裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚
342話
宿屋に戻るとまだ全員が起きていたようで、全ての視線が俺に向いた。レガリアがいなくなったからか、全員がこの部屋に集まっているみたいだな。
扉が開いた方に視線が集中するのはわからなくないが、なんか空気が張り詰めてる気がするのは気のせいか?
「ただいま。」
「おかえりなさい。」
とりあえず声をかけると全員のハモった返事がきたから、空気が張り詰めてるってのは気のせいっぽいな。なんかあったならこんなに息が合いはしないだろうし。
ひとまずシャワーでも浴びようかと思ったら、セリナが周りを確認してから苦笑してるのが見えた。やっぱりなんかあったのか?
俺が訝しんだ目をセリナに向けると、セリナが軽くため息をついた後にニコッと笑いかけてきた。意味がわからんが、不機嫌を隠すための笑顔とかではなさそうな気がする。
「リキ様が香水をつけてるにゃんて珍しいね。レガリアちゃんがつけてたのとも違うみたいだし、買ってきたの?」
いきなりなんの話かと思ったが、もしかしてとコートの匂いを嗅いでみたら道化師連合のやつの匂いが移っていた。あれだけ密着すれば当たり前か。
俺は嫌いじゃない匂いだし、今はだいぶ薄れているから気にしてなかったが、もとはけっこう強い匂いだったから、鼻のいいセリナにはキツかったか?
「あぁ、気づかなくて悪い。セリナにはキツい匂いだったかもな。さっき道化師連合のやつと会ってたんだが、そいつの匂いが移ったみたいだ。まぁこのあと村に帰るから少しだけ我慢してくれ。」
「そういうことにゃらよかっ……え?いや、え?ちょっ、待って!聞きたいことは聞けたけど、違う疑問が増えて驚きだよ!?道化師連合は前任が処分されたから、情報譲渡の権限を持ってる人は今はまだいにゃいんじゃにゃいの?それにこれから帰るの?予定を早めにゃきゃいけにゃいようにゃことでもあったの!?」
聞かれたことに答えただけなんだが、セリナから予想以上に驚かれた。
「帰るのを早めたのは急で悪いと思うが、道化師連合の話はなんでセリナが知ってるんだ?」
セリナが俺の質問に対して視線をアリアに向けたから、俺もつられてアリアを見た。
「…リキ様とヒトミが買い物をしていた日に会った前任の方と以心伝心の加護付きの指輪を交換していたのですが、イデレクーダが町から去った日に本人から処分を受ける旨と謝罪の連絡がありました。後任については知らされていないとのことでしたので、しばらくは権限のない駒のみとなるのかと思っていたのですが、既に新しいコヤハキの担当者が来ていたのですね。間違った情報を共有していてごめんなさい。」
どうやらアリアがセリナに話したらしい。
ただ、間違った情報も何も俺はなんも共有されてねぇんだが。いや、必要なときは都度説明してくれるだろうからいいんだけどさ。
「べつに間違ってたわけではなくて、あっちが担当が変わってることを教えてなかっただけだから仕方ねぇだろ。ただ、道化師連合と既に接触してたなら教えといてくれると助かる。さっきは危なく間違えるところだったし。」
「…ごめんなさい。」
俺が道化師連合の女と知らずに間違いを犯すところだったのをそれとなく愚痴ったら謝られた。いや、アリアのせいでは全くないんだがな。
「普段そういうのを面倒くさがる俺が悪いんだけどな。すまん。今後も全部は覚えらんねぇだろうから、必要なときに必要な情報だけ教えてくれればいい。ただ、道化師連合がどこにどの程度いるかだけはわかったら教えてくれ。」
「…はい。」
アリアが少しだけ落ち込んだように見えた。
そもそも情報収集をしてない俺が情報をちゃんと伝えろとか何様だよって話だがな。いやまぁご主人様か。
「アリアが悪いわけじゃないからあんま気にしないでくれ。俺が勝手に失敗しかけただけだからな。そんで話は変わるけど、道化師連合のやつがいうには明日の朝に王城から遣いが来るらしいから、そいつに会わないように今夜中に帰ることにした。みんなには悪いが、帰る準備をしておいてくれ。俺はその間にシャワーを浴びてくる。」
「はい。」
全員からの返事を聞きながら、俺はシャワー室へと入った。
シャワーを浴び終えて戻ってきたんだが、入る前と全員の位置が変わっていない気がするんだが、気のせいか?
