廃クラさんが通る

おまえ

019 仰ぎ見る星

「この馬鹿が生徒会なんて本当にびっくりですよ」「おほほほほ…、私が勧めたんですけどね」
 赤点を取った補習の代わりに立候補させたという事実は伏せる百川先生。
「しっかりしてるお姉さんだよね」「…うん…」
 俺が小声で柏木に尋ねると青い顔で力なく頷く柏木。
「俺にもお姉ちゃんがいるけどいつもだらしないんだよ」「…うん…」「仕事は何をしているの? 割烹着みたいなの着てるから家の農業の手伝いとか?」「……」
 ついには下を向いて黙りこくる。俺、何かまずいことを聞いた?
「……」
 その反対側には青くなっている柏木とは対照的に、顔を紅潮させて羨望の眼差しで心ここにあらずな長田さん。
「長田さんはあの人のこと知っているの?」
 俺は小声で聞くと
「後で言うから、後で必ず教えるから…」
 やっぱり長田さんは知っている。 「後で」って今言えない理由がなにかあるのかな?
「うちもどこかで見た気がするんやけど、誰やったっけかなぁ? どこで見たんやったっけかなぁ?」
 首を捻るジル。 ジルも知ってるって事はけっこうな有名人? 割烹着にサングラスのあの格好は変装なのかな?
「それじゃ、私は失礼しますね。この後会議がありますので」「はい、ありがとうございました。これからもこの馬鹿のご指導をよろしくお願いいたします」
 柏木の頭を押さえつけて一緒に礼をする割烹着の女性。 百川先生が立ち去るまで柏木の頭を押さえつける。
「よし、それじゃこれ車に乗せるよ。夢斗は自転車持ってきな。一緒に乗せるから」「うん、わかった」
 と、駐輪場の方に向かう柏木。 パソコンはともかく自転車も一緒に乗せるって、トラックか何かで来たのかな? と正門の方を見るとボロ…いや、かなりくたびれた感じのある軽トラが停めてあった。 絶対にあの車だよな…。 ジルはいったん置いてあったパソコンの入った段ボールをひょいと抱える。 パソコンが中に入っているはずなのに空箱を持ち上げるくらいに軽々と持ち上げたように見えた。 みんなで軽トラの方に向かう。 帰宅する生徒たちが何人か自転車で俺たちの横を通り過ぎる。
「君が奥原君? ありがとうね。あんなやつの友達になってくれて」
 軽トラの方に歩きつつ俺の方に笑顔で――サングラス越しなのでおそらくではあるが――話しかけてくる女性。
「あ、いや、こちらこそ」
 俺の友達もあいつくらいしかいないんだよなぁ…。
「口も開かないで黙ってじっとしていれば見てくれだけは良いのに、あんなんでしょ? なかなか友達もできなくて。小さい頃は、「ねーちゃん、ねーちゃん」ってアタシに頼りっぱなしだったんだけどねぇ…」
 話し終えると軽トラの前に到着する。 もう柏木の姿は見えないが、柏木あいつが歩いて行った駐輪場の方向を見つめる女性。 言っていることはわかる。 この女性ひとの言うとおり柏木は外見みてくれだけは非常に美男子イケメンなのに、いざ実際に接してみると非常にがっかりする。 その結果、友達も俺くらいしかいない。 ジルが軽トラの荷台に段ボール箱を降ろすと「ドスン」とそれなりに重量感のある音を立て、軽トラもわずかに揺れる。 やっぱりコレ、重いはずなんだよなぁ…。
「ありがとう、重かったでしょ?」
 ジルを気遣う女性。
「このくらい平気だよ!」
 笑顔で答えるジル。 まあ、ジルならね…。
「あなたもありがとうね。あいつ生徒会の選挙で落ちたんでしょ? それなのに役員に拾ってくれて」
 と笑顔で長田さんの方を向く。
「え? は、はい!」
 話しかけられた瞬間『気を付け』の姿勢で直立不動になる長田さん。
「あなたは気づいちゃったみたいだけど、今は言わないでね? 今、みんなに知られちゃうとちょっと面倒なことになっちゃうから」「はい!」
 直立不動のまま返事をする。 長田さんがこんな風になるなんて、この人はいったい何者なんだろうか?
「この高校、あいつの成績じゃとても入れるような所じゃなかったけど、「ねーちゃんの行ってた高校行く」って頑張って、でも入った後が大変になるんじゃないかと思ったけど、ちゃんと良い友達もできたようで安心したよ」
 大変どころか赤点取ってるけど…。 まあ、俺も人のことは言えないな。
「ちょっと! ねーちゃん! なに余計なこと言ってるの?」
 その声に後ろを振り向くと、ボロ…年季の入った自転車を押す柏木がいた。
「余計なことじゃねーべ! 本当のことだろ! ほら! それもさっさと載せる」
 柏木に対しては態度がかわる女性。 こっちが素なのかな?
「うん、よいしょ!」
 と、自転車を持ち上げようとするがよろける柏木。 ジルが代わりに自転車のフレームを掴むと軽々と持ち上げる。 やっぱり重量感がない。 それを軽トラの荷台の上に載せる。
「ごめんなさいね。さっきは間違えちゃって」
 自転車をパソコンの入った段ボールごと荷台にロープでくくりつけながら、美麗さんに謝る。
「間違われることは就任してからたびたびあることなので気にしてはいません」
 長田さんと美麗さんが二人で並んでいたら間違いなく美麗さんの方を会長だと思うだろうしな。
「アタシも副会長やってたのよ。この学校で」
 校舎の方をサングラス越しに見つめる。
「そうなんですか?」「副会長は会長よりも大変よ~? とにかく突っ走る会長だったからそれを押さえるのに大変で…。あなたも会長の補佐をしっかりしてあげてね」
 美麗さんに、にっこりと微笑む。
「補佐はともかく暴走だけはさせないつもりだ」
 長田さんの方をちらりと見る。 やっぱりまだ非常にこわばった緊張した表情をしている。
「さて、それじゃ帰りますか。ほら、あんたも乗って」「うん」
 自転車と段ボールをしっかりと固定し終えると車に乗り込む。 柏木も助手席に乗り込む。
「あ、あの……」
 長田さんが運転席の近くまで来て口を開く。
「私もあなたに憧れてこの学校を選んだんです。これからもあなたは私の目標です! 応援しています!」
 綺麗に頭を下げる長田さん。
「あなたも夢が実現できると良いね!」
 そう言うと車のエンジンをかける。
「知っているんですか? 私がやろうとしていることを…」
 顔を上げる長田さん。 驚いた表情で女性を見つめる。
「制服を作るなんて、それこそあなたじゃなくて向こうの子だと思ったんだけどね。それがあなたの方だったなんてびっくりしたわよ」
 そしてサングラスを外し、長田さんに顔を見せる。
「…!!」
 両手を口に当て、感激する長田さん。
「ちょっと! ねーちゃん!」「ちょっとだけだって、あんま騒ぐなっての」
 柏木が注意するとサングラスをかけ直す。
「それじゃ、ありがとうね」
 窓から手を出して振ると車を発進させる。 それを見送る俺たち。 長田さんは車が見えなくなるまで頭を下げていた。
「ねえ長田さん?」
 俺は今まで聞けなかったことを尋ねるために長田さんに声をかける。
「あの人って何だったの?」「帰ったら話すから、今ここでみんなに騒がれてもやばいから…」
 そこまでの人なのか? そこまで隠さないといけないほどに大物なのか? あの「柏木」のねーちゃんだよ?

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