裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

344話



昼飯を終えて、学校に向かう横山を見送ってから、俺は1人でラフィリアへと向かった。

どうせなら途中まで横山と一緒に行こうかと思ったが、どうやら横山は村民区画と学校区画の間の図書館を通り抜けて通っているらしいから、わざわざ遠回りさせるのも悪いと思い、見送ってから出かけることにした。

1人でラフィリアに行く理由はリスミナに会うためだ。
べつにアリアたちを連れて行っても問題ないとは思うが、なんとなく今回は1人で行くことにした。

本当は横山が世話になるカリンに先に会っておくべきかと思ったんだが、カリンは横山と一緒に学校に通っているらしいから、後回しにすることにした。

リスミナが今何をしているかは知らないが、横山に聞いたところ泊まってる宿屋は変えていないらしいから、とりあえず前に行った宿屋に行ってみようと思っている。いなかったら依頼でも受けてるんだろうから、町をうろついて時間を潰して、夕方くらいに冒険者ギルドに行って待ってればいいだろう。それでも会えなきゃ、べつに急ぎなわけじゃねぇから今度にすればいいしな。

そんなてきとうな予定を立てて、ひとまずはリスミナの泊まっている宿屋へと向かった。



リスミナが泊まっている宿屋に前に行ってからそこそこ時間が経っていると思うが、案外覚えているものだな。いや、あのときは意識的に場所を覚えたうえに一度1人で向かったんだから、1ヶ月程度では忘れないのは当たり前か。

前に通った道順でしばらくラフィリアの町中を歩いていたら、目的地に到着した。

実際に泊まってるリスミナには悪いが、女1人で泊まるには躊躇しそうな安宿だ。

まぁ何を重視するかなんて人それぞれか。
ソロ冒険者なら野宿の辛さも人一倍だろうし、それに慣れてれば屋根があってベッドやシャワーがあるってだけで十分なのかもな。防犯についても野宿に比べたらかなり安心だろうし。

安宿に入るとすぐにカウンターがあったが、誰もいないみたいだ。
食堂の方にいるのかと目を向けると、店員っぽい女が近づいてきた。

「宿泊ですか?」

「いや、リスミナってやつがいたら呼ぶか部屋番号を教えてもらいたいんだが。」

女はチラリと食堂に目を向けたあとに俺へと向き直った。
たぶん食堂の混み具合をあらためて確認したんだろうが、昼飯の時間は一応過ぎているからかほとんど客はいない。そもそもこの宿が混むような宿とは思えないが。

「ちょっと呼んでくるから待ってな。待ってる間に何か飲むつもりなら、先に注文入れるけど?」

これは頼み事すんなら金を落としていけって意味か?

「じゃあ果実水があれば果実水とてきとうに摘めそうなものがあれば頼む。」

「お兄さんわかってるね!じゃあ注文入れたあとに呼んでくるから好きな席で待ってておくれ。あと、リスミナさんにはお兄さんの名前はなんて伝えればいい?」

「リキが来たっていえば伝わるはずだ。」

「…………え?」

女が固まって聞き返してきた。
この距離で聞き逃したのか?べつに滑舌は悪くなかったと思うんだが。

「俺はリキだ。リキが来たって伝えてくれ。」

「あ、はい。すぐに行ってきます!…アンタ!リキさんに上等な果実水とカウブルの筋煮をすぐに用意して!最優先だよ!」

女は食堂の方に叫んだあと、階段を駆け上がって行った。
一拍遅れて食堂の奥から何かが落ちる音が聞こえたが、いきなりあんな大声で叫ばれたらそりゃ驚くわな。俺もいきなりだったから少し驚いたし。

前に来たときは店員がこんなに慌ただしいイメージはなかったんだけどな。むしろけっこう静かな宿屋だった気がする。まぁ俺のために急いでくれてんのに文句なんてないけどさ。

