廃クラさんが通る

おまえ

043 緊急停止(エマージェンシー)

Jill:ねえ、すごいよ。ほら
 ジルがログインし、俺たちはいつも通り挨拶をし、ジルにハグをされ、そんな毎回の儀式が終わったところでジルが唐突にURLを切り貼りコピペして発言チャットする。 そのURLを開いてみると
Sky:まとめサイト?
 それはTFLO関連のまとめサイトだった。『なぜ? 木綿糸一本が100万gol越え?』の題名で掲示板での例の書き込みが主要な部分が切り取られた形で記事にされていた。 俺の名前が書かれていたところとか、その周辺の書き込みはカットされている。
Selfish:ついにアフィサイトでまとめられるまでになったか。でも俺はこういうところは好きにはなれないな。自分で記事を書かないで掲示板から引っ張ってきたネタで金を稼ぐ奴らだからなSky:じゃあ、セルフィッシュさんはこういう所で情報を仕入れたりはしないんだ?Selfish:いや、有益そうな記事だけは悔しいが読んでいる 長田セルフィッシュさんもやっぱりこういうサイトは見てたりするんだな。 ジルが来る前に俺はマーケットに出ている木綿糸をさらに買い込んだ。 最終履歴は一本500万。もう俺に怖いものはない。 いくらになろうが買ってやる覚悟だ。
Jill:裁縫ギルドに行ってみる? 今、どのくらい人集まってるのかな?Sky:そうだね、行ってみようか
 そういえば、マーケットボードで木綿糸を買ってばかりで裁縫ギルドで直で買うって事をまったく失念していた。 まあどうせ行っても買えないだろうし、今までだって俺は一度たりとてギルドで木綿糸を買えたことがない。 この騒動が始まる前でさえ…。 俺たちはパーティを組み、瞬間移動ゲートトラベルの呪文で裁縫ギルドのあるベナリスの最寄りの冒険者拠点キャンプまでワープする。 ――が、なかなかローディングが終わらない。
Sky:なんかすごく重いんだけどSelfish:俺もだ。こんなことは初めてだなJill:よかった、うちだけじゃなかったんだ。うちだけ重いのかと思った
 三人とも同じ症状が出ているってことか、何が起こっているのだろうか? ローディングが終わり、画面が明けるとそこには見慣れた冒険者拠点キャンプ――ではない。 なんだこれは? こんな寂れた、人がいる所なんて滅多に見たことのないような辺境の冒険者拠点キャンプにぎっしりと溢れんばかりに冒険者プレイヤーが詰めかけていた。
Sky:これは…Selfish:なんつー人だかりだ。これ、全部木綿糸を買いに行こうとしてるプレイヤーってことか?Jill:すごーい。みんなお金が欲しいんだね
 その木綿糸をマーケットで大金で買っているのは俺なんだけど……。
Chaos:Skyだ! 神がいるぞ!
 突然俺の名前を叫ばシャウトされる。 え? 俺が神?
Tenzan:おお! 本当だ! Skyさんがいる!
 なんで? まさかここにいるみんな俺のこと知っていたりするの?
Selfish:すごいな、スカイ。すっかり有名人じゃないかJill:まとめサイトの効果ってすごいねSky:え? でもあそこに俺の名前出てなかった気がするけど…Selfish:そんなの出ていなくったってすぐわかるだろ。木綿糸を誰が買っているかなんて。マケボの履歴を見ればSky:あー、そういえばそうだ
 履歴に残っちゃうんだよね。 誰も他に買う人がいなければ履歴が流れることもない。 俺たちがパーティチャットで話している間にも俺には声がかかり、手を振られ、抱きつかれ、様々な感情表現エモートが俺に降りかかる。
Sky:とりあえず移動しよう。ここ重いし
 本当はこの状況から逃げ出したいからだけど…。
Selfish:そうだな、でもベナリスはもっと重いだろうがな
 俺たちは乗り物マウントに乗り、ベナリスへ向かう。 その道中も人で溢れかえり、道沿いにはなんとガルド族の精霊さんが並んでいて、俺に手を振ってくる。
Jill:あははは! すっかりお祭りだね
 まさか精霊さんまで出てくるとは…。 もしかしたら俺、とんでもないことをしちゃったんじゃないだろうか? どうにかこうにかベナリスまでたどり着いた俺たち。 ここは先ほどの冒険者キャンプとは比べものにならないくらいの多くの人で溢れかえっている。
Selfish:とんでもないな。これはJill:すごーい、こんなに人がいっぱいいるのはじめて見た。
 やっぱり俺のせい? 俺のせいだよね? 俺たちは人混みをかき分け裁縫ギルドへ向かう。 その間にも俺には声がかかり感情表現エモートを受ける。 なんとか裁縫ギルドの前まで来た俺たち、その扉を開けて中へ……入れない。 裁縫ギルドの扉が開かない?
Jill:あれ? 開かない? 中に入れないよ?Selfish:この人集りのせいか? このエリアが重くなっているせいなのか?
