裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
358話
カリンパーティーの実力を測り終え、予定通り朝食を食べているんだが、少し離れて俺の前に座っているラスケルがやけに落ち込んでいるように見える。
俺には勝てないようなことをいっていたが、あれは謙遜で本当は勝つ気満々だったのに1対1どころか5対1で負けたからショックを受けてるとかか?
そういや5対1で勝てたらタイマンしてやるっていったら不満げな雰囲気だったから、あながちその予想は間違ってないのかもしれねぇな。少なくとも5対1で負けるとは思ってなかったんだろう。
「ラスケルと初めて会った時点でけっこうな実力差があったんだから、まだ俺に勝てなくても仕方ねぇと思うぞ。これから強くなればいいんだし、そんな落ち込むなよ。」
「え?…あ、たしかにパーティーでも勝てなかったのは悔しかったですけど、えっと…その……武器をどうしようかなと思いまして。」
……あぁ、そういや避けられないからってぶっ壊しちまったんだったな。
俺としては仕方ない行動だと思っているが、訓練で武器を破壊されるとかラスケルからしたらたまったもんじゃねぇだろう。
「もしかして親の形見だったりするのか?」
「いえ、両親はどちらもフォーリンミリヤにいるので、形見ではないです。冒険者になると決めたときに親に頼んで買ってもらったもので、今までずっと使ってきたから思い入れはありましたが、いつかは壊れるものだとは思っていましたし、予定外に所持金は残っているので買い換えればいいだけですね。せっかく訓練してもらえているのに変に落ち込んでしまってすみません。まさか鋼の大剣を武器も使わずに壊されるとは思っていなかったので頭の整理がうまく出来なかったみたいです。」
……まぁ俺にも悪い部分があるし、持ってる大剣をやるとするか。
アリアが付与師のジョブを手に入れるまでは加護付きの武器や防具を見つけたら買うようにしてたから、その時の武器の中に大剣もあったはずだ。
アイテムボックスの中身を確認しようとしたところで、左隣に座っていたアリアが立ち上がった。
何をするのかと思って見ていたら、刃の部分にアリアが隠れられるほどの大きさの大剣をアイテムボックスから取り出し、ラスケルに近づいていった。
アリアが見た目以上に力があるのは知ってるが、それでも片手で大剣を取り出しているのは違和感が半端ねぇな。
「…よかったらこちらをどうぞ。」
「え?あ、訓練中は貸してくれるってことですか?助かります。」
8歳児相手に敬語で答えながらアリアが持つ大剣の持ち手の端をラスケルが片手で握った。
それを確認したアリアが手を離した瞬間、刃先が勢いよく地面にぶつかり、ゴッと鈍い音を立てた。
たぶんアリアが普通に持っていたから軽いと勘違いしたんだろうが、借りるつもりなら丁寧に受け取れよ。まぁ大剣の刃を地面にぶつけちまったラスケル自身が一番驚いて慌てているから、俺から追い討ちをかけるようなことをいう気はないが。
「借り物なのにごめんなさい!あ、あの買い取るので、えっといくらですか?」
「…いえ、最初から譲渡するつもりでしたので、気にしないでください。魔鉄の大剣なので鋼の大剣よりも少し重いかもしれませんが、魔法でも物理でも鋼より壊れにくいものとなっているので、そのくらいの衝撃なら刃こぼれすらしていないと思います。なので安心してください。」
「え?これ全部魔鉄!?いや、そんな高いものはもらえないよ!」
ラスケルが驚いて敬語じゃなくなった。忙しいやつだな。
というか、ラスケルの反応からすると魔鉄ってけっこう高いものなのか?…そういや俺も最初は魔鉄のチェインメイルが入ったコートを高いと思ったな。今なら銀貨50枚くらいは簡単に払えるが、当時は中古でそんなに高いのかと思ってたんだから、ラスケルが高いと思うのも仕方ないのだろう。
「…大丈夫です。魔鉄でしたらほぼタダで手に入るので、気にしないでください。そもそも壊したのはリキ様なので、こちらが補填するのは当たり前です。ラスケルさんが遠慮をする必要はありません。」
「えっと…そこまでいってもらえるならありがたく頂戴します。それにしてもタダで手に入るって、この山は魔鉄が取れる鉱山なの?…ですか?」
