裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
343話
「すまない。日本に帰る方法はないらしい。」
カンノ村に帰ってきて一晩経っても上手いいい回しを思いつかなかったから、もう考えるのも面倒になり、頭を下げてそのまま告げた。
朝食中も一応考えていたんだが、数日かけて思いつかないものがポンッと思いつくわけもなく、朝食後に横山と応接室で向かい合って第一声で結果だけを伝えた。
俺が強制的にこの世界に呼び出したにもかかわらず、帰れないといわなきゃならないことに久し振りに胃がムカムカしていたんだが、なぜか横山はホッとしたような顔をした。
「そっか…。」
文句をいわれることを覚悟していたんだが、横山はショックを受けている様子もなく、どう捉えていいかわからない一言だけを呟いた。
召喚したときに俺が肩代わりした怪我からして、自らの意思で命を絶ったのだろうから、日本に帰れないことは納得しても死ぬのを邪魔されたことに対して思うところがあるかと思ったが、そういった感じもない。…気にしていないのか?
2度目の自殺は難しいと何かで聞いたことがあるから、最悪は邪魔した俺が殺さなきゃいけないのかとかも考えていたんだが、その必要はなさそうだな。さすがに敵対していない相手を殺すのは抵抗があったから良かった。
「こっちの世界は日本と違うことも多いだろうから、なんかあったらいってくれ。強制的に俺がこっちの世界に喚んじまったから、出来るだけのフォローはする。だから遠慮なくいってくれ。落ち着くまでカンノ村に住めばいいし、なんならずっといてもかまわない。」
まだ横山がカンノ村に来てから数日しか経っていないんだが、村の子どもたちとはそれなりに仲良くなっているっぽいから、横山がここに住んでも子どもたちの負担にはならないだろう。
「ありがとう。やっぱりリキくんは優しいね。本当はリキくんにこれ以上迷惑はかけたくないっていいたいんだけど、私1人で生きていけるほど優しい世界じゃないみたいだから、少しの間だけお言葉に甘えさせてもらってもいいかな?」
「あぁ、衣食住は提供するから気にするな。村から出なきゃ危険もないしな。ずっと住むなら何かしらの仕事をしてもらうと思うが、べつに急ぐ必要はねぇから3ヶ月くらいはゆっくりしてくれ。そのうちやってみたいことも出来るだろう。」
「やってみたいことはもう決めてるんだ。そのために学校に通わせてもらってるから、もう1ヶ月くらいはお世話になります。」
頭を下げる横山を見て、不思議な気分になった。
死のうとしてたやつがこんなすぐに切り替えられるものなのか?
絶対面倒ごとになりそうだと思ったんだが、誰も知り合いのいない村に放置という荒療治が良かったのか?いや、もともと横山がそういう性格なのかもな。
「あぁ、好きなだけ住んでくれていい。必要なものがあったらいってくれ。用意できる範囲で用意するから。」
「ありがとう。実は既にガルナさんから必要なものはもらったから、今のところは大丈夫。もうしばらく部屋を貸してくれるだけで十分だよ。」
「ガルナ?」
予想外な名前が出てきて聞き返してしまったが、横山は着の身着のままでこっちの世界に来たんだから、入り用なものはいろいろあるだろうし、物作りを主に仕事にしてるっぽいガルナに頼むものがあっても不思議ではねぇか。
「うん。冒険者になろうと思ってサラちゃんに相談したら、必要なもの一式をガルナさんが用意してくれたんだ。ガルナさんって小さくて可愛いなって思ってたんだけど、仕事姿は凄くかっこよくてビックリしたよ。」
ガルナがかっこいい?怯えた姿しか……そういや前に鍛治してるところを見たことあったな。違和感が強かった気はするが、かっこいいというのもわからなくはないか?いや、そんなことより冒険者?
「冒険者が何かわかってていってんのか?」
「まだ学校に通い始めたばかりだけど、サラちゃんたちとダンジョンにも行ったし、どういう仕事かは理解してるつもりだよ。まだちょっと怖いけど、私なんかでも頑張れば強くなれるってわかったから、今はリスミナやカリンからいろいろと話を聞きながら勉強してるところなんだ。といってもまだ始めたばかりなんだけどね。そういえばリキくんはカリンの師匠なんだってね。やっぱりリキくんは凄いな。いきなり知らない世界にきてもすぐに有名になっちゃうんだもん。」
「ちょっと待て。横山をカンノ村に送ってから数日しか経っていないはずなんだが、村人以外にもう知り合いが出来たのか?あと、カリンは弟子じゃねぇ。」
「そうなの?カリンはリキくんの弟子だっていってたよ?泊まりこみでダンジョン探索したり、一緒に依頼を受けて指導してもらったっていってたけど、もしかしてカリンが嘘をついてたってこと?」
カリンには弟子にしないってハッキリいったはずなんだが、俺の弟子だといいふらしてやがるのか?
