朝の悲劇と奇跡

ほっちぃ

朝の悲劇と奇跡

午前7時58分。過去の忌々しい記憶と共に、轟音と地のうねりがやってきた――

――午前7時20分。私はいつものように、小説を書いていた。小説のコンテスト向けにネタを探したり、インスピレーションを得るために、SNSで知り合いと話し込んだり、音楽を聞いたりしていた。ふと、本当に何気なく、コンビニに行きたくなった。しかし、その日は小説に打ち込もうと徹夜をしていて、まだシャワーを浴びていなかった。私はそこそこ非効率な人間だと自覚している。今思えば、シャワーを浴びながら考えればよかったのだが、重たくなってきた瞼とコンビニへの思いを天秤にかけて、横になりながらしばらく傾きを見ていた。
このとき、もしコンビニに行かない選択をしていたら、今頃は部屋に散乱した家具の下敷きになっていたかもしれないと思うと、背筋の凍るような思いだ。
午前7時30分。コンビニ行きを決意する。私はもともとスポーツマンだったので、家の中でやるルーティーンがあった。それをこなして、浴室に入った。出るお湯の温度を直接指定できるタイプのシャワーなのだが、この機能をうまく扱えなかった。そのため、いつも60℃に指定してから、水を少しずつ捻って適当に温度を調節している。私はお風呂に入るときもルーティーンがある。まずは、身体をシャワーで流す。それから髪を頭皮まで濡らし、頭を洗う。いつもならすぐあとに身体を洗うのだが、この日は違った。間違ってシャンプーを2回つけてしまったので、しかたなくもう一度頭を洗った。頭を2回洗うと、ルーティーンが崩れる。ルーティーンが崩れると気持ちが悪くなるのがスポーツマンってやつだ。崩れたルーティーンを補うように身体も2回洗い、「これでよし」と思い込むことにした。
午前7時50分。浴室とトイレが同室になったユニットバスのため、髭を剃るのも歯を磨くのもいっぺんに済ますのが私のスタイルだ。頭を軽く拭き、身体を拭き、私以外には部屋に誰もいないというのに、腰にタオルを巻いて浴室を出る。部屋に着いてから、喉の乾きを自覚した。「お茶が飲みたい」と言ったところでお茶が出てくるわけではないので、お茶を冷蔵庫から取り出して、部屋に持ってくる。しかし、ひとつミスを犯す。シャワーを浴びる前に飲みかけだったコップを洗っていない。コップを洗うために、また部屋を出た。
午前7時58分。バスタオル1枚を腰に巻いたまま、コップを持って台所に行った。お湯を出して、コップをジャバジャバとゆすぐ。それから、スポンジを持って、洗剤をつける。
そのときだった。突然、木箱を叩き壊したような音が聞こえてきて、そのすぐあとに真っ直ぐ立っていられなくなって、咄嗟にシンクの端を持った。地震、それだけは理解出来た。止まらない揺れに増幅する恐怖心を抑えながら、ひたすら揺れが止まるのを待った。緊急地震速報はそのあとに鳴った。遠くの方で、私のスマートフォンが鳴っていた。テレビの電源が勝手について、インターネットを接続していたルーターは壊れた。

私のいたところはマンションの6階だったこともあって、よけいに揺れていた。気のせいかもしれないが、そう感じた。部屋はかなり散乱していて、寝床にはさまざまな物が積み重なっていた。諸事情で立てかけていた大きなベニヤ板は斜めに倒れていたし、大切に扱ってきたゲーム機も、めちゃくちゃになっていた。

まもなく、悪夢の始まりから1日が過ぎる。私を含め家族や知人も、安心してぐっすり眠ることがまだ出来ないでいる。この文章を書いている間も、何度も大地の叫びが起きた。比較的大きいのもあった。スマートフォンを持つ私の手が震え、立とうとすると足が震えることもある。もし私が筆を二度として持つことが出来なくなったのなら、この続きは本文を読んでいる誰かに託したい。
それと、こんなことを普段は言わないのだが、あの地震が起きた時、とても怖かった。小学生みたいな感想だが、それしか出てこない。命があってよかった。生まれて初めて、自分に命があるというありがたみを知った。まだ、断水や怪我などに見舞われている人がいる。幼き命が失われたりもしている。こちらのほうへ支援をしようと考えている人は、いらぬ混乱を招かぬように、府や国からの注意喚起などを見て、デマを流さないように、かつ適切な支援をしてほしい。
渦中にいる私からは、いまより被害が出ないよう、祈ることしかできない。どうか、不甲斐ない私を許してほしい。どうか、世界の中心で戦う彼らを非難しないでほしい。どうか、この世界に生きる者が全員無事であってほしい……。

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