裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

337話



地下33階に下りる階段を歩きながらチラッとレガリアに視線を向けた。
レガリアは元気がない雰囲気ではあるが、午前中のようなぐったりとした様子はない。
レガリアが途中でバテなかったから、あまり遅い時間になる前になんとか地下33階まで行けたし、レベル上げはちゃんと意味があったようだな。

レガリアには全部で3体のオーガウォーリアを殺させて、レベルを69まで上げさせた。生まれたときから転職できるジョブなだけあってレベルの上がりがかなり良かっただけに本当に体力がつくのかはちょっと心配だったが、ちゃんとレベルの恩恵はあるようだ。戦闘職じゃないのにな。といってもレガリアは抱えられていただけだから、最初にぐったりしていたのが体力なさすぎただけな可能性もあるが。

レガリアの様子を見る限りではもっと遅くまでダンジョンにいても平気そうな気もするが、べつに急ぐことでもないからと、階段を下りきってすぐにリスタートを発動させた。
いつも通りセリナが先に空間を潜り、そのあとについていくように俺が続くと、空間の先でなぜか立ち止まっていたセリナにぶつかりそうになった。
出口前で立ち止まってるなんて珍しいな。

「どうした?」

「外に勇者がいる。ものすごく怒ってるっぽいよ。」

セリナにいわれてダンジョンの外に目を向けると今朝会った勇者一行が全員いた。しかもよく見ると前に王城で見た黒ずくめの格好をしてるやつもいる。黒ずくめの中身があのときのやつと同じかはわからないが、隠れる場所もないところに黒ずくめでいると結構目立つな。まだ完全に陽が落ちてるわけでもないし。
一応勇者パーティーの背後に隠れているつもりなのかもしれないが、隠れきれていない。

そういやソフィアは黒ずくめに近づかれても気づいてなかったな。

「セリナはあの黒…っおっとすまん。」

セリナは黒ずくめが見えているかと確認しようとしたら、後ろから出てきたアリアとぶつかった。

「…ごめんなさい。……どうしました?」

アリアは右手で鼻をおさえ、まだ空間に突っ込まれたままの左手をそのままにして確認してきた。
後続に待つように合図しているのかもな。俺もするべきだったわ。いや、完全にリスタートを抜けちまった俺にはやりようがなかったから仕方ねぇか。リスタートは一方通行だった気がするしな。

「悪い。なんか勇者が外にいるみたいだ。そんで勇者はめちゃくちゃ機嫌が悪いらしい。たぶん今朝のことを根に持ってるんだとは思うが、まさか待ち伏せされるほどだとは思わなかったわ。」

「…。」

「にゃんであれで見逃してもらえるって思えるのかが不思議だよ。」

アリアは俺に顔を向けただけで返事はせず、代わりになのかセリナが苦笑しながら答えた。

「…どうしますか?」

「どうするって、レガリアとは勇者を殺さない約束をしちまったし、とりあえず話し合いで解決するしかないだろ。あぁ、べつにレガリアを眠らせて『超級魔法:扉』で帰るって手もあるのか。そっちの方が楽そうだな。」

「いやいやいや!面倒ごとを先延ばしにしているだけだから、また後で絡まれるだけだよ!?しかもさらに鬱憤をためた勇者が相手ににゃると思うけどいいの?」

「べつにあと数日でいったん村に帰るし、なんとかなるだろ。でも、明日とかに町の中で不意打ちで攻撃されたら面倒だし、今日のうちに終わらせておいた方が良さそうだな。」

「私もそっちの方がいいと思うよ。今にゃらレガリアちゃんがいるから、頑張れば会話にはにゃると思うし。」

とりあえず話がまとまったところで、アリアがリスタートの空間から左手を引き抜いた。そしてすぐにイーラたちがぞろぞろと順番にリスタートから出てきた。

「外に勇者がいるから気をつけろよ。とりあえず話し合いをするつもりだが、相手は俺より短気だからな。話し合いがうまくいかなくなった瞬間に攻撃してくる可能性もあるから警戒しておけ。基本は各自で対応すればいいが、イーラはレガリアをしっかり護ってくれな。」

