廃クラさんが通る
006 長田さんが激怒する
「え、なに……? え?」
突然の二人の絶叫に思考が停止する。
「私が昨日裁縫ギルドで会ったあのPCの名前はこれが言った通り、たしかスカイだった。お前はあの冒険者なのか?」
目配せとあごで長田さんを〝これ〟呼ばわりをする灰倉さん。 え~と、う~ん。す~は~、と深呼吸を一つ入れるとようやく俺も理解が追いついてきた。
「うん、俺はTFLOでスカイって名前でやってるけど。……てことは灰倉さん、ミレニアムさんなの?」
灰倉さんは頷く。
「そうだ、私はミレニアムという名前でTFLOをプレイしている」「ああ! そうなんだ! 昨日は本当にありがとう!」
俺は立ち上がり、灰倉さんの手を取ってお礼を言うと灰倉さんはまた先ほどのように顔をそらし俯く。 あ、手が汗でべちょべちょなの忘れてた。最悪だな、俺。
「で、こいつもお前の名前を知っていたということは知り合いなのか?」
長田さんの方を見ると、先ほどまでとは一転、子犬のように怯えた表情をしている。
「え~と……」
俺、ゲーム内でフレンドとか少ないし、ギルドACのメンバーくらいしか一緒にプレイしてないし……。 それに昨日のあの出来事を知ってるっていったらやっぱりそのギルドのメンバーしか考えられない。 だとしたら目の前の長田さんはやっぱりあのメンバーしかいない!
「ジル! ジルでしょ?」「え? ああ、う~ん……え~と……」
俺に問い詰められた長田さんは目が泳いでいる。
「そうだよジルだよ! オーストラリアに住んでるとかいうのはあれ嘘だったんだね?」「あ~……、うん……」
顔をそらす長田さん。肯定したのかもよくわからない返事はとてもか弱い。
「やっぱりそうだ! ジル、昨日自分でJKだって、女子高生だって言ったもん」「え、あいつスカイにもJKだって言ったの?」
長田さんは突然真顔になりこちらを向き俺に問いただす。
「え?」「あ!」
やらかしたという表情をする長田さん。そのまま、また俺からゆっくり視線をそらす。 そして立ち上がったときに倒れた椅子を元に戻し、ゆっくりと座る。 ブラウスが片方の肩からずり落ち前傾姿勢で両腕を垂らし、それを膝に挟んで座るその様子はとても弱々しく映る。
「え? じゃあ、カテドラさん? あの後仕事だとか言ってたけど……」
その問いかけに、長田さんは答えず、さらに俯いてしまう。
「あの後って、お前、そういう仕事とかしているのか。やっぱり見た目通りの糞ビッ…」「そんなわけないっしょ! 人を見た目で判断すんな! それにその話してた時カテドラいなかったっしょ」
首だけ上げて俺たち二人に向かってそれぞれ叫ぶ。 ん? てことは、残っているACメンバーは、あと一人しかいない。 目の前の長田さんとは最も遠い、いや、頼れるという意味ではもしかしたら最も近いかもしれないあのPCだ。
「もしかして……」「ああ~! もう!」
長田さんはおもむろに立ち上がる。
「そうだよ。セルフィッシュだよ! あたしは。そしてあんたの商売敵でもあるセルフィッシュだよ!」
そう言い放ち灰倉さんを指さす。 その表情はなにかが吹っ切れたのか、凜と引き締まっている。
「そうなんだ! セルフィッシュさんだったんだ!」
今まで長田さんと過ごした学校生活と、ゲーム内でセルフィッシュさんと一緒に冒険した思い出が目の前で交錯する。
「すごいよ! いままでゲームで一緒に冒険してた仲間が実は同級生だったとか!」
あるんだなぁ、こんなこと。 まるで漫画や娯楽小説の世界だよ。
「ちょっといいか? 二人で盛り上がってるところ非常にすまない」
あ、そうだ。灰倉さんのことちょっと置いてけぼりにしてた。
「セルフィッシュって誰だ? 勝手にライバルにされても困るのだが……」「……え?」
灰倉さんに突き出したままだった長田さんの指が震えながら下ろされる。 これは先ほどまで舌戦をしていた長田さんに打撃を与えるために放った発言ではない。 眉間にしわを寄せ、唇がわずかにつり上がり本気で困惑した表情をしている。 それを長田さんも感じ取り、へなへなと力なく崩れ落ちる。
