裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

335話



皿に盛りつけた料理を頬張りながら、ローウィンスがいる方に歩いて近づくと、不思議そうな顔をしながらカリンたちもついてきた。

さすがに食べながら移動するのはマナー違反なのか、カリンたちは移動前に口の中のものを飲み込んでいた。

「こっちの料理も取るんですか?さすがに両手にお皿を持ったら食べられないと思いますよ?」

カリンはまだ皿に料理が山盛りのまま俺が移動したから不思議に思っていたわけか。
とりあえず口いっぱいに詰め込んでいたものを飲み込んだ。

「こっちの料理も取るつもりだが、まずは領主に挨拶しなきゃならねぇからな。」

まずはといいつつ、先に飯食っちまってるんだけどな。

「え?リキさんが領主じゃないんですか?」

「俺はただの村長だ。まぁだいぶ自由にさせてもらってるがな。あそこにいるのが領主だが、自己紹介は対面してからの方がいいだろ。」

歩きながらカリンに答えると、さらに驚いた顔に変わった。

「物語に出てくるお姫様みたいに綺麗な人がいるって思ってましたけど、やっぱりお貴族様なんですか!?しかも領主の娘ではなく領主ご本人様!?」

カリンが驚き過ぎたせいか声がデカくなり、ローウィンスにも聞こえたようだ。
ローウィンスはさっきから浮かべていた微笑みよりも少し笑顔が柔らかくなった気がする。
カリンに本音で綺麗とかいわれたからか?
いわれ慣れているだろうに嬉しいもんなのかね。



ローウィンスのもとまで着くと、カリンたちは手に持っていた皿を近くのテーブルに置き、自然な流れで跪いた。横山はカリンたちの行動に驚いていたが、すぐに真似するように皿を置いて跪いた。同じパーティーメンバーになるから、空気を読んだみたいだな。

俺は今まで貴族だろうと普通に話していたが、よくよく考えたらこの対応が普通なのか。といっても今さらローウィンスに跪くのも違う気がするからやらないが。

「リキ様のお客様なのですから、そんなにかしこまらないで大丈夫ですよ。せっかくの歓迎パーティーなので、貴族や平民といったことは気にせずに楽しんでいただけたらと思います。」

「あ、ありがとうございます。えっと…ご配慮……お心遣い痛み入ります。」

代表してカリンが答えているが、慣れていないのか噛み噛みだ。
まぁ俺もこういうときに使う言葉を知らねぇから、咄嗟にそれっぽいことをいえただけでもカリンは凄いんじゃねぇか?
ただ、感謝の言葉が被ってる気がするが。まぁ感謝ならいくらしても問題ないか。

下げていた頭を上げたカリンが確認するように俺を見てきたから、軽く頷いて立って大丈夫だと伝えた。
ちゃんと伝わったようでカリンたちは立ってローウィンスの前に並んだ。

ローウィンスとカリンたちは立って向かい合ったんだが、どちらも黙ったままだ。もしかして、これって俺が紹介するべきなのか?
カリンは緊張してどうしていいかわからないだけっぽいけど、ローウィンスは自己紹介出来る場面なのにしないってことは俺に紹介させるつもりってことだよな?
まぁそれはいいんだが、こういうときは先に下の立場のやつから紹介するんだっけか?日本のマナーもよく知らないんだが、そもそも日本と同じマナーでいいのか?

ローウィンス相手なら間違ってても別にいいか。

「こいつらはカリンがリーダーをやってるパーティーのメンバーだ。カリンとラスケル以外は俺も今日会うのが初めてだし、軽く自己紹介してもらっていいか?ローウィンスとは初対面だろうから、カリンとラスケルもな。」

これで流れはできたから、もう大丈夫だろう。

せっかく皿に盛りつけたお好み焼きだかチヂミだかわからん焼き物が冷めないうちに口へと運んだ。
さすがに作ってから時間が経っているから火傷するような熱さはないが、料理を乗せてる鉄板に保温機能でもあるのか、ほどほどに温かい。
ソースはかかっていないが、噛むと昆布のような味がする液体が溢れて口に香りが広がる。
出汁が染み込んだお好み焼きって感じか?さっきまで洋食っぽいものが続いていたのにいきなり和食を食べたから不思議な感じだが、あっさりしてるのに体の奥まで染み渡るような味も悪くねぇな。
…何いってんだ俺は。珍しくパーティーなんてやったから変にテンションが上がっちまってるのかもな。というか、お好み焼きは和食か?

