裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

346話



リスミナとの薬草採取を終えて町に戻ったときには空は夕日色に染まっていた。
最近は夕方から夜になるまでが早い気がするから、さっさと薬草を売って解散するかと思いながら薬屋に向かった。

「なんか揉めてるみたいだね。違う道から行く?」

もう薬屋が見えるところまで来たところで、リスミナが遠くを見るようにして道を変えるか質問してきた。
俺にもそいつらは見えてはいたが、声は聞こえないからただ話してるだけなのかと思っていた。あれはいい争っていたのか。
ちなみに揉めてるのは冒険者っぽい格好をした男2人と薬屋の女だ。何やってんだよあいつは。

「残念ながら薬屋はあいつらがいるところだから、回り道のしようがないかな。」

「そうなんだ。じゃあ仕方ないね。」

リスミナは回り道を提案したわりには特に気にした様子がなかった。
ソロで冒険者をやってるだけあって、あの程度のやつらを怖がったりはしないんだな。
実際あいつらの見た目はチンピラみたいでも実力はリスミナに大きく劣りそうだから、リスミナが警戒するような相手でもないしな。

そのまま近づいていくと声が聞こえてきた。
聞こえてきた内容からして、万引きしたしてないのいい争いみたいだな。普通なら荷物検査ですぐにわかることだが、この世界にはアイテムボックスとかあるから隠そうと思えば隠せちまうのか。その代わりというわけではないが嘘を見抜くスキルがあるから、あいつらみたいな馬鹿じゃすぐにバレるけど。あいつらははっきりと盗んでないと否定してるせいで、なんとなく使った『識別』のスキルですぐに男たちが嘘をついているのがわかった。

人の喧嘩に割って入るのは面倒だが、薬屋の女とはそれなりに長い付き合いだし、律儀な女だからここで助けておけば、たとえ余計なお世話だったとしてもこのあと薬草の買取拒否はしなくなりそうだから、一応助けておくか。

俺がそのままいい合いをしている3人のところに歩いて近づいたら、視界の隅でリスミナが驚いた顔をした。俺が面倒ごとに自分から首を突っ込むのが意外だったのかもな。

「だから盗んでねぇっていってんだろうが!……なんだお前?」

俺が薬屋の女の横に並んだら、男の1人が睨みながら俺に声をかけてきた。
薬屋の女も俺が現れたことに気づいて、少し驚いた顔になった。

「俺はこの女の知り合いだ。こいつに用があるからさっさとお前らとの話し合いを終わらせてほしいんだ。だから最後の確認をするが、お前らはこの店の商品を盗んでいないんだな?」

「いきなり現れて正義の味方のつもりか?俺らはなんも盗んでねぇっていってんだろうが。出しゃばってくんじゃねぇよ。」

男がイラついた顔で俺の胸ぐらを掴んだ。
あらためて『識別』を使ったが、やっぱり嘘らしい。こいつはこれを演技でやってんのか。凄いな。

俺が左足を後ろに下げ、振り子のように男の脛を軽く蹴ったら、爪先が思った以上に深く刺さった。
当たった爪先の感覚は軽かったが、男の右足の脛は折れたようで、重心を失った男がバランスを崩すように倒れた。何が起こったのか理解していなかった男は呆然とした顔をしていたが、遅れて痛みを感じたようで、呻き声を漏らしながら地面で丸まり始めた。

うずくまる男の呻き声以外が聞こえなくなるほどに野次馬も含めて一瞬静かになった。
随分強気だったくせにあんな蹴り一発で戦闘不能になるのかよと呆れつつ、うずくまる男からもう1人の男に視線を移すと、威圧をしたわけでもないのに目の合った男の肩がビクッと跳ねた。

「てめぇ!いきなり現れて何しやがる!?俺らがオーブモさんの仲間だってわかってんのか!」

「知らねぇし、どうでもいいよ。それともそいつの指示で盗んだのか?」

男に近づこうと思ったが、足下にいる男が邪魔だったから蹴り飛ばしたら、3メートルほど宙を飛んで転がっていった。
アリアたちからもらったブーツを履いてはいるが、とくにMPを流しているわけでもないのに思っている以上に力が入るな。それともあの男が弱すぎるのか?まぁ威力が増す分にはいいか。