「…わたしにも敬語は必要ないので、普通に話してもらって大丈夫です。…あと、この山は鉱山ではないです。詳しくは教えられませんが、アイアンゴーレムが出現する階層のあるダンジョンを見つけたので、魔鉄は消費量を気にせず使用できるようになりました。その大剣も量産品ですので、壊れてもほぼ同じ重さでほぼ同じ形のものと取り替えられるため、その大剣の使い心地に慣れるのをお勧めします。魔鉄製でしたらAランクでも使えないことはない性能だと思いますし、値段も抑えられるので、消耗品と割り切って遠慮せずに使うことが出来ます。」
「ダンジョンにいるアイアンゴーレムは魔鉄でできてるんだ…知らなかった。でも、ダンジョンの魔物って倒し尽くしちゃうとしばらく生まれなくなるんじゃなかったっけ?あぁ、アイアンゴーレムくらい強いとけっこう深い階層だろうから、そんなの気にする必要がないくらい広いってことか。」
ラスケルが勝手に納得したようで、アリアは肯定も否定もしなかった。
ってかアイアンゴーレムってユリアとクレハのレベルアップに使ったダンジョンのやつのことだよな?たしかにあの階層は広いが無限に手に入るわけじゃないだろ。まぁアリアなら魔物の増やし方を見つけたとか普通に有り得そうだけどさ。
「そういえばさっきこれとほぼ同じ大剣を買えるって話だったけど、武器って素材が同じなら重さや形も同じなの?僕は鍛治についてはよくわからないんだけど、てっきり武器とか防具は作る人によって変わるんだと思ってた。」
「…作り手によって変わります。ですが、この村で作成した武器防具を行商担当が他国に運搬し始めましたので、あと1年ほどでどこでもほぼ同じものが買えるようになると思います。“同志”であれば物によっては低価格で手に入れることも出来ます。」
「どうし?」
「…はい。同じ志を持つ者です。まだこの村にしか教会がない英雄……。」
「リキさん。リッシーちゃんが聞きたいことがあるみたいですよ。」
俺が飯を食いながらアリアとラスケルの話に耳を傾けていたら、いつの間にか左隣にいたカリンに声をかけられた。
「……なんだ?」
カリンと一緒に近くにきていたリッシーに顔を向けると、目が合った瞬間に肩を跳ねさせた。目が合っただけでそんなにビビるなよと思ったら、なぜかリッシーがさらに近づいてきた。
ビビった直後に近づけるって凄えな。俺の顔面が怖いんじゃねぇのか?
「あの、リキさんって本当は近接戦闘より魔法が得意なんですか!?」
あぁ、こいつも怖いとかの感情なんかよりも自分の興味が優先されるタイプなのかもな。だとしたらちょっと意外だ。
「いや、見ての通り近接物理戦闘タイプだぞ。ジョブはステータスの関係で魔法系ではあるが、戦闘スタイルは基本は殴るか蹴るかだな。」
「ジョブが魔法系ってことは元々は魔法を主に使っていて、近接戦闘も練習してみたらそっちの方が合ってたって意味ですか?」
「いや、もともと喧嘩の延長みたいな戦い方から変わってねぇよ。魔法はちょっとした興味でスキルを取得してみたら、ステータスがなかなかいいジョブが手に入ったからそのまま使ってるだけだ。物理特化のいいジョブが手に入ればそっちを使うんだが、なかなか手に入んなくてな。今セットしてるジョブより物理ステータスが高いジョブもあるにはあるんだが副作用があって使いたくねぇから、戦闘スタイルに合ってねぇけど、魔法系のジョブのままって感じだな。」
「……そのジョブって何かを聞いてもいいですか?」
「ん?……まぁいいか。『戦闘狂』だよ。こんなジョブを持ってるとか思われんのはなんか嫌だから、あんま広めないではほしいけどな。」
…………。
いや、この間はなんだよ。
「リキさんらしいジョブじゃないですか。何が恥ずかしいんですか?」
素で驚いてるような顔をしてカリンが聞いてきた。
「それは俺の存在そのものが恥ずかしいんだから、お似合いのジョブで恥ずかしがる意味がわからないって意味か?」
「なんでそうなるんですか!?短期間でそれだけ強くなっていたら戦闘狂ってイメージを持たれてもおかしくないと思うって意味ですよ!」
「そうは聞こえなかったけどな。でもまぁさっきの解釈は冗談だ。」
「リキさんの冗談はわかりづらいですよぉ。」
カリンは文句口調なのになぜか嬉しそうな顔を向けてきた。
こいつもよくわからんやつだよな。
「……あ、あの…。」
話が逸れたせいか、リッシーが申し訳なさそうに声をかけてきたが、もともと話していたのはリッシーとなんだから、そんな遠慮しないで普通に話せばいいと思うんだが。
「なんだ?」
「えっと、わたしが聞きたかったのは今のリキさんのジョブです!」
「あぁ、そっちか。」
さて、どうするか。
王がつくジョブってあんまいわない方がいいんだったよな?
