裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

336話



このダンジョンは浅い階層から魔物が強かっただけあって、経験値の入りもいいみたいだ。その分魔物は強くなっているせいで進みは遅いし、1つの階層がやけに広いから2階層しか下りられず、現在は地下30階に繋がる階段のところで早めの昼休憩を取っている。
これだと午後は少し遅くまで潜って地下33階まで行けたらいいなって感じだろう。

早めに昼休憩を取っているのはキリが良かったからというのもあったが、運ばれているだけのレガリアがグッタリしていたから、仕方なく昼休憩にしただけで、本当はもう1階層下りてからの遅めの昼休憩にするつもりだった。
これだと次は2階層も保たなそうだな…。

レベルが1のままの女の子と考えれば仕方ないのかもしれないが、いくら護衛対象だからといっても足手まとい感が半端じゃない。

どうすっかな…。

「…………あぁ、レベル1だからいけねぇのか。」

「…どうしました?」

俺がふと思いついたことを呟いたら、近くにいたアリアが反応した。

「いや、レガリアがバテてんのはレベルを上げてないからだろうから、とりあえず少し上げさせようかと思ってな。チームでもパーティーでもねぇから、レガリアにトドメを刺させれば経験値総取りだろうし、次の階の最初の魔物のトドメをレガリアに刺させようかと思ってな。このくらい強い魔物なら、初期ジョブならそれなりにレベル上がるだろ?」

「…たしかに余計な休憩を挟むよりは1体分の経験値を譲った方が効率がいいかもしれません。ですが……生き物を殺したことのないレガリア様に魔物が倒せるでしょうか?」

「もちろんトドメを刺させるだけで、俺らが魔物を瀕死の状態にして押さえつけとくつもりだ。それなら切れ味のいい剣をぶっ刺すだけだから大丈夫だろ。レガリア、出来るよな?」

「…え?え……ぅ…はい。頑張ります。」

剣を重さに任せて振り下ろすだけだから頑張るようなことではないと思うが、レガリアはなぜか少し泣きそうな顔でそんなことをいってきた。
ジェルタイプの携行食にすら手をつけられないほど疲れてるみたいだし、魔物を倒す以前に立ち上がることすら気合いが必要ってことか?

「疲れてんのはわかるが、それくらいはちゃんと食えよ。いくら動いていないとはいえ、その疲れ具合からして体力使ってるんだろうから、なんも食わないといくらレベル上げたとしても午後もたねぇぞ。」

「……はい。」

レガリアは元気なく返事をして、俯きながらジェルタイプの携行食に口をつけた。

「ちなみにレガリアのジョブは人族か?」

ないとは思うが上位のジョブだとレベルの上がりが悪い可能性があるからと念のため確認を取ると、レガリアは携行食から口を離して顔を上げ、コクンと飲み込む動作をした。

「私は貴族です。」

「ん?それは知ってる。俺が聞いてるのは立場とかじゃなくて、ステータスのジョブのことだ。」

「はい。私は侯爵家に生まれましたので、産まれてすぐに神殿で貴族にジョブチェンジしています。レベルは10です。」

ジョブに貴族なんてあんのかよ。

「というか、レベル1じゃねぇんだ?」

「はい。貴族として生活をしていればレベルは上がります。私は次期王妃となるため励んでいたので、周りの学生よりは高くなっているようです。ですが、まだ貴族として仕事をしているわけではないので、子どもにしては高いというだけです。父は魔物を倒すこともあるからではありますが、既に最大である100レベルだと聞いています。」

レガリアは元気がないせいか淡々と説明してから、また俯いて携行食を吸い始めた。

貴族は100レベルでカンストなのか。人族よりは高いが冒険者とか獣人族と同じなのか。
そもそも戦闘向けのジョブではないだろうから比べたところでって話ではあるが。

「あれ?セリナは獣人族しかジョブがなかった気がするが、王族とかのジョブはないのか?」

「あるよ〜。私も奴隷ににゃる前はジョブは王族だったしね。王族じゃにゃくにゃったらジョブそのものが消えちゃって勝手に獣人族ににゃったから、リキ様に会った時は獣人族しかにゃかったんだよ。帝国や聖国のことは私は知らにゃいけど、王国だったらどこも王様だけが王のジョブで、王族は王族、貴族は貴族って感じだと思うよ。」

貴族や王族も消える可能性のあるジョブなのか。まぁ巫女と違って上限があるジョブだから、かりにカンストさせたあとに消えてもまだ諦めがつくとは思うが。
王はそのまんま王級ジョブだろうし、たぶん上限ないよな?
いくらレベルを上げても王を譲った瞬間にジョブが消えるんだとしたら悲惨だな。
そもそも王は魔物と戦うこともないだろうから、たいしてレベルが上がらないだろうし、困るほどではないのか?

