裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

340話



俺がデザートを食べ終わった時にはレガリアはセリナに寄りかかって寝ていた。さっきまではそんなに密着する距離ではなかったと思うんだが、セリナが気を利かせて肩を貸すために近づいたのかもな。

デザートも食ったし、金は先払いで既に払っているから、そろそろレガリアん家に向かおうかと思い、寝ているレガリアに近づいて肩に担ごうとしたらセリナに止められた。
俺はあんまちゃんと見ていなかったから気づかなかったが、今日のレガリアはけっこうな量の飯を食っていたらしく、このまま肩に担いだらリバースするかもといわれたから、さすがにやめた。

無難におんぶか?だが、寝てるやつをおんぶするとヒモで縛ったりしとかないと頭から落ちる危険もあるんだよな。だからといってヒモで括りつけるのはなんか嫌だ。

やっぱり腕で抱える方がいいだろうな。

レガリアを運ぶ方法が決まったところで、もう遅いからアリアたちには宿屋に帰るようにいい、俺らはレガリアの屋敷へと向かった。




冒険者ギルドから歩くことしばらく、賑やかだった喧騒が貴族の屋敷が立ち並ぶ区画に近づくにつれて徐々に静かになっていく。

レガリアを担ぐことも背負うことも出来ないからと、仕方なくお姫様抱っこで運ぶことになった。ニアが。

一応護衛なのだから両手が塞がるのはよくないだろうし、何よりも街灯はあるとはいえ薄暗い街中で寝ている少女をお姫様抱っこで持ち運びたくなんてない。自分の見た目が善人ではないことは自覚してるからな。
俺が意識のない金持ちそうな少女を運んでるとか、面倒なことになる予感しかしない。

だから最初はヴェルに頼もうかと思っていたんだが、残念なことにヴェルはレガリアの屋敷の場所を覚えていなかった。いや、俺も忘れてるんだから文句はいえねぇんだけどさ。

屋敷に着いたら1人で帰ってもらうことになるから、いくら町の中とはいえ、アリアは年齢的に夜に1人で出歩かせたくはない。
セリナはもしかしたらレガリアとの別れで感傷的になる可能性があるかと思ったから、それじゃあレガリアが寝てから運ぶ意味がなくなるし、そういう心配がなさそうで強さや頑丈さ的にも問題ないヴェルがちょうどいいと思ったんだけどな。ちなみに魔族組は1人にしたら余計な問題に発展しそうな気がしたからハナから除外した。

残るはテンコかウサギかニアかと思ったところでニアが立候補してきたからニアに任せることになった。

ニアは最近やけに大人しかったから、自分から手伝うといってきたのはちょっと意外だった。てっきり俺の本性を知って距離を置いてきたのかと思っていたがそういうわけではないのか?

そんなことを思いながら隣を歩くニアに視線を向けた。
やっぱりニアって綺麗な顔してるよな。セリナも整っているって意味でいえばいい勝負なんだろうが、セリナの場合は妹って感覚がけっこうあるから可愛らしいって感覚になるが、ニアは歳がほとんど同じだからかローウィンスに近い感覚がある。
ちょっと前まではニアがグイグイき過ぎるせいであしらうことに意識が向いてたのかもな。こうやってあらためて見たら、そこらの一般人とは比較出来ないくらいに綺麗な顔だな。見た目は変わっていないはずなのに不思議な感じだ。

ニアと2人でいるのにこんなに穏やかな時間が流れるのも不思議な感じだが、これはこれで悪くはないな。

少し長く眺めていたせいか、見られていることに気づいたっぽいニアが俺の方を向いたことで目が合った。

一瞬、疑問顔を浮かべたニアだったが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべてから前を向いた。

グイグイき過ぎだと思っていたはずなのに全く来なくなると違和感があるな。

いや、俺は何を気にしているんだか。
べつに仲違いしたわけでもパーティーとして問題が起きたわけでもねぇのに気にする必要はないだろう。
変なことを考えるのはやめて俺も前に視線を戻した。

「……2人きりで出かけるのは初めてですね。」

しばらく無言で歩いていたら、ニアが前を向いたまま話しかけてきた。
ニアと2人きりで出かけたことってなかったか?と思い出そうとしたところで気づいたが、そもそも今も2人きりではねぇぞ。
その両手で抱えているものは人としてカウントしてやらないのか?