「あ、はい。えっと、私はカリントナ・クリセルファ…と申します。えっと…フォーリンミリヤ出身のDランク冒険者です。ジョブは巫女でパーティーのリーダーをやっています。……えっと…。」

カリンは頑張って自己紹介をしていたが、何を話せばいいのかわからなくなったのか俺の方を見てきた。
まだカリンパーティーの紹介が終わってないのに俺を見られてもと思いつつラスケルの方に視線を送るとカリンもラスケルを見た。

カリンに見られたラスケルは次は自分の番と察したようだ。

「ラスケル・ブランケットです。フォーリンミリヤ出身の冒険者でCランクです。」

ラスケルは簡潔に自己紹介をした後、パトラの方を向いた。

「パトラです。フォーリンミリヤ出身のCランク冒険者です。」

やっぱりこいつがパトラで合ってたようだ。それなら残りのピリカールとリッシーも予想と合ってるだろう。

そういやカリンとラスケルは家名まで名乗っていたが、パトラは名乗らないんだな。

「ピリカールです。私はイルメスト聖国出身です。といっても住んでいたのは国の端っこにある名もない村なんですけどね〜…あ、いえ、Dランク冒険者です。」

間延びしない話し方も出来るんだなと思ったら、この短いセリフすら保たなかったみたいだ。あの間延びした話し方はもしかしたらイルメスト聖国とやらの訛りみたいなものなのかもな。まぁイルメスト聖国がどの辺にある国かすら知らんけど。聞いたことはなくもない気はするんだが、覚えてない。

「わ、わたしはリッシーです!ガンザーラ出身ですが、ガンザーラにずっと馴染めなくて、でも国を出る勇気もなくて諦めて過ごしていたところを誘われて、カリンさんたちのパーティーに入れていただきました!よろしくお願いします!」

そういやガンザーラってあの不快な国か。
生まれ育った国の常識に馴染めないとか随分変わってるやつみたいだが、あの国の常識に馴染めないってのはむしろまともなのかもな。そのまともな感性をどこで培ったのかは不思議だが、こいつはあの国出身なのにあんま悪い印象がなかったのはガンザーラ人っぽくなかったからか。そもそもまだ印象に残るほどの関わりもねぇんだけど。

カリンたちは全員自己紹介したから、次はローウィンスの番かと思って顔を向けたら目が合った。
これは俺が紹介しろってことか?と思ったら頷かれた。人の心を読むんじゃねぇ。というかそのくらい自分でしろよ。もしかしてこの国のマナー的なやつか?

「こいつはローウィンス……。」

ローウィンスってミドルネームがあったよな?なんだったっけか?

「…ローウィンス・アラ・スルウェー様です。」

ローウィンスのミドルネームが思い出せなくてアリアに視線を向けようとしたら、その前にアリアが以心伝心の加護を通して教えてくれた。

「ありがとな。」

アリアに以心伝心の加護で礼をいったあと、仕切り直すためにかるく咳払いをした。

「こいつがスルウェー山脈を領土に持つローウィンス・アラ・スルウェー公爵だ。」

「紹介に預かりました、ローウィンス・アラ・スルウェーです。あまり堅苦しい挨拶をしてしまっては皆さんお疲れになってしまうかと思いますので、お食事を再開いたしましょう。リキ様といる時の私はただのローウィンスなので、部外者がいない限りは貴族として接する必要はありませんよ。」

ローウィンスは安心させるように微笑んだんだろうが、微笑みを向けられたカリンたちは困った顔で俺を見てきた。

「他の貴族のことは知らないが、ローウィンスはよっぽど失礼なことをしなきゃ怒らねぇよ。平民が貴族に話しかけること自体が失礼だとかいわれたら困るが、同じ平民の目上の人と話すくらいの感覚で問題ないと思うぞ。さすがに外では貴族として接する必要があるかもだが。」

「お心遣い感謝します。」

「いえ、これはリキ様がフォーリンミリヤにいたときの話を私が伺いたいという思いもありますので、気になさらないでください。貴族相手では話すのも大変でしょう?普段の話し方で大丈夫ですよ。」

「そ、それじゃあお言葉に甘えて……。」

「ええ。それでは早速聞かせていただいてもよいでしょうか?リキ様はあまり自身のお話をなさらないため、フォーリンミリヤでの出来事は部分的にしか知ることが出来ていませんので。」