いや、よくよく考えたら誰も片付ける必要のある荷物なんて持ってないんだから、帰る準備なんて必要なかったな。
これなら帰ってからシャワーを浴びればよかったか?…まぁいい。
「準備は終わったか?」
「…はい。サラにも伝えているので、いつでも玄関に扉を出していただいて問題ありません。」
準備が必要ないことに気付きはしたが、一応指示したのだからと確認してみたら、アリアが代表して答えてきた。
俺的には荷物の片付け的な意味での準備だったんだが、アリアは連絡とかまでしてくれたみたいだな。
「ありがとな。じゃあさっそく帰るか。この町には知り合いが増えすぎたから、念のため町の外に出るぞ。」
「はい。」
チェックアウトを済ませてから宿を出て、そのまま東門から町を出た。
王族の遣いが翌朝に来る予定だって話だったから、てっきり門のところでなんかいわれるかと思ったんだが、冒険者ギルドカードを見せただけですんなりと通してくれた。俺が帰るとは思ってなかったから、門番には知らせてないのかもな。
おかげで森まで誰にも邪魔されずに到着し、『超級魔法:扉』でカンノ村へと帰れた。
アリアが連絡をしていたからか、夜も遅いのに留守番していた奴隷組が全員扉の前に並んでいた。どうやら横山はいないみたいだ。それなら話し合いは明日で良さそうだ。
「おかえりなさい。」
綺麗にハモった声でわざわざ出迎えてくれるのは嬉しいが、無理に起きてる必要もないんだけどな。カレンとサラとガルネは明らかに眠そうだし、年齢的にも夜更かしは良くないだろう。まぁそれをいったらアリアもなんだが。
「あぁ、ただいま。わざわざありがとな。夜も遅いし、俺はもう寝るからみんなも気にせず寝てくれ。ただ、ソフィアには少し話があるから、応接室で待っててくれ。」
「え?あっ……はい。」
ソフィアが不思議な反応をしたが、なんかあったのならこの後の話し合いでいってくるだろうと気にせず、出迎えてくれたみんなを解散させた。
俺もアイテムボックスにしまったコートを部屋に置くために一度部屋に戻ることにした。べつにアイテムボックスに入れっぱなしでもたいした問題ではないと思うが、そのせいで匂いがおちなくてセリナの索敵に支障が出るのも困るからな。部屋のコート掛けにでも掛けておけば多少は匂いも霧散するだろう。
部屋に入ってコートを掛けたところでベッドが視界に入った。その瞬間、なんだか無性に眠くなってきた。こんなことならソフィアへの報酬も明日にしちまえばよかったな。忘れないようにって考えが仇になったか。もういっそ寝ちまって、明日の朝にソフィアに謝るっていうのも……さすがにそれはねぇな。ちゃっちゃと終わらせて寝よう。
ひとまず寝るのは諦めて部屋を出たところで、サラにもお土産を買ったことを思い出した。
すっかり忘れていたし、たぶん今渡さなきゃまた忘れるだろうから、先にサラの部屋へと向かった。
玄関で解散してからたいして時間が経っていなかったからか、サラはまだ起きていたようで、部屋の扉をノックしてすぐにサラの返事があった。
それに答えると、パタパタと走って近づいて来る音が聞こえて扉が開かれた。
「どうしたのです?」
「遅くに悪いな。サラにお土産があったから、忘れないうちに渡しにきた。」
アイテムボックスからラビケルのぬいぐるみを取り出してサラに渡すと、サラは両手で受け取って胸に抱えながら首を傾げた。
小さめのぬいぐるみだったが、サラにはちょうどいいサイズっぽいな。
「自分がもらっていいのですか?」
「そりゃサラへのお土産だからな。気に入らなけりゃ他のやつにあげてもかまわないが、とりあえずはサラのものだから好きにしてくれ。スミノフとかの件の褒美が本を読むだけってのはさすがに悪いからな。」
「本を読んでもらえただけで十分なのです。でも、嬉しいのです。ありがとうなのです。」
嬉しそうに微笑んだサラを見る限り、プレゼント選びは間違ってはなかったっぽいな。
俺の勝手なイメージでぬいぐるみにしちまったが、本の方が良かったかもしれないと今さら思ったけれど、問題なさそうでよかった。
「喜んでもらえたなら良かったよ。じゃあおやすみ。」
「おやすみなさいなのです。」
なんとなしにサラの頭を撫でてから部屋を後にし、応接室へと向かった。
応接室の扉を開くと、ソファーに座っていたソフィアがビクッと反応した。振り向きながら立ち上がったソフィアは若干顔色が悪いような気がする。
俺が呼び出したのがソフィアだけだったから、他は誰もいないみたいだ。
もしかして魔法の研究かなんかでしばらく寝てなかったうえに何もせずに1人で待たされたから眠さの限界がきたとかか?
なら早めに終わらせてやるかと思いながら、俺がソフィアの対面のソファーに腰掛けたら、ソフィアも着席した。
「あ、あの……ワタクシ何かしてしまいましたでしょうか?」
俺がアイテムボックスから紙束を取り出そうと空間に手を突っ込んだところで、先にソフィアが話しかけてきた。
「何いってんだ?ついこの前の件だよ。」
「も、申し訳ありません!ワタクシがいても足手まといにしかなれないと思いましたので、探索を拒否してしまいました!戦闘奴隷にもかかわらず戦闘の拒否をしてしまい、誠に申し訳ございません!今後は必ず従いますので、どうか…挽回する機会をいただけないでしょうか!」
俺がアイテムボックスから取り出した紙束をテーブルに置くのと同時にソフィアが深く頭を下げて謝罪をしてきた。
いや、なんで褒美を用意したのに謝られてんだ?