「今もべつに2人きりではねぇと思うけど、いわれてみればニアと2人だけで何かをするってことはなかったかもな。ニアが仲間になったときにはけっこうな人数になってたから、2人だけで行動するって機会がそもそもほとんどなくなったのかもな。」

「自分がもっと早くにリキ様に出会えていたら、関係も変わっていたのでしょうか。」

「わかんねぇけど、変わってたかもな。奴隷としてじゃなく関わるようになってたかもしれねぇし、全く関わることがなかった可能性もあるな。もしくは出会う時期が早かろうが何も変わらないってこともあるか。…急にどうしたんだ?」

「いえ、少し気になってしまっただけです。もっと早くリキ様と出会えていたら、女として見てもらえたりしたのでしょうかと。でも、今はこの形で良かったと思っています。自分はリキ様を愛していますが、アリアさんたちのことも好きなんです。だから、自分は今がとても幸せなんです。」

奴隷なのに幸せとか、皮肉でいってる…わけではなさそうだな。
まぁ、奴隷にならなければアリアたちと関わることはなかっただろうから、結果的にはニアにとって幸せな形になっているのかもな。

「それなら母親の墓参りでいい報告が出来るな。ニアが行きたくなったら墓参りくらいは行ってかまわないからな。アリアに頼めば休みの調整とかしてくれるだろうし。」

俺がアリア任せの発言をしたところでニアが顔を向けてきた。
さすがに人任せにし過ぎて呆れられたか?

「……覚えていてくれたのですね。嬉しいです。ありがとうございます。…出来たらでいいのですが、リキ様も一緒に来てはいただけませんか?」

呆れられたわけではなかったみたいだが、俺が一緒に行くのはニアの母親的にどうなんだ?

「自分の娘を奴隷にしたやつに挨拶に来られても困ると思うけどな。まぁでもニアの母親なら墓くらいはちゃんとしたのにしてあげてぇし、黒龍素材の件が終わったら一度みんなで墓参りに行くか。しばらく先な話なうえに他のやつらが行くかはわからないから最悪2人でになるかもしれないけどな。」

「ありがとうございます。」

微笑んで礼をいってきたニアはまた前を向いた。

ニアと2人きりで穏やかな時間が流れるのがなんか不思議に感じるなとあらためて思ったところでニアの腕の中のものがもぞもぞと動き出した。

…すまん、レガリア。俺までニアと2人きりだと錯覚しちまったわ。

「ん……んぅ?…ここは?……えっ!?」

目をこすりながら寝ぼけたまま首を左右にゆったりと振りながら質問をしてきたレガリアだったが、寝ぼけ眼で数秒ニアを見つめたあとに驚いた顔に変わった。

「おはようございます。今はレガリアさんのお屋敷にお送りしているところなのですが、レガリアさんは食堂で寝てしまいましたので、申し訳ないと思いましたが抱えさせていただきました。不快でないようでしたらこのまま抱えてお連れいたしますが、よろしいでしょうか?」

「え?……え?あ、いえ、自分で歩きますのでもう大丈夫です。ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。ありがとうございました。」

ニアの説明を聞いたレガリアは恥ずかしかったのか、少し顔を赤らめながらニアの腕の中でペコペコと頭を下げていた。
ニアはレガリアに微笑みを返してから立ち止まり、ゆっくりとレガリアを降ろした。
寝起きだからか少しよろけたレガリアを支えつつ、ニアは俺に視線を向けてきた。

「レガリアさんが起きましたので、自分はここで帰った方がいいでしょうか?」

たしかに運ぶ必要も道案内の必要もなくなったのに最後まで付き合わせるのは悪いか?
でも、この辺りはあまり歩行者を見かけなかった気がするんだが、レガリアは道をわかるのか?さすがに自分の家の場所くらいはわかるか?