「え、あ、はい。えっと…どういったことをお話ししたらいいんでしょうか?」

「カリンさんが初めてリキ様とお会いしてから、別れるまでのお話を出来る限り細かく教えていただけると嬉しいです。」

このままカリンに話させたら余計なことをいわれそうな気がするから止めようかと思ったら、ローウィンスだけじゃなくアリアまで聞く体勢になってやがる。しかもいつの間にかサラまでこの場にいるんだが。
サラは自分で本を書くだけあって冒険譚を聞くのが好きらしいから、かなり期待しているような目をカリンに向けていた。これを止めるのはなんかさすがに……。
アリアとサラには既にフォーリンミリヤでのことは話しているのにこんなに聞く気満々ってことはかなり細かく聞くつもりなんだろうな。

止められないならせめて巻き込まれて面倒になることだけでも避けるか。

「あとは任せた。」

「え?」

カリンの肩に片手を置いて任せたら、カリンは驚いたような声を漏らした。
フォーリンミリヤでの俺の行動を俺以外で1番知ってるのはカリンだから諦めろ。

「とりあえず紹介は終わったから、あとは食事を楽しむなり、村のやつらと交流を深めるなり好きに過ごしてくれ。」

俺がカリン以外の4人に自由にしていいといったら、困った顔をされた。ただ、ラスケルだけはすぐに周りを確認していた。
何かあったか?
気配察知の範囲を広げてみたが、とくにおかしなところはない。もしかしてラスケルもセリナ並みの探索が出来るようになったのか?

……いや、違ったみたいだ。ラスケルはセリナを探していたみたいだ。
セリナを見たあとに目を逸らして、パトラに小声で何かを話しかけていたから間違いないだろう。

もしかして初恋がまだ続いてるのか?
この恋がラスケルの初めてなのか、そもそも本当に恋してるのかすら実際には知らんがな。あくまで俺の勝手な予想だ。

ラスケルがセリナと会える機会はそんなに多くないだろうし、今日くらいは邪魔しないでやるか。

ラスケルとパトラは放置で大丈夫そうだが、横山とピリカールとリッシーは困った顔で周りを見ていたようで、俺は横山と目が合った。

「とくにルールやマナーがあるわけじゃねぇし、挨拶も終わったから、あとは自由にすればいい。っていわれてもこの屋敷に慣れてないピリカールとリッシーは困るわな。とりあえずはさっき置いた料理でも食いながら少し話でもするか。横山が入るパーティーのメンバーとは話してみたかったし。」

「そうだね。ピリカとリッシーちゃんもいいかな?」

「いいよ〜。私もリキさんとはお話ししてみたかったですし〜。」

「は、はい!」

料理を取りに移動した横山たちについていくことで、カリンとローウィンスたちから少し距離を置くことができた。これで俺に質問とかがとんでくることもねぇだろう。

カリンたちが自己紹介している間に完食した皿を回収役の子どもに渡し、新しく料理を皿に盛り付けていたら、視線を感じて振り向いた。
3人が少し驚いたような顔で俺を見ていた。
何に驚いてんのかはわからねぇが、とりあえず気になった料理を全て皿に盛りつけた。

「リキくんってけっこう食べるんだね。いつもの食事の席だと席が離れてるからどのくらいの量を食べてるのかわからなかったし、おかわりしてるのを見たことなかったから知らなかったけど、そんなに食べてたんだね。それでその体型を維持できるのが羨ましいよ。」

何に驚いてんのかと思ったら、食う量に驚いていたわけか。
そういやこの世界にきてから当たり前になってたから忘れていたが、もともとこんなに食えなかったな。というか今も食うときは食うが、普段は普通の量しか食ってないか。…なんでこんなに食えるんだ?

「いわれてみればなんでこんなに食えるんだろうな。めちゃくちゃ腹減ってて食いまくるならわかるが、今はもう食べなくても平気程度の腹加減なのに食おうと思えばまだまだ食えそうだ。というか意識しなけりゃたぶんあと3皿分は普通に食ってただろうな。」

「…え?その量をさらに3皿?」

自分でも不思議に思いながら答えたら、横山に軽く引かれた。

「いや、そんな引くほどのことじゃねぇだろ。冒険者なら割と普通なんじゃねぇか?アリアたちは子どもなのにヘタしたら俺より食うぞ?カリンたちは小食なのか?」

「私は他の冒険者の人がそこまで食べてるのは見たことないけど…。」

横山が答えつつピリカールとリッシーに視線を向けた。

「私の村はそんなにたくさん食べられるほど裕福なわけじゃなかったから周りに大食いの人はいなかったですね〜。カリンやパトラ、ラスケルくんも普通の量しか食べてなかったと思いますよ〜。」

