廃クラさんが通る

おまえ

015 厄災を招く者

Muto:ちょっと手伝って欲しいものがあって、それを頼もうと思ったんだけどSky:なに? なにかに詰まったりした?Muto:浮なんとかの洞窟? ってとこがクリアできなくてSelfish:浮海月の侵食洞か。メインクエストで行く最初のIDだなSky:ああ、なるほど。最近じゃもうそこに行く人も少ないだろうからマッチングしないってことか
 大抵のIDは最低4人でパーティを組んで挑む必要がある。 低レベルで挑むIDにもレベル調整アジャスト機能があるので、高レベルプレイヤーがともに挑むことは可能ではあるのだが、如何せんそんな初期ダンジョンをわざわざやろうなんていう酔狂なプレイヤーも少ない。 だからそういうダンジョンを対象にしてIDごとランダムでマッチングされるという機能がある。 高レベルプレイヤーはそういった低レベルダンジョンにマッチングされると、いろんなアイテムと交換が出来るトークンなどの報酬が多くもらえたりと何かと恩恵もある。 ――が、それでも柏木はマッチングされなかったのだろうか?
Muto:いや、行ったんだけどクリアできなくてSky:え? 最初に行くIDだよ? そんなに難しくないでしょ?
 俺は最初にこのIDに挑んだ時のことを思い出してみる。 敵だってそんなに強くないし詰まる要素はひとつもなかった気がするが……。
Selfish:いや、ありえる。俺たちがそうだった。かろうじてクリアできたが、あれは過酷だった
 そうだ、俺はその時まだ未プレイだったのでその事件の詳細はよく知らないが、たしかジルがタンクを怒らせたって言ってたあの事件だ。
Selfish:まさかとは思うが、お前のジョブは何だ?Muto:ジョブ? 職業のこと? 精霊使い? って言うんだっけ? ほら
 と、呪文を唱え、精霊を呼び出す。 すると犬のような猫のような、まるでぬいぐるみのようなかわいらしい見た目の精霊が召喚される。
Selfish:やっぱりか…Muto:精霊さんってのがこのゲームの主人公ってのは間違ってたけど、精霊使いが主役ってのは本当っぽいからこれにしたんだよSky:いや、それもちょっと間違ってると思う
 たしかに『トゥルーファイナルロアオンライン』の大元になったゲーム『ファイナル最後のロア伝承』シリーズでは精霊を召喚して戦う『精霊使いサマナー』は花形の戦闘職ジョブだ。 このゲームにおいても精霊使いサマナーは、制約はいくつもあるもののタンク回復職ヒーラー攻撃職DPSと、どの役割ロールもこなせる万能な職業ジョブでもある。 ――が、とても使いやすい職業ジョブとは言いがたく、本来の能力を発揮しようとすればそれなりのプレイヤー技能スキルが必要となる。 生半可な腕前スキルでは地雷はずれと見なされるため、精霊使いこのジョブはどちらかといえば忌避ささけられる傾向にある。
Muto:え~、なら俺はいったい何を信じろっていうんだよ?Selfish:ネットの情報を鵜呑みにするなってことだ。ネット初心者にありがちなことだなSky:てか、精霊の名前、「Muto」って自分と同じ名前つけてるのかよSelfish:どんだけ自分が好きなんだ…Muto:え? 何かまずかった?Sky:まずくはないとは思うけど…
 いや、ヒーラーにとっては味方を判別するのに名前が重要な場合もあるのかな?
Muto:名前のことなんてどうでもいいからダンジョン手伝ってくれよSelfish:諦めろ、俺たち三人だけじゃIDにいけないMuto:え~、駄目なの?Sky:う~ん、ジルもカテドラさんも今日はログインしてないからミレニアムさん誘う?Selfish:スカイ、お前余計なことを…Muto:やったー! 手伝ってもらえるの? ありがとう! スカイ!Mutoは喜んだ。
 エモートで喜ぶ柏木。 しかし、ゲーム内でもやっぱり柏木に『スカイ』と呼ばれるのはちょっと違和感がある。