これならほとんど待つことなさそうだが、もう注文しちまったから食堂の空いてる席で待つことにした。
空いてる席っていってもほとんどの席が空いてるから、隅っこの2人がけの席に座った。それとほぼ同時に料理人っぽい男が俺の目の前に飲み物と食い物を並べた。

「お待たせしました。生搾りみかん水とカウブルの筋煮です。」

「…早いな。ありがとう。」

料理が出てくるのが早すぎて一瞬固まっちまったが、卓上にあるメニューを確認して、とりあえず料金を支払った。

「ごゆっくりどうぞ。」

こういうときに知ってる名前の果物だと安心するよな。蜜柑ならハズレはあまりないだろうし。ただ、前回飲んだ果実水よりあからさまに見た目が濃いと思いながら一口飲んだ。

…前回の果実水は果物の香りが申し訳程度にある水だったんだが、これは氷が溶けて少し薄まってるだけでほぼ100%のオレンジジュースだよな。そもそも前回は氷なんて入ってなかったと思うんだが、この待遇の差はなんだ?というか、メニューに書かれてた果実水の値段しか払ってないんだが、店員は俺が渡した金額を確認してたし大丈夫だよな?

「リキくん帰ってきてたんだね。久しぶり…ってほどではないか。今日はどうしたの?」

俺が料金を払い間違えたかとメニューを見直していたら、リスミナが声をかけてきた。

俺も久しぶりな気がしてたが、そこまで久しぶりではなかったな。

「昨日の夜に帰ってきたところだ。また出かける予定だが、いろいろあってしばらくはこっちにいると思う。リスミナに会いにきたのはお礼をしようと思ってな。」

「お礼?」

リスミナは俺の向かいに座り、首を傾げて問い返してきた。

「横山の面倒をみてくれたらしいからさ。ありがとな。」

「べつにそういうつもりはなかったけどね。カナデとは仲良くなったから普通にお話ししたり、冒険者になりたいみたいだから一緒に簡単な依頼を受けてみたりしただけだよ。でも今後のパーティーの誘いは断られちゃったけどね。」

ハハッと誤魔化すように笑ったリスミナを見るに横山を誘ったのは社交辞令ではなかったみたいだな。
数日でそこまで仲良くなれていることに驚きだが、リスミナは仲良くなるのが上手いからおかしいことでもないのか。あの変わり者のデュセスとも仲良くなってたし、俺みたいなやつとも普通に友だちでいられるんだからな。まぁそのコミュニケーション能力のせいでパーティーの男に勘違いされて面倒なこともあったみたいだけど。

「それは実力差がありすぎるせいみたいだし、気にしても仕方ないだろ。ソロで活動してるリスミナに初心者の横山が混じっても足手まとい以外の何者でもないしな。」

「好きでソロなわけじゃないんだけどね…。だからカナデがパーティー組んでくれたら嬉しいと思って誘ったんだけど、カナデはそんなこと気にしてたんだね。すぐにカリンちゃんたちとパーティーを組んでたから、私が何かしちゃったのかと思ってたけど、そういうわけではなくてよかったよ。」

困ったように笑ってるリスミナを見てなんともいえない気分になった。
ソロで活動出来るならソロの方が気が楽だと思うんだが、リスミナはパーティーを組みたい派らしい。変な二つ名をつけられたりと嫌な思いをしてきたはずなのにまたパーティーを組みたいって思うものなんだな。
それなら奴隷を買えばいいんじゃね?と思ったが、たぶん違うんだろうな。リスミナは強い仲間を求めてるわけではなさそうだし、友だちと一緒に仕事がしたいって感じか?

