廃クラさんが通る

おまえ

037 浄化の階段

 昨日のあの出来事は、俺の見た夢だったのだろうか? 今日の登校時、学校の裏門前で正面から歩いてくる長田さんを見つけ、俺は駆け寄って挨拶をした。
「おはよう」
 と、少し緊張し、思わず上擦ってしまった声で。 その俺の挨拶に長田さんは
「おはよー」
 と、眠たそうな顔でいつもと特に変わらない挨拶。 え? 俺、昨日たしかにキスされたよね? 俺はものすごくそのことを意識しまくりなのに、長田さんはそんな素振りを見せてはいなかった。 なぜ? まさか抱きついたりキスなんてのは長田さんにとってはその程度のものなの? いや、ジルだったらたしかに抱きついたりそんなことを俺にしたとしてもそれは大して何とも思っていないのだろう。 それこそ感情表現の一つくらいなものなんだろうけど、長田さんはそうではない……よね? あんな事を俺以外にしているところを見たことがないし…。 教室まで特に内容のない話をしたが、意識しまくりな俺に対して、普段通りな長田さん。 やっぱり昨日の出来事は夢だったとしか思えない。 いったいどこで俺の記憶は置き換わってしまったのだろうか? そしてそのことを考えたまま授業にも身が入らず昼となる。 昼になるまで考えると俺に一つの可能性が思い浮かんだ。 俺が昨日TFLOにINしなかったから? お姉ちゃんが大泣きした後、俺は「急用で今日はTFLOにINできない」とSNSでメッセージを送った。 俺がお姉ちゃんに添い寝をしてあげるために。 お姉ちゃんの攻撃ボディータッチは執拗で、俺は何度も危機を迎えそうになるが――ってそんなことはどうでもいい。 俺のSNSでのメッセージに対して長田さんからの返信は特になかった。 もしかしたらおれがINしなかったことに対して怒っている? う~ん、とりあえずそれとなく生徒会の活動時に聞いてみるか…。 俺はいつも通り弁当を取り出そうとする。
「すまない、奥原君。ちょっといいだろうか?」
 聞き慣れた声。振り返ると美麗さんが立っていた。
「え? 俺に何か用?」
 昼休み時に美麗さんに声をかけられるなんて今までなかったことだ。
「少し話があるのだが、ついてきてもらってもいいだろうか? 勿論弁当を持ってきてもらってかまわない」
 美麗さんは俺と一緒に弁当を食べたいって事なのかな?
「いいけど、ここじゃ駄目?」「すまない。二人で話がしたい」
 何だろう? 美麗さんが話って。 俺が立ち上がると、柏木もしれっとついてこようとするが
「お前は来るな」
 と殺気のこもった目で睨まれ
「はい…」
 と、おとなしくすごすごと引き下がる。
 俺は美麗さんについていく。 美麗さんは鞄を持っているが、弁当が入っていて俺と一緒に食べるのかな? 階段を上がり二階へ。 まだ上がる? 三階は三年生の階だけど…、まだ上? その先は屋上だよ?
「わざわざついてきて貰って済まないな」
 階段の最上段まで上がると振り返り、そこへ座る。 屋上へ出る戸は施錠されており、立ち入ることはできない。 俺も美麗さんの隣に座る。
「ここで弁当食べるの?」「いや…」
 美麗さんは鞄の中からあるものを取り出す。 弁当? ――ではない。 携帯ゲーム機? 美麗さんゲームやるの? 学校で?
「ああ、私のことは気にしなくていいから弁当を食べて貰って構わない」
 いや、気にしなくていいって…。
「美麗さん、ゲームやるの?」「ゲームと言えばゲームだが、私にとってはもう一つのアナザー現実世界リアルだな」「?」
 言っている意味がよくわからないが…。 と、ゲーム機から聞き慣れたBGMが流れてくる。 俺はそれを覗き込んでみると
「TFLO?」
 ――のログイン画面だ。
「すまない。パスワードを打つので覗かないでもらえるか?」「あ、ごめん」
 俺は慌てて美麗さんから離れる。
「携帯ゲーム機でTFLOができるんだ」
 俺は弁当を開きつつ美麗さんに尋ねる。
「このゲーム機で直接できるわけではない。家にあるCS4に遠隔操作リモートアクセスしているだけだ」「へ~、そんなこともできるんだ」
 てか美麗さんはCS4も持っていたのか。
「製作や採集活動をするくらいならこれでも問題なくプレイすることはできる」
 なるほど、昼休みにたまに美麗さんがどこかにいってたのはこのためだったのかな? 俺は美麗さんの横で玉子焼きを箸で摘まみ、口に運ぶ。
「……昨日、お前とあの女が腕を組み、一緒に帰って行くのが見えたのだが…」「ぶほっ!」
 玉子焼きが気道に入り込み俺は盛大にせる。
「大丈夫か?」
 美麗さんは俺の背中をさする。
「うん、ありがとう、大丈夫だから」
 俺は何か飲むものがないかと探してみるが…、ない。 俺は飲み物を持ってくるのを忘れてしまっていた。
「なんだ? 飲み物がないのか? …なら仕方がない」
 美麗さんは鞄からペットボトルを取り出し
「飲みかけで済まないが、これを飲むといい」
 と、伏し目がちに俺に差し出す。
「ありがとう。美麗さん」
 俺はそれを受け取り、蓋を開けると口を付け、中のものを喉に流す。
「お前は以前、あの女とはそんな関係ではないと言っていたが、あれは嘘だったのだろうか?」
 俺はまた噎せ返りそうになるが、必死に耐える。