「わ、わたしもわからないです。」

そういやリスミナやデュセスもそんなに食ってなかった気がする。

わからない時の癖でアリアを探しちまったが、アリアはまだカリンの話を聞いているみたいだから近寄るべきじゃねぇな。

「まぁ成長期だからだろう。俺もアリアたちも。」

俺がてきとうに流したら3人ともが苦笑いを浮かべた。
そんな顔されても俺自身がわからないから答えようがない。

「そんなことよりリッシーに聞きたいことがあったんだが、リッシーがガンザーラで馴染めなかったってのは魔法至上主義のことか?」

「え?あ、はい。そうです。いえ、魔法がたくさん使える人が凄いっていうのはわたしも思うんですけど、魔法が使えないってだけで価値がないみたいな考え方がわからなくて…それを当たり前なこととして虐げる人も虐げられることを受け入れている人も気持ち悪くて……このことを小さい頃にお母さんに話したら、常識を説明されたんですけど、それでも理解出来ませんでした。」

「理解しなくていいと思うぞ。」

「……え?」

「すまん。思ったことがそのまま口を出ちまった。家族と考え方が合わないってことに悩んでるリッシーには悪いんだが、俺もあの国は気持ち悪いと思ったからな。むしろリッシーがあの国の人間らしいやつじゃなくて良かったと思うくらいだわ。もしリッシーがガンザーラのやつらみたいだったら、俺のパーティーメンバーになるわけじゃねぇから余計なことはいわなかったかもしれないが、不快感は隠せなかったただろうしな。」

キョトンとした顔をしていたリッシーが自嘲気味な笑みを浮かべて苦笑いを漏らした。

「やっぱり外から見たらガンザーラっておかしいんですかね?」

環境に馴染めなかったとはいえ、生まれ育った場所がおかしいっていわれるのはいい気分じゃねぇか。いくらガンザーラが嫌いだからって、さすがに初対面の相手にいうことじゃなかったな。

「宗教なんてどこもそうだから、気にする必要ねぇよ。どんなに優れた教義を持った宗教だって理解出来ない人間からしたら気持ち悪いものだからな。あんなんは理解できるもの同士で寄り添うためにあるもんだし、自分と合わないからって否定するやつはいるだろうが、合う合わないってのは宗教に限った話でもないから、宗教についてだけ気にするってのもおかしな話だろ。そもそも常識なんて国どころか家庭ごとに違ったりするんだから気にするだけ無駄だ。だから気にすんな。」

フォローになってるか怪しいフォローをしてからリッシーの頭を撫でた。

「…え?」

「ん?あ、悪い。ちょうどいい高さに…じゃなく、すまん。」

リッシーが驚いてる理由に気づくのが遅れたが、すぐにリッシーの頭から手を退けた。
最近アリアたちを誤魔化すときにとりあえず頭を撫でてた癖で撫でちまったが、さっきから初対面のリッシーに対して失礼カマしまくりだな。

「あ、いえ。驚いただけで大丈夫です!今まであまり撫でてもらうことがなかったから不思議な感じ…じゃなくて、嫌じゃなかったでもなく、大丈夫なので、大丈夫です!」

やらかした俺以上に慌てだしたリッシーがよくわからないことをいってきたが、これは聞き流してやるべきだろうな。本人が大丈夫だから大丈夫っていうなら大丈夫なはずだ。

場の空気を変えてもらうために横山に話をしようとしたら、苦笑いをしているピリカールと目が合った。

「どうした?」

「いや〜、私のいた国も宗教国家だったんで、耳に痛いな〜と思いまして〜。」

「宗教国家?ピリカールはイルメスト聖国だったか?どっかで聞いたことあるとは思うんだが…ガンザーラと同じく英雄教か?」

「女神教ですよ〜。聖女様がいらっしゃる国っていった方がわかりやすいですかね〜。イルメスト聖国は初代聖女の女神様が興した国なので、国民全員が女神教徒ですよ〜。といっても私がいた村はイルメスト聖国の端も端のど田舎で教会はないし、女神教の教えを説く人が巡回してくることもなかったので〜、女神教徒としての意識はだいぶ低いかもしれませんけどね〜。」

そういや前に聖女がクローノストの勇者パーティーに入ったって話を聞いたときにいってたのがイルメスト聖国だったな。関わることはないだろうって思ってたから聞き流してたな。

「聖女っていうと魔物嫌いなやつだったよな?」

俺が質問したら、なぜかピリカールが困った顔で笑った。

「聖女様をやつ扱いとか凄いですね〜。でも魔物を含めた魔族が嫌いってのは間違いないですね〜。女神教の教えに魔族は不浄の存在っていうのがあるので〜、女神教徒の人たちは魔族は滅するべきって思ってるはずですから〜。」

魔族嫌いということをピリカールが肯定した瞬間に警戒しちまったが、このいい方だとピリカールは魔族嫌いじゃねぇのか?