「横山はちゃんと理由はいってなかったのか。まぁそういうことだからリスミナが気にする必要はねぇよ。…そういやデュセスはどうしたんだ?」

「デュセスはリキくんが旅立った次の日に帰ったよ。そうそう、リキくんがいきなり旅立ったから、デュセスが文句いってたよ。でも、怒ってたってより寂しそうな感じだったけどね。」

デュセスに旅立つことをいわなかったっけか?
まぁ急に決まったことだし、いってなかったかもな。というか、デュセスからしたらスミノフを捕まえたところで別れてそのまま俺が旅立ったって感じなのか。そりゃ一言くらい挨拶があってもいいんじゃないかと思わなくはないな。

だが、デュセスには悪いが過ぎた話だし、どうしようもないからスルーだ。

俺がデュセスに何もいわずに旅立ったのだとしたら、たぶんリスミナにも何もいってないよな?
つまりリスミナからしたら、カテヒムロでパーティーから追い出されて変な二つ名までつけられたせいで拠点をアラフミナに変えることになり、そこで友だちになった俺がいきなりいなくなって、次の日にはもう1人の友だちが国に帰ったことでまた1人になって、そんでまた仲良くなった横山とパーティーを組もうと誘ったら断られたうえにカリンに奪われたのか。
さすがにちょっと可哀想だな。

本当なら俺がパーティーを組めば解決する話なのかもしれないが、臨時ならまだしも今さらアリアたち以外とずっと組むのはたぶん無理だ。というか、リスミナもいつもの俺と四六時中一緒にいるのはたぶん無理だろうしな。

「今さらなんだが、リスミナはこのあと予定あるか?」

「今日は休むつもりだったから、予定は何もいれてないよ。」

アポなしで来て話し始めておいて、本当に今さらな確認なんだが、リスミナはとくに気にした様子もなく答えた。
デュセスの話を俺から振ったのにスルーして話を変えたことには少し驚いた表情をしていたが。

「そしたらちょっと散歩しないか?」

「大丈夫だけど、散歩?」

「あぁ、ちょっと町をぶらぶらするだけだ。行きたいところがあればそれでもいいし。」

「とくに行きたいところはないけど、目的なく歩くのもたまにはいいかもね。じゃあちょっと準備してくるよ。」

べつに何かをするわけではないんだが、リスミナも女の子だからか準備が必要らしく、一言断って部屋へと戻っていった。
というか、今から準備をするってことは俺は準備なしでも会える相手というカテゴリなんだな。
それだけ気を許しているのか…いや、ただ単に男として見られていないだけか。

そんなことよりリスミナが戻ってくる前に筋煮の残りを片付けなきゃなと一気に食べたら、冷めちまったせいか思った以上に脂っこく感じてオレンジジュースで流し込んだ。

女の準備は時間がかかるだろうから、何して時間を潰そうかと思ったら、階段を駆け下りてくる音が聞こえた。気配からするとリスミナっぽいと目を向けたら、階段を下りきって見えた姿はやっぱりリスミナだった。
こんな短時間でなんの準備をしたんだ?見た目も変わっているようには見えないし。

「待たせちゃってごめんね。」

「いや、むしろ思ったより早かったよ。」

「部屋に置いてた荷物を念のためアイテムボックスにしまったりしてきただけだからね。」

あぁ、たしかにこの宿に荷物を置きっぱなしにするのは勇気がいるかもな。防犯なんてほとんど考慮されてないだろうし。

「じゃあ行くか。」

「うん。」

「ごちそうさま。」

ちょうどキッチンの奥から顔を出した男に声をかけてから、リスミナと一緒に外へと出た。

しばらく歩いたところで周りの気配を探るとそこそこの人の気配がある。この辺りは栄えているわけではないが、それなりに人はいるみたいだな。…どうするか。

「こっちだと、城門通りを見に行く感じ?」

「あぁ、いや、ちょっと話をしようと思って、あんまり人のいないところに行きたかったんだが、王都で人がいないところなんてねぇか。」

「人がいないところ?話すだけならさっきの宿屋でもよかったんじゃないかな?食堂にはほとんど人がいなかったし。」

「べつにあそこで話してもよかったっちゃよかったんだが、宿屋の女が聞き耳立ててたっぽいからやめた方がいいかと思ってさ。」

「あぁ〜…それはリキくんが凄い有名人だから気になってただけだと思うよ。私もリキくんとの関係を聞かれたしね。まぁでも、あそこで話したことは全部噂に流れる可能性もたしかにあったし、大事な話ならやめて正解かな。そしたらラフィリアだとスラム街くらいしか人がほとんどいない場所なんてないと思うけど、どうしようか。防音性の高い部屋を貸してもらえるところもあるけど、あそこはちょっと話すために使うにはけっこう高いんだよね。」

