廃クラさんが通る

おまえ

001 廃クラさんとの邂逅

 まだ日の昇らない早朝、あたりにはもやが立ちこめており、人影が全く見当たらない。 山脈から吹き下ろす冷たい風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。 そんな早朝にもかかわらず、集落の外れにある建物の中からは、トントン、カッカッとリズミカルに機織はたおりをする音が聞こえてくる。 ここは裁縫さいほうギルドの支店。店は夜も明けきらぬ早朝のうちから開いており、各種布製品や裁縫に関連した材料の販売や買い取りが行われている。 扉が開き、一人の冒険者が入ってきた。 ルリナディアでは物珍しくはなく、最もよく見受けられる種族であるヒュム族の男性。どことなくまだ幼さが残っている。 冒険者、というにはまだ駆け出しなのであろう、相応それなりに装備を固めてはいるが身の丈ほどもある大剣にはあまり使い込まれた形跡はない。 入ってくるなりぐるりと店内を見回す。
「たしかここにあの糸が売ってるんだよな」
 冒険者は布製品の置かれている陳列棚ちんれつだなを見つけるとそれを覗き込んだ。
「えーと、木綿糸は……!! 売り切れてる!?」
 二度、三度、端から端まで見渡してみたがやはりどこにもない。
「はぁ……、ここのギルドみせいてから、まだそれほど時間もたってないってのに……、こんなことなら高くても市場マーケットで買うんだった……」
 肩を落とし、がっかりする冒険者。 すると、機織りの音が止み、店の奥の作業場から人影が現れた。 高尚な制作者クラフターが身につける立派な作業着を着ている――が、裁縫ここのギルドの者というわけではないようだ。 耳が頭の上に付いていて長い。 華奢きゃしゃな体つきだがあし回りがしっかりしている。 特徴的とくちょうてきな丸い尻尾しっぽ。 ウサギを思わせるその見た目、バニラ族の女性だ。 装着そうちゃくしている片眼鏡モノクルを上げて静やかなウィスパーで話しかけてきた。
「どうされました?」「木綿糸もめんいとを買いにここに来たんですが、売り切れちゃってるみたいんですよ」
 冒険者も、その問いかけに落胆した声ウィスパーで返す。
「そうなんですか、ごめんなさい。私が全部買ってしまいました……」
 申し訳なさげに頭を下げるバニラ族の女性。
「いえいえ! あなたのせいじゃないです! 俺がもっと早く来ていればよかったことなんですから」「本当にごめんなさい。最近は市場マーケットで木綿糸が高騰こうとうしてて、ここに直接買い付けに来ているんですけど、今日は特に安かったのでつい……」「そうなんですよ。俺もあの値段を見て、それならここで買おうと思って来たんですけど」「あの、どれくらい必要なんですか?」「一、二ダースほどあればいいんですけど」「それだけでいいんですか? だったらお分けしますよ」「本当ですか!? ありがとうございます!」
 頭を下げる冒険者。 にっこり微笑ほほえむバニラ族の女性。
「木綿糸を買いに来たってことは、何か作るんですか?」「狼の外套ウルフマントを作ろうと思ったんですけど、なんで木綿糸ってあんなに高いんですかね」「木綿糸はいろんな物に使う割には、供給が限られているので高いですよね」
 バニラ族の女性は腰のベルトに装着された鞄から木綿糸の束を取り出し冒険者に差し出す。
「ありがとうございます。おいくらになりますか?」「お金はいりませんよ」「え!? いいんですか?」「マーケットの半値以下でかなりの量を買えたので、これだけでも結構な儲けになりますから」「本当にありがとうございます!」
 冒険者は礼を言い、木綿糸の束を受け取る。 ――がちょっとした違和感を覚える。
「あれ? 何かずいぶん多い気がするんですけど?」
 受け取った木綿糸は六ダースほどあった。
修練レベルあげのために使うんですよね? だったらあればあるだけ必要かと」「ありがとうございます! ……ところでなんで修練レベルあげってわかったんですか?」「それはですね……」
 『修練レベルあげ』という単語が示すもの。 ここは現実世界リアルとは違う世界。 だが、そこには体温こそ感じ取れはしないが、明らかに『人』がいる。 これはオンラインゲームの世界。 所謂いわゆるMMORPG、Massively大規模 Multi多人数player同時参加型 Onlineオンライン Role-Playing Game内の出来事である。
