昭和の浦島伝説

ほっちぃ

次郎の成長

  朝になると、次郎はすぐさま砂浜へ駆け出した。 昨日の亀はまことの出来事だったのかと。「亀! 亀はおらぬかー!」
 膝を擦りむき、腕にアザが出来たあの日から、幾日も砂浜に出向いた。陽の出る頃から沈むまで探し回った。砂浜で行われる国民学校の訓練中に、ひっそり周りを見渡していたこともあったな。 じゃが、あの大きな亀はやはり見つからんかった。 いろんな思いがめぐった。大きな亀を助けたら亀が言葉を話したなど、にわかには信じがたい話じゃしのう……。じゃが、それは次郎にとっても同じこと。「なぁ、亀よ。そろそろオレの前に姿を表してはくれぬか」
 探す声が日に日に小さくなっていった。 まことか幻かはっきりわからぬが、まことの事なら世紀の大発見ということになるのう。そのためにも短くない時間を費やしたんじゃ、多少なりとも落ち込むことはあろうて。 つい学校で自慢話として語ってしまったが故に、同校の者からバカにされたこともあった。 過酷な時代に生きる日本男児の誇りがあるといえども、どうやっても打ち勝てんものはある。自分がいくら頑張っとるつもりでも、結果が出んこともある。周りに認められんこともある。それが世の常なんじゃ……。


 その後、次郎は年を越しても亀を見つけられんままだった。


 1941年12月。
 次郎は初等科で年長クラスになっとった。 いわゆる高等科というものに入るまで、あと半年足らずということじゃな。
 この日は次郎にとって嬉しい出来事が起こった。次郎の父親が一時帰国したのじゃ。 お国の方から「次の戦に備えよ」 とのお達しが来ており、横須賀にある実家の方に、特別に3日間だけ拘束を解除される令が下されたらしい。 家に帰ってからは飛びつくように父親のところへ向かった。「お父ちゃん!」「次郎、元気だったかー! 大きくなったなあ!」 と。そんな会話をするんじゃ。 久しぶりに見る大きな身体と、優しい声、独特な硝煙のにおいが染み付いた国民服。 どんな父親と比較しても、別段、優しさに満ちたお人じゃったと記憶しておる。ワシは今でも尊敬しておるよ……。

 じゃが、日が過ぎるのは早いもんでな。あんな話こんな話をしているうちに、すぐさまお国のために戦いに行かねばならなくなった。 昨日までなだらかな表情をしとった父親は、哀しみを押し殺し、殺意溢れる表情をしておった。 そこで次郎は、楽しかった3日間を忘れてしまいそうになるほど、ふいに怖くなってしまった。「お父ちゃん……」 その顔を見るのは、2度目じゃった……。 1度目は、1937年より始まった、支那事変(――後の日中戦争――)にて陸軍兵士として派兵されたときじゃ。 あの頃は、別人かと見間違うほど恐ろしい顔をしておった。眼は血走り、額には青筋が。己を奮い立たせるために、拳に心の奥底にある憎悪の全てを握りしめておった。
 次郎にとっては2度目の体験じゃったが、なぜか父親がどこか遠くに行ってしまって、もう帰ってこないような気がしたそうな。それがどうしてなのかは未だにわかっておらんが、とにかく自分の元からいなくなって消えてしまうような、そんな思念があったんじゃな。
 最後になってもいいように……いや、最後になってしまわないように、ひとつだけ伝えたんじゃろう。
「お父ちゃん。こんなときだけど、ひとつ変なお話を聞いておくれ」 返事もせず、微動だにせず、ただしっかりと子供の戯言を聞いてくれとった。「お父ちゃんが帰ってくる前に、大きな亀を見たんだ。お父ちゃんは見たことあるかわからないけど……。その亀は不思議な亀で、一言だけオレに話しかけてきたんだけど、なんだかお父ちゃんの背中みたいに立派だったんだ。亀は、いつかオレのところへ恩返ししにくるって、海へ、帰っていったんだ。いつ来るのかわからないけど、いつかまた、オレのところへ来るんだって! お父ちゃん、も……」
 そこまで言いかけて、やめてしまった。 急に言葉が出なくなって、目の前がぼやけてしまった……。
「……じゃあ、行ってくる」「行ってらっしゃい、あなた」
 何気ない夫婦のやりとりじゃった。何気ない、いつもの浦家のやりとり。

 いつもと違ったのは、誰ひとりとして顔を合わさんことじゃった。

 合わせる顔ではなかったのかもしれんがの…………。

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