「いや、嘘じゃないって、そんな関係じゃないよ」「、だと? これからそういう関係になるということなのか?」
 伏し目がちだった美麗さんは俺を睨み付ける。
「いや、あくまで可能性だから! もしかしたらって意味だから」
 俺は必死に弁解する。
「そうか、なら私が小耳に挟んだ話もきっと聞き間違いだったのであろうな。あの女がお前と抱き合っていたというのも」「え? じゃあ、やっぱりあれ、夢じゃなかったんだ」「それはどういう意味だ? やはり本当だということなのか?」
 俺の返答に目の色を変え、詰め寄る美麗さん。
「え? え~と、あれは…」「どういうことなのだ? それにお前から来たこのメッセージだ」
 美麗さんはスマホを操作すると俺にそれを突き出してみせる。 そこには
Blue_sky ごめん、急用ができて今日はINできない
 あれ? これって…
「え? なんでこれ、美麗さんに?」「それは私が聞きたいことだ。なぜ私にこんなメッセージを送ったのだ? やはりあの女と昨日そういうことを……?」「俺は長田さんに送ったつもりだったんだけど…」
 俺は自分のスマホも取り出し確認してみると…
「あー! 間違えて送信しちゃってる。これ間違えて美麗さんに送っちゃったんだ」
 そうか、だったら長田さんは何の連絡もなしにTFLOに俺がログインしなかったから怒ってあんな態度だったって事なのかな?
「なに? だとしたら昨日はあの女とは一緒じゃなかったということなのだろうか?」「うん、そうだよ。夜にうちでちょっとごたごたがあってそれで……」
 お姉ちゃんが泣き出して大変だった。 俺の返答に対して安堵の表情を見せる美麗さん。
「そうか、わかった。でもお前たちが抱き合っていたというのはどういうことなのだ?」「え~と、それのことは……」
 俺は昨日あったことを美麗さんに話した。 最後にキスされたという事は伏せたけど…。
「なるほど、お前はからかわれたということか。やはりあいつは誰にでもそのようなことをする女だということだ」
 手元のゲーム機を操作しつつ話す美麗さん。 う~ん、そういうことでもない気がするけど。
「長田さんはあの書き込みを見て怖かったとか言ってたけど、美麗さんはどうだった? 初めてあんな書き込みを見た時に怖いとかって思ったの?」「もう忘れた。そんなことがあったとしてもだいぶ前のことだからな」
 表情を変えずにゲーム機を操作しながら答える美麗さん。 忘れられるようなものなのかな? そういうことって。
「ところで美麗さんは昼に何も食べないの?」
 俺は昼食もとらずにTFLOゲームをしている美麗さんに疑問を抱き質問してみた。
「ああ、そうだな。食べないとな」
 と、鞄から何かを取り出す。 弁当にはとても見えない小さな箱。 それは…
「ペロリーメイト?」「ああ、今日は体育もないし、栄養補給はこれだけで十分だ」
 と、その中から一本を取りだし包紙を破る。
「十分って、美麗さんはそれだけで本当に満足なの?」「満足も何も、これ以上は必要がないであろう?」
 それを口に咥え、少量囓り取ると咀嚼する。
「いやいやいや、何かもっとおいしいもの食べたいと思わない?」「たかが昼食だ。そこまで求めるものでもなかろう?」「う~ん…」
 長田さんはゲーム中で効率重視でプレイしてたけど、美麗さんはそれに加えて現実世界リアルでもそれをやっているって事なのか? いや、それでいいはずがない。
「そうだ! 美麗さんの弁当も俺が作ってきてあげようか?」「なに?」
 俺の提案にゲームの手を止め、こちらを向き、目を丸くする美麗さん。
「俺弁当いつも自分で作ってるんだけど、美麗さんの分も作ってきてあげるよ」「いや、お前にそんな手間をかけさせるわけにはいかない。私のために貴重な時間を浪費したら駄目だ」「大丈夫。一人分も二人分も手間はそんなに変わらないから」
 と、笑顔で答えると美麗さんは下を向く。
「…お前がどうしてもそうしたいというのなら…」「うん、じゃあ明日から美麗さんの分も作ってきてあげるね」
 うん、これでいい。 明日からは昼食を一緒に食べるメンバーに美麗さんも加えよう。 本人が嫌がらなければだけど。
「ところで奥原君、下の名前は何というのだ?」
 美麗さんが下を向いたまま伏し目がちに俺に聞いてくる。
「え? 蒼空そらだけど?」
 美麗さん俺の名前まだ覚えていなかったのか…。
「そうか、蒼空そらか…、ありがとう」
 美麗さんは携帯ゲーム機を鞄にしまうと立ち上がる。
「そろそろ昼休みが終わるな。帰ろうか、蒼空」
 俺の方を向き、笑顔で促す美麗さんに俺はドキッとした。 美麗さん、こんな自然な表情ができるんだ。 極上とびきりの笑顔というわけでもない普通の笑顔。 いや、笑みを浮かべているわけでもないただ単に普通の自然な表情。 だが、美麗さんは今までその自然な表情を見せたことはなかった。 いつも無表情で時折冷たささえ感じられたのに。
「どうした? お前ももう食べ終わったのだろう?」
 なおも戸惑う俺に投げかける表情も今までとは違い、どこか険しさとげが抜け、声さえ少し軽やかに感じられた。

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