「だ、だから盗んでねぇっていってんだろうが!」

邪魔なものがなくなったからと近づこうとしたら男が一歩下がり、さっきの男と同じことをいい始めた。

「うるせぇな。嘘を見抜くスキルがあることを知らねぇのか?最後の確認は終わってんだからもう吠えんな。」

「な!?見識の加護持ちか!だとしてもお前には関係ねぇだろ!?俺らに手を出したらオーブモさんが黙ってねぇぞ!?」

俺はスキルだっていってんのに男が聞いたことない加護をいいだした。スキルじゃなく加護にも嘘を暴けるものがあるってことか?まぁ今はどうでもいいかと男に近づくと男はさらに一歩下がろうとして失敗したのか尻餅をついた。

「べつにあとでオーブモとかいうよくわからんやつが報復にくるとして、それが今のお前に関係あるのか?それともあと数秒でそいつがここに来る予定なのか?だとしたら、お前が俺に殺されるまでに来てくれたらいいな。」

俺が『一撃の極み』を右手にタメて男との距離を詰めながら答えたら、なぜか男が驚いた顔をして俺の顔と右手を交互に見ながら口をパクパクと動かし始めた。

「何をそんなに驚いてんだ?俺の知り合いの店で盗みを働いたんだ。しかも見つかった後に謝罪するどころか逆ギレしたうえにバックのやつの名前まで出して脅してきたんだから、覚悟は出来てんだろ?安心しろ、あとでオーブモとかいうやつは探し出して話はつけてやるから。」

「こ、こんなことで俺を殺す気か!?」

「犯罪者を殺して何が悪い?」

「ちょっと、助けてくれるのはありがたいけど、さすがに店の前で人殺しはやめてくれない?」

コートを後ろから引っ張られたから振り向いたら、薬屋の女が苦笑いしながら話しかけてきた。

「いいのか?人の物を盗んでおいて逆ギレするようなやつは生きていても害でしかないと思うぞ?」

「はぁ…私もこいつらみたいな冒険者なんて死ねばいいのにって思ってたけど、あんたのおかげでお金さえ払ってくれれば衛兵に引き渡すだけでいいと思えるようになったわ。」

薬屋の女がため息をつき、返答として微妙に噛み合ってないことをいってきた。俺が割り込んだせいでどうでもよくなっちまったのかもな。
薬屋の女は俺から視線を外し、尻餅をついてから立ち上がれていない男に顔を向けた。

「あなたは悪いことをしたって自覚はある?」

「あ、あぁ!俺が悪かった!金は倍額払うし、商品も返すから許してくれ!衛兵に突き出してくれてかまわない!本当にすまなかった!もう二度としない!」

男が必死に土下座をし始めた。
なんかコイツを見てるとイライラしてくんな。

「命が軽い世界で犯罪を意図的にしたってことは命をかけてたんだろ?なら、そのまま意思を貫いて死ねよ。」

俺が一歩踏み出そうとしたら、またコートを後ろから引っ張られた。

「もういいから、あんたは黙ってて。町中ではそこまで命は軽くないから。…アリアちゃんが犯罪者に無慈悲なのは過去の影響かと思ってたけど、あんたの影響だったのかしらね。」

いきなりアリアの話をされたのは意味がわからなかったが、被害者がいいっていってるのにこれ以上出しゃばるのはやめるべきかと、タメていた『一撃の極み』を解いた。

「アリアが犯罪者と関わることなんてあったのか?」

「……なんでもないわ。それより、出来たらそいつらからお金を回収してもらえない?自分で倍額払うっていってるから銀貨20枚なんだけど……。」

俺を止めておいてそんな頼みをしてくるのは意外だなと薬屋の女をよく見たら、微妙に震えていた。
気の強そうなこいつが怯えていたってのはかなり意外だと思ったが、よくよく考えたら戦闘職でもないやつがガタイのいいチンピラに絡まれたら普通は怖いわな。むしろ怖いのにちゃんと自分の意見をいえるのが凄えわ。
まぁ町中なら人の目があるから最悪の事態は起こらないという考えもあったからなのかもしれねぇけど……いや、俺みたいなやつを知ってるこいつがそんな甘い考えはさすがに持ってねぇか。

「べつにかまわねぇよ。最後の悪あがきでもされて怪我したら馬鹿らしいしな。銀貨20枚と盗んだもんを返してもらえばいいのか?」

「盗られたものはいらないから、銀貨20枚だけ回収してくれればいいわ。一度アイテムボックスにしまわれたら、違うものと入れ替えられても調べなきゃわからないし、調べるってなると手間がかかるだけだから。」

「そういうものか。まぁわかった。」

薬屋の女に答えて座ったままの男にあらためて近づくと、話を聞いていたらしい男が既に銀貨20枚を用意していたようだ。
それを受け取るために屈みつつ、軽く威圧を込めて男を見たら、男の顔が歪んだ。

