廃クラさんが通る

おまえ

012 灼熱の新学期

 暑い。朝から暑い。 九月になったってのに、天気予報では今夏最高気温になるだろうということだった。 九月ってまだ夏だっけ? 季節がちょっとだけ後ろにずれてない? どこかのゲーム会社の販売予定日スケジュールかよ。
 冷房の効いた電車から灼熱の市街に放り出され、学校までそこそこの距離を歩かないといけない。 しかしこの暑さ。朝だってのに道路からわき上がる熱気が肌にべったり纏わり付き、毛穴という毛穴から汗が噴き出る。 視界の先には熱気により発生した地鏡にげみずが見える。 学校はあの逃げ水のさらにもっと先だ。 一学期中何度も毎日通った道なのに、この暑さのせいで足が重くなり、気の遠くなるような距離に思えてくる。 纏わり付く熱気を押しのけ、各々制服は違うが他の埼ヶ谷高校の生徒たちとともに逃げ水の方向へ生ける屍ゾンビのように無心で歩を進める。 進めれば進めるだけ逃げ水は俺から距離をとる。 駅前の商店街通り抜け、少し古めかしい家屋が建ち並ぶ旧街道を渡り、新市街のよく整備された歩道をひたすら歩く。 道中河があり歩行者専用の橋が架かっているあたりで逃げ水はなくなった。 橋を渡った先の細い道路は左脇に神社の参道があり、その道に沿って木が植えられいて影ができるためほのかに涼しさが感じられる。 その道の中程、参道の反対側に埼ヶ谷高校の裏門がある。
 やっと着いた。
 俺を含め、埼ヶ谷高校生が続々と裏門に吸い込まれる。 裏門を抜けた先の駐輪場を通り抜け昇降口げたばこで靴を上履きスリッパに履き替える。
「奥原~」
 名前を呼ばれ振り向くとそこには真っ黒に日焼けした顔があった。
「お前、柏木か? ずいぶん焼けたな」
 俺を呼んだ声の主は柏木かしわぎ夢斗むと。 真っ黒い顔から真っ白な歯を覗かせている。 半袖の薄いピンク色のワイシャツに紺色のズボン、前髪をゴムで斜めに留めている。 俺と同じ一年五組の生徒で、俺の数少ない友人の一人だ。 柏木こいつは傍から見る分には非常に美男子イケメンである。 学校で柏木こいつが歩いているだけで女生徒が振り向くくらいだ。
 しかし何かが足りない。
 非常に残念な男で、告白してきた女生徒おんなのこにその場で「ごめんなさい」と言われるほどである。 間違えのないように確認をするが告白をしてきた・・・・・・・女の子に柏木こいつが振られたのである。 何かが足りないどころか、もしかしたら何もかも足りないといった方がいいのかもしれない。
「奥原は真っ白いままだな。家でゲームばかりしてたんだろ?」
 うん、否定はできない。暇さえあればTFLOをやっていた。
「柏木はそんなに真っ黒になってるけど海にでも行ったの?」「海は行ってないけど、県営プールには行ったな~」「県営ってコバト? 誰と行ったの?」「一人に決まってんだろ!」
 安心した。 と、同時にやっぱりかという気持ちになる。 柏木こいつがプールのウォータースライダーやその他アトラクションで他の子供達に混ざってはしゃいでいる姿が容易に想像できる。
 非常に残念だ。
「あとはせみやカブトムシとか採ったり、魚釣りしたり…」「小学生かよ…」
 残念すぎて泣けてくる。 何より残念なのは柏木こいつはこれを素でやっているということ。 高校生にでもなれば洒落っ気が出て服装や行動に気を遣ったりするが、柏木こいつにはそのが全くない。 人並みに「モテたい」という気はあるんだろうが空回りというかズレているというか、いつも行動に移す時点でどうにも残念な結果にしかならない。 そして残念なことの極めつけが、友人と言える友人が俺くらいしかいないということだ。 そして俺も友人が柏木こいつくらいしかいない。 うん、自分で説明していて泣けてくる。
「おはよー奥原、柏木」
 後ろから約一ヶ月ぶりの懐かしい声が聞こえる。 振り向くと、現実世界リアルでは一ヶ月ぶりの女生徒ギャルが鞄の銀の小物シルバーアクセサリをジャラジャラと揺らして近づいてきた。 一ヶ月ぶりって言ってもほぼ毎日ゲーム内で逢ってたけど…。
「おはよーかなちゃん」「おはよう、長田さん」
 一瞬言葉に詰まり、セルフィッシュさんと言いそうになってしまった。
「ちょっと柏木、かなちゃんは恥ずいんだけど」
 迷惑そうな顔をする長田さん。
「え~、かなちゃんでいいじゃない。かなちゃん可愛いカワイイんだから」
 柏木の残念なところの二、女子と話をするときはちょっとそっち系オネエっぽくなる。 可愛いカワイイと言われれば普通女の子は喜ぶんだろうけど、長田さんの表情を見るとちょっと迷惑そう。 柏木が美男子イケメンであるにもかかわらず、モテない原因はそこなのにこいつは全くわかっていない。 教室に向かいつつたわいもない話をしていると、髪の長い女生徒が後ろから俺たちを追い抜く。
「おはよう、灰倉さん」
 長袖のブラウスに灰色のスカート、黒いタイツを履いたこの前と同じ格好をした灰倉さんに俺は挨拶をする。 今日は今年最も暑い日になるってのにその格好はどうなの? 灰倉さんは俺の声に立ち止まり、一拍おいてから半身だけ振り向き肩越しに
「おはよう」
 と一言だけ挨拶をし、そのまま前を向き教室へ入る。 俺たちもそれに続いて教室に入る。
「おはよー佳奈子」「長田さんおはよー」
 教室へ入ると長田さんへの挨拶が次々とかかる。 さすがの人望の厚さだ。 俺と柏木には……、特にない。 いつものことだ、当たり前のこととしてもう慣れた。
「奥原、灰倉さんと仲いいの? つーかあの人の名前灰倉さんって俺今知ったよ」
 柏木は自分の席の机に鞄を置きつつ振り向いて聞いてくる。 後半は灰倉さんに聞こえたらばつが悪いからか俺に近づき小声で話す。 俺もこの前初めて知ったんだけど、たしかに一学期中はあまり目立たない生徒ではあった。 ちなみに柏木の席は教室のほぼ中央に位置する俺の席の右斜め前だ。
「え~と、この前ちょっとある出来事があって…」「彼女カノジョなの? その出来事で仲が深まったとか? 奥原やるなぁ~」
 え? ちょっと、そんな大声で。 振り向いて窓側一番後ろの席、灰倉さんの方をちらりと見る。 携帯スマホを覗きこみ、まったく意に介していない。
「ちがうって、そのときあたしも一緒にいたけど、そんなんじゃなかったよ」
 前を向くと長田さんが俺たちのところまで来ていて俺が否定する前に否定する。
「うん、長田さんと灰倉さんの二人で俺の補習見てもらっただけだから」
 と、言うほど見てもらってもいないが。
「お前、馬鹿正直に補習受けたの?」「え? どういうこと?」
 俺は驚いて聞き返す。
「俺、百川先生に宿題の増量と、ある条件で補習は無しにしてもらったよ?」「お前も赤点だったのかよ。てか、まさかその条件って…」「生徒会に立候補しろってことっしょ?」
 長田さんが俺より先に答える。
「あれ? 二人ともなんでそれ知ってるの?」「奥原、補習終わらなくて、ももちーに会計に立候補しろって言われたんよ」「奥原会計やるの? やったー! 俺やらないで済む!」
 柏木会心の勝利のガッツポーズ。
「え? お前も会計やれって百川先生に言われたの?」「やれってか立候補しろって。でも奥原がやってくれるなら俺、立候補しなくていいよね?」「ちょっとまて、なんでそうなる。俺だって会計なんてやりたくねえよ」
 しかしいったいどういうつもりだ? あの先生は。 俺たちに会計の立候補をさせるとか。
ぴんぽんぱんぽーん と放送開始音が鳴る。
『まもなく始業式が始まりますので全校生徒は一年生から順に体育館に集合してください』
 ぴんぽんぱんぽーん と終了音。
「だるいけどいくか。集会は毎回退屈なんだよな」
 集会どころかお前は授業中も退屈ダルそうにしているだろうが。 …俺も人のことは言えないけど。

