廃クラさんが通る

おまえ

012 不可解な幻影

「さすがにインストールには時間が掛かるな」
 パソコンが復活し、早速TFLOをインストールしている俺たち。
「しかしまさにお前が引き当てたグラボは当たりだったな。ジャンクとはいえ、まさかあんな値段で手に入れられるとは思わなかった」「え? そうだったの?」「一世代前の主力機種だが、何かの間違いだったのか、本当に動かなかったからなのか…、先ほどはどうなることかと思ったが、とにかく無事動いて良かった」
 美麗さんが俺が選んだグラボを手に取ったときに何か驚いていたのはそういうことか。
「パソコンが停止したのはグラボのせいではなかったと思う。長らく使っていなかったスロットにグラボを挿したために過電流が発生したとか、そんなところではないだろうか?」「?」
 俺には言っている意味がよくわからない。
「簡単に言えばパソコンがびっくりしたということだ。叩いて直ったというのは、そのショックでもう一度びっくりしたということなのかもしれないな。きわめて原始的だが効果的なやり方であったと思う」「なるほど」「パソコンも人間っぽいところがあるんやねえ」
 人間ぽいってか生き物ぽいところがあるのかな? こんな電子機器きかいでも。
「そういえば柏木ってスマホじゃないんだよね? セキュリティトークン使えないんならここでログインさせたらパソコン家に持って帰ったときにログインできなくなるんじゃね?」「ああ、そうか」「この前のうちみたくなっちゃうね」
 セキュリティートークンを使わないで違う場所からログインしようとすると規制が掛かる仕組みになっている。 IDやパスワードが流出した際に不正ログインを防ぐためだ。 ジルも日本に来た際にこの規制に引っかかって、しばらくログインできないことがあった。
「じゃあ今日はインストールだけにしておく?」「動作テストくらいはしておきたかったところだが……」
 と、ちらりと俺の方を見る。
「ん? なに?」「すまんが、お前のアカウントでログインしてみてはくれないか?」「え? 俺の? 美麗さんのじゃ駄目?」「そこは察してくれ」「ん?」「ほうほう、何か見られたくないことがあるとか? あたしもあんたのキャラ周りがどんなことになってるのか見てみたかったけど……奥原、あんたがやりな」
 長田さんも俺に役目を押しつける。
「え~、だったら長田さんが……」「あたしもこいつに見られたくないんだよ! だから適任はあんたしかいないんだ」
 美麗さんをちらりと見る長田さん。 見られたくないことって何かあるのか? ただ普通にプレイするだけだと思うんだけど……。
「わかったよ」
 だったらジルでもいいじゃん。と思いつつも俺は渋々その役目を引き受ける。
「柏木、あんたはこっちのパソコンでアカウント取るよ。多分あんたのガラケーじゃとれないと思うから」
 と、新しい方のパソコンを指さす。
「え? アカウントって何なの? 今もみんながなんかいろいろ言ってたけど」「ゲームをするのに必要なんだ。一人一人違うアカウントがいるんよ」
 長田さんは柏木をそちらへ連れて行く。 こちらの古い方のパソコンは丁度インストールも終わったようで、ログイン画面が表示された。
「じゃあログインするね」
 美麗さんと入れ替わりで椅子に座り、モニタと正対する。 いつも使っているMUSHのキーボードと少し違うところもあるけど大丈夫かな?
「パスワードとか見ないでよね?」「大丈夫だ」
 と、後ろを向く美麗さん。
「ほら、ジルも」「んー?」
 ジルの背中は危険だけど俺は無理矢理後ろを向かせる。
「え~と…」
 IDを入力し、パスワードも入力、最後にスマホのアプリのセキュリティートークンでワンタイムパスワードを表示させ、それを入力する。
「よし、ログイン!」
 と、ログインのボタンを押下クリックする。 画面が切り替わり、TFLOのタイトル画面が現れる。
「さて、このパソコンでどれだけのパフォーマンスが出せるのか…」
 後ろを向いていた二人も加わり、画面を見つめる俺たち三人。 ゲームをスタートさせると俺の持ちキャラ『Sky』が表示され、それを選択すると画面が暗転しローディング画面となる。 しばらくすると画面が切り替わり、ゲーム画面が表示された。
「おおー!」
 いつも見慣れた画面なはずなのに何かいつもと違う感動があった。 この画面を見つめている三人ともみんな同じだろう。 俺はキャラクターを動かしてみる。
「おお、普通に動かせる」「すごーい、ちゃんと動いた」
 ただ普通に動かしてるだけなのにやっぱり違う感動がある。
「FPSもそこそこ出ているな、さすがは一世代前とはいえ主力だったグラボだ。時折引っかかるような挙動があるのはHDD回りが遅いためか?」
 細かいところまでチェックする美麗さん。
「もう少し負荷のチェックもしてみたいところではあるが……、そうだ、ベナリスにいってみてはもらえないだろうか?」「え? なんで?」「今、あの場所は例の件で非常に人で溢れかえっている。負荷を確認するには丁度いいのではないだろうか?」「なるほど」
 俺は瞬間移動ゲートトラベルの呪文を唱える。 詠唱が終わると画面が暗転、読み込みローディング画面となる。 少し読み込みに時間が掛かったが、その画面が開けると冒険者拠点キャンプへと転送された。
「やっぱりHDDの性能なのか読み込みには少し時間が掛かるな」
 馬鳥マウントに乗り、背の高い木が生い茂る森、崩壊した旧世紀の遺跡をくぐり抜けると、少し開けた場所に出た。 ゲーム内時間で今は夜なので満天の星空が綺麗に見える。 しばらくするとベナリスの集落が見えてきた。 集落の中に入り、そこの片隅、裁縫ギルドの看板がある建物の扉を開けると、ギルドの販売員に群がる集団がいた。
「さすがにこれだけいると重いな。私の使っているPCパソコンは表示限界までプレイヤーがいてもパフォーマンスが落ちることはないのだが」
 さらっと自分のPCパソコン自慢をする美麗さん。 これだけいても重くならないってどれだけ高スペックなパソコンでプレイしているんだ。
「丁度ギルドショップが開く時間か、どうせなら木綿糸を買ってみてはもらえないか?」「え? 俺が?」「ああ、あとで私がマーケットの相場で買い取ってもいい。争奪戦に加わってみてはもらえないだろうか?」「わかった」
 俺はその集団の中に加わると店が開く時間を待つ。
「あれ? これって?」
 ジルが何かを見つけて画面を指さす。
「え? なに?」
 そこには耳の長いバニラ族の女性。 初期装備の少し露出度の高い種族専用装備を着ている。 その名前は……
「え? ミレニアムさん?」
 俺は画面のそのキャラに驚き、横に立つ美麗さんの方を見る。
「……」
 表情を見ると驚いて目を見開き、じっとその画面を見つめていた。

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