された。 助け出されたジルは現在まだ風呂場にいる。 風呂には浸からずシャワーを使って体の汚れを落としているらしい。 そういえばあの時は混乱しテンパってたからおかしいとも思うことすらなかったけどジルはいきなり風呂に入ってたんだよな。 日本人の作法としては最初に体の汚れを落としてから風呂に入るものなのだが。 外国だと風呂の中で体の汚れを落とすのだと聞いたこともあるからジルとしてはそれが普通だったのかな? まあ俺がシャワー使ってたからってのもあるだろうけど…。 あの事件当時、みんな運良く風呂場からは離れた位置で掃除をしていたため、俺とジルが風呂場で一緒だったっていうことには気づいていないようだった。 俺が助けを呼びに行った時、長田さんには俺が体操着を裏表に着てたことと体から湯気が立っていたことを不審がられたけど……。 しかし今回のことではっきりしてしまった。 ジルが俺のことを男として全く意識していないということが。 前々からうすうす感づいてはいたんだけど……。 ジルの一糸まとわぬ裸体を見れたということよりもそれが俺にとってはちょっと悲しい事実でもあった。
 ジルを助けたところで一旦家の掃除は区切りをつけ、俺たちは今、昼食の準備でカレーを作っている。 林間学校や合宿でみんなで作る料理の定番がカレーだという理由でだ。
「長田さん、これ、玉葱ちょっと太いよ? この半分くらいに切れない?」「それより、涙出るんだけど。これ、どうにかならない?」
 ジャージでエプロン姿の長田さん。 エプロンの縁を手に取り、それで目をぬぐう。
「ああ、玉葱を一度水につけた方が良いかも。あと、あまり目をこすらない方が良いよ」「うん、わかった。やってみる」
 長田さんはボウルを手に取るとそこに水を入れ、玉葱を水につける。 美麗さんは調理に参加していない。 管を巻くお姉ちゃんに酌を付き合わさせられている百川先生の面倒を見ている。 美麗さんが昼食の調理に参加しない理由は
「調理のスキルを0.01すら上げてはいない」
 からだそうだ。 いや、これは現実世界リアルのことだからゲームのスキルでたとえられても。 いや、現実世界リアルだからなのか? TFLOの中なら製作を極めし者マスタークラフターなんだからおそらく調理のスキルもカンストしているんだろうけど。
「奥原ー、公園に生えてる草から食えそうなの採ってきたよ」
 声の方を振り向くとそこにはぎっしりと野草を抱えた柏木の姿。
「お前カレー作るのサボってどこ行ってたんだと思ったらそんなの採ってきてたのかよ」「多分食えると思うから、これも入れようぜ」「そんなの仮に食べられるとしてもカレーになんか入れられないっしょ?」
 長田さんも横から口を挟んでくる。
「てかお前普段からこういう野草とか採ってきて食ってるの? 腹壊したりとかしない?」「うん、結構大丈夫だよ。死にかけたのも二、三回くらいだし」「死にかけてるじゃん! 毒だよ! それ! そんなの絶対に入れられないっての!」
 一旦毒だと思うと柏木の手に持っている野草がやけに毒々しく見えてくる。
「え~? これとか見たことないけど多分うまいと思うよ?」
 と、いっそう毒々しい得体の知れない紫色の草を片手に取る。
「見たことないとか多分とか余計に駄目だっつーの! 今すぐそんなの捨ててこい!」
 どん! と長田さんに横から蹴りを入れられる柏木。
「いたっ! わかったよ。もったいないけど捨ててくるよ……」
 両手に野草を抱えたまま腿の辺りを気にしつつ少し足を引きずって台所を出て行く。
「なに? 何か揉め事?」「心配ない。いつものことだ」「きっと蒼空くんを賭けた争い事が起こっているんだわ…」
 台所の隣の居間から台所の様子を覗く三人。
「いや、俺は関係ないし別に揉め事じゃないから。ちょっと柏木が余計なことをしようとしただけで…てか三人もカレー作るの手伝ってよ」「はいはい。では、生徒に頼まれたので私はこれで……」「先生。逃げようなんて駄目よ。お酒が飲めるのが先生しかいないんだから」
 立ち上がろうとした百川先生の腕をぐいっと掴むお姉ちゃん。
