廃クラさんが通る

おまえ

004 死の乱舞

 放課後になり、いつものように生徒会室に集まった俺たち。
「ダンスの動画撮ってきたよ。この中に入ってるからみんなで見る?」
 自分のスマホを俺たちにかざすジル。 振り付けを考えると言ったのが昨日の今日だが、ジルは早速ダンスの振り付けの動画を撮ってきたようだ。 ジルは昨日TFLOにログインしなかったみたいだけど、その動画を撮っていたからなのかな?
「うん、見よう。みんなで見るならパソコンの画面の方がいいかな?」
 パソコンに動画を転送。 それを再生させると、サイズの小さなぴちぴちの体操着にブルマ姿のジルが立っている。 床はワックスが掛けられてつやつやな板張りの広い空間。 体育館かどこかなのかな?
「おとーさん。ちゃんと撮れてる? こっちはいつでも大丈夫だよ」
 こちらに向かって手を振る。
「OKやで、ジルちゃん。カワイく映ってはるで。ほなら音楽掛けるな」
 姿は見えないがジルのおとーさんらしき人の声。 ジルを撮っているのがそのおとーさんなんだろうから当たり前だな。 確か外国人のはずだけど、ほんのわずか訛りがある程度で流ちょうな日本語。 さらにはほんの短い言葉のやりとりではあったが、ジルよりも自然な関西弁だということもわかる。 カメラの視点がジルの視線と同じ高さにあるってことはこのおとーさんもジルと同じくらいの背の高さがあるんだな。
 音楽がかかる。 ……これは最近人気のアイドルグループの楽曲か。 埼高ダンスの選曲は毎年自由で大抵その年の流行はやりの曲が選ばれる。 埼高ダンスを見ればその年の時流ブームが何となくわかるようになっている。 毎年生徒会にダンスを作らせているのは、もしかしたらそれを記録して後世に残すためなのかもしれない。 ジルが体を動かすとジルの豊満おおきな胸が揺れる。 俺としては振り付けよりもどうしてもそちらに目が行ってしまう。 そして次第に胸の揺れも大きくなり俺の目はそちらに釘付けになる。 駄目だ。振り付けがまったく頭に入ってこない。 ジルのこの胸はある意味凶器きょうきだ。 いや、俺にとっては驚喜きょうきだな…。
 …………
「できるかー!!!!」
 その声に俺は我に返り、叫んだ声の方を向く。 動画を見終わった美麗さんと長田さんが異口同音に叫んだようだ。 その声の向こうの柏木はまだ笑顔のままで心ここにあらずな放心状態だ。 …こいつも俺と同じくジルの胸に見とれていたんだな。 もうダンスは終わったんだから戻ってこいって。 俺も二人が叫ばなかったら同じ状態だったかもしれないけど……。
「いったいどこの誰があんな動きができる? しかも最後のあれは何だ? 空中で一回転していたぞ?」
 ジルの胸にばかり気を取られていた俺だが、さすがに最後のははっきりとわかった。 バク宙にさらに捻りを加えていた。 助走も付けず、その場でジャンプをしただけで。
「みんなが踊るってこと考えろっての。あんなんあんたしかできねえわ…」
 呆れ果てる二人。 胸にばかり気を取られていたが、確かに思い返してみればバク転だけではなく、あの踊りというかあの動きはジルにしかできないものだった。
「えー、ちょっと練習すればあのくらいみんなできるって」「いや、ジルには『あのくらい』なのかもしれないけど、常人には絶対無理だから……」「ねえ、みんな。俺の振り付けも見てくれる?」
 と、割り込んできたその声の主を見てみるとまだ笑顔のままの柏木。
「え? 柏木も動画撮ってきたの?」「いや、俺、スマホ持ってないしカメラとかもないから、今ここで踊るよ」
 と、鞄の中から取りだしたものは携帯型の音楽プレーヤー……ではない。 俺の知っている携帯プレーヤーではない。 画面がついていないし、側面にスイッチのようなものがいくつか並んでいる。
「このカセットプレーヤーに音楽入ってるからそれ流して今ここで踊るよ」「カセットって、いつの時代の代物だよ、それ……」
 てか今でもそのメディアカセットは売ってたりするのか? 俺は見たことないぞ?
 …………
 柏木のダンスを見た俺たち。 それはやはりテレビで見るようなダンスグループの踊りを見ているかのようであった――が
「柏木のダンスはすごいと思うけど、これ、全校生徒で踊れないっしょ?」「え~、折角一生懸命考えてきたのに」
 そう、埼高ダンスは生徒がみんなで踊るものだ。 こんなのとてもみんながみんな踊れるようなものではない。 いや、練習をすればなんとか踊れないこともないかもしれない。 もしかしたらジルのダンスの前にこれを見せられたら俺たちは柏木の振り付けを採用してしまったかもしれない。 ただ俺たちはあのジルの異次元の振り付けで気づかされた。 みんなが踊れる振り付けでなくてはいけない、と。
「なるほど、前生徒会役員達の考えたあの奇妙な踊りも全員が踊れるということを前提としてああなったのかもな」「じゃあ、あんなダンスを俺たちも作ればいいんだ」「いや、それは駄目だ」「ねーよ。あれはねーって」
 俺の提案を即座に否定する二人。
「じゃあどうするの? ジルと柏木の二人以外はダンスなんてできないんでしょ?」「だから困ってるんだっつーの。…いっそ会長権限でこんなダンスなくしちゃう?」「いや、駄目だ。埼高ダンスはこの学校の伝統だ。お前の一存や裁定で簡単に廃止できるようなものではない」「はぁ、結局最初に逆戻りかよ……。どうしろっつーんよ、まったく……」
 と、頭を抱える長田さん。
「とりあえずみんなで考えよう。みんなで踊れるダンスを。ジルや柏木じゃなくても踊れるダンスを。最低でも美麗さんと長田さんと俺が踊れるようなダンスなら多分他の生徒達だって踊れるだろうし。期限は…え~と、いつまでだっけ?」「文化祭までに発表。その文化祭の後夜祭に全校生徒で踊ることになってるから、あと一ヶ月くらい?」「なんだ、あと一ヶ月もあるんじゃん。ならなんとかなるよ。俺だって振り付け考えてみるし」「だといいのだがな。だが、今はそのビジョンがまったく見えない」
 ため息をつきそのまま下を向く美麗さん。 大丈夫、一ヶ月もあるんだきっとなんとかなるさ。

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