廃クラさんが通る

おまえ

019 灰倉さんが訴える

 美麗さんが舞台上に現れると
「おお……」
 と、一瞬歓声が上がるが、すぐに静まりかえる。 丈の長い袖無しノースリーヴの白いワンピース。 腰のあたりは帯のようなもので巻いている。 腕には肘のあたりまである長い手袋。 髪の毛は頭の上で結わえてポニーテールにしている。 いつもは厳格でおかたく冷淡なキツい印象のある美麗さんだが、服装や髪型が変わっただけでだいぶ柔らかい印象になった気がする。
 この前TFLOのIDで一緒になったときに見た格好によく似ている。 美麗さんにとってはこれが勝負着せんとうふくだってことなのかな?
 一瞬静かになっていた館内だが、ある生徒からの口笛が契機きっかけとなり
「おおおおおーーーー!!!!!」
 と、地鳴りのような歓声が鳴り響く。 歓声の中、演台の前に立ち、礼をして鋭い眼差しでまっすぐ前を見据えて口を開く。
「この度、会長に立候補した灰倉はいくら美麗みれいです」
 静かだが力強く挨拶をする。
「まずは皆さん静かにお願いします」
 声援を控えるように生徒たちに注文する。 しかし、ざわざわと静かにならない館内に
「静かにお願いします」
 表情を変えずさらに要求する。 が、まだ騒がしい。
「お願いします」
 三回目の要求の後、なおわずかにざわついていた館内だが
「…………」
 表情を変えず前を見据え、暫く無言を貫くと館内もようやく静まりかえった。
「ありがとうございます」
 と礼をする。
「改めまして、会長に立候補した灰倉美麗です」
 そして前を見据えたまま演台の両ふちに手をつく。 演説をするための原稿のたぐいは持っていない。
「まず最初に誤解のないように説明をします。私は人気取りのためにこのような格好をしたのではありません。そして選挙は決して人気を競う場ではありません」
 一つ呼吸を置き、目だけで館内を見渡す。
「見た目で選挙が勝てるなどと勘違いをなさっている方もいるようですが、中身を見ずに外見や印象だけで投票を決めることほど愚かなことはありません」
 山名さんのことかな? と、ちらりと見るとパイプ椅子に座って下を向き、激しく落ち込んでいる。 山名さんのこの格好かっこうは美麗さんに対抗したものなんだよな? それを否定されたんだからそりゃ落ち込むってか恥ずかしいよね。
「では、なぜ私がこのような服装をしているのか? 埼ヶ谷高校の校則で服装に関する記載は次の一文しか存在しません」
 大きく息を吸い
「埼ヶ谷高等学校の生徒として自覚を持ち、清潔な身なりを心がけること」
 と、一息ひといきで言い切る。
「つまり、私が今着ているような私服で登下校をし、授業を受けるなど学校生活を行うということも本来ならば何ら問題はなく、自由なのです」
 一つ息をつき、演台から手を離し、館内を一度見渡す。
「しかし私が訴えたいことは、みなさんにも学内で私服を着用してほしいということではありません」
 そしてまっすぐ前を見据え、訴えかける。
「近年、我が校の生徒という自覚のない一部の生徒達による乱れた服装が原因で、それを取り締まろうという動きがあると聞きます」
 乱れた服装……。 俺の横に立つ長田さんの方を見ると腕を組み、真剣な目つきで美麗さんを見つめている。
「つまり自由の意味をはき違えた、その一部の生徒達が契機きっかけとなり、自由の抑圧が行われようとしているのです」
 演台に手をつき力を込める。
「そして今回、皆さんもご存じのように、独自に制服を作成し、それを学校指定のものと規定しようと画策する候補者がいます」
 長田さんの制服を作るという計画は掲示物や配布物等により、すでに全校生徒の知るところとなっている。
「この二つはそれぞれ直接的には関係のない事象ではあるのですが、それが我が校の自由な校風に終止符を打つ引き金になるのではないかと私は危惧しているのです」
 再び演台から手を離し、身振りをまじえて訴えかける。
「統一された制服は抑制、抑圧の象徴であり、我が校の生徒個人による自主性を重んじ、自由を愛するという校風とは相容れないものだと私は思います」
 館内の生徒達は静かに演説を聞いている。 そうだよ、今までがちょっとおかしかっただけでこれが本来の選挙演説の姿だと思うよ。 俺が演説していた時はまだ館内がざわついていたけど、俺もこんな静かな中で演説がしたかった。 静かになったのは美麗さんの何者をも威圧するようなその目力によるところが大きいのかもしれないけど。 だとしたら俺の時はやっぱりその力が足りなかった、ってかなめられてたのかな? 俺も普通にまじめに演説したつもりなのに……。
「もしかしたら変革を望む者の方が多く、現状を維持しようと望む私のような者の方が少ないのかもしれません。」
 息を大きく吸いこむ。
「しかし、変革をした結果、失うものもあるということを皆さんには知っていただきたい。失った自由を再び取り戻すのは非常に困難なのです。そして、私が会長になった暁には、全身全霊をもって自由を守り通すことを誓います」

最後に一際ひときわ強い口調で訴えかけると、一歩下がり礼をして終わる。
 万雷ばんらいの、とまではいかないが館内を包み込む拍手に送られ退場する美麗さん。
「おつかれ、美麗さん」「ミリ―、おつかれ~」「…………」
 俺とジルはねぎらいの言葉を掛けるが、長田さんは目も合わさずに無言で美麗さんを迎える。 それに対して美麗さんもまっすぐ前を向いたまま長田さんの横を通り過ぎる。 ジルは先ほどと同じく手を突き出していたが、その手が合わせられることはなかった。

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