カリンに視線を向けると不思議そうな顔で首を傾げられた。
こいつは俺のジョブとかを知っても悪用する気はねぇだろうし、口止めすれば広めることもないとは思うが、仲間はどうなんだろうな。とくにリッシーはまだ仲間になったばかりだった気がするし。
……。
「あ、ごめんなさい。人のジョブを聞くのはあまりいいことではないのはわかっているので、無理でしたら大丈夫なので!」
どうするか考えていたせいで答えなかったから、俺が機嫌を悪くしたと勘違いしたっぽいリッシーは慌てたように話を流そうとした。だが、顔が興味津々なのを隠せてねぇぞ。
「なぁ、カリン。リッシー…いや、カリンのパーティーメンバーは信用できるか?」
「はい!もちろんです!」
即答かよ。
まぁなんとなく聞いてみただけで、クルルとハイゼの件があるし、カリンの見る目は疑わしいからなんの保証にもならんけどな。
でもまぁいいか。横山が入るパーティーなんだから、隠す必要はねぇだろう。もともとこの世界で生まれ育ったカリンたちは自力でどうとでもなるとしても、横山はこっちにまだ慣れてすらいねぇから、情報制限したせいで早々に死ぬ可能性もある。勝手に召喚してほっぽり出したせいであっさり死んだなんてなったらさすがに申し訳ねぇしな。
「取得条件はわかってないが、俺の今のファーストジョブは『魔王』だ。」
……。
カリンとリッシーは驚いて固まっちまったが、聞き耳を立てていたらしいアリアやセリナまで会話を止めたせいで急に静かになった。
基本無表情のアリアが少し驚いた顔でこっちを見ているから、俺がカリンたちにジョブを教えるのは意外だったっぽいな。
「リキさんって魔族だったんですか?」
一時の静寂をカリンのバカな質問が切り裂いた。
そういやアリアも最初は同じような反応をした気がするし、当たり前の反応なのかもしれないな。
「ちげぇよ。ジョブだっつってんだろ。魔族の王じゃなくて、魔法系の王級ジョブだ。王級ジョブは基本秘密にするべきらしいから、いいふらしたりはすんなよ。」
「……わたしたちは聞いても良かったのでしょうか?」
リッシーが恐る恐るといった感じで確認を取ってきたが、リッシーとの会話で伝えてんのに聞かれて困ることを話すわけねぇだろ。
リッシーはさっきから俺と会話してるって認識がないのか?もし俺が独り言を呟いてると思っているんだとしたらなかなか失礼だぞ。
いや、ただそれだけ本当は秘密にするべき内容だったってことなんだろうけど。
「あぁ、大丈夫だ。訓練とかも軽くやる程度の予定だったが、気が変わった。カリンパーティーには出来る限り教えることにしたから、このくらいは気にするな。だが、ここで初めて知ったことを他では話すなよ。せっかく生存確率を上げるために鍛えるのに余計なことを他で話したせいでその情報を欲した面倒なやつらに狙われて殺される確率が上がるとか馬鹿らしいからな。」
「……え?」
カリンパーティーのメンバーはバラバラの位置に座っているのに何故かハモって聞き返された。というかラスケルは耳がいいからわかるが、横山とパトラとピリカールも聞いてたんだな。
「この辺のやつらは俺らやこの村にちょっかいを出すのが馬鹿らしいとわかってもらえてるみたいなんだが、他はどう思ってるのかわからねぇからな。そんな中で自分から襲ってくれといわんばかりに情報を垂れ流す必要はないだろ?」
「そ、そうですね。……もしかして私がリキさんの弟子だっていってたのも危なかったんですかね?」
「いや、誰もが俺のことを知ってるわけでもこの村の子どもの異常な戦力を知ってるわけでもないから、離れた国ならそもそもリキって誰だよってなるだけじゃねぇか?それにカリンはまだ殺してでも手に入れたい情報を持ってなかったんだし、大丈夫だろ。」
「それなら良かったですけど、そもそも殺してでも欲しいと思う情報ってどんなのですか?」
命が狙われかねない情報だっていってるのに流れで普通に聞くのかよ。さすがに危機感なさすぎだろ。でも、今はむしろちょうどいいか。
「例えばジョブの変更は神の奇跡でもなんでもなく、スキルでジョブを変えられるとかか?いや、これは殺してでも欲しい情報というよりは知ってるかもしれないってだけで殺される情報だったな。」
カリンが聞いてきたから答えてやったのにカリンも含めてパーティーメンバーが全員顔を青くして驚いている。
まぁわざと教えたんだがな。ちゃんと通じてくれてよかったよ。
「これでカリンたちは絶対に誰にもいえない秘密が出来ちまったんだし、諦めて情報を得て強くなるために利用した方がいいと思うぞ。」
ニヤッと笑ってカリンとリッシーの頭を撫でたら、ポカーンとした顔を向けられた。
2人は小柄だから実年齢より少し幼く見えるが、さすがに頭を撫でる年齢ではなかったか。
「大災害がいつ起きるのかわからねぇからな。これからも冒険者を続けるつもりなら強くなっておけ。」
「はい!」
「あ、ありがとうございます!」
最後に2人の頭をぐしゃぐしゃにしてから手を離した。
この2人は最初から元気だったが、他の元気なかったやつらもそろそろ模擬戦で5対1で負けたショックは抜けてきているだろうから、ラスケルとパトラとピリカールと横山も呼んでさっきの模擬戦や今後についても話をしておくか。
人に見られたらちょっとマズいかもしれないスキルを得るのは鑑定を妨害する加護のついたアクセサリーを買ってからにした方がいいってリスミナがいってたから後回しだ。
「ラスケルとパトラとピリカールと横山ももうちょいこっちにきてくれ。さっきの模擬戦の反省会をするぞ。」
それぞれが返事をして近づいてくるのを確認しながら、なぜか朝食が始まってからずっと無言で右脇腹にくっついていたイーラを無理やり引き剥がした。イーラは抗議するように唇を尖らせたが、さすがにそろそろ鬱陶しいからな。
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