裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

341話



貴族の住宅街を抜けたあたりで馬車を止めてもらい、そこからは徒歩で宿屋へと向かうことにした。
貴族でもないのに宿屋まで馬車で送られるのはなんか嫌だったからな。
道を覚えてなければ送ってもらったかもしれないが、さすがにさっき通ったばかりの道くらいは覚えているから問題ない。

日本にいた頃ならまだ深夜というほどの時間じゃないくらいだと思うんだが、そこそこ大きな通りを宿屋に向かって歩いていても人がほとんどいない。
ここは住宅街なのか、時間的に店が閉まってるだけなのかはわからんが、たまに酔っ払った冒険者っぽいやつを見かけるくらいだ。
冒険者なのにこんな門から離れたところに宿を取ってるんだなと思いながら、なんとなしにまた見かけた冒険者を見ていたら、その冒険者が脇道へと入っていった。

あんな裏道に宿屋なんてあるのか?もしかしたら裏道に隠れた名店でもあるのかもな。いや、ただの近道として入っただけの可能性が1番高いか?と勝手に推測しながら、男が入った道を通り過ぎるさいに覗いてみたが、普通の裏道だった。少し進んだところで曲がり角になっているせいでその先は見えないし、その曲がり角までに何かがあるようには見えない。
やっぱりただの近道として使用されてるだけだろう。

裏道への興味がなくなり、それから少し歩いたところで、それなりに大きな通りが交わる十字路に着いた。ここからもう2つ先の十字路を右だったなと思いながら十字路を過ぎようとしたら、左側がやけに明るいのが目に映った。
今歩いている道にも街灯はあるが、正直そこまで明るくないから、ここからでもあっちの光が目立って見える。

何かやってるのか?

思ったより屋敷に長居しちまったし、帰って寝るべきかとも思ったが、明日にはこの町を去るのだから、ちょっとくらい見て回ってみるのも悪くないかもなと光のもとへと足を向けた。

明るさからして何かの祭りかと思っていたんだが、近づいても人の話し声だと思われる音が途切れ途切れに聞こえるくらいで、盛り上がっている感じはない。
無駄足だったかもしれないと少しテンションは下がったが、ここまで来たのだから戻る前に確認くらいはしておこうと明かりの原因に近づいた。

明るかったのは一部ではなく、左右に続く通り全てが明るくなっているみたいだった。

街灯プラス店の灯りで華やかに照らされた通りは端から端までで200メートル以上ありそうだ。これが商店街とか夜市とかならたいした規模ではないのかもしれないが、この通りに並んでる店はたぶんだが全部風俗店っぽい。しばらくここにいるやつらを眺めて、雰囲気からしてそうだろうと思っただけだが。

本当にこの通りの店が全部風俗店だとしたら、なかなかの規模だな。

しばらく眺めていたら、なんとなく利用方法がわかった。
外に立ってるやつに話しかけて、そこでいくつか話したら店や裏道に入っていくって感じか。裏道に入っていくのは店を通してなさそうだから交渉次第なのかもしれないが、面倒なことになる可能性もそこそこありそうだ。

俺がいる位置はちょうど風俗通りの真ん中あたりのようで、利用している客の割合を見た感じ、左側の通りが男向けで右側の通りが女向けだろうな。
もちろん少数ながら反対側を利用してるやつもいたが、客がスタッフに向けてる視線的に俺の推測は間違いないはずだ。

さて、どうすっかな。

今は屋敷に自分の部屋があって、アリアからお香ももらってるから、転移直後と違って困っているわけではない。わけではないが、せっかく1人でこんな場所に来たのだから、利用するのも悪くないか。

念のため気配を探りながら全方位に目を向けて、アリアたちがいないことを確認した。さすがにこの時間に出歩いてはいないと思うが、俺の知らないところで情報収集とかしてるらしいから一応な。
べつに見られてもいいっちゃいいんだが、人によってはこういう店を利用することに抵抗があったりするからな。もしもアリアたちの中に気にするやつがいたら、今後の戦闘に支障が出るかもしれないから、気をつけるに越したことはないはずだ。主と奴隷だから命令に逆らうことはなくとも、嫌悪感を持たれてたら動きが鈍る可能性もあるし。
こんなところを見られたせいで関係が悪化して戦闘に支障が出るようになったりしたら、奴隷に手を出さないようにしてる意味自体がなくなるからな。