…いろいろ考えてはみたが、俺には関係なかったと気づいた。

「立場が変わったらジョブがなくなるってのはキツいとは思うが、俺が取れるジョブじゃねぇからどうでもいいか。…そろそろ行くぞ。」

レガリアがやっと食べ終えたようだから、休憩を終わりにした。
レガリアを待っている間に俺らは食休みが出来たし、レガリアはイーラに抱かれてるだけだから食休みを取る必要はないだろう。

レガリア以外の全員が返事をしたあと、先頭を進もうとしたセリナに目を合わせるとセリナが止まり、疑問を示すようにかるく首を傾げた。

「最初にレガリアに殺させる予定だから、セリナは1体だけの魔物を優先的に探してくれ。いなけりゃ1体だけ残して殺せばいいだけだから、そこまで気にしなくていいけど。」

「は〜い。」

セリナが間延びした返事をしながら進み出したとき、視界の隅に映ったレガリアの頰が引きつったように見えたが、予定を変更するつもりはないからとスルーして俺も進んだ。

「ん?これってもしかして…。」

少し進んだところで先頭を走るセリナが耳をピクピクさせて呟いた。
独り言っぽいが、一応確認するかと思い、速度を上げて隣に並んだ。

「どうした?」

「少し離れたところに1体の魔物を見つけたんだけど、その気配がオーガっぽかったから、ダンジョンにもいるんだにゃって思っただけだよ〜。この感じはオーガウォーリアかにゃ?」

やっぱり独り言だったようだ。
オーガウォーリアっていわれてもどんなのかわからんが、たぶんオーガの進化系だろうから、この前殺した中にいたどれかと同じ種類だろう。
そういや、サーシャが連れてきたラフィリアにいたとかいう魔族の1人がそんな種族だった気がするな。

というか、オーガの方がミノタウルスより下層にいるのか。進化系だからか?

「1体でいるならちょうどいい。そいつのところまで最短距離で頼む。」

「は〜い。」

セリナの返事を聞いてから、俺は速度を落として元の位置に戻りながらチラリと後ろにいるイーラを見た。
正確にはイーラではなく、イーラにお姫様抱っこをされながら疲労を隠せていないレガリアを。

貴族とやらのステータスはわからんが、10レベルでもこんなに体力がないのか。まぁ戦闘職ではなさそうだし仕方ないんだろうが、これじゃあ1体だけ倒してもあんま体力つかないかもな。
まぁそれでもアリアがちょくちょく使ってやってるっぽい『パワーリカバリー』の回数は減るだろうし、足りなきゃ追加で2、3体くらいなら経験値を譲ってもいいか。
ここでその2、3体を渋って進みが遅くなる方が無駄だしな。

そんなことを考えていたところで、先頭のセリナが分岐点を右に曲がったからついていくと、1体の魔物が見えた。
あれがオーガウォーリア?俺の使い魔になったオーガウォーリアの魔族の1.5倍くらい大きい気がするが、個体差か?いや、個体差にしても差がありすぎんだろ。でもあんな見た目のやつがこの前のオーガの群れの中にいた気はするし、もしかしたら魔物と魔族で体格が変わるのかもな。

「とりあえず動けにゃいようにすればいいの?」

チラッと後ろに顔を向けたセリナが確認をしてきた。
恨みもない敵を無駄に痛めつけるように殺すのはあんま好きじゃねぇが、しょせんは仕方ないで流せる程度の感情なんだから気にしたところでって感じか。