 これだけ人が集まってるんだからそういう不具合も出てもおかしくはないのかもしれない。
Ingen:はいれねーぞ! どうなってるんだ! おさだあああああああああああ!
 周りのプレイヤーたちからも怒号が飛び交う。 みんな同じ症状が出ているようだ。
Cocoron:もうすぐギルドが開くぞ! おさだあああああああ
 俺をたたえる声や感情表現エモートは次第におさPへの怒号へと変わる。
Selfish:こりゃ駄目だな。ギルドが開くまでに入れそうにないな。
 なおも飛び交うおさPへの怒号の中
System Message:現在一部のエリアにプレイヤーが集中し、サーバーに負荷がかかり非常に危険な状態になっております。該当エリアにおられる方は直ちに他のエリアへ移動してください。
Yoshitune:なんだと! おさだあああああああああああああ
 突然のシステムメッセージにさらに怒号が飛び交う。
Selfish:まじかよ、そりゃこれだけ人が集まればな…Jill:え~、ここまできたのにSky:うん、帰ろう
 俺はさっさとここを離れたかった。 この怒りの矛先が俺へと向かないともかぎらない。 怒号が飛び交う中俺たちは瞬間移動ゲートトラベルの呪文を唱え、詠唱が終わるとギルドハウスへ到着した。
Jill:すごかったねSelfish:金の亡者どもだな。ただ単に祭りとして楽しんでるプレイヤーも中にはいただろうがSky:俺のせいであんな事に…Guild Message:Cathedraがログインしました。
 カテドラさんがログインした。 俺たちがカテドラさんに会うのは久しぶりな気がする。
Jill:キャシー、おはよーSelfish:おっすSky:おはよう
 カテドラさんがハウスの中へ入ってきた。
Cathedra:なんてことをしたんですか!? あなたたちは?
 ジルが抱きつく前にカテドラさんが俺たちを一喝する。
Selfish:え? カテドラ、今回の件知ってるの?
 カテドラさんが今回の件を知っていたのにも驚いたけど、俺はそのことよりもカテドラさんが怒ったことに驚いた。 俺、カテドラさんが怒ったところ初めて見たよ?
Cathedra:同僚から聞きました。木綿糸が大変なことになっていると。スカイさんがあり得ない値段で片っ端から買い漁っているとSky:やっぱり俺ってそんなに有名人になっちゃってたんだCathedra:喜んでいいようなことではありませんよ? どこでどうやってそれだけのお金を手に入れたのかは今は聞きませんが、今すぐこんな事はやめてくださいSky:うん、わかった。カテドラさんが言うのなら
 でも俺、名前を晒されて喜んでいるわけではないけど…
Cathedra:今回の件、あなたたちが意図的に引き起こしたとしたのなら扇動したとして迷惑行為でアカウント停止、さらには運営に余計な仕事をさせ、サーバーにダメージを与えたともなると威力業務妨害で訴えられることもあるのですよ?Sky:え? そんなこともあるの?
 俺、犯罪者になっちゃうの?
Selfish:いや、いくらなんでもそこまではならないだろ…Cathedra:たしかにちょっと大げさに言いました。でも普通にプレイをしているだけ、ルールの中でプレイしているだけ、できることをやっているだけでそういうことになるかもしれないっていうことは覚えておいてくださいねSky:わかったよ、カテドラさんJill:うん、ごめんね、キャシーSelfish:わかった、俺も気を付けるCathedra:それでは私は失礼します、これから仕事がありますのでJill:またね、キャシーSelfish:またなSky:またね、カテドラさんCathedra:それではみなさんごきげんようGuild Message:Cathedraがログアウトしました。
 唐突に現れ、俺たちを諭し、唐突に去って行ったカテドラさん。 俺たちを思ってのことだろうが、アカウント停止BANはともかく威力業務妨害って、現実世界リアルで訴えられるってこと? カテドラさんずいぶんそういうことに詳しいみたいだけど、看護師さんとかじゃなくて、もしかして弁護士だったりするのかな? そうじゃなかったら警察官? 検事とか裁判官とかそのあたりだったりするのだろうか?
System Message21:00より緊急メンテナンス作業を行います。メンテナンス作業時刻までにログアウトしていただきますようお願いいたします。Selfish:メンテかよ、まあサーバーが全体がおかしくなってるみたいだからなJill:しょうがないかーSky:やっぱり俺のせいなの?
 俺、アカウント停止BANになっちゃうの? 運営に訴えられちゃうの? まだみんなと一緒にTFLOをプレイしていたかったのに……。

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品