廃クラさんが通る
022 鯰の公園
蒼く澄んだ空の下、静かな住宅街に爽やかな秋風が吹き抜ける。 その閑静な住宅街の中央、緑で被われたこんもりとした丘のある公園に、子供達のひな鳥のような声がはじけ飛んでいる。 公園に面した道路の脇に一台のバスが停まる。 住宅街の道路にも入ってこれるような中型のバスだがこれでも一応公共のバスだ。 そのバスの扉が開き、中から子供のような小さな女性を先頭に次々と客が降りてくる。 そして背の高い大柄の女性が降りたところでブザーが鳴り、扉が閉まった。
「ずいぶんといいところじゃない」
公園を眺める百川先生。
「奥原こんな所に住んでいたんだ」「うん、この公園の向こう側に俺ん家があるんだよ」「この辺りには私は来たことがないな。こんなところに公園があったとは知らなかった」「美麗さんは朝日小だっけ? あの辺りからだと電車に乗ろうと駅に行くとしても微妙に通り道からずれてるからここは通らないだろうからね」
バスは通ってはいるけど確かこの路線はあの辺りまでは行かなかったはずだ。
「この公園、池があるんだ。何か釣れるのかな?」「ナマズがいるとか云う話は聞いたことあるけど、釣りにしに来たんじゃないからね?」「そっかー。ナマズも結構うまいんだよね」「だから釣らないし食べないから」
たしかにこの芳川市の名産はナマズではあるけど今日はそれを食いに来たわけではないし、そもそもこの池で釣りをしている人なんて俺は見たことがない。 釣りをしたらきっと不審者だと思われる。 そんな話をしつつ俺たちは反対側に向かうために公園の脇を通ると
「すげーでけー女がいるよ!」
小学生くらいの子供達に指を指され注目を浴びるジル。 それに気づいたジルは子供達に笑顔で手を振る。 すると何のためらいもなく寄ってくる子供達。 この公園は土を盛って作られたのか、俺たちが歩いている道路より少し高い位置にある。 だいたい俺の腰あたりがこの公園の地面だ。 そこに立つ子供達でも丁度同じ目線か少し見上げるくらいだから確かにジルは「すげーでけー」とあらためて認識した。
「ねーちゃんすげーでかいけど、何食べたらそんなにでかくなれるの?」「好き嫌いなくなんでもたくさん食べて運動すれば大きくなると思うよ」
質問に笑顔で答えるジル。 子供達にとっては『でかい』ってだけで憧れの存在なんだな。 中にはジルの『でかい』胸を熱心に見つめている大人びた子供もいるけど…。
「私も好き嫌いなく食べていたつもりなんだけど……」
嘆く百川先生。 背丈はこの子供達と大して変わらない。
「そうか、なんでもたくさんか……」
自分の胸を見つめる美麗さん。 俺が美麗さんの弁当を作ってくる前は昼食はバランス栄養食しか食べていなかったんだ。 家ではどんな食事をしているのかは知らないけど、それを見る限りとても「たくさん」食べているとは思えなかった。
「ジル、お姉ちゃん待ってるから、ほら、行こう」
俺は子供達の相手をしているジルを促す。 お姉ちゃんが待っているっていうのもそうだが、今は公園の敷地内という一段高い場所にいてジルとの距離が出来ているため触れたりとかはないのだが、うっかりこの子供達が降りてきてジルにちょっかいを出そうものならどんな反撃を喰らうかもわからない。
「うん、わかった。ばいば~い。またね~」
手を振ってその場を離れるジル。 子供達も元気よく手を振り返す。 俺はお姉ちゃんとは別行動でみんなを連れて家まで案内していた。 お姉ちゃんは必要な荷物を積んで車で家に向かい、俺はみんなを案内するために一旦学校で集合をし、電車とバスを乗り継いで家に向かっていた。 美麗さんはおそらく直接俺ん家まで来た方が早かったりはしたんだろうけど。 美麗さんの家の正確な位置はわからないけど、朝日小の辺りから学校まで行って、さらには電車とバスで俺ん家なんてとんでもない大回りだ。