 『Trueトゥルー Finalファイナル Loreロア Onlineオンライン』通称『TFLO』。 元々は『True』が付かずに『Finalファイナル Loreロア Onlineオンライン』通称『FLO』という名前であり、オンラインゲームの中では古参の作品である。 大人気RPG『Final Lore』シリーズをオンラインRPG化したものであり、まだ国産MMORPGが物珍しかった時代、3D表示でどこまでも果てしなくと思えるほどの広い世界、PCパソコンだけでなく家庭用コンシューマーゲーム機でもプレイ可能できるなど間口の広さもあり人気は爆発。 オンラインゲームといえばFLOといわれた時代もあった。 しかし、一時期、サービスの質が大幅に低下、大量の離脱者を出すことになり人気は急速に低迷。 一年ほど前に世界ゲームそのものを一新、『真生しんせい』するとタイトルも頭に『True』を付け、『Trueトゥルー Finalファイナル Loreロア Onlineオンライン』として再生を果たし再び人気を取り戻した。
 ギルドの店内で会話をしている冒険者プレイヤーの名前は【Skyスカイ】、バニラ族の女性の名前は【Millenniumミレニアム】 彼女――ミレニアムが言うには、
①スカイの戦闘職ジョブレベルに対して、狼の外套ウルフマントはレベル帯の低い装備である。②性能値ステータスアップや、染色せんしょくが可能になる高品質ハイクオリティ品を作って売るにしても、今は旬を逃しており、市場マーケットでの売れ行きはあまりよくない。③自分用に作るとしても一本、失敗したにせよ二、三本もあれば十分。ダース単位は必要いらない。
 以上のことから推察すいさつして修練レベルあげだと判断したらしい。 さらにミレニアムはこんなことも申し出た。
Millennium:もしよろしければ、レベル上げのサポートをしましょうか?Sky:え? いいんですか?
 この世界ゲームには上級者が自身よりも製作クラフト修錬値レベルが低い冒険者プレイヤーに対して支援サポートをすることにより、多少の修錬値スキル上昇アップ修練値スキルポイントの取得量上昇ボーナスが付く状態ステータス付与ふよさせる仕様システムがある。 仲間パーティに誘われミレニアムと仲間パーティを組むと、スカイの画面に《Millenniumからの修練値アップの支援を受けますか?》と通知が出る。 《はい》をクリックし選択すると、『修練値アップ』の上方効果バフが付与されたことを示す画像表示アイコン画面上ディスプレイに表示された。
Millennium:これで、2時間ほどステータスアップの効果が得られるはずです。それでは、私はもう少しここで布を織っていますのでSky:ありがとうございます! 俺もここでレベル上げをしていきます
 手を振り、店の奥へ消えるミレニアム。 スカイはその場で材料を選択し、製作クラフトを開始する。
 この世界ゲーム製作クラフトは、製作品アイテム水準レベルによって設定せっていされている作業値タスクを決められた数値すうちまで、製作技能クラフトスキルを使用して上げることで製作品アイテムが完成する。 それに加えて、品質値クオリティという数値すうちもあり、これも製作技能クラフトスキルを使って上げることにより高品質ハイクオリティ品が完成する割合かくりつが高くなる。 ただし、製作品アイテムによって柔靱度フレキシビリティが定められており、製作技能クラフトスキルを使える回数が限られている。品質値クオリティだけかせいでも作業値タスクが決められた数値すうちたっしなければ製作クラフトは失敗、材料は消失ロストする。
「えーと、とりあえず作ってみるか」
 俺は適当てきとう品質値クオリティを上げる製作技能クラフトスキルを使用してみる。 ボフン! と爆発の視覚効果エフェクトが発生。失敗だ。
 「う~ん、この製作技能クラフトスキル成功率せいこうりつが低いからしょうがないか……、こっちのを使おう」
  ボフン! さらにボフン! 失敗を連発する。
「……おかしい、この製作技能クラフトスキルは成功率90%のはずなのに、こんなに失敗するわけがない」
 躍起ムキになってあらゆる製作技能クラフトスキルを使うが、景気よく爆発音が響き渡る。 失敗連続そんなこんな柔靱度フレキシビリティが低下、いつの間にかあと一回しか製作技能クラフトスキルが使えない状況になっていた。
「……!! 品質値クオリティを上げることにばかり気をとられてて、作業値タスクを上げるのを忘れてた!」
 切羽詰まテンパって額から汗が噴き出る。
「あと一ターン作業値タスク最大マックスまで上げる方法は……、何か……、何かないのか……?」
 偶然たまたま戦闘兵器スーパーロボットに乗り込んではみたものの、操作方法うごかしかたがわからず、さらに偶然たまたま説明書マニュアルがあったので必死にひーこら操作方法うごかしかたを探す普通ただ一般人しゅじんこうの如く、画面ディスプレイに表示されている製作技能一覧スキルウィンドウにらみつける。