「は〜い。」

「セリナはいざというときはアリアのフォローを任せた。」

「は〜い。」

2人ともが気の抜けた返事をするせいで、真面目に注意している俺が馬鹿みたいに感じるな。
まぁ念には念をだ。といっても今のメンツなら自分の身は自分で護れるだろうから、心配はないと思うが。

一度全員に目を向けたあと、勇者一行をあらためて確認した。

相手は立ち話をしているようだが、俺らが出てくるのを見逃さないためか出入り口の真正面で突っ立っている。真正面ではあるが、出入り口から50メートルくらいは離れているからそれなりに距離はある。そのせいか、まだ俺らには気づいていないみたいだ。
外からだとダンジョンの中って見えづらいしな。それに中と外だと気配も感じづらい気がするし。
それにしても、こんなダンジョン以外は何もないところでいつ帰ってくるかもわからない俺らのことを待ち伏せしてるとかどんだけ暇なんだよ。

仕方なくダンジョンから外に出ると、勇者の横にいた冒険者っぽい女が俺らに顔を向け、勇者の肩を叩いて知らせた。
俺らが来たことを女に知らされた勇者が親の仇でも見るような目をこっちに向けたことで目が合った。
ちょうどいいから軽く挨拶でもしておくか。

「おう、わざわざ出迎……。」

『エクスプロージョン!!!!』

マジかよ!?

俺が右手を上げて声をかけている最中に怒声で魔法名を叫びやがった。

まだ俺らは全員がダンジョンから出きってはいないが、後ろの気配からして、レガリアを抱えているイーラは既に外にいる。
こんな状態で範囲攻撃とか、レガリアごと殺す気かよ。好きなんじゃなかったのか?

一瞬レガリアを助けるべきかと思ったが、イーラに任せてあるからなんとかなるだろうと考え直してとりあえず俺は横に跳んだ。

思いっきり跳んだにもかかわらず、驚きで反応が遅れたせいか少しだけ右足が爆炎に巻き込まれた。だが、着地をした時に痛みどころか違和感もないから火傷すら負っていないっぽい。避ける必要なかったか?いや、顔は素肌だから避けられるなら避けた方が良かっただろう。

「俺はお前みたいなやつが1番嫌いなんだ!死ね!!」

『ファイヤーランス!!!』

急な攻撃の後の急な告白にまた少し驚きはしたが、今度の魔法は範囲が狭いから、少し横にズレることで難なく避けられた。

「奇遇だな。俺もお前は嫌いだ。両想いみたいで良かったな。」

話し合いは不可能みたいだから、力ずくで黙らせるか。殺しさえしなきゃいい許可は得ているしな。

「ふざけるなぁーーー!!!!!」

『フレイムレディエイション!!!』

勇者がかざした右手の平から炎が勢いよく吹き出すようにして向かってきた。
俺はさらに横に軽く跳んで炎を避けながら勇者に近づこうとしたら、黒ずくめの男が回り込もうとしているのが見えた。
黒ずくめ以外は勇者がいる位置から全く動かず眺めているだけだってのに、この黒ずくめだけは本気で殺しにきてやがる。もちろん勇者も俺を殺すつもりはあるんだろうが、なんか違うんだよな。怒気だけは本物っぽいけど。

『ファイヤーアローーーー!!!』

1番警戒すべきだろう黒ずくめから視線を外さず、勇者たちは気配察知だけで位置を探っていたら、細長い魔力の塊が空を埋め尽くしているのを気配察知で感じた。
チラッと視線を空に向けると、細長い炎が大量に浮いていた。これは避けるのは無理だなと思ったところで全てが一度に降り注いできた。…まぁさっきまでの魔法の威力からしたら、このくらいなら避ける必要もなさそうだけど。