「レガリアはここから自分の家までの道はわかるか?」

「申し訳ありません。ここがどこかがまだわかっていないため、恥ずかしながらわからないです…。」

「というわけだから、ニアには悪いが最後まで頼んでいいか?」

「もちろん喜んでお供いたします。リキ様といられる時間を拒否する理由なんてないですからね。」

「お、おう。じゃあ頼むわ。ありがとな。」

「いえ、リキ様のお役に立てて嬉しいです。」

ニアはどうしていいかわからずに立ち尽くしているレガリアを促すようにして、あらためて歩きだした。

もう王城がけっこう近くに見えているし、そろそろ着くだろう。





ニアとはレガリアの屋敷の門のところでわかれ、レガリアと2人で玄関まで歩いて向かった。
少し歩いたところで、屋敷の入り口のところにレガリアの両親や執事、大量のメイドが待ち構えているのが見えた。

「この度は娘を救ってくれて本当にありがとう。」

「「「ありがとうございます。」」」

俺らは不思議に思いながらもレガリアの両親たちがいるところに近づいたら、一斉に頭を下げて感謝されて、さすがに驚いた。
貴族ってそんなに簡単に頭を下げていいもんなのか?まぁ感謝されて悪い気分になるわけじゃないから俺としてはいいんだが。

俺が驚いて返事が遅れたせいか、返事をする前にレガリアの父親に案内され、客室だと思われるところに連れていかれた。

たしかに報酬を渡すだけとはいえ、交渉とかもあるかもなのに立ち話ってわけにはいかないしなと思いながら、案内されるがままに部屋に入ってソファに腰掛けると、レガリアの父親が正面のソファに座った。

「君には本当に感謝している。君がいなければ間違いなく娘は殺されていた。何度も娘を助けてくれて本当にありがとう。」

遅れて部屋に入ってきたメイドがワゴンのポットを手にしたのが視界の隅に映ったのと同時にレガリアの父親があらためて礼をいってきた。
こういうのってお茶やらの準備が整ってから喋り始めるものなんじゃねぇの?それすら待ってられないほどに感謝の念が溢れてんのかね。
まぁ、べつにいいけど。

「依頼だからな。金さえ払ってくれれば問題ない。」

「そうだとしても、君には本当に感謝している。話はひと通り聞いたんだが、まさかここまで大掛かりな計画のもと娘の命を狙っているとは思っていなかった。それこそ君以外に依頼をしていたら、娘の命はなかったと確信できるほどに。」

話を聞いたって、イデレクーダの話はまだ伝えてない気がするんだが、レガリアが手紙か何かで伝えてたのか?…まぁいいか。

「まぁ満足してくれたのなら、追加報酬に期待させてもらおうか。」

「もちろんだとも。追加報酬を含めて金貨100枚入っている。確認してくれ。今回の金貨100枚は娘を今日まで護衛してくれたことに対してだから安心してくれ。この前みたいに騙すようなことをするつもりはないよ。」

俺が疑うような顔をしたからか、レガリアの父親は苦笑しながらテーブルに布袋を置いた。
べつに誤魔化しているとは思わないが、いわれた通りに確認するため布袋から金貨を取り出して、レガリア父に見えるようにテーブルに10枚ずつ重ねて並べた。

「たしかに金貨100枚だ。これだけの追加報酬をもらえたら俺からは文句はないから、今回の依頼はこれで終了でいいか?」

前金も含めたらかなり多くもらっているから、俺としては十分だ。
正直、命の危険とかがあったわけでもないからな。多少時間を奪われはしたが、これだけもらえるならもう2、3日なら付き合ってもいいくらいだ。
いや、今日の戦闘の感覚的にあのダンジョンの次の階以降の攻略にはイーラの力が必要だろうし、やっぱり延長はなしだな。

「もちろん依頼は終了だ。しかし、これだけのことをしてくれた相手にお金だけ渡して終わりというのはアルバート家の沽券にかかわる。何か他に欲しいものはないか?」

欲しいものっていきなりいわれてもなんも考えてなかったわ。感謝の気持ちっていうなら、普通に金額をさらに上乗せしてくれりゃいいんだが、貴族的にはそれじゃダメなのか?