「これだ!」
 製作技能クラフトスキル神の手ゴッドハンド』 制作者プレイヤー製作クラフト修錬値レベル製作品アイテム水準レベルを照らし合わせて、それに準じた確率により、一手いっぱつ製作クラフト完成フィニッシュさせることのできる、まさに『神の手かみスキル
「さあ、頼んだぞ!」
  俺は震える手で『神の手ゴッドハンド』の絵記号アイコン押下クリックする。 ボフン! そして、パリーン…… と、非常に寂しく悲しげな効果音サウンドはっし、材料がくだけ、破片はへんが飛び散る。 呆然ぼうぜんと画面を見つめる。
「……そうだ、これは運が悪かったんだ。なにより、失敗する方のが難しい製作技能クラフトスキルをあれだけ失敗してたんだから……」
 気を取り直して次の製作に取りかかる。
「よし、今度は最初から、確率の高い製作技能クラフトスキルを使って……」
 品質を上げる製作技能クラフトスキルを使う。 しゅぴ~ん! とまばゆひか視覚効果エフェクトが出て成功。
「よし、今度は大丈夫そうだ」
 しゅぴ~ん!  しゅぴ~ん!
「よし!今度は調子いいぞ!」
 連続で成功し、気を良くするが
「おっと、柔靱度フレキシビリティもちゃんと気にしておかないと」
 柔靱度フレキシビリティを見てみるとまだ半分くらい残っている。
「まだ余裕あるけど作業値タスクも上げなくちゃな」
 作業値タスクを上げる製作技能クラフトスキルをしっかりと成功確率せいこうかくりつの高いものを選んで使用する。
 しゅぴ~ん!
「思ったほど作業値タスクびは良くないけどこのままいけば成功しそうだ」
 あと一ターンで完成というところで最後の一押しクリックをする――――が、
『CCが足りません。アクションは実行できませんでした』
 ――の文字が警告音とともに表示された。
「なに~い!」
 製作労力クラフトコスト、略してCC。 製作技能クラフトスキルにはそれぞれクラフトコストが設定されており、冒険者プレイヤーの持つクラフトコストの数値の分だけ製作技能クラフトスキル使用可能つかえる。 柔靱度フレキシビリティに余裕があってもクラフトコストが足りなくなれば限られた製作技能クラフトスキルしか使用できなくなり、製作クラフトが失敗ということもありる。
「くそ! この製作技能クラフトスキルは――だめだ、クラフトコストが足りない。こっちは――これもだめか……」
 俺の目に、ある製作技能クラフトスキルが飛び込んできた。『神の手ゴッドハンド』 この製作技能クラフトスキルクラフトコストが0でも使用しよう可能できる。 まさに『神の手かみスキル
「今度こそたのんだぞ!」
 神に祈る気持ちで『神の手ゴッドハンド』の画像表示アイコン押下クリックする。
 しゅわんしゅわんしゅわ~ん!
 豪勢はで音響効果サウンドまばゆひか視覚効果エフェクトが画面全体に広がる。
「おお! やったか?」
 ぱり~ん……
 期待感きたいかんあおりまくった、どん底に突き落とす玉入遊戯パチンコを思わせる幻影えんしゅつ
 かなしげな残響音エコーを残しながら材料が砕け散った。
「お……お……」
 放心状態ほうしんじょうたい半開はんびらきの口を痙攣けいれんさせ、TFLOの冒険者プレイヤーにはお馴染なじみののろいの三文字が喉から出掛かるが、ぐっとこらえ、ひとつ深呼吸した後に、さとりをひらいたかのごと真顔むひょうじょうになる。
「……よし、わかった」
 もうひと深呼吸しんこきゅうをすると、三度みたび製作クラフトを開始する。
「ここは無理に品質値クオリティを上げるのはやめて、作業値タスクを上げることに専念せんねんしよう」
 手堅く成功確率の高い製作技能クラフトスキルを使用して作業値タスクを上げていく。
 しゅわ~ん!
Skyは“ウルフマント“を完成させた!
 途中、何回か製作技能クラフトスキルは失敗はしたが、小気味良きもちよ視覚効果エフェクト音響効果サウンドが発生し問題なく製作クラフトは成功。
「なんだ、余計なことしなければ簡単じゃないか」
 次の製作クラフトに取りかかる。
 しゅわ~ん!  しゅわ~ん!  しゅわ~ん!
 次々と狼の外套ウルフマントを量産する画面の中のスカイ。
「うん、順調に修練値スキルポイントもあがってるし、このまま……、ん? 何か寒気が……」
 不意に異様な気配を感じとり、振り返る。 奥の作業部屋と俺のいる店舗側の間に、腕を組んで仁王立ちする人影。 作業部屋の窓から差し込むのぼりかけの陽光あさひがその人影に遮られおうぎ状に逆光線ゴッドレイが発生。 それが威圧感を倍増させる。

「コメディー」の人気作品

コメント

コメントを書く