それでも念のため顔だけはガードしておこうと思い、左腕を頭の上に持ち上げながら視線を黒ずくめに戻したら、予想以上に近づかれていた。

やっぱりこいつは気配がわからねぇ。

黒ずくめが右手に持つ銀色の棒を突き出してきたのを咄嗟に右手のガントレットで弾くと簡単に砕けた。
まさかの脆さに驚きながらその棒を見ると、中が空洞になっていたみたいだ。そのせいで強度が低くなっているんだろう。
針のように細長い短剣サイズの槍というべきか…たしかスティレットっていうんだったか?そんな感じの武器だったっぽい。ただ、俺の知っているスティレットとは違い、こいつの武器には数ヶ所の段差があり、返しのようになっているように見えた。まぁ砕けちまったから正確な形はよくわからなくなっちまったが。そもそもそんな簡単に壊れるくらいだから、武器ではなかった可能性もあるな。

そこでふと男の左手が俺の視界の外にあることに気づいて嫌な予感がした。
すぐに体を捻って黒ずくめの全体を視界におさめたら、黒ずくめが左手に持っている銀の棒が俺の脇腹に触れる寸前だった。
体を無理に捻ったせいで傾いていた体勢のまま、さらに無理やり後ろに跳んで男のスティレットを避け、その直後に降り注いできたファイヤーアローとやらを顔だけ両腕クロスで庇って耐えた。

念のため『気纏』を使ったからか、たいして熱くも痛くもなかったが、攻撃を受けるために構えを取ったせいで、黒ずくめに完全に接近されちまった。
PPを消費して腕を振り抜けば間に合ったかもしれないが、位置的に相手の頭に腕が当たるから間違いなく殺してしまうだろうと躊躇したせいで黒ずくめの左手にある銀の棒が俺の脇腹に触れた。
レガリアとの約束のせいで躊躇しちまったから、避けるのは不可能な状態になっちまったが、せめてもの抵抗でコートにMPを注ぎつつ体に力を入れた。

軽く脇を小突かれるようなわずかな痛みの後に金属が砕ける音がした。

「「え?」」

俺と黒ずくめの声が被った。
覚悟していた痛みがこなかったことに俺は驚いたんだが、黒ずくめも驚いているところを見るに自分の武器の脆さを把握していなかったみたいだな。おかげで助かったが。

そういや初めてこいつの声を聞いた気がするが、どうやら男だったみたいだ。

黒ずくめは驚きつつも俺から距離を取り、新たに今度は普通の短剣を2本取り出した。
というか他に武器があるのに人を刺せないほどに脆い武器を使った意味がわからん。

「どこを見ている!?俺との戦闘中に明後日の方ばかり見ているとか、馬鹿にしているのか!!!?」

…ん?明後日の方向って、勇者にはこいつが見えてないのか?ってことは仲間じゃない?

じゃあ殺してもいいのか?

『エクスプロージョン!!!』

魔法名が聞こえた瞬間に勢いよく跳んでその場を離れると、今まで俺がいた場所で大爆発が起こった。
勇者のエクスプロージョンとやらを見るのは3回目だが、今までで1番デカい爆発だった気がする。最初に手加減とかいってたのは嘘じゃなかったのかもな。侵入者に手加減する意味はわからんが。

勇者の魔法のせいで舞い上がった砂埃の中から黒ずくめが飛び出してきた。自身の気配が消せるうえに相手の位置を把握出来るってのは凄いとは思うが、目で見えるし、殺していいならそこまで脅威ではない。

近づいてきた黒ずくめに対して俺からも一息に近づいたことで互いの距離が一瞬でほぼゼロになった。
俺がPPを消費するほどの加速をするのが予想外だったのか、黒ずくめの服以外で唯一見えている目が見開いたのがわかった。だが、俺が黒ずくめの顔を殴る体勢になったときには驚きから立ち直っていたようで、咄嗟に顔の前で腕をクロスに構えたようだ。
さっき俺も同じことをやっておいてこんなことをいうのもあれだが、自分の腕で視界を潰すとか馬鹿だろ。