「なんか勘違いしてるみたいだが、べつにダンジョンでのレベル上げを断ったことは気にしてねぇから気にすんな。たしかにソフィアは戦闘奴隷だが、他で役に立ってんだから戦闘に拘る必要はねぇよ。ソフィアが仲間になった時はまだ戦闘奴隷が足りてなかったが、今は十分いるしな。それにソフィアが自分を守れる程度に戦えることはわかったし。」
ソフィアは俺の返事を聞いて、恐る恐るといった感じで顔を上げた。
「ワタクシがリキ様の誘いを断ってしまったことについてのお話ではないのでしょうか?」
「ちげぇよ。それについて文句があるならその場でいうだろ。今回は報酬だ。」
「報酬?」
ソフィアは本当にわかっていないようで首を傾げた。
これはソフィアの頭があまり良くないからではなく、たぶん俺のために働くのは当たり前と思ってるから何に対しての報酬なのかが本当にわかってないんだろうな。
「この前、勇者召喚の魔法陣を調べてくれただろ。急遽頼んだ仕事をやってくれたんだから、褒美が必要だろ?あんときはソフィアの褒美になりそうなものがなかったが、ちょうど良さげなのが手に入ったからな。」
これが褒美だとわかるように、テーブルの上に置いた紙束をソフィアの方にズラした。
「いえ!勇者召喚の魔法陣を見せていただけたこと自体がワタクシにとってはご褒美ですし、そのうえ魔法陣の本までいただいたのにこれ以上はいただけません!」
ソフィアは口では断りつつも手は紙束の上に置いたまま押し返しはしなかった。
手をプルプルさせながら目が何度も紙束に向いているし、興味があるんだろう。
「ソフィアはその文字が読めるか?」
「はい。魔法に関する本はほとんどが貴族文字で書かれているので、このくらいであればワタクシでも読めますわ。」
ソフィアがチラチラ見ているのは本の表紙に書かれていた模様を写したものだが、やっぱり文字だったんだな。
ソフィアがそこだけで興味を示すってことは書かれているのはタイトルか?
「読んでみろ。」
「“魔導書”ですわ。」
効果から考えたらイメージ通りな名前だな。ただ、魔導書というには10ページは薄すぎる気もするが。
「興味ないか?」
「興味はあります。ありますが……ワタクシだけリキ様から必要以上に褒美をいただくわけにはまいりません!」
そういいながらチラチラと紙束に視線を送るソフィアを見たら説得力も何もないな。
「べつにソフィアが独り占めしなきゃいいだけじゃねぇか?これはタイトルからなんとなくわかると思うが魔法に関する本の写しだ。元の本はMPを流すだけで強力な魔法が使えるものらしいから、その紙束を研究すれば同じものが作れるかもしれないし、誰かと一緒に研究すればいい。研究結果によっては俺の役に立つし、少なくとも誰も損はしないはずだ。ただ、ここでソフィアが受け取りを拒否したらただのゴミになるし、俺が写本をするために使った時間が無駄になるんだが、それを理解した上でいらないってことか?」
俺がズルいいい回しをしたら、ソフィアの肩がビクッと跳ねた。
「ありがたく頂戴いたします。必ずお役に立ってみせますわ!」
ソフィアは開き直ったように声を上げて、紙束をめくった。
ここで調べるつもりか?あぁ、一応説明は必要か。本来1ページに書かれていたものを分けてるんだからな。
「1ページ目は表紙で2ページ目からが本の中身だ。そんで3ページ以降は魔法陣と次のページの文章が同じページに書かれていたが、わかりやすいように2ページに分けてある。魔法陣については多少歪んでると思うから、ソフィアの知識で補正してくれ。」
「なるほど…リキ様からいただいた本のようになっているということですわね。…ん?…溶岩…嵐…雷…隕石…もしかしてこれは超級魔法!?魔法陣の数が8ページということはワタクシも魔王に!…いえ、これは見開きで1つの魔法になるようにされているようですわね。ということはこの本に載っているのは最初に書かれていた4種類ということかしら…それでも超級魔法にスキル以外での発動方法が存在するということが知れただけでも大発見ですわ!」
なんか1人の世界に入ったみたいだな。
「俺はもう寝るからあとは好きにしてくれ。研究に集中し過ぎて体壊さねぇようにだけ気をつけろよ。」
「はい!昨日寝ましたのでしばらくは大丈夫ですわ!さっそくいろいろと確認したいと思いますので、ワタクシは研究室に向かいたいと思います!こんな素敵な贈り物を本当にありがとうございます!」
睡眠は毎日取るものなのに何が大丈夫なのかはわからないが、さっきまで謙遜していたのが嘘のように楽しそうだからいいか。
「まぁほどほどにな。そんじゃ、おやすみ。」
「おやすみなさいませ!」
ソフィアとは応接室を出たところで別れ、俺はやっと寝れると思いながら部屋へと向かった。
明日どうやって横山に伝えるかをいまだに考えていないが、もうなるようになるだろうと諦めて眠りについた。
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