裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

333話



途中で昼休憩を挟み、午後も同じようにダンジョン内を走り回った。
やっぱりこのダンジョンは階層が広いせいで時間がかかるが、今回はスキルを惜しまず使ってかなりの速度で走りながらノンストップで魔物狩りをしていたから、なんとか地下28階まで来れた。

アリアがいくつかのステータスアップ系の魔法をかけてくれたから、肉体的にはあまり疲れずにキリのいいところまでこれた。
俺らの中で1番疲れてるのはレガリアだろう。
戦っていないどころか動いてすらいないんだが、ずっとお姫様抱っこされたまま走り回られただけでも疲れるみたいだ。
まぁ普通の生活してたらレベルなんて上がらないから、俺らと比べて疲れやすいのは当たり前か。

そろそろいい時間だろうからとリスタートで1階へと戻ったところでセリナが近づいてきた。

「念のため、気をつけた方がいいかも。」

出入り口を見ながら注意をされたが、俺には外の様子がよくわからなかった。

「何かあるのか?」

「イデレクーダがいる。他にも3人…いや3体かもしれにゃいけど、その内の1人が敵意っぽいのを向けてる気がする。」

なぜか知らんが、近くにいたレガリアがピクリと反応した。

「イデレクーダ?」

「王城で会った女の姿をした魔族だよ。」

…あぁ、あいつか。
だからレガリアが少し怯えたのか。

というか、わざわざこんなところまで来るとか、本気でレガリアを殺したいんだな。

「…ん?敵意を向けてるのは1人だけなのか?」

「ダンジョンから出にゃいとわかりづらいけど、たぶん他は強い感情は抱いてにゃいと思うよ。」

そもそも敵意を持ってるかなんて完璧にわかるわけねぇか。それにここにずっといるわけにもいかねぇし、俺らに用があるなら直接聞いた方が早いだろ。

「イーラとサーシャはレガリアをよろしくな。」

「「はい。」」

セリナに軽く目配せして、念のため一緒にダンジョンから出た。

急に攻撃をされても対応できるように警戒していたんだが、向こうは俺らに気づいても攻撃してくるわけではなく、イデレクーダがなぜか微笑んできた。
ぱっと見はイデレクーダ以外は男だ。その内の2人は無表情だが、1人は軽く睨むように俺らを見ていた。

「こんばんは。あなたがリキさんでよろしいかしら?」

どうやらレガリアではなく俺に用があるらしい。
今のところは敵意はたしかに感じないな。

「そうだが、俺に何か用か?」

「少しお話ししたいのだけれど、ついてきてくれるかしら?」

体育館裏への呼び出しみたいだなとかどうでもいいことが頭を過ぎった。
ずいぶん懐かしい感覚だな。

「俺1人でいいのか?」

俺が質問をすると、イデレクーダが俺らを順に見回したあとに俺へと視線を戻した。

「えぇ。あなたと敵対するつもりはないから、1人でも全員でもかまわないわ。ただ、ここでは邪魔になるかと思って、場所を移そうと提案しているだけよ。」

何が起きるかわからねぇから、帰していいならレガリアを先に帰した方がいいんだろうが、話によっては当事者な可能性もあるから連れていった方がいいか。

「まぁいいや、とっとと終わらせよう。」

「ご協力いただけて助かるわ。」

微笑むイデレクーダについて、ダンジョンの裏手へと進んでいった。
ダンジョンの入り口から見えない位置まで回り、さらにしばらく歩いたところでイデレクーダが止まったから、俺らも少し距離を置いて止まった。

「初めまして、私はイデレクーダよ。単刀直入に聞くのだけれど、そちらのレガリア様を渡してはくれないかしら?」

本当に駆け引きも何もなく聞いてきたな。

「悪いが断る。」

「理由を聞いても?」

「こいつの護衛として雇われてるからな。だから殺したいならこいつの父親が帰ってきて、俺への依頼が完了してからにしてくれ。」

「それだと遅いのよね。でも依頼というのは少し意外ね。いえ、冒険者なのだからそちらの方が当たり前なのに、失念していたわ。」

イデレクーダは少し困った顔を浮かべているが、殺すことを否定はしなかった。
なんでそこまでレガリアに拘るんだろうな。あの王子はレガリアよりイデレクーダを選んでるっぽいから、レガリアなんて放っときゃいいのに。

