廃クラさんが通る

おまえ

021 秋の空

「ごめんね。遅くなっちゃって」
 台所キッチンに入ってきた後ろの女性に謝る。  俺は台所キッチンに立ち、キャベツを切っている。 野菜炒めを作るためだ。 適当に野菜を炒めて味付けをするだけのきわめて簡単な料理。 肉を多めに入れれば文句も言われない。
「最近たまにご飯作るの遅い時あるよね? 蒼空くん」
 スーツ姿のお姉ちゃんが食卓に座り愚痴を言う。 確かに生徒会の活動で帰りが遅くなることは多くなった。 でも今日は帰ってきてそのままTFLOにログインし、長田さんに真っ先に聞きたいことがあったからさらに遅くなってしまった。 気づいたらお姉ちゃんが帰宅し、俺は急いでTFLOをログアウト。 そして今、この状況である。
「生徒会の活動があったから…」
 間違ってはいない。 生徒会活動をしている延長線上でああいう状況になったんだから、生徒会活動って事で間違ってはいない……よね?
「ふ~ん。そうなんだ」
 納得してくれたのかな? 遊んでいるとかならともかく、生徒会活動なんだ。 文句を言われるようなことでは決してない! ……と、自分に必死に言い聞かせる。
「生徒会って楽しい?」「楽しいよ?」
 背中越しに俺は答える。 まだろくに生徒会らしい活動はしていないけど、みんなと一緒にいるだけでもそれはそれで楽しい。
「お姉ちゃんと一緒にいるよりも?」
 ぞくり、と、俺の背筋を冷たいものが走る。
「そんなの比べるようなものじゃないでしょ!?」
 俺は振り向かない。 お姉ちゃんの顔を見るのが怖くて、とてもじゃないけど振り向けない。
「生徒会って大変? お姉ちゃんのご飯作るよりも」「だから比べられないって! 今日は本当にごめん! 明日からちゃんと早く作るようにするから」「そんなに大変なら辞めちゃおっか?」「!?」
 その言葉に驚いて振り向こうとしたところで後ろから抱きつかれる。 俺の脇から手を回し、スーツ越しの上、下着ブラジャーで固められた弾力があり、やや硬く感じられる胸が俺の背中に当たる。
「ちょっと! 俺、包丁持ってるから! 危ないから!」「もう辞めちゃってよ。蒼空くんはお姉ちゃんのご飯作ってくれるだけで、それだけでいいんだから」
 俺の額を冷や汗が伝う。
「生徒会まだ入ったばかりなのに、そんなに簡単に辞められるわけないでしょ?」
 俺は包丁を置き、抱きつかれたまま体を反転させる。 俺の予想とは違い、そこには満面の笑顔があった。
「生徒会じゃないよ? 学校」「……え?」
 一瞬理解できなかった。 何を言っているのかを。
「もう学校ごと辞めちゃってよ。蒼空くんは私のためにご飯作ってくれるだけで、お掃除してくれるだけで、洗濯してくれるだけで、そのときにお姉ちゃんの下着を見ては、イケナイ妄想をしてくれるだけで、それだけでいいんだから」
 笑顔で楽しげに続ける「お姉ちゃん」に俺は戦慄を覚える。
「ちょっと! 何言ってるの!? 学校辞めるって、そんなことできるわけないでしょ! それから下着を洗濯する時、そんなことを思ったことはないからね!?」
 ない、絶対にない……と、自分に必死に言い聞かせる。
「学校なんて行く必要ないよ。一生お姉ちゃんが蒼空くんのこと面倒見てあげるから」
 さらに笑顔で迫ってくる。
「もう! やめてよ! 亜希さん! そんなにわがまま言うと本当にもう「お姉ちゃん」て呼んであげないからね!」
 その一言にはっと気づき、俺を解放する。 一瞬で笑顔は涙目になり、顔は青ざめる。
「…ごめんなさい…わがまま言わないから…生徒会も学校も辞めないでいいから……だから、そんなこと言わないで……」
 涙目で俺に訴えかけてくる。 俺は目の前の泣き顔を抱き寄せて
「わかったよ。でも、『お姉ちゃん』もそんなこと、もう絶対に言わないでよね?」
 と、抱きしめたまま俺は『お姉ちゃん』の頭を撫でる。
「うん! ありがとう! 蒼空くん」
 俺を力一杯抱き返してくる。
 こう言えば「お姉ちゃんこのひと」は言うことを聞くんだ。 なにかわがままを言ったとしてもこう言っておけば丸く収まる。 今までも、何度も何度も、この方法で俺はこんな状況を切り抜けてきた。 学校を辞めろとか、さすがに今回は俺も驚いたけど…。

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