メイドが用意してくれた紅茶を一口飲みながら考えてみたが、黒龍の素材くらいしか浮かばねぇわ。

「いきなりいわれてもな。今ぱっと出てきたのは黒龍の素材だけど、さすがに追加報酬としてもらえるようなものじゃないだろうしな。」

「…あぁ、持っていないから無理なのだが、たしかに黒龍の素材となると持っていたとしても渡すことを躊躇してしまうかもしれないな。」

ん?もし持ってたら躊躇はするけどくれる可能性もあったのか?
それだけ娘が助かったことを感謝してるってことか。
正直いえば俺はたいしたことをしていないから、黒龍の素材なんて報酬として全く釣り合わないだろうに渡すことを考えるんだからよっぽどだ。まぁそういうやつは嫌いじゃないけどな。

そういや、今回はソフィアに頑張ってもらったのにすぐに帰っちまったから褒美という褒美は渡してなかったな。
ソフィアなら魔法関係の珍しいものあたりならなんでも喜ぶだろう。

「欲しいものを思いついたんだが、魔法関係のもので珍しいものとかってあるか?もし俺に渡せる範囲で魔法関係のものがあるならそれがいい。もし読むのはいいけど渡せはしない魔法関係の本なんかがあれば、俺が書き写すでもいいし。」

「……それはアルバート家の家宝を知ってて聞いて……いるわけではなさそうだね。」

レガリア父は何かを探るように俺の顔をしばらく見たあと、勝手に納得したみたいだ。
もしかしてこの家は魔法で有名な家系とかなのか?その割にはレガリアは戦闘能力皆無っぽかったがと思っていたら、レガリア父が話を続けた。

「珍しい魔法関係の本ということならある。けれど、それは家宝だから、心苦しくはあるがさすがに譲ることは出来ない。写本なら構わないといいたいところなのだが、写本では効果がなくなるから意味がないかもしれない。」

本なら内容が読めればいいだけなんだから、写本は意味がないってことはないと思うんだが、書き写すとあとで文字が勝手に消えるとかの不思議現象が起きるとかなのか?

「どういうことだ?魔法関係とはいえ、本なんだろ?効果がどうのといわれても意味がわからないんだが。」

「そうか。そもそもその本がどういったものかを知らないのだったね。アルバート家の初代当主が作ったといわれるその本はMPを流しながら書かれている文章を読むだけで4つの強力な魔法が使えるのだが、何度同じ本を作ってみても魔法を発動出来たことがないから、写本では意味がないと思うということだよ。」

ん?MPを込めて文章を読むだけで魔法が発動する本?なんかつい最近そんな本を意図せず使った気がする。もしかしたらあの召喚術とやらの本もここの初代当主が作ったものだったりしてな。
ただ、あの本は適性がないと白紙に見えるって話だったから別物か?

「その本は文章自体は誰でも読めるのか?」

「どういうことかな?…あぁ、本に書かれている文字は貴族文字だから、習っていないと読めないかもしれないね。」

そういう意味ではなかったんだが、このいい方からして文字自体は常に見えるようになってるみたいだな。じゃああの本とは別物だろう。
まぁ、レガリア父が何代目か知らないが、古い本がいまだに本屋に残ってると考えるよりは違うやつが最近たまたま似たようなものを作ったって方が可能性は高そうな気がするな。知らんけど。

作者が違うとしても同じような効果なら俺の観察眼で何かしら見れるかもしれないから、それの写本が報酬でいいだろう。

「その本を見せてもらうことは出来るか?効果はなくても写本をさせてもらうことが追加報酬ということにさせてほしいんだが。」

「私はもちろんかまわないけれど、いいのかい?今まで一度も再現出来たことがないから、せっかく書き写したところで使い道がないと思うのだが…いや、君ならきっと何か考えがあるのだろうね。それでは少しここで待っててもらえるかな。本を取りに行くために少し席を外すよ。」

