裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

347話



リスミナと薬屋の女が薬草の買取について話し合っている間、なんとなしに店内の商品を見ていたが、防犯カメラもないのに手の届く位置に商品を置いておいたら盗まれることもあるだろうな。
そういや前に城門通りにある薬屋では買いたい商品を告げて持ってきてもらう感じだったし、ここが小さい店だからとか関係なしに万引きは珍しいことではないのかもしれない。でも、少し前にヒトミと行ったミスリル専門店では馬鹿高い商品ばっかだったのに自由に見て回れたな。一応店員が近くにいたはいたが、それはここも同じ状況だから、防犯としての効果があるかは微妙だ。
まぁ、防犯カメラがある日本でも結構な被害が出てるらしいし、対策云々の問題というより、クズがどこにでもいるってのが問題なんだろう。

「……品質も問題ありませんし、ヨクアリクサ以外は私にも使い道があるので買取は出来るのですが、私の所持金だとこのくらいでしか買い取れないですね。どうしますか?」

「ギルドよりも高いから私としては嬉しいけど、いいんですか?」

「これでも冒険者ギルドから買うよりはこちらとしても安いので、気にしないでください。それにあいつには世話になってる部分もあるので、たまに薬草を買い取るくらいなら大丈夫ですよ。」

「それなら買取お願いします。」

どうやらリスミナの分の査定が終わったみたいだ。
それにしてもこの女は敬語が使えたんだな。客商売なんだから使えて当たり前なのかもしれないが、初めて聞いた気がする。まぁいいけど。

そんじゃあ次は俺の番かと立ち上がると薬屋の女が俺を見てきた。

「ヨクアリクサはこいつに買い取ってもらえばいいと思いますよ。たぶんまだまだ必要だと思うので。」

薬屋の女がいきなり意味不明なことをいい始めた。俺は必要ないから薬草を売りにきてんのになんで俺が買うんだよ。

「どういう意味だ?俺も薬草を売るつもりなんだが。」

「そうなの?アリアちゃんが村の子たちの練習用に薬草を集めてるってこの前聞いたんだけど、もう集まってたのね。でも、あんたから買取できるほどの余裕は私にはもうないわよ。」

村人の練習用?
……そういやアリアが神薬なんて作ってるのに調合の授業はねぇんだなって前に思ったが、まだ先生役を育ててるところだったってことか?
もちろん俺はなんも聞かされてないから実際のところは何もわからんけど。

でもまぁ、こいつが買い取ってくれねぇっていうならアリアに渡すのも悪くはないか。もう村のやつの練習が終わっていても、村人はたまに増えてるみたいだから、また必要になる可能性もあるしな。

「俺の分はアリアに渡すことにするわ。そんで、その薬草を俺が買うとしたらいくらで買い取ればいいんだ?」

俺がカウンターに置かれているヨクアリクサの山に視線を向けると、薬屋の女は少し考えるそぶりを見せた。

「品質もいいし、量もあるから、銀貨2枚で買い取ってあげたら?…えっと、リスミナさんはそれでいいですか?」

けっこうな量があるのにそんなもんでいいのか?
さっきこいつがリスミナに渡してた銀貨は20枚くらいありそうだったが、今日の収穫の8割近くを占めるヨクアリクサがたったの銀貨2枚?

「私はそんなにもらえるなら嬉しいけど、リキくんはいいの?」

俺は安さに驚いたが、リスミナの反応からして相場より高いっぽいな。でも薬屋の女の反応からして俺に損をさせようって感じもないし、そこまでおかしな金額でもないんだろう。まぁ、銀貨2枚程度なら騙されてたとしても今の俺にはたいした痛手でもないからいいか。

「あぁ。村で必要なものみたいだから問題ない。じゃあこれで交渉成立だ。」

銀貨2枚をアイテムボックスから取り出してリスミナに渡し、カウンターのうえのヨクアリクサを全てアイテムボックスに放り込んだ。

これでここでの用事は終わりだな。

「じゃあ行くか。」

「ちょっと待って。」

俺がリスミナに声をかけながら店から出ようとしたら、薬屋の女に呼び止められた。

「なんだ?」

「さっきのお礼ってわけではないんだけど、よかったらこれを持っていって。」

こいつは本当に変に律儀だよな。
今回はこいつが薬草の買取を拒否しづらくなるだろうっていう下心ありで喧嘩の仲裁に入ったが、それ以上はとくに求めてなかったんだがな。
まぁもらえるものはもらっておくか。