両腕を上げたことでガラ空きになった黒ずくめの腹に狙いを変えて、力の限りに殴り飛ばそうとしたら、黒ずくめに触れる少し手前でガラスが割れるような音と感触がした。そのせいで威力が少し落ちたが、黒ずくめの腹にはしっかりと拳がめり込んだ。
『気纏』以外のスキルは使っていなかったからか、それとも当たる前に変な感触があったせいか、黒ずくめの腹が弾けることはなかったが、3メートルほど吹っ飛んで転がっていった。

追撃をしようかと思ったら、セリナが急に目の前に現れて俺を止めた。

「あの黒い服の人はたぶん勇者のお守りにゃんだってさ。だから殺さにゃい方がいいかも。」

そういいながら、セリナは俺が黒ずくめを殺すことにしても邪魔にならない位置に少しだけズレた。
一応知らせるために一度止めはしたが無理に止める気はないってことだろう。

「………………そうか。じゃああれが邪魔しないように見張っててくれ。気配を消すのが上手いが、セリナなら問題ないだろ?俺は勇者を黙らせてくる。」

「任せて!」

ニコッと笑ったセリナに毒気を抜かれた気がしながら、勇者へと向き直った。

勇者は魔法が俺に全く効いていないってわかっていないのか、最初の位置から動いていない。腰にある剣は飾りか?

「生きとし生けるものに永遠なる静寂を!エターナルフォース…。」

『ブリザード!!!!!』

勇者に近づこうとした瞬間にどこかで聞いたことある魔法名を勇者が叫んだ。
どこで聞いたかは覚えてないが、たしかかなりヤバい魔法だった気がする。

避けるべきだとは理解しながらも、左にはアリアたち、右にはセリナ、後ろはダンジョンの壁がある。それぞれそれなりの距離はあるが、範囲攻撃の可能性を考えたらヘタに避けらんねぇじゃねぇか。

仕方ねぇからとあえて勇者に向かって踏み込んだ。その瞬間に皮膚が痛みを感じるほどの寒い風が正面からぶつかってきやがった。
一歩目の着地と同時に吹き飛ばされないように踏ん張り、さらに力を込めてもう一歩踏み込むとあっさりと風から抜けた。

一瞬罠かと警戒しつつ最後の一歩で勇者に近づいたが、とくに何も起こらなかった。
拍子抜けしながらも勇者の目の前に着地しつつ腰をひねり、三歩で急接近した勢いそのままに勇者の腹を殴りつけた。
『気纏』しかスキルを使っていないから勇者相手なら死にはしないだろうし、そもそも腹なら最悪弾けてもなんとかなるだろうと思っての腹パンだったんだが、まさか俺の腕が勇者の腹を貫くとは思わなかった。弾けるわけでも吹っ飛ぶわけでもないとか、何かスキルを使ってたのか?そうでもなけりゃ、普通は殴って腹を貫きはしないはずだ。余計なスキルを使ったせいで余計にダメージを負う結果になるとか残念だな。
でもまぁ、弾けるよりは軽症か。

すぐに腕を引き抜いて少し距離を取ると、勇者が穴からこぼれた何かを両手で掴んで呆然とそれを見下ろしていた。そして、自分の状態をやっと自覚したかのように口から血の塊を吐き出しながら膝から崩れ落ちた。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」

神殿の神官が着ていたような服を着ている女がいきなり叫んだせいでちょっとビックリしたわ。というかお前はヒーラーじゃねぇのか?見た目だけか?

「キャーじゃねぇよ。お前はこのパーティーのヒーラーじゃねぇのか?早く治してやらねぇとこいつ死ぬぞ。」

「こ、こここんな状態をどどうやって治せってい、いうんですか!?」

それを敵に聞くのかよ。
というか本当に早くしないと死ぬぞ。観察眼で見た感覚だと、3分ももたなそうだ。

「俺に聞くなよ。何回かハイヒールをかければ穴は塞がるんじゃねぇの?」

まぁ穴が塞がったところで失った内臓がちゃんと戻るかはわからんけど。

「何度も使えるほどのMPがあるわけないじゃないですか!」

なんで逆ギレされてんのかわからんが、勇者に死なれるのが困るのは俺もだから、仕方ねぇか。アリアから追加でもらった神薬を使うか。

アイテムボックスから神薬が入っている試験管のようなものを取り出し、勇者の口に無理やり突っ込んだ。するとすぐに逆再生をするかのように勇者の腹が再生されていく。

ふと思ったが、治りきるよりも早く壊し続けたらどうなるんだろ?完治するまで神薬の力で治そうとするのかね。もしかしたら効力が切れるタイミングがあったりするのかもな。
まぁ試さんけど。

