廃クラさんが通る
006 絆の距離
真っ暗な廊下に磨りガラスの引き戸から明かりが漏れる。 明かりの向こうからはジュージューという何かを焼く音とともに食欲をそそる香辛料の香りが漂っている。 玄関のドアが「カチャン」という鍵の開く軽い金属音の後に、それよりも重い「ガチャ」という音とともに開けられた。 スーツの女性がドアをくぐり
「ただいまー!」
と声を発すると、廊下を伝わり台所で調理をしている少年の耳に到達し
「おかえりー!」
と、廊下の向こうの声の主に返事をする。 磨りガラスの引き戸が「シャーッ」と開けられると
「蒼空くんただいま! いい匂いしてるけど、今日は何?」
スーツにタイトスカートをびしっと着込んだ、いかにも仕事の出来そうな格好をした女性が少年に尋ねる。
「ペペロンチーノだよ。服に匂いが移るから早く着替えてきて…って何そんなに買ってきてるの!?」
少年は振り向きざまにスーツの女性が両手にぶら下げているビニールの買い物袋を見て驚く。
「缶チューハイ一本84円で安かったからこんなに買っちゃった」
悪びれるでもなく笑顔で両手の買い物袋を胸の前まで挙げる。
「安かったって、今日会社で飲みに行ったんじゃなかったの? だったらそっちで飲めばいいし、わざわざ買ってくる必要もないでしょ? それなのに急に俺に夕飯作れって連絡してきて」
女性に対して愚痴を言うと一瞬疎かにしていたフライパンの方を向き直し、慌てて菜ばしで中身をかき混ぜる。
「接待だったんだけど、挨拶だけして帰ってきちゃった。だって蒼空くんの料理じゃないとお酒がおいしくないんだもん」「そんなことあるわけないでしょ。こんな安い材料で俺が作ったものやそんな安いお酒より絶対に店の料理やお酒のがおいしいから」
フライパンを返しつつ背中側の女性に答える。
「蒼空くんが作る料理すごくおいしいよ? それに蒼空くん作ったってだけでお姉ちゃんにとってはなんでもおいしいんだから」「はいはい、そんなに褒めたってチューハイは一本だけだからね?」「え~、二本じゃ駄目?」「この前一日一本って決めたでしょ? 太るよ?」「太ってるお姉ちゃんは嫌い?」「嫌いだから、太ったら嫌いになるから。だから一本だけにしてね?」「ん~、でもこのチューハイ、カロリー少ないし……」「だめなものはだ~め。あんまりわがまま言うと『お姉ちゃん』て呼ぶのやめるよ?」
何気なく言った少年のその一言に今まで上機嫌だった女性はみるみる青ざめる。
「……ごめんなさい。わがまま言うのやめるから。一本だけでいいから。……だから、これからも私のこと『お姉ちゃん』て呼んでよ……ね? 蒼空くん?」
その後ろの女性の変化に気づいてるのか気づいていないのか
「はあ…いいよ、二本で。今日だけだからね? お姉ちゃんいつも頑張ってくれてるから今日だけ特別だからね?」
増量を許し、『お姉ちゃん』と後ろの女性を呼ぶと、その女性の顔が青ざめた表情から一転、みるみる明るくなり
「ありがとう蒼空くん! 大好き!」
と、少年に抱きつこうとしたところで
「ほらほら、着替えてきてって言ったでしょ? あんまり長くその格好でここにいるとニンニクの匂いが服に付いちゃうよ?」
振り向いた少年に菜ばしを目の前に突きつけられ動きを止められる。
「うん、着替えてくるね!」
上機嫌な女性を見送る少年。 スーツの女性が磨りガラスの向こうに消えると
「はあ…」
とため息をつく。 その表情は幼子を見守るような優しげな、しかし少し困ったような、そんな表情をしていた。
「ただいまー!」
と声を発すると、廊下を伝わり台所で調理をしている少年の耳に到達し
「おかえりー!」
と、廊下の向こうの声の主に返事をする。 磨りガラスの引き戸が「シャーッ」と開けられると
「蒼空くんただいま! いい匂いしてるけど、今日は何?」
スーツにタイトスカートをびしっと着込んだ、いかにも仕事の出来そうな格好をした女性が少年に尋ねる。
「ペペロンチーノだよ。服に匂いが移るから早く着替えてきて…って何そんなに買ってきてるの!?」
少年は振り向きざまにスーツの女性が両手にぶら下げているビニールの買い物袋を見て驚く。
「缶チューハイ一本84円で安かったからこんなに買っちゃった」
悪びれるでもなく笑顔で両手の買い物袋を胸の前まで挙げる。
「安かったって、今日会社で飲みに行ったんじゃなかったの? だったらそっちで飲めばいいし、わざわざ買ってくる必要もないでしょ? それなのに急に俺に夕飯作れって連絡してきて」
女性に対して愚痴を言うと一瞬疎かにしていたフライパンの方を向き直し、慌てて菜ばしで中身をかき混ぜる。
「接待だったんだけど、挨拶だけして帰ってきちゃった。だって蒼空くんの料理じゃないとお酒がおいしくないんだもん」「そんなことあるわけないでしょ。こんな安い材料で俺が作ったものやそんな安いお酒より絶対に店の料理やお酒のがおいしいから」
フライパンを返しつつ背中側の女性に答える。
「蒼空くんが作る料理すごくおいしいよ? それに蒼空くん作ったってだけでお姉ちゃんにとってはなんでもおいしいんだから」「はいはい、そんなに褒めたってチューハイは一本だけだからね?」「え~、二本じゃ駄目?」「この前一日一本って決めたでしょ? 太るよ?」「太ってるお姉ちゃんは嫌い?」「嫌いだから、太ったら嫌いになるから。だから一本だけにしてね?」「ん~、でもこのチューハイ、カロリー少ないし……」「だめなものはだ~め。あんまりわがまま言うと『お姉ちゃん』て呼ぶのやめるよ?」
何気なく言った少年のその一言に今まで上機嫌だった女性はみるみる青ざめる。
「……ごめんなさい。わがまま言うのやめるから。一本だけでいいから。……だから、これからも私のこと『お姉ちゃん』て呼んでよ……ね? 蒼空くん?」
その後ろの女性の変化に気づいてるのか気づいていないのか
「はあ…いいよ、二本で。今日だけだからね? お姉ちゃんいつも頑張ってくれてるから今日だけ特別だからね?」
増量を許し、『お姉ちゃん』と後ろの女性を呼ぶと、その女性の顔が青ざめた表情から一転、みるみる明るくなり
「ありがとう蒼空くん! 大好き!」
と、少年に抱きつこうとしたところで
「ほらほら、着替えてきてって言ったでしょ? あんまり長くその格好でここにいるとニンニクの匂いが服に付いちゃうよ?」
振り向いた少年に菜ばしを目の前に突きつけられ動きを止められる。
「うん、着替えてくるね!」
上機嫌な女性を見送る少年。 スーツの女性が磨りガラスの向こうに消えると
「はあ…」
とため息をつく。 その表情は幼子を見守るような優しげな、しかし少し困ったような、そんな表情をしていた。
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