渡されたのは小瓶に入った赤い液体だ。

「べつに見返りが欲しかったわけじゃねぇけど、くれるんならありがたくもらっておくわ。ちなみにこれはなんだ?」

「元気になる薬よ。アリアちゃんたちがアンタに元気がないかもって心配してたから、ちょうど材料も安くなっていたし作ってみたの。」

俺に元気がない?
たしかに活力に満ちてるようなタイプではねぇのは自覚しているが、アリアと出会ったときからずっとこんな感じなのに心配されてんのか?それとも最近疲れてるようなときがあったのか?
アリアがじゃなくてアリアたちがっていってるから、自分で気づいてないだけで周りに心配されるほど疲れが顔に出てたときがあったのかもな。

俺がそんな時があったっけなと考えていたら、薬屋の女はチラッとリスミナを見てから俺に視線を戻し、話を続けた。

「でも、アリアちゃんたちの心配は杞憂だったみたいね。発散する相手がいるようだし。まぁあんたが必要なければ知り合いにでも譲ってあげればいいと思うわ。ただ、これはレシピ通りに作って鑑定もしてるから効果に問題はないはずだけど、初めて作ったものだから効き目が弱くなってるかもしれないことは譲る相手にちゃんと伝えてね。さすがに自分で試せるものじゃないし、知り合いに必要としてる人もいないから効果の確認が出来なかったからさ。一応数滴舐めて毒が抜けてるのは確認してるから安心して。」

「私たちはそんなんじゃないよ。」

アリアたちには心配するほどに元気がないように見えたけど、こいつは杞憂だと思うくらい俺が元気に見えるってことか?
よくわからんと思ってたら、俺が答える前にリスミナが薬屋の女に否定の言葉を返した。

正直全く話についていけてないっぽいから、今ので理解してるらしいリスミナに確認しようと思って目を向けたら、なぜかわずかに顔を赤らめて俺から目を逸らしやがった。
その反応の意味がよくわからなかったが、こんなあからさまに目をそらすってことは聞くなってことだよな。なら薬屋の女に聞くしかねぇか。

「よくわかんねぇんだけど、この薬はどんな効果があるんだ?」

「周りで実際に試したことある人がいないから本当かはわからないけど、不能状態でも勃たせることができるらしいわよ。元気がない程度で飲んだら、一晩中勃ったままでいられるって話も聞いたことがあるわね。」

不能状態ってのは戦闘不能って意味か?
その状態から立ち上がれるってのは凄い効果だとは思うが、立っていられるだけだとあんま意味がないんじゃねぇか?
雪山とかでなら寝ずにすむから役立つのかもしれないが…。

「立ってるだけなのか?戦闘は出来ないのか?」

「戦闘?まぁ戦闘か。それはもちろん出来るわよ。これはそういう薬だもの。さすがに不能状態での服用では一戦くらいしか出来ないだろうし、過剰摂取をすると二度と使い物にならなくなる危険もあるらしいけど、あんたくらいの若さで元気がないってだけなら、5回くらいはいけるんじゃない?わからないけど。でも、元気なら飲まない方がいいわよ。必要ないのに薬に頼っていたら、薬なしでは使えなくなる可能性もあるから。」

この薬は神薬とかポーションみたいに怪我を治すとかではなく、元気を絞り出す的な薬ってことか?
説明を聞いた感じでは薬ってよりもエナジードリンクみたいだな。日本にあったエナジードリンクとは比べられないほどの効果はあるっぽいけど、その分反動がキツいってところか。それならポーションだの魔法だので回復して戦闘復帰をした方がいいんじゃないか?もしかしてポーションに比べて安いとかか?