「あ、ありがとうございます。」

神官服の女になぜかお礼をいわれた。

「さて、だいたい勇者の脆さはわかったから、次は殺す前に止めらそうだ。」

「……え?…次?」

俺が神官女を無視して勇者を持ち上げるために胸もとへと手を伸ばすと、神官女が驚いた顔をした。敵がこんな近くにいるのに無警戒とか凄えな。と思ったら、高速で何かが飛んできた。
咄嗟に右手で掴んだのは普通の矢だった。どうやらいつの間にか少し距離を取っていた勇者パーティーの冒険者っぽい女が俺の顔を狙って矢を射ったみたいだ。

へぇ、勇者パーティーはバカだけなのかと思ってたが、冒険者っぽい女はちゃんと警戒してるんだな。他のやつらは驚いて呆けているだけなのに即座に攻撃出来るってことは他のやつらより戦闘慣れしてるんだろう。
そういや俺らがダンジョンから出たときに1番早く気づいたのはこいつだったな。
そんなことを思いながら冒険者っぽい女との距離を一息に詰めると女は弓を捨てて短剣に持ち替えた。だが、女が短剣を構えるより俺が距離を詰めきる方が早かったせいで、俺の前蹴りにガードを合わせるのが精一杯だったようだ。

近づきながらの前蹴りで女の両腕を折る感触が足の裏から伝わってきたから、この勢いはマズイかもしれないと咄嗟に止めようとしたが、勢いが止まらずに足の裏で押し出すように蹴り飛ばすことになった。

転がっていった女をしばらく見ていたが、動く気配がない。でもあの感触なら殺してはいないだろうから大丈夫だろ。

「そんで、お前らは見てるだけなのか?あんだけ俺を殺そうとしておいて、やり返される可能性を考えてなかったとか馬鹿なことはいわねぇよな?」

「…。」

俺が残りのやつらに声をかけたら、全員が黙りやがった。
まさか本当に考えていなかったのか?

まぁ邪魔しないなら放置でいいか。
こいつらは思ったより脆いから、殺さないように加減するのが面倒だしな。それにこんだけ俺にビビってるなら、無理に体に教えなくても話を聞いてくれるだろう。

俺は呆然としたまま動かない勇者パーティーの間を抜け、蹲っている勇者に近づいて胸ぐらを掴んで持ち上げた。

「いつまで寝たふりしてんだ?神薬を使ったんだからとっくに治ってんだろうが。」

胸ぐらから手を離して、崩れるように落ちてきた勇者の腹を蹴り飛ばした。

数回転がって止まった勇者はほぼ無反応だ。
さっきまでの威勢はどうした?相手の方が強いとわかった瞬間されるがままのだんまりか?

余計にイラつき始めながらもう一度勇者に近づいて起き上がらせようとしたときに勇者が何かをいっているのが聞こえてきた。

「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ……。」

嘘だろ!?
こんなセリフをリアルでいうやつなんて初めて聞いたぞ。それともまだまだふざける余裕があるのか?