「わかってると思うが、次はねぇからな。」

「は、はひっ!」

男に渡された銀貨の枚数を一応確認してから立ち上がって振り向くと、薬屋の女もリスミナも苦笑していた。
この程度でやり過ぎだと思ってんのかと思ったが、2人の視線が俺を通り越しているっぽかったから、あんだけ強気だった男たちの変わり果てた姿に呆れてるのかもな。

ふと3人の気配が近づいてきている気がしたから目を向けると、鎧姿のやつが2人とそれを先導しているような男がこっちに向かって走ってきていた。
鎧姿の2人はこの町の衛兵だろう。ちゃんと衛兵を呼びに行ってくれたやつもいたんだな。

そんなことを思っていたら、視界の隅に何かが映った。
今度はなんだと思い視線を向けると、ニヤニヤした顔の肉串屋のおっちゃんがいた。店の中ではなく、エプロンを外して革のグローブを着けた状態で外にいるってことは俺が割り込まなきゃおっちゃんが止めに入るところだったのかもな。余計なことをしたかもしれん。

俺と目が合ったおっちゃんにサムズアップされたが、なんか恥ずかしかったから、苦笑いのまま右手を上げて応えた。

その後は衛兵から軽い事情聴取をされているうちに追加の衛兵がきて、俺ら全員から話を聞き終えたところで問題を起こした男2人を衛兵たちが連れていった。

余計なことに時間を取られたせいで既に夜だからと、事情聴取の途中でアリアに晩飯はいらないと伝えたんだが、時間的に既に俺の分も作っていただろうな。下手したら配膳すら終えていた可能性すらある。…マジで申し訳ない。

「助けてくれてありがとう。」

衛兵たちがいなくなったところで薬屋の女にいきなりお礼をいわれて驚いた。
途中で止められたし、余計なお世話だったかと思っていたから、素直にお礼をいわれるとは思っていなかった。

「いや、お前に用があったから、早く終わらせるために割り込んだだけだし、気にすんな。それより良かったのか?あんな簡単に帰したら、また盗みに来るかもしれねぇぞ?」

「あれだけされてまたやる度胸があったら、それはそれで凄いと思うけどね。」

薬屋の女は苦笑いをしているが、報復される可能性は普通にあると思うんだがな。
まぁ俺が変に割り込んだ形になっちまったし、あとでオーブモとかいうやつと話くらいはつけておくか。

「まぁ被害者のお前がいいっていうならかまわないけどさ。」

「しばらくはお婆ちゃんがいないときは店を開けないことにするから大丈夫。それで私に用って何?」

婆ちゃんの方がチンピラに絡まれたら大変な気がするが、もしかしたら見た目が魔女なだけあって強いのかもな。といっても一度しか見てないからこいつの婆ちゃんの見た目はうろ覚えだが。

「あぁ、薬草採取をしたから買い取ってもらいたくてさ。」

「私の実験用の薬草はアリアちゃんがくれる分で間に合ってるんだけど…さっきは本当に助かったから、私の所持金で買える分だけでよければ買わせてもらおうかな。とりあえず査定するから店の中に入ってもらっていい?」

無理してまで買取をしなくてもいいといおうかと思ったが、今回は俺だけじゃなくてリスミナの分もあるから、余計なことはいわずにありがたく買い取ってもらうことにした。
ここまで待たせておいてギルドで安く売ることになったら、さすがにリスミナに悪いしな。

「ありがとな。」

「えっと…いいのかな?」

俺が薬屋の女に礼をいったら、リスミナが申し訳なさそうな顔をして確認してきた。
まぁ自腹っぽい発言をされたら申し訳ない気持ちになるのもわからなくないが、薬屋の女はいくら恩義があろうと無理なら無理っていうだろうから大丈夫なはずだ。

「本人がいいっていってるから大丈夫だろう。こいつは無理なら無理っていうから気にすんな。」

「えぇ、最近はこいつのおかげで少しお金に余裕があるから、気にしないで。」

薬屋の女がリスミナに答えながら俺をチラ見した。
俺を見てきたタイミングからして、コイツのおかげのコイツは俺のことだろう。だが、俺が薬屋の女の金になるようなことをした記憶がない。たぶんアリアが何か依頼したのが俺からの依頼と思ってるとかかもな。まぁいつも通りなんの報告もされてねぇからなんのことか全くわからんけど。

「それならお言葉に甘えて、よろしくお願いします。」

リスミナが軽く頭を下げて、薬屋の女に微笑みかけた。
薬屋の女はそんなリスミナに対してなぜか意外そうな顔を向けたあとに店へと入っていき、俺らもそれに続いた。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品