「俺には必要なさそうなんだが、安く作れるから新人冒険者向けに売られてたりとかするのか?」

「新人冒険者?私は冒険者のことはほとんどわからないけど、冒険者よりも貴族向けの薬だと思うわ。本来は安い薬でもないからね。ただ、少し前に材料であるポイッシャーを馬鹿みたいに乱獲した冒険者がいたらしく、一時的に値崩れしてたから今回は安く手に入ったってだけ。だからちょうどいいと思って作ってみたのよ。」

なるほど、執務での疲れはポーションでは取れないだろうから、エナジードリンク的な元気を絞り出す薬の方が重宝するわけか。
それに今気づいたが、野営をする場合の見張り番とかにも重宝するって意味だったのかもな。俺たちは基本日帰りだから野営なんてしないし、睡眠を必要としない仲間がいるから忘れていたが、前にカリンと会ったダンジョンでは眠さに負けて生きるのを諦めたことがあったしな。
なんて思いながら話を聞いていたら、聞いたことある気がする名前が出てきた。

「やっぱりあの量はおかしいよね。」

なんだったかと思い出そうとしていたら、リスミナがボソッと呟いたのが聞こえて思い出した。
リスミナとデュセスと一緒に受けた納品依頼の内の1つがポイッシャーとかいう魔物の頭だったな。というか、リスミナの呟きからして、馬鹿みたいに乱獲した冒険者って俺たちのことか。

たしかポイッシャーって蛇みたいなやつで、まむしのような使い方をするやつじゃなかったか?……ん?

「もしかして元気が出る薬って精力剤か?」

「そうよ。普通に質問してきたから伝わってると思っていたのだけど、わかっていなかったの?」

たったままでいられるってそっちかよ…。
というか、それを普通にいえるなら最初から元気が出る薬なんてぼかさずに精力剤っていえよ。それとも元気が出る薬っていう商品名なのか?

「悪いな。勘違いしてたわ。んで、精力剤なら俺には必要ないんだが。」

「それは恋人を見た時点でわかってるわ。でも、私も使わないし、ウチのお店に置くような薬でもないから、もらってくれると助かるんだけど。せっかく作ったのに捨てるのはもったいないし、男の知り合いはあんたの方が多いでしょ?必要な人がいたらあげていいから。」

「まぁ貴族に売れるものなら、いつか交渉材料として使えるかもしれねぇし、捨てるくらいならもらっておくよ。一応、ありがとな。ただ、何を勘違いしてんのか知らねぇけど、俺に恋人はいねぇし、少なくとも大災害とやらが終わるまでは作る気もねぇよ。」

俺が恋人がいないことを告げたら、薬屋の女はなぜか不思議そうな顔をした。

「さっきリスミナさんも否定してたけど、2人は恋人じゃないの?お揃いの外套なんて着て一緒に薬草採取なんてしてるのに?」

薬屋の女にいわれて勘違いされてもおかしくないことに気づいた。
今日は戦闘する予定がなかったし、薬草採取くらいなら着替える必要がないかと私服のコートのままだったから、一日中リスミナとお揃い状態だったみたいだ。リスミナも普通に着てるのを見る限り気にしてなかったみたいだが、側から見たら仲睦まじい恋人同士に見える可能性はあるか。
正確にはリスミナと2人ではなくデュセスを含めて3人でのお揃いのコートなんだが、それをこいつや周りのやつらが知るわけがないしな。
リスミナも勘違いされる可能性に今気づいたのか、少し恥ずかしそうな顔になった。

「あぁ、俺らはただの友だちだ。この服ももう1人の友だちと3人で記念に作ったものだしな。薬草採取程度なら防具を着る必要はないかと着替えなかったから余計な勘違いをさせちまったみたいだが、そういう関係じゃねぇよ。」

「そうなんだ?あんたが奴隷じゃない女の人と一緒にパーティー組んでるし、お揃いの外套なんて着てるからってリスミナさんに失礼な勘違いをしちゃったみたいね。リスミナさん、ごめんなさい。」

「え?い、いえ、私は勘違いされるのは慣れてるからべつにいいんだけど…むしろリキくんに失礼だったかも。この外套は暖かいし、思い出の品だったから好きでよく着てたんだけど、リキくんに悪いし気をつけて着なきゃだね。リキくん、ごめんね。」

薬屋の女にわりと失礼なことをいわれたと思ったら、なぜかリスミナに謝られた。
リスミナが勘違いされるのを恥ずかしがったり嫌がったりするならまだわかるが、謝られる意味はわからん。

「べつにリスミナが勘違いされて困らないなら気にする必要はねぇんじゃねぇか?俺は知り合いに聞かれたら否定すればいいだけだし、それ以外には今さら勘違いされることが1つ増えたところで誤差みたいなもんだしな。あんまウザかったら黙らせればいいだけだし。それにせっかく作った服なのに着ないのはもったいねぇだろ。実は気に入ってないとかなら無理して着る必要はねぇけど、気に入ってんのに周りの目を気にして着ないのはなんか違うと思うし。まぁ俺と2人ってのが気になるなら、うちの村人たち全員に似たようなのを着せようか?そうすりゃ気にする必要もなくなるだろ。」