いや、なんとなくわかるが、こいつはふざけてる感じではねぇんだよな。
もしかしてこれはこいつなりの処世術というか、役になりきったり虚勢を張ることで知らない世界で生きる恐怖を誤魔化してるとかか?
だとしたらこいつも被害者なのかもな。

まぁ、だからといって俺に攻撃してきたことを許す気はねぇけど。

しばらくぶつぶついっている勇者を冷めた目で見ていたら、俺と勇者との間に大盾を持った男が割り込んできた。
今さら盾職の仕事を思い出したのか?
まぁ邪魔するなら力ずくで退かすだけだけどな。

俺は精霊術を発動させたうえに右手に『一撃の極み』を纏わせた。

勇者はまだ立ち直らないし、大盾使いもその場から動かないおかげでスキルをしっかりタメられる。

どんどん右腕にまとわりつく靄の黒さが増してきた。

「死にたくなければしっかり盾を構えておけよ。」

俺の忠告を素直に聞いたのか、盾男が大盾を少し持ち上げてから勢いよく地面に突き刺した。大盾の下側が少しだけ地面にめり込んでいる。

盾男の準備が終わり、俺の右手が見えなくなるほど靄が黒くなったところで、俺は踏み出して大盾のど真ん中を殴りつけた。

大盾にめり込むような感触があったが、それも一瞬で、盾男が盾もろとも吹っ飛んでいった。けっこう重そうな装備をしているのに10メートル以上飛んだんじゃねぇか?
本当は盾を砕くつもりで殴ったんだが、盾男の支えがあまかったせいで砕ける前に吹っ飛んだみたいだ。

いまだにゴロゴロと転がっている盾男を見ていたら、勇者が立ち上がったのが視界に入った。
勇者は盾男が吹っ飛ぶのに巻き込まれはしなかったのか。もしかしたら盾男が勇者を意識して避けたのかもしれないな。

「やれやれ、どうやら俺も本気を出すときがきたようだね。」


……。


…この状況でまだ虚勢を張り続けるとか、たんなるこいつの性格なんじゃって気がしてきたな。

「弱いくせに本気を出さないとか自殺願望者かよ。」

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!!!死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねーーーー!!!!」

てっきり落ち着いたのかと思ったんだが、俺がちょっと煽っただけで、勇者がヤバい顔で叫びながら腰から剣を抜いて斬りかかってきた。だが動きが遅い。
漫画の世界ならブチ切れたら強くなるとかあるが、まぁ普通はキレたところで変わらねぇよな。
なんか勇者を相手にすることに萎えてきたなと思いながら少し体を逸らして剣を避け、なんのスキルも使わずに腹を殴った。さすがに今度は貫いたりはしなかったが、めり込んだ拳に勇者は耐えられなかったようで、剣を手放して蹲った。

「…うぇ……おぇ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。もう許してください。お願いしますお願いしますお願いします……。」

情緒不安定過ぎだろ。いや、いつもは虚勢を張ってるだけで、これが本当のこいつってことか?
まぁどうでもいい。

俺は蹲る勇者の胸ぐらを掴んで持ち上げた。
勇者の顔は涙と鼻水で酷い顔になってやがる。

「良かったな。お前は勇者だから俺はお前を殺さない。レガリアと約束したからな。だが、お前を殺さないのはこの国の役に立つからって理由なだけで、国が不要と判断したら殺しにくるから覚悟しておけよ。嫌なら逃げてもいい。お前らが自ら人目につかないところに逃げてくれるんなら、誰にも気づかれずに捕まえて奴隷商に売れそうだしな。元勇者とそのパーティーメンバーならそれなりの金になるだろうし。ただ、自殺はやめてくれよ。死体でも売れないことはないが、価値は下がるからな。まぁ今後どうするかはお前が好きに選べばいい。レガリアとの約束でお前が勇者として役に立っているうちは殺せないからな。レガリアのおかげで俺と敵対したのにお前は自分で生き方を選べるんだから、レガリアには感謝しておけよ。」

てきとうな脅しをしてから勇者の胸ぐらから手を離すと、勇者は力なく崩れ落ちた。めっちゃ震えているから、ちゃんと脅しは効いたってことだろう。
このあとすぐに死なれでもしたら、俺が殺したようなものだからな。約束した手前それはなんか微妙だから死なれるのは困る。