弟子ってこと以外はいってることが嘘といい切れないのがタチ悪ぃな。
「嘘ってほどじゃねぇけど、ダンジョンは出られなかったから仕方なく3日かけて脱出することになっただけだし、依頼は一緒に受けたわけじゃなく、気まぐれでついていってやっただけだ。弟子にはしないってハッキリいったはずなんだが、あいつは人の話を聞かねぇから、通じてなかったのかもしれねぇわ。」
「あぁ…、カリンはたしかにそういうところあるかもね。」
横山は苦笑をしつつも何かを思い出したような柔らかい表情をしていた。
カリンを略称で呼んでるし、この表情を見る限り仲が良さそうだが、意外な組み合わせに思うのは俺だけか?
「よくあいつと仲良くなれたな。」
「カリンとは一昨日たまたま会ったんだけど、私がリキくんの友だちだって知ったら凄くぐいぐい来られてね。ちょっと面倒だなって思ってたはずなのに気づいたらカリンと話すのが楽しくなってて、その日のうちに仲良くなってたんだ。この村の人や冒険者の人たちはリキくんの友だちってだけでみんな優しくしてくれるから、この世界のことをほとんどわかっていない私でもすぐに馴染めたんだと思うな。冒険者の中にはなぜか私のことを心配してくる人もいたけどね。」
クスクスと笑いながら話す横山は既にこの世界を満喫しているようだな。
驚きの切り替えの早さだが、向こうではいろいろあったみたいだし、こっちの世界の方が向いてたのかもな。無理してるだけの可能性もあるかもだが。
「楽しめてるなら良かったよ。」
「うん。ありがとう。リキくんには2度も助けてもらって、本当に感謝してる。今はまだ何も返せないけど、冒険者になって自分でお金を稼げるようになったら必ず返すから、もう少しだけ待っててもらってもいい?」
こいつは何をいってるんだ?
俺が2度も横山を助けた?そもそも助けた記憶がないんだが。強いて挙げるなら受験勉強を手伝ったことかもしれないが、2度目が思い当たらない。もしかして自殺を邪魔されたことを助けられたと皮肉でいってんのか?
「待つも何も助けた記憶がねぇのにお返しなんていらねぇよ。」
「リキくんはそういうと思ったよ。でもね、リキくんからしたらたいしたことではなくても、私にとっては本当に嬉しかったんだよ。お父さんから逃げるための受験勉強を手伝ってくれたことも、もう死ぬしかないと諦めたときにこの世界に連れてきてくれたことも私は助けてもらったと思ってる。リキくんにはその気がなかったとしても、お父さんから逃げたり隠れたりする必要がない世界に連れてきてくれたことに感謝してるから。だから、日本に帰れないって聞いて本当は安心したんだ。お母さんにもう会えないのは悲しいけど、それ以上にお父さんのいない世界でもう一度生きるチャンスをもらえたことが嬉しいから、リキくんには感謝してもしきれないと思ってる。そのお礼をしたいっていうのは私のエゴかもしれない。だからいらなければ捨ててくれてもそのときに拒否してくれてもいい。だけど、私は絶対にお返しするつもりだからね。」
さっきから情報が多すぎて処理が追いつかねぇ。
勉強を教えていたときは横山の家庭の事情なんて知らなかったし、対価があったから頼みを聞いただけだ。まぁ対価は無駄遣いしちまったから、横山からしたら無償で助けてくれたように見えたのかもしれないが、あれは喧嘩にハマってたせいで横山を巻き込んだら面倒だから近づくなっていっただけで、多少は心配も含まれていたかもしれないけど善意ではねぇしな。
それに今回はアリアの持ってる本に書かれてたのが日本語だったから教えてやろうとしてそのまま召喚しちまっただけで、助けるも何もそもそも横山を喚ぶ気は全くなかった。だからそんなことで感謝されても本当に困る。
横山にとってはちょうどいいタイミングで俺が手を差し伸べたように見えたのかもしれないが、俺はただいつも通りにやりたいことをやったり、面倒ごとを避けただけだしな。
だが、せっかくやる気を出してるのに水を差す必要はねぇか……。
「べつに善意でやったわけじゃないのに礼をいわれてもとは思うが、お返しをくれるっていうなら期待しておくよ。」
「これだけの村を作り上げるリキくんに期待されたらプレッシャーが凄いけど、出来るだけ頑張るよ!カリンのパーティーに入れてもらえることになったから、1人で頑張るよりはきっと早く成長できると思うしね!」