「ピリカールの考えは違うのか?」

「私の村は税を払うと余裕がほとんどなかったので〜、女神教の教えを拡大解釈というか〜独自な解釈をしてたりするので〜、魔族に対して好きも嫌いもとくにないですね〜。」

「村の余裕と魔族嫌いって関係なくないか?」

「あぁ〜、女神教の教えで魔族は不浄の存在だっていったじゃないですか〜。だから普通の女神教の人的には魔族は嫌悪の対象ですし、食べるなんてありえないって考えらしいんですけど〜、私がいた村では普通に魔物を食べてるんですよね〜。たしか不浄の存在を土に還す前に女神教徒の私たちが体を張って浄化しているだったかな〜?先祖がそんな屁理屈こねこねして飢饉を凌いだらしいですよ〜。その子孫の私たちは当たり前に魔物の肉を調理して食べちゃってるんで特に嫌悪感はないですね〜。」

まぁ教義は空腹を満たしてくれるわけじゃねぇから、生きるためには仕方ないとは思うんだが、信者ってそんな簡単に信じてることを曲げられるものなのか?

俺が疑問に思っていたら、まだピリカールの話は終わっていなかったようで話し出した。

「それに私がいた村は周りが山や森に囲まれているので〜、村の戦力で魔物を掃討なんて不可能なんですよ〜。だから襲ってこない魔物は放置ですね〜。むしろ、縄張りに入ったら同族でも殺すって性質の魔物が村から徒歩1日くらい離れたところにいるっぽいんですけど〜、おかげでそっち方面からは魔物が村にくることがないのでその魔物には感謝してるくらいですからね〜。だから害がない限りは魔族だからって理由で嫌悪したりは特にないですね〜。」

そんな村の戦力になりそうなピリカールが旅立っちまって大丈夫なのか?むしろ食わせる物がないから外で働かせて仕送りを期待してる感じか?
というか思った以上に大変な人生を送っていたみたいだから、これ以上触れると聞いちゃいけねぇことまで話されそうだし、この話題は終わらせた方がよさそうだな。

「ウチには魔族がけっこういるから、敵対しないでくれるなら助かる。せっかく知り合ったのに殺し合いなんかしたくねぇからな。」

「あ、ハハハ……ですね〜。この村と敵対したら殺し合いにすらならないと思いますからね〜。それにしてもリキさんの使い魔たちはみんな人の姿なんですね〜。あと1体のドライアドも人型なんですか〜?」

「ドライアドはもともと人型の魔物じゃねぇのか?あと、俺の使い魔は全員が人型なわけじゃねぇぞ。門の前にいたトレントは木の姿だっただろ?」

「え?」

「ん?あぁ、木に紛れるように立ってるから気づかなかったのか。たしかに人型が多いが、トレントは全員が木の姿だし、他にもアントラゴートは四足歩行だし……。」

ピリカールに答えている途中で、パトラと話していたラスケルが覚悟を決めた顔で移動を始めたのが見えた。セリナの方に向かっていったから、何をするつもりなのかが気になって言葉を止めたら、横山、ピリカール、リッシーも気になったのかラスケルの方に顔を向けた。

ラスケルが放つ緊張感が周りに伝わったのか、俺たち以外のやつらもほぼ全員がラスケルに視線を向けて会話をやめたせいで、食堂内が一気に静かになった。
食堂内に響くのはラスケルの足音と俺の皿とフォークがあたる音だけみたいだ。さすがに今回は空気を読んで俺も食事の手を止めるか。

ラスケルは全員に注目されていることに気づいているのかいないのかわからないが、真っ直ぐにセリナのもとに向かい、片膝を床について両手を掲げるようにセリナに差し出した。両手で握ってるのは指輪か?…は?いきなりプロポーズか!?

「セリナアイルさん!僕と戦ってもらえませんか!」

…ん?