「ひ~、隣で見てないで、助けて、灰倉さん」「観念することだな。私が代わってやれると良いのだが、生憎あいにく私はまだ未成年だ」「美麗さんも何か手伝ってよ。人参とかジャガイモの皮むきくらいは出来るんじゃない?」「だから私は無理だと言っている。小麦を挽いて粉にすることすら出来ないのだから」「いや、そっちのが難しいって……てかそれってTFLOの話じゃない? 確かにそれは調理で一番簡単なレシピだけれども。現実世界リアルだと絶対そっちのが難しいから……」「あんたはゲームと現実を切り離せっつーの……。まーいーわ。あたしらだけで楽しくカレー作りしよっか~。ね~? 奥原~?」
 と、俺に体を寄せてくる長田さん。
「あ~! 駄目~! 蒼空くんにそんなにくっついたら駄目~! カレーだけじゃなく、他のものまで蒼空くんと一緒に作るつもりでしょ!?」
<a href="//24076.mitemin.net/i303807/" target="_blank"><img src="//24076.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i303807/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
「他のものって何? この材料だとカレー以外作れないし、他になにも作らないから!」
 立ち上がり興奮した様子のお姉ちゃんを先生と美麗さんが二人がかりでなだめる。
「全くお前は誰でも彼でもからかおうとして。私たちはこの家を合宿に使わせて貰っている身分なんだぞ。もう少しわきまえたらどうだ?」「長田さん。あなた、先生やご家族のいる前でそういう振る舞いはどうかと思うわよ」
 長田さんを諫める二人。
「いえ、そういうことは是非私の目の前でお願いします。蒼空くんがこの女と作るとしたのなら、仕込むところを私が見届けさせて貰うから。私の目の届かないところでそんなことをしたら絶対に許さないんだから!」
 ひどく興奮した様子のお姉ちゃん。 百川先生が缶酎ハイを手に取り必死にそれを勧めて宥めようとする。
「だから作るとか仕込むとか何を!? カレー以外作らないって言ってるでしょ!?」
 すーっ、と俺のそばからなにかが離れる気配がする。
「なんか、その…ごめん…奥原……」
 俺から離れたのは長田さん。 ――てか長田さんしかいなかったんだけれども。 そのまま俺からゆっくりと目をそらす。 引いちゃってるじゃん。 長田さんお姉ちゃんにどん引きじゃん。 そりゃこのお姉ちゃんの様子を見たら誰だってこう・・なるだろう。 こうなることを予想していなかったわけではない。 いや、大いに予想はしていた。 だからお姉ちゃんとみんなを会わせたくはなかったんだ。 合宿を俺が辞退してでも……。
「がちゃっ」
 と、居間の扉が開く。
「何か賑やかやけど、どうしたの?」
 そこには背の高い見慣れた…… ……誰? 彫りの深い日に焼けた褐色の顔が俺たちをキョトンと見つめている。 いや、俺たちの方が逆に「キョトン」だ。 でもこのブラウスにスカート姿は間違いなく……
「ジル? あんたジル!?」
 驚いて声の出せなかった俺たちの中から第一声を放ったのは長田さん。
「え? そうやけど、セルフィーうちのことわからなかったん?」
 わからなかった。 俺たちは目の前のジルがわからなかった。 ジルは普段顔を黒く塗っていたから。 メイクを落としたすっぴんのジルを俺たちは見たことがなかったから。 顔を黒く塗り、目の周りだけを白くした逆パンダ状態のギャルメイク。 俺たちはそれを見慣れすぎていてそれが普段のジルだと脳裏にすり込まれてしまっていたのだ。
「ジルってそんな顔だったんだ……」「スカイ、そんなに見んといて! すっぴんの顔見られるの恥ずかしいんやから!」
 手で顔を隠して恥じらうジル。 いや、すっぴんでも十分、てかすっぴんの方が全然綺麗じゃないか。 彫りは深いが大きな目の鼻筋の真っ直ぐ通った端正なかお立ち。 これをあんなメイクで真っ黒に塗って隠してしまうのはもったいない。 てかジルはそっちの方が「カワイイ」とおもってあのメイクをしているんだよな…。 ジルの感性が、いや、あんなメイクをしようとする女性ギャルがいるということ自体俺にはいまいち理解できよくわからない…。 それよりすっぴんを見られるのが恥ずかしいのにすっ裸を見られるのは恥ずかしくないの? やっぱりジルの感性を理解することは俺にとって数学の難問やどんなパズルを解くことよりも難しいようだ。

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