さて、確認も終えたし、良さげな相手を探すために左側の通りへと入った。
通りの端に立つ女を見ながらしばらく歩いて気づいたが、店の前に立ってるのが店の女で、裏道の近くに立ってるのが店と関係ない女っぽいな。
普通はこんな店が並んでいるところで堂々と一般人が客引きなんてしてたら問題になりそうな気がするが、暗黙の了解でもあるのか誰も気にしてる感じはない。
それにしても金払って裏道でってのはどうなんだ?裏道の少し奥の方でやってるみたいだから街灯の灯りも微かにしか届いてないし、普通は見えないのかもしれないが、この世界だと暗くても見えるようになったりするから見られる可能性はけっこう高いはずだ。ちなみに俺ははっきり見える。べつにじっくり覗く気はねぇけど。
もしかして見られる方が興奮するからあえて外でってやつか?そんで、さっき一本向こうの通りで裏道に入っていった酔っ払った冒険者が観客だったりしてな。さすがにねぇか。

まぁ実際は裏道なら安いとかなんだと思うが、そもそも俺はそれなりに名前を知られているみたいだから、店じゃないやつだと面倒ごとになる気しかしないし、やるなら多少高かろうが店を利用するつもりだけどさ。

店の前に立ってるやつだとあいつかあいつが見た目が好みだな。念のため鑑定をしておこうと思ったが、そういや鑑定ってしてるのを相手に悟られるんだったことを思い出し、今回は識別を使ってみた。
たしか識別は2択の判断なら出来るはずだから、性病にかかっているかの判断なら出来るんじゃないかと試してみたんだが、どちらもかかっていないと出た。
ちゃんと結果が出たってことは大丈夫なはずだ。最悪感染したとしても神薬を使えばなんとかなるだろう。もったいないから最後の手段だが。

どっちも大丈夫なら店がデカい方の前にいる女にしておくか。そっちの方が胸もデカいし。
店がデカい方が金額が高いかもしれないが、その分ちゃんとした店の可能性が高いはずだ。…実際はわからんが。

デカい店の前に間を空けて立つ5人のうちの1人、1番手前側に立つ俺の好みの見た目の女に近づくと、女も妖艶な笑みを浮かべながら近づいてきて、体を預けるように正面から抱きついてきた。

コートは脱いでおけば良かったな…。

女と俺に挟まれた胸が形を変えながらも存在を主張するように俺の胸に圧力をかけてくるが、コートを着ているせいで柔らかさがわからねぇ。

接触されるまでは一応警戒していたが、ここまできて殺気どころか変な動きすらしてこないから大丈夫そうだし、純粋に楽しませてもらうとするか。

「私をご指名してくださるの?」

女が俺の耳元に口を近づけて、囁くように確認してきたせいで、吐息が耳に当たって少しくすぐったい。

さすがプロというべきか、まだ金を払っていないどころか利用するともいっていないのにこんなに雰囲気を出してくれるんだな。
見た目で選んだだけだったが、当たりかもしれん。

そうだと答えようと思ったが、念のため仕事でやってるのかを聞いておくか。
この女は店の前に立ってはいるが、1番端に立っているから、見ようと思えば裏道の近くに立っているといえなくもない。現に女からも俺に近づいてきたから、今は裏道の前だしな。

「先に確認したいんだが、仕事……ということでいいんだよな?」

確認している途中で裏道で客を取ってるやつも仕事は仕事なんじゃねぇかと思い、聞き方を間違えたことに気づいて言葉に詰まった。
だが、仕事といってしまったせいでうまくいい直せそうになかったから諦めて、とりあえず確認をとった。

「……それはどういう意味かしら?」

まぁそうなるわな。
聞いた俺自身、何聞いてんのかわかんねぇし。

「悪い、聞き方を間違えた。あんたはそこの店の従業員ってことでいいんだよな?」

あらためて聞き直しながら、俺も女の腰に左手を回し、右手を女の背中へと回して軽く抱きしめた。
やっぱり胸の柔らかさはコートの厚みのせいで伝わってこないが、手のひらから伝わってくる女の体温は心地よく感じる。
外はそこそこ寒いのに女はわりと薄手の格好をしているにもかかわらず、体は冷えてはいないようで暖かい。
女が身につけている香水は少しきつい香りではあるが、俺はけっこう好きな香りだからか不快ではない。むしろ気分が昂ぶってくるくらいだ。