「あぁ、ありがとう。」

レガリア父が一言断って出て行ったことで、この部屋には俺とメイドだけとなった。
チラッとメイドに視線を向けてみたが、目を伏せて静かに立っているから、話し相手となる気はなさそうだ。

まぁすぐに戻ってくるだろうから、暇つぶしをするまでもねぇか。

用意された茶菓子に手を伸ばそうとしたら、扉が開いた。思ったより早かったなと思ったら、入ってきたのはレガリアだった。

わざわざ着替えたらしいレガリアは軽く会釈をしてから俺の近くまで歩いてきて、ソファの隣で立ち止まった

「…あの、あらためてお礼をさせてください。私を魔族から護っていただき、ありがとうございました。」

レガリアはスカートを軽く摘んで貴族の礼だと思われる動作をした。

「依頼だからな。気にするな。」

「ありがとうございます。怖い思いをすることもありましたが、リキさんたちのおかげで、とても楽しいひと時を過ごすことが出来ました。…私もここにいてもいいでしょうか?」

「ここはレガリアの家なんだから好きにすればいいと思うぞ。べつに聞かれちゃまずい話をする予定もないしな。」

「それでは失礼します。」

好きにしろと答えただけなのに、なぜか微笑んだレガリアが俺の右側の1人用ソファへと腰掛けた。
そのタイミングを見計らったかのように部屋の扉が開いた。

視線を向けるとレガリア父が執事っぽいやつと一緒に戻ってきたみたいだ。レガリア父が右手に持っている薄い本がさっきいってたやつだろう。執事は紙とペンを持ってきてくれたみたいだ。
レガリア父はレガリアがいることに一瞬驚いたようだが、特に何もいうことなく、俺の前のソファに座り、執事はレガリア父の後ろに立った。

「これがさっき話していた本だよ。1人のMP量で発動出来るとは思わないけれど、念のためMPは注がないように気をつけてほしい。」

そういってテーブルの上に本を置き、執事がその横に紙とペンを置いてくれた。

本の表紙は革製の立派なものなんだが、中身はほとんどないのかかなり薄い。
表紙には文字だと思われるものが書いてあるが、全く読めない。これが貴族文字とかいうやつか?まぁたいして難しい形でもないし、そのまま書き写せばいいか。

「あぁ、じゃあありがたく写させてもらうな。」

一応断りを入れてからまずは表紙を紙に書き写し、本を開いた。
中にも文字が書かれているが、半分くらいは読めない。残りの半分は平民文字っぽいから、貴族文字ってのは日本でいうところの漢字みたいな扱いなのかもな。その通りだとしたら、ここまで日本語と似てるとか意味わからんけど。

まぁそんなことより、結構な量の文字があるからとっとと写すか。

とりあえず1ページ目を見たままに書き写し、次のページをめくったところで写す気力をかなり削がれた。
やっぱりというべきか文字だけじゃなくて、ページごとに魔方陣だと思われる模様が薄っすらと書かれている。
召喚術の本と同じで、その魔法陣の上に文字が書かれているといった感じだ。

かなりめんどくさそうだが、せっかく見せてもらってるんだから、頑張って書き写すか。

まずは文字だと思われるものを紙2枚に写す。
一応、行や列も本の通りに書き写してはいるが、形は微妙に違ってしまっている。元の本自体が人が書いた文字っぽいから仕方ないだろ。

文字を書き写した後は魔法陣に取り掛かろうと思ったんだが、この本の魔法陣は薄すぎて所々が欠けている。だが、魔力は流すなっていわれているし……目の方に力を使えばいいか。

観察眼に力を込めて魔法陣を凝視すると、反発されるような感覚はあるが、模様がくっきりと見えるようになった。
俺の目にけっこうな負荷がかかっている気がするから、さっさと描き写すべきだろう。急ぐ分少し雑になるだろうが、多少の歪みはソフィアが予測して補正してくれるはずだ。じゃなきゃ、そもそもこんな模様を正確に描き写す能力なんて俺にはないから困る。