リスミナは苦笑しているが、俺から誘っているのにリスミナは金を払うつもりだったのか?まぁ、リスミナは真面目だから当たり前のように半分出すつもりなんだろうけど。
というか、防音性の高い部屋に俺と2人きりになること自体には抵抗がないんだな。俺を信用しているからなのか、危機意識が低いのかはわからんが、誰に対してもこんな感じなのだとしたら、リスミナに気がある男が勘違いしてもおかしくないかもな。
俺としては変に意識されない方がめんどくさくなくて楽だけどさ。

「スラム街はあんま行きたくねぇな。しかもあそこはあそこで奴隷商に聞かれそうでなんか嫌だし。あと話をするためだけに金を払うのもな……そうだな、リスミナが良ければだけど、薬草採取にでも行かないか?それなら多少の金にはなるだろうから時間の無駄にはならないだろうし。」

「私は大丈夫だよ。一応予備の防具をつけてきたからね。」

そういって、リスミナがコートの前をめくって、着ている革鎧を見せてきた。

「予備?」

「うん。リキくんが来る前にいつも使ってる方の革鎧の手入れをしてたんだけど、さすがにまだ油が馴染んでなくて臭いもキツかったからさ。でも、リキくんに会うなら一応装備はしておいた方がいいと思って、予備の革鎧を着てきたんだけど、やっぱり着てきてよかったね。」

「防具の予備なんて持ってるんだな。」

「私はリキくんと違ってちゃんと防具をしてないとすぐに死んじゃうだろうからさ。とくにソロだと武器や防具が壊れてようが町や村に戻るまでは自分1人でなんとかしなきゃだし、村だと武器防具屋がない場合もあるからね。といっても予備を揃えられるほど稼げるようになったのはリキくんのおかげだし、それなりにいい防具を安く買わせてくれたのもリキくんだから偉そうなことはいえないんだけどね。もともとは安物の防具を予備として持つのが金銭的にいっぱいいっぱいだったし。本当にありがとう。」

…?

俺が意味がわからずリスミナを見ていたら、リスミナが不思議そうな顔で首を傾げてきた。

「よく意味がわからないんだが。」

「あぁ…リキくんは武器も防具もなく冒険者なりたてで夜の森に行って魔物に襲われたのに無傷で帰ってくるくらいだから、予備の武器防具とかは荷物でしかないって感じてもおかしくはないよね。」

「いや、そっちじゃない。俺も予備の武器ぐらい持ってるし、持つ余裕があるなら持つべきだとも思う。俺が聞きたいのは予備を持つことについてじゃなく、何が俺のおかげなのかって方だ。」

そもそもなんで俺の恥ずかしい失態を知っているのかが疑問ではあったが、べつにあのときは隠れてたわけでもねぇから誰かに見られててもおかしくねぇし、ラフィリアで情報を集めてたリスミナの耳に入っていてもおかしくねぇのか。

「何がって、さっきいったままだよ?リキくんが作ってくれた学校のおかげで私はソロでもBランク依頼をなんとか達成できるくらいになれたし、リキくんのおかげでガルナさんから量産品の革鎧を安く譲ってもらえたから予備も揃えられたんだよ。だからありがとう。」

正直、俺のおかげってわけではない気がするが、否定しても否定されるだけな気がするし、ここは感謝の気持ちくらいはもらっておくか。ガルナが防具を安く売ったのはリスミナが俺の友だちだからっていうのもあるだろうから、それについては俺のおかげといえなくもないしな。

「あぁ、リスミナのためになったならよかったよ。」

その後も雑談をしつつ、薬草採取に向かうために進路を東門へと変更し、リスミナと並んで歩き続けた。

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