「あぁ、セリナは手足を切断してくれ。ヒトミとヴェルとニアはオーガウォーリアが動けないように地面に仰向けで押さえつけてくれ。」

「「「「はい。」」」」

加速してオーガウォーリアに向かう4人についていきながら、アイテムボックスから魔鉄製の剣を取り出した。学校に通っていた時にアリアから借りパク……もらった剣だ。

オーガウォーリアは既に俺らに気づいているようで向こうからも近づいてきている。
武器は持っていないみたいだが、気のせいじゃなければ俺らに気づいた直後、ただでさえ巨大な肉体がさらに膨張したように見えた。
肉体強化系のスキルを持ってるのか?だが、見た目通りというか、速度はたいしたことなさそうだ。

先頭のセリナが間合いに入る寸前でオーガウォーリアが右腕を引いたが、残念ながらその反応じゃセリナ相手には遅すぎだ。
オーガウォーリアが右腕を引き始めた瞬間に体を淡く光らせて加速したセリナがオーガウォーリアの左側を通り過ぎながら左肩と左股関節を斬りつけた。セリナの持つ短刀も淡く光っているから武器にも強化がかかるスキルを使ってるっぽいが、それでも一太刀で切断は出来なかったようだ。あの短刀で切断できないのかと思った時には振り向いたセリナが反対側からオーガウォーリアの左肩と左股関節を切断していた。そして、傷口がズレ始めた時にはセリナがオーガウォーリアの背後から右側に回りながら右肩と右股関節を斬りつけ、やっと反応をしたオーガウォーリアが抵抗する前に再度右肩と右股関節を返す短剣で切断した。
セリナのやつまた速くなったな。目で追えはするが、反応するのは肉体強化をしないでギリギリ出来るかどうかってところかもしれん。しかも一度斬った場所の正反対からほぼ狂いなく斬りつけて切断するとかどんだけ技量高いんだよ。

セリナの剣技に感心していたら、セリナのすぐ後ろを走っていたヴェルがオーガウォーリアに飛びかかりながら首にラリアットを決めて背中から地面に叩きつけた。
ヴェルの後ろにいたニアがバウンドしたオーガウォーリアの胸に右手を置いて地面に押さえつけ、それをフォローするようにヒトミが影から大量に生やした手でオーガウォーリアを地面に縫い付けた。
それでも暴れようとするオーガウォーリアだったが、ラリアットをして通り過ぎたヴェルが戻ってきて、暴れようとするオーガウォーリアの頭に足を置いて押さえつけたことで、オーガウォーリアが体も頭も動かせなくなったみたいだ。

最後に俺がオーガウォーリアの鎖骨あたりの上に乗り、剣を鳩尾に少しだけ刺した。
最初はレガリアに斬らせるつもりだったが、オーガ系は表皮が硬かった気がするからレガリアには無理だろう。

「準備が出来たから、レガリアはこっちに来い。そんでこの剣を力の限り押し込め。」

俺が振り向いてレガリアに声をかけると、レガリアの頰が引きつったように見えた。

「……はい。」

レガリアが返事をすると、イーラが剣を挟んだ俺の正面に来てからレガリアをオーガウォーリアの腹の上に立たせた。

レガリアはさっきよりも具合の悪そうな顔になっていたが、それでもやる気はあるようで俺が支えていた剣の柄を握りしめた。
レガリアがしっかりと握っているのを確認してから手を離し、オーガウォーリアから降りて少し離れた。経験値配分のされ方がイマイチわかっていないから、念のためだ。

レガリアは顔を歪めながら、精一杯体重をかけるように剣を押し込み、少しずつオーガウォーリアの鳩尾の中へと剣が収まっていく。その代わりというように血が溢れ出てレガリアの足もとを汚していた。
ヒトミが影で作った手でオーガウォーリアの口を押さえているようだが、それでも漏れていた絶叫が徐々に静かになり、剣の刺さっている傷口から溢れる血の量が明らかに減った頃に静かになった。
たぶん死んだんだろうが、念のためオーガウォーリアに『解説』を使うと、ちゃんとオーガウォーリアの死体と出た。

「お疲れ。レベルは上がったか?」

俺がレガリアに顔を向けて声をかけたら、剣から手を離したレガリアが血の気の悪そうな顔をして右手で口を押さえながら、震える左手を見ていた。
あんだけゆっくり殺したせいで、刺し殺した生々しい感触が残っていて気持ち悪いのかもな。