腰に回した左手が無意識に下へと位置をずらし始めていたことに気づいて止めた。
まだ利用すると決めていないのに尻を触るのはアウトだろ。ヘタしたら抱き返したことすらアウトかもだが、何もいってこなかったからここまではたぶん大丈夫なはずだ。

「………………さすがはリキさんですね。リーダーのいう通りでした。たまたまお店の利用に来ただけだろうと思ってしまった自分が恥ずかしいです。」

そういや返事がねぇなと思ったところで、なぜか声色を急に変えた女から意味不明な返事がきた。思ってしまったも何もその通りなんだが…。

女の返答内容は意味不明だったが、名前を呼ばれた瞬間、驚くほど一瞬で萎えた。
せっかく昂ぶっていた気持ちが霧散し、いつでも殺せるようにと気持ちが勝手に切り替わった。
相手が殺意を向けてきていないし、変な動きもしなかったから、俺も殺意までは向けずにすんだが、緊張が緩んでいた状態から警戒に移った反動で危なく相手が誰かもわからず、このまま殺すところだった。
とっさに腰に添えていた左手を相手の脇腹までズラし、背中に添えていた右手を脇の下までズラしちまったが、そこで止められて良かった。危なくその流れで女の背骨を折りにいくところだった。下手したら勢いあまって胴体が引きちぎれてた可能性すらある。
相手は俺の首に両手を回しているんだから、女が動く前に速攻で殺そうとしたこと自体は仕方ないと思うが、さすがにこんなに人が多いところで急に殺したら、言い訳すら聞いてもらえずに指名手配になりかねんしな。それに俺の名前を知ってるってことは俺が忘れてるだけで知り合いの可能性もあるから、殺してたらヤバかったかもしれない。

「……どういう意味だ?」

「申し訳ありません。まず始めに私は敵対するつもりはありませんので安心してください。もちろん説明させていただきたく思います。よろしければお店にお部屋を用意いたしますが…。」

女からはさっきまでの妖艶な雰囲気はなくなり、平坦な声で淡々とした話し方に変わった。
声自体は同じなのに話し方が変わるだけでここまで雰囲気が変わるのも不気味な感じだ。吐息が耳にかかるほどの距離で小声で囁かれているせいで余計に違和感が強いのかもしれない。
ただ、こういった話し方をするやつには残念ながら心当たりがある。忘れっぽい俺でも印象に残っているやつらだからな。あいつらの一員なら一方的に俺の名前を知られていても納得がいくし。

「いや、このまま話せ。周りに怪しまれるのも面倒だから、簡潔にな。」

「はい。まずは自己紹介を。私は新しくアヤレジ王国王都コヤハキを任されました『道化師連合』のマーヤでございます。リーダーからの伝言があるのですが、私からリキさんへの接触を禁じられていました。リキさんなら私を見つけて声をかけてくるだろうから、その時に伝えるようにといわれていたのですが、コヤハキの担当が変わったことすら伝えていないのにわかるはずがないと思っておりました。リキさんの力量を見誤り、疑ってしまっていた自分が恥ずかしい限りです。」

やっぱり『道化師連合』かと思ったが、その後に続いた言葉の意味がよくわからなかった。
なんで俺がこいつに声をかけると思われてんだ?
今ここに来たのはたまたまだし、こいつが『道化師連合』のやつだって気づいたのはさっきの急に変わった話し方を聞いたからだ。
そもそも担当が変わったとか知らねぇし、俺には『道化師連合』に用なんてねぇから、知っていても話しかけなんてしねぇ。
俺が風俗を利用するだろうと予測して、俺好みの顔をしてるこいつに話しかけると思われたってことか?だとしたら怖いわ。

というか、これって簡潔に話したとしてもすぐには終わらないんじゃねぇか?
さすがにずっと抱き合ってるのは目立つぞ。

「用件だけ聞くつもりだったが、長くなりそうだから、やっぱり店の中で話すか。だが、この店は大丈夫なのか?」

「意図を読み取れず、長々と話してしまい申し訳ございません。この辺りの店のほとんどは『道化師連合』もしくは下部組織なので問題ありません。一部無関係の従業員もいますが、私の部屋に近づくものはおりません。」