公園の角を曲がり、しばらく歩いたところで住宅地の脇道に入る。 その奥まったところに俺ん家はあった。
「ほら、ここが俺ん家。やっぱりだいぶ草も伸びちゃってるなぁ」
庭の草は子供の背丈くらいまで伸びきっている。 百川先生ならすっぽり隠れてしまいそうだ。
「へ~、ここが奥原ん家……」
感嘆はしたが特にみんなそれ以上の感想が出てこない。 そりゃそうだ。 いたって普通の家だし、こんなに草の伸びきった荒れ放題の庭を見たら言葉も出ないだろう。
「車はあるし、もうお姉ちゃんも来てるとは思うんだけど……」
家の扉に手をかけてみると鍵がかかっていて開かなかった。 俺は庭の方にまわり草をかき分けてみると――いた。 申し訳程度にせり出した縁側に座るお姉ちゃんが。
「お姉ちゃん、ここにいたんだ」
俺の方を向くお姉ちゃん。 今気づいたかのような素振りだが、俺たちの声は聞こえていただろうし俺が草をかき分ける音も聞こえていただろうに。
「あら、蒼空くん遅かったわね」
俺に向けた笑顔のお姉ちゃんの傍らに俺は見つける。 酎ハイの缶の山を。 もうすでにいくつか口を空けられている。
「遅かったって、ほぼ時間どおりだったと思うけど? それになんでもうお姉ちゃんそんなに飲んでるの? 確かに今日は何本でも、いくらでも飲んではいい日ではあるけど、朝からこんなに飲んでたら駄目でしょ!?」
いつもは一日一本という制限のある酎ハイだが、今日に限ってはその制限はない。 半年に一度の家の掃除の日。 今日という日はそういう決まりになっている。
「……」
俺の忠告を無視し、酎ハイの缶を口に運ぶお姉ちゃん。
「ほら! みんな来たんだからお姉ちゃんもちゃんと挨拶をして!」「……」
俺が促すとようやく立ち上がるお姉ちゃん。 俺はそれを確認すると玄関まで戻る。
「今お姉ちゃん来るから。……ほら、お姉ちゃん、早く!」
ゆっくりと面倒くさそうによろよろと歩いてくるお姉ちゃん。 そしてようやく俺の所まで来たところで。
「皆さん初めまして、蒼空くんの姉です。今日はわざわざ私たちの家のお掃除に来てくれてありがとうございます」
しゃっきりはきはきと挨拶をして頭を下げるお姉ちゃん。 あれだけ酎ハイを空けてここに歩いてくるまでよろよろと酔っているのかな? と思えるくらいだったけど、そのような素振りのない丁寧で見事な挨拶だった。「私たち」ってところをちょっと強調してたのが少し気になったけど……
「こちらこそ初めまして、担任の百川です。このたびはお世話になります」
百川先生もそれに対して丁寧に返礼をする。 お互い挨拶をし終えるとお姉ちゃんはみんなを見回し、そして美麗さんの前に詰め寄る。
「あなたが会長さん? 蒼空くんは生徒会でしっかり仕事してます? あなたたちに迷惑をかけることはしてはいないでしょうか?」
美麗さんを会長だと勘違いをしているお姉ちゃん。 確か柏木の『姉ちゃん』も同じ勘違いをしていたな……。
「いや、お姉ちゃん。彼女は会長じゃないから。副会長だから」「彼女!? この女! 蒼空くんの彼女なの!?」「そういう意味で言ったんじゃないから! 普通に『She』の意味だから!」「彼は生徒会ではよくやっていると思います。むしろ私としては生徒会以外で彼にはよくお世話になっていますし……」「彼!? やっぱりそうなの!? それに生徒会以外でお世話って、やっぱりそういうことなの!?」「だから違うって! 美麗さんも『He』の意味で言ったんだっての!」「『美麗さん』って、蒼空くん、この女の事を名前で呼んでいるの? やっぱり二人はそんなお世話をし合う関係なのね!?」
