廃クラさんが通る

おまえ

010 猛禽の目

「……」
 無言でお土産の寿司を頬ばる『お姉ちゃん』 何気なしに点けているテレビから流れるニュースの音声だけが二人きりのダイニングルームに流れている。 テーブルにはチューハイの缶がずらりと並べられていて、三本ほど空けられており四本目にもすでに口がついている。 俺が帰って来るまで缶を一本一本空けていくつもりだったのであろう。
「怒ってる?」「怒ってない」
 即答。 否定はしているが明らかに怒っている。
「だからごめん、って。でも、お姉ちゃんだってよくあるでしょ? 会社のつきあいで飲みに行ったりとか。俺だって同じだよ」「お姉ちゃんはそんなのより蒼空くんとご飯食べるのがいつも一番だけど?」
 そうだった。 大事な接待だとしてもこの『お姉ちゃん』は平気で抜け出すような人だった。
「ほんとにごめん。次からはこんな事があってもなるべく断って早く帰ってくるようにするから」「なるべく?」 
 ずいっと俺に迫るお姉ちゃん。 顔を俺に近づけ、俺の目を睨み付ける。
「……ぜった…いや、てか、またこんな事あったらお姉ちゃんに一度聞いてから決めるから、それでいいでしょ?」
 俺はお姉ちゃんの迫力に誘導させられ、うかつな答えを発しそうになるが、すんでの所でこらえた。
「……うん」
 と、顔を引っ込めるお姉ちゃん。 よかった。 まだ合点のいかない表情だが、なんとか納得してくれたのかな?
「それより蒼空くん、これ、こんなにお寿司いっぱい入ってて高かったと思うんだけど、お姉ちゃんはそっちの方も心配なんだけど?」「え~と、それは…」
 その時俺の視界にある人物が映り込む。 何気なしに点けていたテレビのニュース番組に映るその人物。 見間違えるはずがない。 先ほどあったばかりの大男。 ジルのおとーさんだ。
「この人だよ! この人! この人が…」
 俺は画面に映るジルのおとーさんを指さす。
「蒼空くんこの人知ってるの? 会社でも話題になってたわよ。ハゲタカファンドが日本にも上陸したか。って」「え? ハゲタカファンド?」
 なんだ? 『ハゲタカファンド』って? 『ハゲタカ』って言葉からあまりいいイメージがわいてこない。
「落ち目の企業の株を買って儲けるファンドって言えばいいの? 急速にのし上がったファンドで、このスティーブ・メイエリックって人は、裏ではヤクザまがいの相当汚いことをしているとかいう話もあるみたいね」「え? メイエリック?」
『メイエリック』?『大場』じゃなくて? ――って、そうかジルは多分母方の姓を名のっているってことなのかな? それよりもそんな人だったの? ジルのおとーさんって? 汚いことをしてお金儲けをしている人だったの? あんなにいい人そうだったのに?
「今回このファンドの餌食になったのは呉服の『ヤシマ』らしいわね。江戸時代から続く老舗なんだけど、最近お家騒動で分裂して、そこをこのファンドに狙われたみたいね」「……」
 画面にはスティーブさんが悪い表情で睨み付けているところで映像が止められている。 俺たちに見せるスティーブさんの姿は最初のジルとの格闘バトルは別として、すごくいい人だったのに、こうやってテレビとかメディアとかによってイメージは作られていくんだな、とつくづく思った。
「ところで蒼空くん、この人のこと知っているみたいだったけど、なんで知ってたの?」「え~と……」
 俺は口ごもる。『ハゲタカファンド』とか『汚いことをしている』とか言われて「その人、実は俺の友達のお父さんなんです」なんて、とても言えるわけがない。

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