「あ…あ…あんた、競売で同じ製作品を出品してる相手のことも知らないとか……。製作品に制作者の銘が入ってるっしょ?」
TFLOで製作された製作品は自動的に制作者の銘が入る仕様になっている。
「そんなものいちいち見るか。私にとって私以外は全てOne of them。凡百、凡千の制作者など、私が気にしてなんかいると思うのか?」
灰倉さんはいかにも面倒くさいといった感じにさらりと言いのける。
「いやいやいや、少なくとも同じもの売ってる商売敵っしょ……。その相手のことが気にならないとかあんた本気で言ってるん?」「だからそんなものをいちいち気にしてたらこんな商売なんて長く続けられるような稼業ではない。私も昔は気にしたこともあったが、気にするだけ無駄だと気づいて銘を気にしなくなったら非常に楽になった。いちいち銘の確認に時間を費やすことなんて無駄だし、ほかの出品者はNPCと同様だと思えば全く腹も立たない」
腰に手を当てやれやれというそぶりで平然と言ってのける。
「他人に関心がないって……」「本当に本気だったん……」
俺たちは先ほど灰倉さんが言っていた「他人に関心が無い」という一言を思い出す。 その意識がTFLOのなかで育まれたということなのか? 俺たち二人は一般人の常識の範囲外にいる目の前の存在に戦慄を覚える。 特に長田さんは深刻で、目の焦点が定まらず昇天寸前だ。 好敵手だと思っていた、しかも昨日、自分より劣っているとか思いっきり言いきっちゃってた相手が、全く自分のことを意識しておらず、名前すら知らなかったとか言い出すもんだから。 それに対し、なおも頭の上に「?」が付いているかのような困り顔をしたままの灰倉さん。
「お前たちはいったい何に驚いているのだ? 特にそこ。私のせいで腰を抜かしているのなら謝らせて貰う。え~……」
灰倉さんは目を泳がせると、俺の前の机に置いてあるプリントシールなどで装飾されたノートを見つける。 そこには「長田's Note」と書かれていた。
「ナガタ……さん?」
ぴしぃっ……っと音を立て空気が引き締まる感覚があった。 それと同時に、止むことのなかった蝉の鳴き声が止まる。
「風が…とまった…」
俺も蝉同様、異様な雰囲気を感じ取る。
「いま、あんた、なんつった?」
長田さんはゆっくりと立ち上がる。
「謝ると言ったんだ。それとも憐れみをかけて欲しくなかったか?」
長田さんは体を揺らし、ゆらり、と立ち尽くす。
「そのあとだっつーの」
少し考える灰倉さん。
「その後はただ名前を言っただけだろう、ナガタ、と」「あたしは おさだ だあああああああ!!!!!」
両の拳を握り腰に肘を当て絶叫する長田さん、心なしか髪の毛が逆立っている気がする。 髪の色は……よかった、変わってない。 そんなに。 窓側に立つ長田さんは俺と灰倉さんの位置からだと陰だけが浮かび上がって見える。 陰になって暗くなっているはずなのに目だけが異様に光っているように思えた。
「あんた! 一万歩譲って名前知らなかったのは許すとしても、あたしをナガタっていうのだけは絶対に許さない!」
え? 怒るとこ、そこ? 長田さんの 逆 鱗 って、そこ?
「そうか、それはすまなかった。だが、気にするな。私がお前の名前を呼ぶことなど、もうないのだろうから」
腕を組んで下を向いて首を横に振り、やれやれという素振りの灰倉さん。
「あん?」「今日限り、私とお前の接点はない、ということだ」
あごをわずかに上げ首も少し曲げ、斜め下に見下ろすようにして長田さんに指を差す。
「あんた、現実世界であたしと接点がなくても、TFLOの競売で毎日拳を付き合わせることになるんよ?」「だったらなおさら、お前の名前を呼ぶことなどないではないか。それに名前など、私が他人を識別出来ればそれで良いだけのこと。お前がオサダであってもナガタであってもセルなんたらであったとしても、私にとってそれは瑣末なことでしかない」
と、ため息をつく灰倉さん。
「あたしどころか誰に対しても無関心、他人がどう思おうがお構いなしとか……あ・ん・た! 本当苛つくわ……」
やばい。 そんなことはないだろうけど、長田さん、灰倉さんに殴りかかったりしないよね?