「お前こそなんでそこまでしてこいつを殺したいんだ?わざわざ人間に紛れてまで殺そうとする理由でもあるのか?」

俺が質問をした瞬間、あからさまに空気が変わった。
臨戦態勢とまではいかないが、イデレクーダたちがかなり警戒をしたように感じる。

「…知っているの?」

「何をだ?」

「もしかして、カマをかけたのかしら?人間に紛れるという意味を聞きたかったのだけど。」

「あぁ、その確認か。お前が魔族だってことは知ってるよ。べつに何を企んでるのかは知らんが、勝手にやる分にはかまわんから、俺らに関わらないところでやってくれ。」

イデレクーダが一瞬驚いた顔をし、訝しむような目を向けてきた。

「私が魔族だとわかっているのに討伐しないというの?」

「べつに討伐の依頼は受けてないからな。俺に迷惑をかけたり依頼として頼まれない限りはどうでもいい。魔族ってだけで殺すなら、魔族を仲間にしたりしねぇよ。」

イーラたちの方に軽く顔を向けて顎で示したら、ヒトミがニコニコしながら手を振っていた。

「人間が魔族を仲間にするなんて変わっているのね。それに私たちが魔族だとわかっていて見逃してくれるというのなら、残念だけれど今回は諦めようかしら。」

イデレクーダがわずかに悲しそうな顔をしながらも手を引こうとしたんだが、イデレクーダの後ろにいる男の1人が顔つきを険しくした。

「諦めるだと!?どれたけ時間をかけたと思っているんだ!あとはその女を殺すだけだっていうのにここで引く必要がどこにある!」

怒鳴る男に対して、イデレクーダは冷めた顔で深いため息をついた。

「あなたが加わってからはたかだか30年程度でしょう。その程度ならいくらでもやり直せるけれど、死んだら終わりなのよ?そんなこともわからないのかしら?」

「この人間たちを殺せば済む話だろ!?」

「魔王に昇格したというのに実力差もわからないのかしら?いえ、魔王に昇格して強くなったから、力量差を感じる能力が低下してしまったのかもしれないわね。」

なんか勝手に仲間割れを始めたんだが。
というか、30年も前から何かをやっていたのか?いや、こいつが加わったのがっていっているから、実際はもっと前からなんだろう。それなのにぽっと出の俺がいきなり邪魔したわけか。そりゃ怒る気持ちもわからなくはない。

「俺がこいつらより弱いっていうのか!?」

「えぇそうよ。あなたではリキさんの仲間の誰にも勝てないでしょうね。…ねぇ、リキさん。これを黙らせるために1つお聞きしたいのだけれど、オーガキングのいた森で魔族を1体討伐していないかしら?」

仲間割れをしていたと思ったら、急に話を振られた。

「魔族?……そういやいきなり襲ってきたから返り討ちにしたやつがなんか喋ろうとしてたな。そいつか?」

「たぶんそうだと思うわ。あの森にいる魔族は1体だけのはずだもの。戦ってみた感想を教えてもらえない?」

「戦うっていうか一発殴っただけで死んだから感想も何もないんだが、言葉を発しなきゃあの森にいる魔物くらいにしか思ってなかっただろうし。もしかして仲間だったとかか?だとしても先に殺そうとしてきたのはあっちだから、詫びるつもりはねぇぞ。」

イデレクーダの頰がピクリと動いた。やっぱり仲間だったか?

「いえ、勝手な行動をとった末路なのだから、リキさんに文句をいうつもりはもちろんないわ。…聞いたでしょう?あなたも同じ末路を辿りたくなければ余計なことをしてはダメよ。」