「…それはなんの魔法陣なのでしょうか?」

俺が集中して写していると、レガリアが声をかけてきた。
途中で描くのを止めて目を離したら描き直し位置とかを間違えそうだからと、魔法陣を描き写す手は止めずに答えた。

「この本に描かれてる魔法陣だ。これに魔力…MPを通すことで魔法が発動されるんじゃねぇの?知らんけど。」

適当に答えすぎたせいか、それ以上は何も聞かれなかったから、黙々と描き写した。



とりあえず見開き2ページの魔法陣2つを写し終えたんだが、目がクソ痛え。
集中しすぎたのか乾燥うんぬんとかいうレベルじゃないくらいに痛いと思いつつも右手で目を擦ったら、ヌルッとした。

…は?

涙とは違った感触がして右手を見たら血がついていた。
目をこすったせいで瞳から溢れて頰を伝ってきた液体を拭ったら、それも血だった。

「リキさん!?大丈夫ですか!?」

目から血を流している俺に気づいたのか、レガリアが慌てて立ち上がり、俺に近づいてきた。

「あぁ、大丈夫だから気にすんな。」

『ハイヒール』

レガリアに答えたあと、効果があるかはわからないが、一応回復魔法を使ってみたら痛みはなくなった。だが、目がゴワゴワする。

アイテムボックスからタオルと神薬を取り出してから、右手で右目を覆った。

『上級魔法:水』

極力魔力を抑えて少量の水を生み出し、それで目の中をぐりんと丸洗いして汚れた水を取り出した。
目玉が捻じ切れたりしたときのために神薬も取り出しておいたが、杞憂に終わったみたいで良かった。
水が染みるような感覚はしたが、綺麗に血を取り出せたっぽい。
赤黒くなった水はタオルの上に落とした。

左目も同じようにやってから顔を拭き、汚れたタオルと使わなかった神薬をアイテムボックスに戻した。

数回瞬きしてみたが、問題なさそうだ。

次を書き写すために本のページをめくったら、俺の手にレガリアが手を重ねてきた。

なぜ邪魔するのかと訝しんだ目をレガリアに向けたら、心配そうな顔で俺を見ていた。

「もうやめた方がいいのではないでしょうか?」

どうやら普通に心配してくれただけみたいだな。

「そんな顔しなくても大丈夫だ。ハイヒールで治るみたいだし、目を丸洗いする方法もあるから問題ない。この本には魔法陣の認識を妨害するような魔法がかかってるのかもしれないが、失明するほどの反発ではなかったしな。」

隠されてるものを暴くのはさすがにまずいか?とレガリア父をチラ見してみたが、微笑みかけられただけで何もいってはこなかったからいいってことだろう。それに執事が必死に何かを書いてるみたいだから、俺が描いた魔法陣を頑張って描き写してるのかもな。
もとはレガリア家の本なのだから、俺が苦労して描いたものを勝手に写すななんて文句をいう気はない。

というか、俺が大丈夫だっていっているのに、なぜかレガリアは手をどかさないんだが。
まだ3ページしか書けてないから邪魔されると困る。まぁどかそうと思えば簡単にどかせはするが、純粋に心配してくれてるやつを無下にするのもなんかな。

「…なぜ、そこまでして書き写すのでしょうか?リキさんでしたらこの本が必要ないほどに強いではないですか。リキさんが無理をしてまで書き写すほどの価値がその本にあるのでしょうか?」

「べつに俺の強さは関係ねぇだろ。これはソフィアにやるつもりのものだから、俺が使うわけじゃねぇし。そもそも多少痛くて不快なだけで、無理してるわけじゃねぇから大丈夫だ。」

「……え?ソフィアさんとは以前お会いしたリキさんの奴隷のソフィアさんでしょうか?」

「あぁ、そういやレガリアは一度会ってたな。そのソフィアだ。あいつは魔法が好きみたいだからな。今回は俺のために頑張ってくれたし、何かしらの褒美をやらねぇとだから、この程度の苦労で済むなら問題ない。」