「べつに模擬戦するのはいいんだけど、ラスケルくんはそれがどういう意味かわかっててやってるの?」

俺は予想外のラスケルのセリフのせいで頭を疑問符が埋め尽くして一瞬フリーズしちまったが、セリナには何か別の意図が伝わっているのか、目を細めてラスケルの真意を探ろうとしているようだ。

「もちろんです!生まれも育ちもフォーリンミリヤですが、僕もケモーナの血を引く戦士です!受けてもらえますか?」

セリナは目を細めたままだが、少し頰に赤みが増しているっぽいな。嬉しいからなのか恥ずかしいからなのかはわからないが、やっぱりプロポーズ的な何かなんだろう。なんでそれで模擬戦になるのかはわからんが。

いつもの元気な笑顔ではなく、珍しく上品に微笑んだセリナが自分の指輪を1つ外してアイテムボックスにしまい、ラスケルから指輪を受け取って左手の薬指にはめた。
指輪を受け取るだけの動きに優雅さがあるのを見ると、セリナは元王族なんだなとあらためて思う。

「私はリキ様のように強くて優しい方と寄り添いたいと願っています。期待していますから、この指輪を外させないでくださいね。」

セリナの格好はいつも通りなのに立ち姿と言葉遣いが変わるだけで雰囲気が全く異なっていた。
何かしらの意味があって意識的に優雅に振舞っているんだとは思うが、いつもとの違いに驚くわ。

「はい!」

2人だけは理解しているみたいだが、他は置いてけぼりだ。
いつもならアリアに聞いてみるんだが、今はアリアが近くにいないからな。周りを見てみるが、横山もピリカールもリッシーもよくわかってないっぽいから、俺だけわかってないわけではないようだ。

上品に微笑んでいたセリナはラスケルが立ち上がったところで一度真顔に戻り、すぐに困ったような笑みに変わった。

「まさか奴隷になっても愛の試練を申し込まれるにゃんて思ってにゃかったから驚いたし、みんにゃに見られてるのはさすがに恥ずかしいね。えっと、模擬戦は明日の朝でいいかにゃ?」

「はい!受けていただいてありがとうございます!」

「えっと、ラスケルくんは私より年上にゃんだから、敬語にゃんて使わにゃくて大丈夫だよ?」

「…え?……え?……えっと、セリナアイルさんはいくつなんですか?」

「12歳だよ。」

「じゅ、12歳!?同じくらいだと思ってたら3歳も……成人まで3年か…。えっとセリナアイル…ちゃんでいいのかな?」

ラスケルは年齢より少し幼く見えるし、セリナは年齢よりだいぶ大人に見えるから、勘違いも仕方ないとは思うが、セリナが成人してるようには見えないと思うけどな。それをいったらラスケルもカリンも成人してるようになんて見えないか。

「セリナでいいよ。みんにゃ私のことはセリナって呼ぶし、セリナ自体が愛称だからさんとかちゃんとかつけなくて大丈夫だよ。」

お?もしかしてこれはセリナも満更でもない感じなのか?ラスケルがセリナのことを気にしてるっぽいとは思っていたが、セリナもわりと乗り気なのは予想外だったな。

「わかった。明日はよろしくね。セリナ。」

「うん。私は代理を立てるつもりも手加減するつもりもにゃいから、頑張って私に勝ってね。」

「もちろん。セリナを護れる男になりたいから、セリナよりも強い男だと証明するために正面から勝ってみせるよ。」

あっ、どんまいラスケル。

2人のやりとりにどんな意味があるのかよくわかっていなかったが、話の流れからしてラスケルがセリナに勝ったら付き合ってくれとか結婚してくれ的なやつなんだろう。
つまりセリナはラスケルに気があるわけじゃねぇってことか。

セリナが本気で戦ったら万が一にもラスケルに勝ち目なんてねぇしな。

勝つ気満々で笑顔を見せているラスケルを見てセリナの実力を教えてやるべきかを迷っていたら、セリナが俺を見てウィンクしてきた。
教えるなってことか。もしかしたら試練っていうくらいだから前情報を集めちゃいけないとかあるのかもしれねぇし、黙っておくべきだな。
ラスケルはフォーリンミリヤの大会でセリナの戦闘を見てるんだから、明日の模擬戦でぼろ負けしても実力を見誤った自分が悪いんだし、俺の気にするところじゃねぇだろう。

俺は失恋が確定していることに気づかず上機嫌なラスケルから目を逸らし、皿に残っている料理を食べることにした。

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