「はっ!あいつは俺ら四天王の中で最弱の存在!あいつに勝てたくらいで調子に乗ってるようなやつに俺が負けるわけがない!」

こいつを黙らせるためにという理由で質問された気がするんだが、全く効果がなかったな。

イデレクーダも相手をするのが疲れたのか、また深いため息をついた。

「これが最後よ。私に従いなさい。」

「もちろんですよ。ただ、この男は殺しま……。」

イデレクーダが左手から放った透明な球体が話している途中の男の顔に当たって弾け飛んだ。

詠唱どころか魔法名すらいっていないから、なんか特殊なスキルか?そもそも魔族は普通は魔法が使えないんだったな。だから何かのスキルだろう。

「私の部下が何度もごめんなさいね。これで許してもらえるかしら?」

「俺らに余計なことをしないならどうでもいい。」

「ありがとう。まだ魔王が私を除いて4人しかいなかったから幹部扱いしてあげていただけなのに、四天王だなんて勘違いして、主として恥ずかしいわ。それで、最後に確認なのだけれど、私たちが違う国で同じことをしてもリキさんに迷惑をかけなければ見逃してくれるのかしら?」

イデレクーダの口もとは微笑んでいるが、目が全く笑っていなかった。
どうやら失敗してこの国からは出て行くつもりでも、何かやろうとしていること自体は諦めるつもりはないみたいだ。これで俺が邪魔するとかいったら戦闘になるんだろうな。まぁ関係ないならわざわざ邪魔する気はねぇけど。

「あぁ。アラフミナ以外でなら好きにすればいい。ただ、俺は冒険者だからいろんな町に行ったりするし、そこで護衛依頼とか受けたりしたら、また邪魔することになるかもしれないから、約束は出来ない。もしそうなったらすまん。」

「ふふっ。大丈夫よ。また下準備から始めなければいけないから、乗っ取りは早くても40年後とかになると思うわ。さすがにその頃にはリキさんも引退しているでしょう?それとももしかしてリキさんも同族だったりするのかしら?」

「いや、俺は人族だ。だから、40年後とかならさすがに邪魔はせずに済むだろう。急に出てきて計画を台無しにしたみたいで悪かったな。」

「ふふっ。リキさんって変わった人間なのね。初めは怖かったのだけれど、話していたら楽しくなってきてしまったわ。今からでも仲良く出来ないかしら?」

べつに話していて不快感はなかったが、レガリアがいるところでレガリアを殺そうとしてたやつと仲良くするとはさすがにいいづれぇな。

「…その前にこの国で何をするつもりだったのかを聞いてもいいですか?」

俺がなんて答えようかと思っていたら、アリアがイデレクーダに質問した。

「あら?いろいろと調べているようだからわかっているのかと思っていたのだけれど…答えあわせということかしら?」

「…この国にはあなたの仲間が多すぎるせいで、間違った情報を得てしまっているかもしれません。あなたたちと今後も付き合うのであれば、何をしていたのか、何をしようとしているのかは知っておきたいです。」

アリアはある程度は把握しているようだな。しかも調べていたことを否定しないみたいだが、いつのまにそんなことしてたんだか。
それとも相手に話を合わせてるだけか?

まぁアリアの興味ある話を遮る気はねぇから、アリアが満足いくまで付き合うか。

「そういうこと?もちろんいいわよ。何から話したらいいかしら?そうね、まずは何をするつもりかだけれど、私は魔皇帝になりたいの。そのために部下を魔王に昇格させようとしているのだけれど、あまり魔王が増えすぎると気づかれて討伐されてしまうじゃない?だから、隠れるために人間に紛れてしまおうと思ったの。ただ紛れるだけではいずれ気づかれてしまうから、私たちが王となって民を人間にすれば誰も気づかないでしょう?もし気づいたとしても民である人間全てが人質になるのだから、討伐されづらくはなると思うの。」

「魔皇帝とはずいぶん大きく出たのぅ。うぬは悪魔であろう?我にも勝てなさそうなうぬが悪魔皇帝に勝てると思っておるのか?それとも魔皇帝が種族ごとに1体しかなれぬことを知らんのか?」

イデレクーダがアリアに説明していたら、なぜかサーシャが馬鹿にしたように口を挟んだ。

「あら、よく私が悪魔だとわかったわね。それにその口ぶりからして、悪魔皇帝に会ったことがあるのかしら?もちろん魔皇帝が種族で1体しかなれないことも、今の私では悪魔皇帝に勝てないこともわかっているわ。だから乗っ取る国をここにしようと思ったのよ。」