 体育館も暑い。 いや、体育館だからこそ暑い。 窓という窓、扉や出入り口を全開放フルオープンさせ、こんな時用のものなのか大型扇風機まで設置して稼働させている。 しかし焼け石に水。 外は風がほとんどない中、風通しが悪い屋内に全校生徒が集まってるんだ。 もうちょっとどうにかならなかったものか。 たとえば校内放送で済ませるとか……。 俺たちから離れたところがなにやらざわざわしている。 どうやら誰か倒れたようだ。 まだ始まる前なのに……。
「こんだけ暑ければそりゃ倒れるわ…」
 俺の後ろの長田さんが愚痴を言う。
「俺も倒れそう……」
 さらにその後ろ、柏木が息も絶え絶えに訴える。
「……」
 俺は言葉すら出てこない。
 並びは俺が13番、長田さんが14番、柏木が15番と出席番号順に並んでいる。 一年五組はまだ端の方だからましなのかもしれないが、二年生あたりの真ん中の方は地獄なんだろうな。 集会が始まる前はこの三人で無駄話おしゃべりをしていたりするんだが今日はそんな気すら起こらない。 俺たち三人を含め、全校生徒がこの熱気に必死に耐えている。 いつもなら集会前は騒がしくて、それを静めるべく先生達の怒号が飛び交っていたりするのだが今日は全くそれがない。
 早く始まれ、そして早く終われ。
 全校生徒がきっとそう思っていることだろう。 スピーカーから「ポンっ」とマイクのスイッチを入れた音が聞こえる。
「それでは始業式を始めたいと思います。今日は非常に暑いため内容をいくつか省略します」
 全校生徒から一斉に安堵の声。 校歌斉唱、夏休み中の生徒の活動への表彰などが削られるようだ。 当然だ。 こんな糞暑い中歌ってなんかいられるか。 どうせなら校長の内容のない無駄な話も省略してほしかった。

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