わけのわからない謝罪をしてきたと思ったら、もっとわけのわからないことをいいやがった。
俺がもう1人の女の方を選んでいたら、知らずに『道化師連合』の店を利用して情報が筒抜けになっていた可能性があったってことか。あんな不気味な組織に情報を握られるとかゾッとするな。
というかこの女も最初は普通に接客してきたから、俺から確認しなかったらいろいろと情報を聞き出されていた可能性もあるのか。
情報を聞き出されることもだが、『道化師連合』のメンバーとやるとか、いくら好みの顔だろうとなんか嫌だわ。プレイ内容の全てが上に伝わる可能性があるってことだろうからな。情報を売り物にしてるやつらにそんなプライベートな情報を握られるのはさすがに遠慮したい。

「じゃあ案内してくれ。」

「かしこまりました。」

女が俺から体を離そうとしたから、俺も腕の力を抜いて解放した。
女は俺の腕から抜けるとすぐに左腕に絡みついてきて、そのまま店の中へと案内してきた。

女の妖艶な微笑みは抱きつかれる前と変わりなく、腕に少し体重をかけてくるところも鼻腔をくすぐる香水の香りも最初のやりとりを彷彿とさせる。本来なら雰囲気もあり、気持ちが昂ぶってもおかしくないのだろうが、俺の気持ちは萎えたままだった。







女に案内された部屋に入り、促されるままにベッドに腰掛けた。
この部屋にはベッドしかないから、俺がベッドに座って、女が目の前に立っている。
女は部屋に入ると同時に妖艶さが霧散して無表情になっているから、目の前にただ立たれると不気味だ。

「あらためまして、新しくコヤハキを任されました『道化師連合』のマーヤでございます。」

女は手を胸にあて、手の甲で光るピエロのような模様を俺に見えるようにしながら頭を下げた。

「あぁ。それで、そっちのリーダーはなんていってたんだ?」

「リキさんは勇者の現状や王子の処遇を確認しにくるはずだから、待っているようにといわれておりました。」

ん?聞きたかったのはリーダーの伝言についてなんだが、このいい方からすると俺が風俗街を利用するのを予測していたわけではなさそうだな。
正直全く勇者や王子については興味なかったが、風俗街で好みの相手を選んだら『道化師連合』のメンバーだったってのがバレないようにするためにそういうことにしておくか。

「いや、リーダーの伝言とやらを聞いたんだが、せっかくだから先に勇者と王子の話を聞かせてくれ。…そういや情報には対価が必要か。」

「いえ、対価は既にいただいていますので、今回は勇者について、王子について、イデレクーダに関わることについての情報を伝えたいと思います。」

「待て!何を対価としたんだ?」

『道化師連合』に勝手に対価として取られてるとか嫌な予感しかしないんだが。

「前担当が把握できておりませんでしたアヤレジ王国に潜伏する魔族を全て明らかにしてくださったことを対価とさせていただいています。その件につきましては本当に感謝いたします。リキさんが介入してくださらなければ、アヤレジ王国は人間の国としての存続は不可能でした。」

俺はこの国に残ってる魔族なんて1人も知らねぇんだけど。全て明らかにしたのはお前らじゃねぇの?でも、それが対価になってるなら余計なことはいわなくていいか。

「べつに俺はたいしたことはしてねぇけどな。」

「リキさんにとってはたいしたことではなかったかもしれませんが、もしリキさん以外が対処した場合、アヤレジ王国をイデレクーダに乗っ取られるか、イデレクーダを討伐もしくは追い払うしか選択肢がありませんでした。その場合、どちらにしてもこの国はどうにもならなくなっていたでしょう。」

「俺も追い払っただけだが?」

「リキさんの場合は好意的な関係をもって乗っ取りを諦めさせたので、私が述べた追い払うとは少し意味が違います。」

結果は同じじゃねぇのかと訝しんだ目を女に向けると、女は話を続けた。

「私のいう追い払うは討伐しようとしたところで逃げられるという意味です。その場合、イデレクーダに与した者や町に潜伏していた魔族の全てが撤退していたでしょう。恥ずかしながら、アヤレジ王国の政治に関わる者の半数近くがイデレクーダの手下でした。もし一度に撤退されていたら国が回らなくなっていたでしょう。これはイデレクーダを討伐出来た場合でも同じです。もちろんイデレクーダを討伐しなければ、近いうちにアヤレジ王国は乗っ取られていたでしょう。前担当の怠慢により気づけませんでしたが、アヤレジ王国は既に詰んでいる状態でした。それを最良の形で解決してくださったリキさんには感謝してもしきれません。前担当の首を切るだけで済む話ではありませんので、私の権限で出来る限りのことはさせていただきたく思います。」