フンスとやる気な様子の横山から冒険者なりたての初々しさを感じ、なんだか微笑ましくなった。
俺も最初はこんなテンションになってたような気がするな。そんでテンションに身を任せて夜の森に突っ込んで死にかけたっけか。当時は冷静に考えて行動したつもりだったが、今思えばゲームみたいな世界に来たことに少しだけ舞い上がっていたんだろうな。
「カリンのパーティーってのが不安しかないが、まぁフォーリンミリヤからここまで旅できるくらいなんだから、これから冒険者をやる横山が加わるにはちょうどいいパーティーなのかもな。…そういやさっきリスミナとも話したりしてるっていってたよな?ならリスミナとパーティーを組んだ方が安心なんじゃねぇか?」
今のカリンの実力がわからんからなんともいえないが、少なくともリスミナはそれなりの冒険者って感じだった気がする。
「リスミナとは歳も近いし、リキくんの友だち同士で話も出来たからか、すぐに仲良くなれたんだよね。私が冒険者になるっていったらリスミナも誘ってはくれたんだけど、リスミナとじゃ間違いなく私は足手まといになっちゃうからさ。カリンのパーティーも今の私にはランクが合わないパーティーではあるんだけど、そこはこれから1ヶ月頑張ればなんとかついていけるくらいにはなれるかなって…いや、なるつもりなんだ。」
どうやら横山なりの理由があって、リスミナではなくカリンとのパーティーを選んだみたいだ。
一応カリンの今の実力は見ておいた方がいいかもな。
「そうか。色々考えてるところに余計な口出ししちまって悪かった。俺に気を使って嘘をついてるわけではないみたいだし、この村は好きに利用してくれてかまわないから、これからの人生は楽しんでくれ。」
「ううん、心配してくれて嬉しいよ。出来るだけ迷惑はかけないようにするけど、もうしばらくよろしくお願いします。」
頭を下げた横山を見て、とりあえずの問題は解決したと息をついた。
本当はいろいろ辛い人生を送ったらしい横山を同郷として慰めたりとかするべきなのかもしれないが、そのあたりはこれからパーティーになるカリンに任せればいいだろう。そういう悩みとかを打ち明けあって仲良くなるもんだろうし。
少なくとも日本では恵まれた家庭で育った俺が上っ面だけで何かをいうよりはいいだろうしな。そもそも事実の説明をされただけで、悩みの相談をされたわけでもないのに出しゃばるべきではないだろう。だから横山の過去については全部スルーした。
「とりあえずの俺からの話はこれだけだ。横山から何かあるか?」
「私からはとくには…そういえば、カリンがリキくんに会いたがってたから、もし時間があったら会ってあげてほしいな。忙しいみたいだから時間があったらでいいんだけど…。」
少し考えながらとくにないと答えようとした横山が、ふと思い出したように答えながら、窺うように俺を見てきた。
横山が世話になってるみたいだし、リスミナとカリンには会うつもりだったから問題はない。
コヤハキに戻るのが遅くなるが、とくに急いでいたわけでもないし、時間がなくなったらオークションに行った後でもいいしな。
「あぁ、しばらくはいるだろうから、暇なときにでもカリンには会っておくよ。俺の弟子だと吹聴していたことについても文句をいわなきゃだしな。」
「良かった。リキくんに会えなくて少し寂しがってたから、きっとすごく喜ぶと思うよ。私からはそのくらいかな?」
カリンとは数日一緒にいただけで、そこまで懐かれる意味がわからん。いや、カリンの性格的に全人類が友だちとか思ってる可能性もあるから、気にするだけ無駄か。
「じゃあ俺は部屋に戻るな。何かあったらいってくれ。」
そういいながら俺が立ち上がっても横山は座ったままだった。
一緒に応接室から出るかと思ったんだが、まぁいいかと俺は応接室の出口まで歩き、ドアノブに手をかけた。
「リキくん。」
ノブを捻ってドアを少し開けたところで横山に名前を呼ばれて振り返った。
「ありがとう。」
なんだか懐かしく感じる笑顔をした横山にあらためて礼をいわれた。
このタイミングであらためて礼をいわれた意味はわからなかったが、観察眼に違和感を与えない笑顔を見れたから、悪くはないな。
「あぁ。気にするな。」
俺は応接室を出て扉を閉め、昼飯前に出かける準備を済ませておこうと思いながら自分の部屋へと戻った。
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