突然の二人の絶叫に思考が停止する。
「私が昨日裁縫ギルドで会ったあのPCの名前はこれが言った通り、たしかスカイだった。お前はあの冒険者なのか?」
目配せとあごで長田さんを〝これ〟呼ばわりをする灰倉さん。 え~と、う~ん。す~は~、と深呼吸を一つ入れるとようやく俺も理解が追いついてきた。
「うん、俺はTFLOでスカイって名前でやってるけど。……てことは灰倉さん、ミレニアムさんなの?」
灰倉さんは頷く。
「そうだ、私はミレニアムという名前でTFLOをプレイしている」「ああ! そうなんだ! 昨日は本当にありがとう!」
俺は立ち上がり、灰倉さんの手を取ってお礼を言うと灰倉さんはまた先ほどのように顔をそらし俯く。 あ、手が汗でべちょべちょなの忘れてた。最悪だな、俺。
「で、こいつもお前の名前を知っていたということは知り合いなのか?」
長田さんの方を見ると、先ほどまでとは一転、子犬のように怯えた表情をしている。
「え~と……」
俺、ゲーム内でフレンドとか少ないし、ギルドACのメンバーくらいしか一緒にプレイしてないし……。 それに昨日のあの出来事を知ってるっていったらやっぱりそのギルドのメンバーしか考えられない。 だとしたら目の前の長田さんはやっぱりあのメンバーしかいない!
「ジル! ジルでしょ?」「え? ああ、う~ん……え~と……」
俺に問い詰められた長田さんは目が泳いでいる。
「そうだよジルだよ! オーストラリアに住んでるとかいうのはあれ嘘だったんだね?」「あ~……、うん……」
顔をそらす長田さん。肯定したのかもよくわからない返事はとてもか弱い。
「やっぱりそうだ! ジル、昨日自分でJKだって、女子高生だって言ったもん」「え、あいつスカイにもJKだって言ったの?」
長田さんは突然真顔になりこちらを向き俺に問いただす。
「え?」「あ!」
やらかしたという表情をする長田さん。そのまま、また俺からゆっくり視線をそらす。 そして立ち上がったときに倒れた椅子を元に戻し、ゆっくりと座る。 ブラウスが片方の肩からずり落ち前傾姿勢で両腕を垂らし、それを膝に挟んで座るその様子はとても弱々しく映る。
「え? じゃあ、カテドラさん? あの後仕事だとか言ってたけど……」
その問いかけに、長田さんは答えず、さらに俯いてしまう。
「あの後って、お前、そういう仕事とかしているのか。やっぱり見た目通りの糞ビッ…」「そんなわけないっしょ! 人を見た目で判断すんな! それにその話してた時カテドラいなかったっしょ」
首だけ上げて俺たち二人に向かってそれぞれ叫ぶ。 ん? てことは、残っているACメンバーは、あと一人しかいない。 目の前の長田さんとは最も遠い、いや、頼れるという意味ではもしかしたら最も近いかもしれないあのPCだ。
「もしかして……」「ああ~! もう!」
長田さんはおもむろに立ち上がる。
「そうだよ。セルフィッシュだよ! あたしは。そしてあんたの商売敵でもあるセルフィッシュだよ!」
そう言い放ち灰倉さんを指さす。 その表情はなにかが吹っ切れたのか、凜と引き締まっている。
「そうなんだ! セルフィッシュさんだったんだ!」
今まで長田さんと過ごした学校生活と、ゲーム内でセルフィッシュさんと一緒に冒険した思い出が目の前で交錯する。
「すごいよ! いままでゲームで一緒に冒険してた仲間が実は同級生だったとか!」
あるんだなぁ、こんなこと。 まるで漫画や娯楽小説の世界だよ。
「ちょっといいか? 二人で盛り上がってるところ非常にすまない」
あ、そうだ。灰倉さんのことちょっと置いてけぼりにしてた。
「セルフィッシュって誰だ? 勝手にライバルにされても困るのだが……」「……え?」
灰倉さんに突き出したままだった長田さんの指が震えながら下ろされる。 これは先ほどまで舌戦をしていた長田さんに打撃を与えるために放った発言ではない。 眉間にしわを寄せ、唇がわずかにつり上がり本気で困惑した表情をしている。 それを長田さんも感じ取り、へなへなと力なく崩れ落ちる。
「あ…あ…あんた、競売で同じ製作品を出品してる相手のことも知らないとか……。製作品に制作者の銘が入ってるっしょ?」