今回の件はたまたま向こうが引いてくれたから解決しただけで、相手の反応次第では普通に殺してただろうし、なんだかな。

「国内にいる魔族たちはどうしたんだ?」

「全ての魔族が変わらず真面目に仕事をしていたため、判断に迷いましたが直接確認を取ってみたところ、リキさんと敵対するつもりはないからと、引き継ぎを終えてから撤退するとのことでした。」

わけわからねぇな。べつにそんな約束はイデレクーダとしてないから、全員が撤退したとしても俺は文句をいうつもりなんてなかったが、せっかくいいようにしてくれてるんだから、余計なことはいうべきじゃねぇか。

「殺してないならいいや。そんで、勇者と王子はどうなったんだ?」

「勇者はパーティーメンバーとともに何かに追われるかのように死にものぐるいで鍛錬に挑んでいるとのことです。余裕を失った危うさはあるようですが、もともと早かった成長がさらに加速したと伺っております。もともとが序列4位の勇者でしたので、このまま成長を続けられるのであれば、今回の最後の大災害のときには期待できるかと。王子に関しましては王位継承権を剥奪し、幽閉されることとなりました。二度と塔の外に出ることはないでしょう。」

勇者一行は折れずに頑張ってるみたいだな。
あのまま使いものにならなくなってたらレガリアに悪いと思ってただけに良かった。
王子は魔族側についていたんだから、殺されなかっただけマシだろ。幽閉がどんな罰かをよく知らんけど。

「ちなみに序列ってなんだ?」

「私たちが勇者の実力をもとに順位付けした目安のようなものです。リキさんの知っている勇者でしたら、クローノストが3位でアラフミナが6位となっています。上位3名は最低1度は大災害を乗り越えていますので、今回が初めてであるアヤレジ王国の勇者が序列4位というのはそれだけ成長が早いということです。」

勇者ってけっこういるんだな…馬鹿島が最下位だとしても6人もいるってことだからな。
というか、あれで4番目かよ。3番目らしいクローノストの勇者は得体の知れなさがあったが、この国の勇者には負ける気がしなかったから、3位と4位ではけっこうな差がありそうだな。

「勇者と王子についてはわかった。ありがとな。そんで、そっちのリーダーからの伝言ってのはなんだ?」

「はい。明日の早朝に王城からの遣いがリキさんを訪ねるかと思います。断るとリキさんにとって面倒なことになる可能性があるので、関わるつもりがないのであれば今夜中にカンノ村に向かうことをお勧めするとのことです。ですが、私が調べたところ、リキさんが呼ばれる理由は褒美を与えるためなので、無理に避ける必要はないかと思います。」

なんかさっきからこいつと話してて微妙に違和感があるなと思っていたんだが、その理由がわかった気がする。
こいつは『道化師連合』なのに人間らしいというか、中途半端というか…声が急に平坦になったせいでマルチのときのような感覚になったが、マルチのときのように機械を相手に喋っていると感じるほどではない。
そういやこいつは名前もあるみたいだし、『道化師連合』の中でもいろんなタイプがいるってだけかもな。

「いや、情報感謝する。王族からの褒美なんていらねぇし、面倒ごとに巻き込まれそうな予感がするから、日が昇る前に帰ることにするわ。伝言とやらはそれだけか?」

「いえ、もう1件あります。イデレクーダが手下の魔王化のために準備していた討伐用の魔王が6体見つかりました。どれもこちらで処分可能な個体だったのですが、必要であれば譲るとのことです。まだ魔王が生まれていなかった魔物の集団は討伐したのですが、既に魔王化した魔物を含む集団はそのまま残してあります。こちらで処分してもよろしいでしょうか?」

ん?俺の解釈違いでないとしたら、イデレクーダは魔王の養殖のようなことをしていたってことか?
イデレクーダはまだ自分以外の魔王が4人しかいないようなことをいってた気がするが、他の仲間を魔王にするための算段は立てていたってことか。
タイミングが悪けりゃ全部で10体以上の魔族を相手にすることになってた可能性もあったわけだな。まぁトップでイデレクーダくらいの実力ならなんとかなりそうだけど。