いきなり暴走をする『お姉ちゃん』 こんな事で俺たちは無事合宿を行うことが出来るのか? 今から心配でならない。
「ずいぶんといいところじゃない」
公園を眺める百川先生。
「奥原こんな所に住んでいたんだ」「うん、この公園の向こう側に俺ん家があるんだよ」「この辺りには私は来たことがないな。こんなところに公園があったとは知らなかった」「美麗さんは朝日小だっけ? あの辺りからだと電車に乗ろうと駅に行くとしても微妙に通り道からずれてるからここは通らないだろうからね」
バスは通ってはいるけど確かこの路線はあの辺りまでは行かなかったはずだ。
「この公園、池があるんだ。何か釣れるのかな?」「ナマズがいるとか云う話は聞いたことあるけど、釣りにしに来たんじゃないからね?」「そっかー。ナマズも結構うまいんだよね」「だから釣らないし食べないから」
たしかにこの芳川市の名産はナマズではあるけど今日はそれを食いに来たわけではないし、そもそもこの池で釣りをしている人なんて俺は見たことがない。 釣りをしたらきっと不審者だと思われる。 そんな話をしつつ俺たちは反対側に向かうために公園の脇を通ると
「すげーでけー女がいるよ!」
小学生くらいの子供達に指を指され注目を浴びるジル。 それに気づいたジルは子供達に笑顔で手を振る。 すると何のためらいもなく寄ってくる子供達。 この公園は土を盛って作られたのか、俺たちが歩いている道路より少し高い位置にある。 だいたい俺の腰あたりがこの公園の地面だ。 そこに立つ子供達でも丁度同じ目線か少し見上げるくらいだから確かにジルは「すげーでけー」とあらためて認識した。
「ねーちゃんすげーでかいけど、何食べたらそんなにでかくなれるの?」「好き嫌いなくなんでもたくさん食べて運動すれば大きくなると思うよ」
質問に笑顔で答えるジル。 子供達にとっては『でかい』ってだけで憧れの存在なんだな。 中にはジルの『でかい』胸を熱心に見つめている大人びた子供もいるけど…。
「私も好き嫌いなく食べていたつもりなんだけど……」
嘆く百川先生。 背丈はこの子供達と大して変わらない。
「そうか、なんでもたくさんか……」
自分の胸を見つめる美麗さん。 俺が美麗さんの弁当を作ってくる前は昼食はバランス栄養食しか食べていなかったんだ。 家ではどんな食事をしているのかは知らないけど、それを見る限りとても「たくさん」食べているとは思えなかった。
「ジル、お姉ちゃん待ってるから、ほら、行こう」
俺は子供達の相手をしているジルを促す。 お姉ちゃんが待っているっていうのもそうだが、今は公園の敷地内という一段高い場所にいてジルとの距離が出来ているため触れたりとかはないのだが、うっかりこの子供達が降りてきてジルにちょっかいを出そうものならどんな反撃を喰らうかもわからない。
「うん、わかった。ばいば~い。またね~」
手を振ってその場を離れるジル。 子供達も元気よく手を振り返す。 俺はお姉ちゃんとは別行動でみんなを連れて家まで案内していた。 お姉ちゃんは必要な荷物を積んで車で家に向かい、俺はみんなを案内するために一旦学校で集合をし、電車とバスを乗り継いで家に向かっていた。 美麗さんはおそらく直接俺ん家まで来た方が早かったりはしたんだろうけど。 美麗さんの家の正確な位置はわからないけど、朝日小の辺りから学校まで行って、さらには電車とバスで俺ん家なんてとんでもない大回りだ。
公園の角を曲がり、しばらく歩いたところで住宅地の脇道に入る。 その奥まったところに俺ん家はあった。
「ほら、ここが俺ん家。やっぱりだいぶ草も伸びちゃってるなぁ」