TFLOで製作された製作品は自動的に制作者の銘が入る仕様になっている。
「そんなものいちいち見るか。私にとって私以外は全てOne of them。凡百、凡千の制作者など、私が気にしてなんかいると思うのか?」
灰倉さんはいかにも面倒くさいといった感じにさらりと言いのける。
「いやいやいや、少なくとも同じもの売ってる商売敵っしょ……。その相手のことが気にならないとかあんた本気で言ってるん?」「だからそんなものをいちいち気にしてたらこんな商売なんて長く続けられるような稼業ではない。私も昔は気にしたこともあったが、気にするだけ無駄だと気づいて銘を気にしなくなったら非常に楽になった。いちいち銘の確認に時間を費やすことなんて無駄だし、ほかの出品者はNPCと同様だと思えば全く腹も立たない」
腰に手を当てやれやれというそぶりで平然と言ってのける。
「他人に関心がないって……」「本当に本気だったん……」
俺たちは先ほど灰倉さんが言っていた「他人に関心が無い」という一言を思い出す。 その意識がTFLOのなかで育まれたということなのか? 俺たち二人は一般人の常識の範囲外にいる目の前の存在に戦慄を覚える。 特に長田さんは深刻で、目の焦点が定まらず昇天寸前だ。 好敵手だと思っていた、しかも昨日、自分より劣っているとか思いっきり言いきっちゃってた相手が、全く自分のことを意識しておらず、名前すら知らなかったとか言い出すもんだから。 それに対し、なおも頭の上に「?」が付いているかのような困り顔をしたままの灰倉さん。
「お前たちはいったい何に驚いているのだ? 特にそこ。私のせいで腰を抜かしているのなら謝らせて貰う。え~……」
灰倉さんは目を泳がせると、俺の前の机に置いてあるプリントシールなどで装飾されたノートを見つける。 そこには「長田's Note」と書かれていた。
「ナガタ……さん?」
ぴしぃっ……っと音を立て空気が引き締まる感覚があった。 それと同時に、止むことのなかった蝉の鳴き声が止まる。
「風が…とまった…」
俺も蝉同様、異様な雰囲気を感じ取る。
「いま、あんた、なんつった?」
長田さんはゆっくりと立ち上がる。
「謝ると言ったんだ。それとも憐れみをかけて欲しくなかったか?」
長田さんは体を揺らし、ゆらり、と立ち尽くす。
「そのあとだっつーの」
少し考える灰倉さん。
「その後はただ名前を言っただけだろう、ナガタ、と」「あたしは おさだ だあああああああ!!!!!」
両の拳を握り腰に肘を当て絶叫する長田さん、心なしか髪の毛が逆立っている気がする。 髪の色は……よかった、変わってない。 そんなに。 窓側に立つ長田さんは俺と灰倉さんの位置からだと陰だけが浮かび上がって見える。 陰になって暗くなっているはずなのに目だけが異様に光っているように思えた。
「あんた! 一万歩譲って名前知らなかったのは許すとしても、あたしをナガタっていうのだけは絶対に許さない!」
え? 怒るとこ、そこ? 長田さんの 逆 鱗 って、そこ?
「そうか、それはすまなかった。だが、気にするな。私がお前の名前を呼ぶことなど、もうないのだろうから」
腕を組んで下を向いて首を横に振り、やれやれという素振りの灰倉さん。
「あん?」「今日限り、私とお前の接点はない、ということだ」
あごをわずかに上げ首も少し曲げ、斜め下に見下ろすようにして長田さんに指を差す。
「あんた、現実世界であたしと接点がなくても、TFLOの競売で毎日拳を付き合わせることになるんよ?」「だったらなおさら、お前の名前を呼ぶことなどないではないか。それに名前など、私が他人を識別出来ればそれで良いだけのこと。お前がオサダであってもナガタであってもセルなんたらであったとしても、私にとってそれは瑣末なことでしかない」
と、ため息をつく灰倉さん。
「あたしどころか誰に対しても無関心、他人がどう思おうがお構いなしとか……あ・ん・た! 本当苛つくわ……」
やばい。 そんなことはないだろうけど、長田さん、灰倉さんに殴りかかったりしないよね?
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