「……この程度…。リキさんにとっては奴隷であっても仲間だというのは本当なのですね。…羨ましいです。」

奴隷を羨ましがる意味はわからないが、最後のは独り言のような呟きっぽかったからスルーした。
レガリアがなぜか泣きそうな顔で微笑んできたが、手をどかしてくれたから、気にせず続きを書き写すことにした。

「そういやちゃんと説明したかどうか忘れたからいっておくが、身代わりの加護は複数身につけると効果を発揮しなくなるから気をつけろよ。その指輪はそのまま使って構わないが、他の身代わりの加護付きアクセサリーをつける場合は外しておけよ。」

「ありがとうございます。大事にします。」

レガリアがつけてる指輪を見てふと思い出したから、書き写す手を止めずに声をかけたら、返答として微妙に合ってないような言葉が返ってきた。
まぁ伝わったならいいか。





見開きページを写し終えるごとに目を治して洗って再開を繰り返し、なんとか全てのページを写し終えた。
時間もけっこうかかったし、やけに疲れはしたが、全部で10ページしかなかったおかげでそこまで深夜というほどの時間になる前に終われたな。
魔法陣は少し歪な形になったが、これ以上綺麗に描くのは俺には無理だ。

本を閉じ、レガリア父の前に置いた。

「ありがとう。全部写し終えたし、時間も遅くなっちまったから、俺はそろそろ帰るわ。たぶん俺の血で本や床は汚してないはずだが、もし汚してしまっていたら本当に申し訳ない。掃除代が必要だったら俺が泊まってる宿に請求書を送ってくれ。明日の朝まではいると思うから、必要なら帰る前に払いに来る。」

「気にしないでくれ。君のおかげでこちらも十分な収穫があったから、掃除代なんて請求する気はないよ。むしろ追加報酬のつもりだったのにこちらにも利益が出てしまったのが申し訳ないくらいだ。この件でさらに報酬が必要だろう。」

レガリア父がそんなことをいったあと、いつのまにか増えていたメイドが俺の前に布袋を置いた。
もう十分にもらっているからべつにいいんだが、もらえるならもらっておくか。

布袋を手にとって中を覗くと、金貨が30枚くらい入っていた。この本の解読ってこんなに価値があったことなのか。
俺が本の価値に驚いていたら、レガリアがなんともいえない顔をしているのが視界の隅に映った。
レガリアも俺がやったことが思った以上に価値のあることで驚いたけど、無理はしてほしくなかった的なことを思ってるのかもな。

「正直、そっちに利益があったからって俺がもらった報酬の価値が下がったわけじゃないのにもらっていいのかとも思わなくないが、これは解読料としてありがたくもらっておく。それじゃあ帰るわ。」

俺が立ち上がると、2人も立ち上がり、玄関まで見送るといってきたから、一緒に玄関まで向かった。

玄関から外に出ると、馬車が1台停まっていて、俺らが近づくのにあわせて扉を開けたところを見るに俺をこれで送ってくれるってことだろう。
宿屋まで馬車で帰るのはなんか嫌だが、貴族の住宅街を出るくらいまでならむしろ馬車の方がありがたいから遠慮なく乗せてもらうか。

「今回は本当にありがとう。」

「コヤハキにいらした際はぜひお声をおかけください。」

2人に見送られつつ、レガリアには返答はせずにかるく手を振って馬車へと乗り込んだ。
たぶん次来ても声をかけはしないだろうから、変に約束するわけにもいかないからな。

俺が返事をしなかった意味を悟ったからなのか、それともただ単純に別れを悲しんでくれたのかはわからんが、泣きそうな顔をしたレガリアとそんな娘の顔に気づかずこっちを見ているレガリア父を馬車の窓越しに眺め、馬車の出発とともにもう一度だけ2人にかるく手を振ってから視線を外した。

護衛任務が終わったから、今度は横山に日本には帰れないことを伝えに行かなきゃならねぇのか。

「はぁ…。」

無意識に漏れたため息に苦笑しつつ、レガリア家の門から外へと出た馬車に揺られながら、帰途についた。

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