廃クラさんが通る

おまえ

044 不浄の聖堂(Unholy cathedral)

 薄暗い部屋の中、男が入ってくる。 男は入り口そばにある照明のスイッチを付けるとスーツの上着を脱ぎハンガーに掛け、デスクトップパソコンのスイッチを入れた。 合成皮革フェイクレザーの張られたデスクチェアに座ると机の上のマウスを手に取る。 程なくパソコンが立ち上がり、デスクトップ上のアイコンをクリック。 ログイン画面が表示されるとキーボードを操作しログインする。 ローディングが明けると男の目の前に見慣れぬ画面が現れた。アーチ状に湾曲した高い天井を何本もの連なる柱が支えている。 正中を空け、両側に背もたれのある長椅子が何列も並んでいる荘厳な聖堂。 いや、聖堂と言う名前には似つかわしからぬ禍々しく不穏な瘴気が、光のまったく届かない薄暗い堂内に漂っている。
「ここはどこだ? 昨日ログアウトした場所じゃない?」
 男はキーボードを操作すると画面にマップ画面が現れる――が、白地図で何も表示されていない。 その地図の名前を確認すると
「不浄の聖堂? TFLOこのゲームにこんな場所があったか?」
 疑問に思う男の前に何かが現れた。 顔の上半分だけを隠した仮面を着け、頭巾フードのある赤い法衣ローブを着ている。 その法衣からは禍々しい燐気オーラが発せられていた。
[GM]Capricious:あなたがこの場にいる理由はおわかりになりますね?
「GM!? ……そういうことか…」
 画面を見つめる男はその理由を察したようだ。
Goddard:なんとなくは[GM]Capricious:おわかりならば問題ありません。では、何か言いたいこと、聞きたいことはございますでしょうか?Goddard:ここはどこなのでしょうか? GMに呼ばれる場所としてはモルダード監獄が有名ですが、ここも同じよう場所と考えてよろしいのでしょうか?[GM]Capricious:そうですね、基本的にはかわりません。ですがこの場所での発言は外に漏れることはございません。ログにも残りません。
「それは普通のことじゃ……いや、ログにも残らない? 記録されないってことか?」
 男はそこに少し違和感を覚える。
[GM]Capricious:他にご質問がないのでしたらよろしいでしょうか? 今回の罪状について間違いがないか、ご確認をお願いします。
「……」
 男は無言でGMの発言を待つ。
[GM]Capricious:ベナリスでのMillenniumさんになりすましての他PCへの妨害行為。これは間違いありませんね?Goddard:それは他のGMから警告が来たのでそれ以降は行ってはいません。それでも処分の対象になるのでしょうか?[GM]Capricious:そうですね、警告以降の行為は確認されていませんGoddard:なら問題ないじゃないですか。ここから出してはもらえないですか?[GM]Capricious:掲示板でミレニアムさん、そしてセルフィッシュさんになりすましての書き込みもなされていますよね?
「……なぜわかった? TFLOゲームをするパソコンでは書き込みはしなかったはずなのに……」
Goddard:何のことでしょうか? 私はそんな書き込みをした覚えはないのですが。もしそうお思いになっておられるなら根拠を示していただきたいのですが[GM]Capricious:あなたの使っているスマホのIPとその書き込みのIPが一致しました
「スマホ!? どうやったら俺のスマホが? ……そういうことか」
 驚いた後少し考え込んでいた男がひとつの結論を出す。
Goddard:ソフトウェアトークン。それを使用する際にIP等の情報が送られているということですか[GM]Capricious:それにはお答えできません
「それしかスマホとTFLOの接点はない。まさか、セキュリティのためのソフトが逆に情報を流出させていたとは……」
Goddard:ブラフなんじゃないですか? 本当はIPを追い切れてはいない。そうなのではないですか?[GM]Capricious:いえ、これは確認が取れていることですGoddard:なら証拠を示していただきたい。ソフトウェアトークンから情報を得ていたんですよね?
「そうだ、これで乗り切ってやれ。もし本当にソフトウェアトークンからIPが割れているとして、それを認めたなら世間に公表してやればいい。『ソフトウェアトークンは情報垂れ流しの危険なアプリだ』ってことを」
[GM]Capricious:ミキちゃん❤ちゅっ❤ちゅっ❤ (*^ω^*) 昨日は楽しかったよ(^O^)
「な!?」
 突然のGMの豹変ぶりに驚く男。
「これは…まさか!?」
 男は慌ててスマホを取り出すと自分のSNSでのやりとりの記録ログを確認する。
[GM]Capricious:次はいつ会えるの? でも学校じゃお互い無視ね。ばれちゃったらやばいもんね(^O^)
 見つめるスマホの画面と一字一句違わぬ発言を画面ディスプレイの中のGMがしている。
[GM]Capricious:そうです、あなたの見つめているスマホからSNSのやりとりをコピペさせていただきました
「~~~~ッッッ!!! 見ている!? どこから!?」
 男は青い顔で周りを見渡す……がそれらしきものが見当たらな…いや、あった。
「このスマホから見ているな?」
 男はスマホのカメラを睨み付る。
[GM]Capricious:はい、ご明察です。あなたの顔がよく見えますよ
「聞こえてもいるんだろ!? 訴えてやる! そして世間に公表してやる! お前たちは公式のアプリに何かやばい機能を仕掛けているってな!」
 立ち上がりスマホに向けて絶叫する。
[GM]Capricious:MIKI_20XX_09_XX.mp4
「~ッ! なぜそれを!!! お前はその動画を見たのか!? そのフォルダにはパスワードをかけていたはずなのに!?」
 GMが示したファイル名に男は驚く。
[GM]Capricious:健全教育連盟、略して健教連。これは教職員の組合でしたっけ? 溜まっている未読のメールにそこから届いていたメールがありましたよ? そこの組合員ですよね? あなたは
「………」
 ついには口を空けたまま絶句する。
[GM]Capricious:いけませんねえ。健全、でしょうか? これって?
「訴える…絶対に訴えてやる……、これは明らかに違法行為だ…」
 画面を見つめるその目は焦点が定まらず小刻みに震えている。
[GM]Capricious:はい、構いませんよ? ですが、SNSでのやりとりもパソコンに入っているファイルもすべて保全しておいてくださいね? それらが私にとっては致命的な証拠になりますから
「~~~~ッッッ!!!」
 男は声にならない声を上げ、息も絶え絶えにデスクチェアにもたれかかる。
[GM]Capricious:それらは教職員であるあなたにとっても致命的な証拠になりえます。だとしたら何が賢い選択なのか? あなたにはそれがおわかりになりますよね?
「……はい……」
 もうろうとする意識の中、画面に表示されたGMの発言に声を絞り出す。
[GM]Capricious:では、あなたへの処分を発表します。この時点から一週間のアカウント停止となります。この処分に対して何か不満や異議はございますでしょうか?
「…………」
[GM]Capricious:ないものと判断させていただきます。それでは、これからはくれぐれも違反行為は行わず、ルリナディアおよび現実世界におきましては、健全な生活をお心掛けくださいね
 瘴気の漂う聖堂に男を一人残して赤い法衣のGMは消える。 そしてそのまましばらく男はただ一人その場に呆然と立ち尽くしていた。

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