Millennium:手伝って欲しいものがあると頼まれて来てみれば、なんだ? この蹴りたくなるような珍妙な生き物は?
 俺が声を掛け、呼び出されたミレニアムさんが柏木を見た第一印象はセルフィッシュさんと一緒のようだ。
Sky:浮海月に一緒に行ってもらいたいんだけど、大丈夫?Millennium:なるほどな、この初心者のメインクエストの手伝いをして欲しいと、そういうことかMuto:あー! 美麗ちゃん? 美麗ちゃんだよね? このミレニアムって人、美麗ちゃんにそっくりだもんMillenniumはMutoを蹴り飛ばした。
 吹っ飛ぶ画面の中のムトかしわぎ
Millennium:だれだ? こいつは? 知らない相手にゲーム中でリアルネームを呼ばれるのがものすごく気持ちが悪いのだがSky:ああ、こいつ柏木なんだよMuto:うん、そう。てかやっぱり痛い! なんで痛みが伝わってくるの? このゲーム怖い!Sky:だからそれは錯覚だから…Millennium:あのバカか。まったく初心者が精霊使いを選ぶなど無謀もいいところだなSelfish:いや、お前も精霊使いだろうがMillennium:練度が違う。私は真生された頃から精霊使いをやっているんだSky:真生された頃から? 旧時代には使ってなかったの?Millennium:旧のころは精霊使いは存在しなかった。『ファイナルロア』の名前を冠しているのに、その代表的なジョブが存在しなかったというのも失敗の要因のひとつであったのかもしれないなSky:へ~、そうだったんだSelfish:じゃあ旧時代はお前はいったい何のジョブを使っていたんだ?Millennium:その頃のメインジョブはシーフだった。敵を倒した時にドロップが良くなる装備があったり直接アイテムを盗めたりと素材等を集めるのに都合が良かったSelfish:お前も最初はシーフだったのかよSky:そういえばセルフィッシュさんも最初はシーフだったんだっけ?
 今回手伝いのために行く『浮海月の侵食洞』に最初にいった時にセルフィッシュさんはシーフだったとか言ってたな。
Millennium:真生された今、そんな特殊な性能の付いた装備やスキルはなくなってしまったから、シーフなぞ突発的な攻撃が強いただのDPSに成り下がってしまったがなSelfish:だからヒーラーになったのか? そのままDPSでもよかったんじゃないのか?Millennium:ギルドに最後まで残っていた仲間が真生をきっかけに魔導師から聖騎士になった。だから私もそれに倣ってヒーラーになったのだ
 でも、その残っていたプレイヤーももう居ないとか言ってたっけ。
Selfish:なるほどな、タンクとヒーラーならIDのマッチングも即シャキだろうからな
 『即シャキ』――マッチングがあっという間に成立するという意味だ。 一般的にタンクやヒーラーは貴重な存在で絶対数が少ないからマッチングに時間がかからない。 その逆でDPSは夥多なのでマッチングには時間がかかる。 俺もそれで時折苦労を強いられている。
Millennium:それを見込んで替えたわけではないのだが、嬉しい誤算ではあったMuto:で、手伝ってくれるの? くれないの? みんな何の話してるのか俺にはまったくわからないんだけどSky:ああ、そうだ、忘れてた。ミレニアムさん、柏木のこと手伝ってくれる?Millennium:仕方ない、行ってやるか。まあ、あんな所すぐ終わるだろうSelfish:だといいんだけどな…。俺は嫌な予感しかしない
 最初のダンジョンだよ? いくら何でもそこまでは――って、そういえば柏木はクリアできなかったから俺たちにすがりついてきたんだっけ? いったいどんなプレイをすればこんな最初のダンジョンで攻略失敗やらかすことなんてできるんだ?

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品