庭の草は子供の背丈くらいまで伸びきっている。 百川先生ならすっぽり隠れてしまいそうだ。
「へ~、ここが奥原ん家……」
感嘆はしたが特にみんなそれ以上の感想が出てこない。 そりゃそうだ。 いたって普通の家だし、こんなに草の伸びきった荒れ放題の庭を見たら言葉も出ないだろう。
「車はあるし、もうお姉ちゃんも来てるとは思うんだけど……」
家の扉に手をかけてみると鍵がかかっていて開かなかった。 俺は庭の方にまわり草をかき分けてみると――いた。 申し訳程度にせり出した縁側に座るお姉ちゃんが。
「お姉ちゃん、ここにいたんだ」
俺の方を向くお姉ちゃん。 今気づいたかのような素振りだが、俺たちの声は聞こえていただろうし俺が草をかき分ける音も聞こえていただろうに。
「あら、蒼空くん遅かったわね」
俺に向けた笑顔のお姉ちゃんの傍らに俺は見つける。 酎ハイの缶の山を。 もうすでにいくつか口を空けられている。
「遅かったって、ほぼ時間どおりだったと思うけど? それになんでもうお姉ちゃんそんなに飲んでるの? 確かに今日は何本でも、いくらでも飲んではいい日ではあるけど、朝からこんなに飲んでたら駄目でしょ!?」
いつもは一日一本という制限のある酎ハイだが、今日に限ってはその制限はない。 半年に一度の家の掃除の日。 今日という日はそういう決まりになっている。
「……」
俺の忠告を無視し、酎ハイの缶を口に運ぶお姉ちゃん。
「ほら! みんな来たんだからお姉ちゃんもちゃんと挨拶をして!」「……」
俺が促すとようやく立ち上がるお姉ちゃん。 俺はそれを確認すると玄関まで戻る。
「今お姉ちゃん来るから。……ほら、お姉ちゃん、早く!」
ゆっくりと面倒くさそうによろよろと歩いてくるお姉ちゃん。 そしてようやく俺の所まで来たところで。
「皆さん初めまして、蒼空くんの姉です。今日はわざわざ私たちの家のお掃除に来てくれてありがとうございます」
しゃっきりはきはきと挨拶をして頭を下げるお姉ちゃん。 あれだけ酎ハイを空けてここに歩いてくるまでよろよろと酔っているのかな? と思えるくらいだったけど、そのような素振りのない丁寧で見事な挨拶だった。「私たち」ってところをちょっと強調してたのが少し気になったけど……
「こちらこそ初めまして、担任の百川です。このたびはお世話になります」
百川先生もそれに対して丁寧に返礼をする。 お互い挨拶をし終えるとお姉ちゃんはみんなを見回し、そして美麗さんの前に詰め寄る。
「あなたが会長さん? 蒼空くんは生徒会でしっかり仕事してます? あなたたちに迷惑をかけることはしてはいないでしょうか?」
美麗さんを会長だと勘違いをしているお姉ちゃん。 確か柏木の『姉ちゃん』も同じ勘違いをしていたな……。
「いや、お姉ちゃん。彼女は会長じゃないから。副会長だから」「彼女!? この女! 蒼空くんの彼女なの!?」「そういう意味で言ったんじゃないから! 普通に『She』の意味だから!」「彼は生徒会ではよくやっていると思います。むしろ私としては生徒会以外で彼にはよくお世話になっていますし……」「彼!? やっぱりそうなの!? それに生徒会以外でお世話って、やっぱりそういうことなの!?」「だから違うって! 美麗さんも『He』の意味で言ったんだっての!」「『美麗さん』って、蒼空くん、この女の事を名前で呼んでいるの? やっぱり二人はそんなお世話をし合う関係なのね!?」
いきなり暴走をする『お姉ちゃん』 こんな事で俺たちは無事合宿を行うことが出来るのか? 今から心配でならない。
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