「いや、譲ってもらえんなら譲って欲しいが、それの対価はさっきの既に払ったことになってる分に含まれてんのか?」

「はい。後で何かを請求することはありません。今回の魔王はそこまで強い魔物ではなかったので、こちらで処分した方がいいかと思いましたが、リキさんが討伐してくださるならお任せいたします。」

「ちなみに急ぎで討伐が必要か?」

「生息地が町から離れていますので、そこまで急ぐ必要はないかと思います。町に攻めてくるようであれば討伐せざるを得ませんが、1ヶ月以上は猶予があるかと思います。」

「それなら問題ない。一度村に帰るが、戻ってきたら討伐するから、場所の書かれた簡易的な地図とかあったら欲しい。口頭じゃ覚えられるか怪しいからな。」

村に残ってる魔族で討伐したいやつがいるかもしれないから、帰ったついでに確認しておくか。誰も興味なかったとしても6つの集団の掃討となればそれなりの経験値になるだろうから、それはそれでありだしな。

「地図は既に用意してあります。」

女が渡してきた簡易的な地図を見ると、6つの集団を表しているっぽい印はそれぞれ距離をあけて書かれていた。イデレクーダが魔物たちの縄張りが被らないように考慮していたのかもな。ただ単にこいつらが他の魔物の集団を討伐したから、魔王化した魔物を含む集団の縄張りが被ってないだけって可能性もあるが。

「ありがとう。話はこれで終わりか?」

「はい。リーダーからの伝言は以上です。何か質問がありましたら、私の権限内でお答えしたいと思います。」

「とくに質問はねぇから大丈夫だ。」

俺が答えたら、無表情だった女は手の甲の模様を消して、妖艶な笑顔を浮かべた。

「かしこまりました。…当店はご利用していかれますか?」

するわけねぇだろ。

「いや、とっととカンノ村に帰らなきゃだから、やめておく。」

「それは残念です。いつでもご利用ください。」

俺が『道化師連合』の店だから嫌だということを隠して答えたら、悲しそうな顔をした女が急に何かを書き始めた。
さっきの地図もそうだが、その紙とペンはどこから取り出したんだ?
薄手の服を着ているからペンや紙を持ち歩いていたら膨らみでわかるはずだと思うが、そんな膨らみはない。そもそも服から取り出すそぶりはなかったと思う。気づけば両手に持っているという不思議。道化師連合っていうくらいだから、このくらいの手品は余裕ってやつか?

俺がそんなことを考えているうちに女はささっと何かを書き終えたようだ。

「よければこちらをどうぞ。」

「これは?」

「簡易的で申し訳ありませんが、この花街通りの地図です。店についている印は『道化師連合』の関係者が一切いない店舗で、それ以外の店に書かれている名前は『道化師連合』に関わりのある店ではありますが、そのことを何も知らない者のお店で使っている名前です。よければ参考にどうぞ。」

女は妖艶な笑みを浮かべながら地図の書かれた紙を小さく折りたたみ、俺の右手を取って、両手で包み込むように握らせてきた。

『道化師連合』の関わる店だから利用したくないってのが普通にバレてんじゃねぇか。

まぁ『道化師連合』と関わりのない店を教えてもらったところで、完全に萎えちまったから今日はもう利用する気はねぇし、そもそも『道化師連合』の関係者だらけの風俗街なんか使う気はねぇけどな。店の中に関係者がいなかろうが嫌な予感しかしねぇし。

「使うかはわからないが、気持ちとしてもらっておく。じゃあな。」

「外までお送りいたします。もしこの町の情報が必要となった場合はこの店にお越しください。今後は対価をいただくことになるかとは思いますが、確実な情報を提供いたします。」

「あぁ、そんときは頼むな。」

女とともに店から出て、最後に抱きしめられてから見送られた。

情報を得れたのだから無駄な時間ではなかったんだが、なんかやけに時間を無駄にした気がしてならない。不完全燃焼感が半端じゃない。だからといって完全に萎えてるから、やりたい気分でもないんだけどな。

「……はぁ…。帰るか。」

女から少し離れたところで聞かれない程度にため息をつき、手を振る女に軽く手を振り返してから今度こそまっすぐ宿へと向かった。

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