「いっておくけどお前らパーティーメンバーも全員同罪だからな。勇者を止めなかった時点で俺はお前らを殺すつもりだったが、レガリアに頼まれたから生かしてやってるだけだ。国の役に立たなかったり、パーティーを抜けてくれれば殺せるんだがな。まぁレガリアのおかげで命拾いしたんだから、勇者パーティーとして国の役に立つようにせいぜい頑張りな。意識を失ってるやつらにもあとで伝えておけよ。死んでほしいなら、あえて伝えないってのもいいと思うけどな。」

勇者パーティーで全く戦っていないのに震えて座っている神官女と魔女っぽいローブ女に伝えてから、黒ずくめを見張ってくれていたセリナに手招きをし、アリアたちのところに戻った。

アリアたちにとってはあまり珍しいことではなかったかもしれないが、レガリアは俺の行動にドン引きしているように見えた。
そういう反応をされたのはなんか久しぶりな気がするな。だが、殺しにきたやつを殺さずに終わらせてやったのにドン引きされる意味はわからねぇけど。
べつに今回はやり過ぎちゃいねぇし。

「約束は守ったのになんか文句があんのか?」

「い、いえ、そういうわけでは…。」

レガリアが困った顔で目を伏せた。

「なんか勘違いしてんのかもしれないが、俺はもともとこういう人間だからな。今は依頼として一緒にいるが、住む世界が違うお前はあまり俺らに関わらねぇ方がいいかもな。まぁ仕事はちゃんとやるから、もう少しだけ我慢してくれ。」

既にだいぶ暗くなってきているから、さっさと宿屋に帰ろうと歩き出したらチェインメイルを引かれた。
誰が引っ張ったのかと視線を向けたら、レガリアが裾を握っていた。

「なんだ?」

「…ごめんなさい。」

「は?謝られる意味がわからねぇんだけど。」

俺が聞き返したら、レガリアの肩がビクッと跳ねた。

「何も知らないのにリキさんを不快にさせるような反応をしてしまってごめんなさい。人の命を奪い合うような状況を目にすることに慣れていないから怖くて……。」

「べつに冒険者でもなけりゃそれが普通なんだから、謝ることじゃねぇだろ。」

「でも…リキさんに嫌な思いをさせたことには変わりないです。私が無知なせいで取ってしまった反応のせいだから自業自得なのはわかっています。それでも、リキさんに距離を置かれるのは悲しいです。」

こいつは何をいってるんだ?

今だって話しながらもわずかに震えてるってことは俺が怖いんだろ?それなのに距離を置かれるのが悲しいとかわけがわかんねぇ。
普通は関わりたくないって思うもんじゃねぇの?
俺なら自分の価値観と合いそうもねぇやつと仲良くしたいとは微塵も思わねぇけどな。

まぁいいか。
この世界には変なやつがいっぱいいるし、レガリアもその内の1人ってだけだろう。気にするだけ無駄だ。

「べつに気にしちゃいねぇから距離を置くもなにもねぇよ。ただ腹が減ったから早く帰りたいだけだ。だからレガリアも気にすんな。」

てきとうに誤魔化す時の癖でレガリアの頭をくしゃくしゃにしちまったが、怒った感じはないから大丈夫そうだ。むしろ若干微笑んでる?そういや友だちがいないとかいってたから、スキンシップとかがほとんどなくて他人に頭を撫でられるってのが新鮮だったのかもな。
貴族の親子だとそういうスキンシップとか取らなそうだから余計にだろう。

「そういや、勇者に使った神薬の代金をまだもらってなかったわ。金貨100枚払ってもらわなきゃな。」

ふと思い出したことを口にしたら、レガリアが驚いたように固まった。

「……え?…あ、いえ、神薬を使ったのですね。勇者様の所持金では足りないかと思うので、父が戻りましたら伝えておきます。なので、今日はもう帰りませんか?」

勇者のところに向かおうとした足を止めた。
レガリアが用意してくれるんならその方が楽だしな。

「そうだな。勇者が持ってないんじゃ金貨100枚分払わせるのも大変だろうし、その辺はレガリアに任せるわ。」

「ありがとうございます。」

なぜお礼をいわれたのかはよくわからないが、金のことはレガリアに任せることにし、俺らは宿屋へと帰ることにした。

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