もしかして、アリアが気にしてたのって生き物を殺す嫌悪感の方だったのか?
単純に倒せるかどうかで答えちまったが、そういやアリアも最初は魔物を倒して吐いてたし、普通のやつは敵だろうと殺すことには抵抗があるんだろう。
俺もアリアやレガリアほどの嫌悪感はなくとも、最初は殴り殺したときの感触を不快に思っていた気がするしな。

しばらくレガリアの様子を眺めていたら、レガリアは何度か深呼吸を繰り返してから口を押さえていた手を下ろし、ジッとオーガウォーリアの死体を見つめていた。そして、目を少しの間閉じてから開いたあとは覚悟を決めたような顔へと変わっていた。

自分で立ち直れるんだから強いやつだよな、こいつは。

「もう大丈夫なのか?」

「はい。お待たせしてしまい申し訳ありません。おかげで受け入れることができました。いつかは通らなければならない道にもかかわらず、覚悟のなかった私に機会と時間をくださり、ありがとうございます。」

ん?何いってんだ?
いや、よくわからんがべつに勘違いされて困ることでもねぇからいいか。
余計なことをいってまた覚悟を決める時間が必要になったりしても嫌だしな。

「まぁ俺は何もしてないけど、レガリアが納得いってるならそれでいい。それで、多少はレベルが上がって体調は楽になったか?」

「はい。おかげさまでレベルが38になり、体調も…38!?」

レガリアが自分でいいながら驚くとかいう、ちょっと面白い反応をした。
もとが低いだけあってレベルの上がりがいいな。本当に経験値総取り出来たのかはわからんけど。

というか、押さえつけられた瀕死の魔物を刺し殺してたまる経験ってなんだよって話だがな。
いや、まともなやつにとっては精神的にかなり負荷がかかるだろうから、経験ではあるのか。実際、レガリアはオーガウォーリアを1体殺しただけで、なんか精神的に成長したっぽいしな。それがいい意味でなのか悪い意味でなのかは知らんけど。

「もう大丈夫なのかもしれんが、念のためもう2体くらい狩っとくか。相手が単体でいる場合に限るが、今みたいな流れで殺せばそこまで時間かからんし。」

「いや、え?え!?一度にレベルが28も上がっているのに驚かないんですか!?学校の騎士科の授業で魔物退治がありますが、1日かけて魔物を数体倒してもレベルは3も上がればいい方だと聞いているのですが…。」

「それは授業用に安全を考慮した雑魚を狩らせてるからだろ?さらにパーティーを組んだりしてるから経験値が分けられてるってのもあるだろうしな。」

「どういうことでしょうか?今もパーティーで行動しているかと思うのですが、この魔物が経験値を全員で分けてもこれだけレベルが上がるほどに強い魔物だったということですか?」

こいつは昼飯のときに俺がいったことを聞いてなかったな。

「たしかにこの魔物は強い部類だろうが、俺らはパーティーを組んじゃいねぇから、経験値はレガリアが総取りしたんじゃないか?まぁ経験値分配の法則とか知らんから、本当に総取りなのかはわからんけど。」

「え?…私はパーティーではなかったのですか?」

「当たり前だろ。なんで護衛対象の依頼主をパーティーに入れるんだよ。騎士たちを護衛にしたときだってそんなことしてねぇだろ?」

「たしかにそうですけど……いえ、そうですね。変なことをいってしまい申し訳ありません。」

なぜかレガリアが少し悲しげな顔で謝ってきたが、納得したならいいか。

かるく話した感じではさっきまでの疲労もなさそうだし、やっぱりレベルを上げて良かったな。
これならもう2体のオーガウォーリアを殺させれば、夜までノンストップでも問題ないだろう。

「今まで冒険者を雇うこともなかったんだろうから、知らなくて当たり前だし気にすんな。そんじゃ次に行くから、イーラはまたレガリアをよろしくな。」

「は〜い。」

イーラがレガリアを抱えたのを確認してから、セリナを先頭にしてまた走り出したところで、レガリアがボソッと「私は雇い主でしたね。」と呟いたのが聞こえた。
そんな当たり前の再確認をした意味はわからなかったが、あからさまに独り言だったから、気にせず先へと進んだ。

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