17の輪郭

レトビ

17の輪郭

「私は、世界で一番不幸せなことを知っている幸せな少女です。」

人生において17歳という年齢は、実に不安定なものである。彼女もまた、この不安定な年齢で多感な時期を迎えていた。

彼女にとって一番幸せな時間は、詩を書いている時間であった。それも一人で部屋に篭って書くのではなく、授業と授業の間、つまりは静と動の入れ替わる十分間にそれを書くのだった。誰かに見られたい訳でも、上手い詩を書いて自らに陶酔したい訳でもない。ただ、彼女は詩を愛していた。詩という形式に込められた、人間の美意識や世界の表現方法を愛していた。

「窓を開けると、生暖かい風がびゅうびゅうと吹き込んできます。すると机の上に置かれた無機質な教科書が、急ぎ足で動き出すのです。わたしにはそれが、生命の誕生の瞬間のように思えるのです。」



彼女は、愛というものに依存していた。生まれてこのかた、子供を産んで家族を作り、それを愛することは当然だと思っていた。それに、家族を大切にしている時彼女はとても気分が良かった。彼女自身が思いつく最大限の幸せは、結婚して家庭を作ることだった。だから人を愛すというのは当然のことだし、いつかは自分も誰かから愛されるだろうと思っていた。テレビやニュースで浮気という言葉を聞くと、そんなことをする人間はまともではないと思った。あまりの多忙な生活で心が摩耗して精神が異常になったのだと考えた。そうして自分のことを振り返ってみて、愛した人を裏切ろうなどと微塵も思っていないことを心の中で確かめると、自分が幸せなのだと心から思った。

"私は家族に愛されているのだわ。それを感じるの。だからこんなに幸せなのね。
世の中の人は可哀想ね。だって彼彼女等は愛されていないのよ。だから浮気したいなんて思うようになってしまうのよ。"

だからといって、恋愛に憧れることはなかった。恋愛は、確かに愛を育むための一つの過程であることは認めるけれども、だからこそ恋愛そのものが軽薄では気が済まなかった。相手の顔を性的に気に入ったとか、この男の子孫を残したいといった生命としての本能、それを自覚せずにする恋愛というものは非常に嫌悪感を抱いていた。彼女は全ての行動原理に理由を付けたがった。何故かは分からなかった。強迫的な真面目さがあるのかもしれない。あるいは理由を明確にすることが美しいと思っていたのかも知れない。こういった根本の原理というところで、理屈抜きで物事を進めてしまう。それが彼女の良くないところだった。



彼女の顔は、とても端正だった。鼻が高く、目は大きく、おでこは少し広い。南国風の顔立ちだが、それでいて肌がとても白かった。それは彼女の世代の流行りの顔を考えれば、美人と呼ばれるにふさわしい顔立ちだった。しかし彼女は自分の顔をどうも思わなかった。美しいということに関して、顔の形は全く関係がないと確信していた。美人というのは、「美しい」ということを世界で一番理解している人だと思っていた。だから自分の顔が「美しい」という風には思えなかった。自分はたまたま、この世代の人間が性的魅力を感じるような顔のパーツをうまく揃えて生まれてきただけだと考えた。顔はファッションや化粧のような一種の流行りの文化であり、それは美ではなく、陳腐な文化だと思っていた。だから彼女は、美しさには人一倍こだわった。美しいということは、それ自体に意味があって、それに無知であることは危険であると思った。

こういう女性というのは、不思議なことに顔に思っていることが出る。彼女はクラスの男達からは敬遠されていた。しかし彼女もそれを気にしていなかった。「顔は美しいが、とても理解できないお嬢様」。それがクラスメイト達の抱く彼女の姿だった。そしてそれは間違っていなかった。

「植物は自分達の子孫を残すために、綺麗な花を咲かせたり、甘い蜜を作っていく。でもあんなに美しい花達は、自分達の何が美しいのかを知らないのよ。気が遠くなるほどの長い年月をかけて追求された形がどれほど美しいのかを知らないの。あんなに美しい花が自らの美しさを知らないで、どうして私達が自らの美しさを知っているのでしょうか。」



彼女が興味のある事柄というのは、いくつかに限定されていた。美しいということ、自分の存在、そして自分を取り囲む世界の意味だった。彼女は自分の存在については、全く理解ができなかった。それらは、「生まれてくる」という行為そのものが矛盾であふれていることから始まった。生命は皆生きるために、つまりは自己保存を目的としている。こんなことを主張して第一次世界大戦後のドイツをナチズムへと導いた指導者がいたが、彼女もその理屈は事実として納得していた。それでも自己保存そのものの意味があまりにも矛盾だらけだと感じていた。彼女はこの矛盾を解決する説明を渇望した。人間は、矛盾だらけの状況に投げ出されることに耐えられない。特に自分達の存在意義そのものが矛盾だということには耐えられない。彼女もその一人だった。そしてそのような考えを持った人間が行き着く考えは宗教であった。

「教会のガラス細工の窓に差し込む光が、私には確かに希望に映ったわ。そしてわかったの。私は今ここにいる。光から恩恵を受けてここにいる。私は、私の体が祝福を受けているのを感じるわ!」

宗教は、彼女の矛盾を解決するのに必要なことを全て与えてくれた。彼女は17歳という多感な時期を乗り切るために、魂を教会に預けたのである。



白百合のように無垢な彼女の顔は今でも私の脳裏から離れない。

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