「そこまではしなくて大丈夫だよ。リキくんが私と恋人だなんて勘違いされても気にしないっていってくれるなら、私も気にしないから。ありがとう。」

リスミナはニコッと笑顔を俺に向けて答えた。そんな俺らに対して薬屋の女は意外そうな顔を向けてきた。

「そんだけ仲がいいのに恋人じゃない方が珍しいわね。冒険者なんて年中盛ってるイメージしかないのに。でも、よく考えたらあんたはあれだけ可愛い子たちを奴隷にしておいて誰にも手を出さない変わり者だものね。」

「変わり者って…。まぁこの世界じゃ奴隷っていったら性奴隷なのかもしれないが、俺の奴隷はほとんど子どもなのに手を出すも何もないだろ。」

「たしかにそうね。アリアちゃんには悪いけど、あんたがアリアちゃんやサラちゃんに手を出したら軽蔑するわ。せめてあと6年くらいは経ってからじゃないとね。でも、ニアさんに手を出さないのは違和感があるわよ。ニアさんは本気であんたに好意があるみたいだし、歳も近いわよね?なによりニアさんが綺麗だってのはあんた自身認めてるんでしょ?」

「いや、綺麗とか不細工とかが問題なわけじゃねぇんだよ。同じパーティーを組んだり共同生活を送ってる相手に恋愛感情とか男女の関係を持ち込んでも面倒でしかないから、手なんか出す気ねぇよ。全員を相手出来るような甲斐性があればまた違うのかもしれねぇが、俺にはそんなんはないからな。」

「奴隷から解放はしないのにそんなことは気にするのね。私にはあんたの拘りはよくわからないけど、やっぱり変わり者で間違いないと思うわよ。誰彼構わず手を出すような男よりはいいと思うけど。」

奴隷から解放しないのは仲間といいつつ俺がまだ裏切られることを警戒しちまってるってだけだから、そのことを知らない周りのやつには理解出来ないだろうな。とくにアリアたちとそれなりに仲良くなってて、アリアたちが俺を裏切るなんてないと思ってるこいつには余計に理解できないのかもしれない。

「まぁだから、この薬を使うことはないだろうけど、せっかくくれるっていうなら、交渉の時にでも使えそうなら使わせてもらうよ。ありがとな。」

「えぇ。私には使い道がないから、好きに使って。アリアちゃんたちに手を出さないのは元気がなかったからじゃないみたいだしね。」

そういやアリアたちが俺に元気がないって心配してるから作ったって話だったな。
あいつらはそんな心配をしてやがったのか。しかもこいつのいい方からして、自分たちにいまだに手を出さないから元気がないんじゃないかって推測したっぽいが、アリアたちには手を出さないってハッキリいってるはずだし、その理由を伝えた気がするんだが。
もしかしたらかなり前にそういう話をアリアとこいつがして、それを最近ポイッシャーが安くなっているのを見て思い出したから作ってみたってだけかもしれないな。

俺は薬屋の女からもらった精力剤をアイテムボックスにしまい、リスミナを見た。

「リスミナはついでになんか買っておきたいものがあったりするか?」

「薬類は揃えてあるから、私は大丈夫かな。」

「じゃあ帰るか。今日は薬草の買取ありがとな。またなんかあったらくるわ。」

「べつに私が使うものを買っただけだし、お礼をいわれることでもないんだけどね。あと、しばらく私は店番する気ないから、来るのは開店って書いてあるときにしてね。」

そういや婆ちゃんがいないときは店を開けないことにするっていってたな。

「薬草の買取ありがとうございました。」

「いえ、気にしないでください。さっきもいったようにこちらとしても安く仕入れられたので、むしろありがとうございます。」

一応ここを紹介した俺がお礼を告げたんだが、リスミナは自分でも礼をしていた。
それはいいんだが、俺とリスミナはほぼ同じことをいったのに薬屋の女の反応がだいぶ違うな。まぁ俺らは互いに第一印象がいいものではなかったし、今ではそれなりの付き合いになってて敬語を使う機会がなかったんだからこんなもんか。
リスミナは俺と違って人当たりがいいからってのもあるだろうけどな。

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