「…どういう意味ですか?」

「この町の周りに強い魔物が生まれやすいことは知っているでしょう?」

「…はい。」

「そして同種の魔物が一定数を超えると魔王が生まれるというのは知っているかしら?」

「…そうなのですか?」

「えぇ。そうなの。だからこの周辺は強い魔物が生まれ、人間に討伐されないように細工をしておけば数年で魔王が生まれるのよ。その魔王を殺せば私たちは強くなれるし、部下に魔王の死体を食べさせればその部下を魔王に昇格させられる。それを続けていけば、いずれ悪魔皇帝になれると思っているわ。べつに急いでいるわけではないもの。寿命なんてないのだから、夢を見たっていいじゃない。」

馬鹿にしていたサーシャが感心したような顔をした。
これも寿命のない魔族なりの楽しみ方の1つなのかもな。

「…なぜレガリアさんを殺そうとしたのですか?」

「その娘が生きていると私が王妃になれないからよ。」

「…王子はレガリアさんではなくあなたを選んでいたと思うのですが。」

「それだけではダメなのよ。王子と婚姻を結んだ者が王妃になるのではなく、その娘と婚姻した者が王になるのだから。その娘が生きている限り、女の容姿をしている私は王族にはなれないの。だから殺すしかなかったのよ。それも王たちが五国会議から帰ってくる前に。」

「…なぜ長い時間をかけて準備していたにもかかわらず、そこだけ急いだのですか?レガリアさんの暗殺は今ではなく、婚姻後でも問題はなかったのではないでしょうか?」

「えぇ。本当ならね。予想外なことにダカーバ王子が卒業パーティーで婚約破棄なんてしてしまったせいで急がなければならなくなったのよ。そのことが王の耳に届く前にね。正確にいえば王が王子に処分をいい渡すまでにその娘には死んでもらわなければ、私が王族に加われる可能性が潰えるの。はぁ…まさか王子がここまで愚かだとは思わなかったわ。何かをしているとは思っていたけれど、地下牢の準備まで進めていたなんてさすがに予想外よ。いえ、今回は諦めてその娘が生んだ王子を狙うことも出来たというのに焦ってしまった私の失敗でもあるわね。…ふふっ。でも、そのおかげでリキさんたちと仲良くなれるのであれば悪くもなかったかしら?」

アリアは聞きたいことは聞き終えたのか、どうするかを確認するように俺を見てきた。
正直いえばどうでもいい。
べつに人間を滅ぼそうとしてるわけではなさそうだから放置で問題ないだろうし、仲良くってのも互いに邪魔しない関係って意味だろうし。

「ちなみに王族になれてた場合は今いる国民はどうするつもりだったんだ?」

「どうもしないわよ?人間には今まで通りに生活してもらうつもりだったわ。そうでなければ隠れ蓑にならないもの。邪魔者以外は殺す必要もないしね。」

「そうか。まぁ敵対しないなら俺はどうでもいい。好きにしてくれ。」

「それは肯定と受け取っていいということかしら?それなら私の国が出来たら歓迎するわね。私もカンノ村にお邪魔させていただくかもしれないから、そのときはよろしくお願いするわ。」

「……カンノ村を知ってるのか?」

「もちろん知っているわ。リキさんの村として有名ですもの。ただ、素晴らしい学校があるという話しか知らないけれどね。だから今度お邪魔するのを楽しみにしているわ。」

「噂なんてほとんど間違ってるだろうから、あんま期待しない方がいいぞ。それでも来るつもりなら好きにしてくれ。」

「ありがとう。それでは私たちはコヤハキには帰らず、このままもとの拠点に戻るわね。レガリアさん、私たち全員が拠点に戻ると国が回らなくなるかと思うから、部下の一部は残しておくけれど、それでも愚かな王子のお世話は大変だと思うわ。だからこれからも頑張ってね。」

イデレクーダがレガリアに微笑みかけながら手を振り、満足したように俺らに背を向けて離れていった。
今のイデレクーダがいったことが本当だとしたら、相当数の魔族が既にこの国に紛れ込んでるのかよ。それなのに潔く諦めるとか、凄い決断力だよな。

案外凄いやつなのかもなと思っていたら、イデレクーダが振り向いた。

「親愛なるリキさんに最後に1つだけ。その娘の護衛を続けるなら、勇者に気をつけて。それでは、御機嫌よう。」

イデレクーダが妖艶に微笑みながら投げキッスをしてきた。
投げキッスをするやつなんて本当にいるんだな。ただ、イデレクーダの仕草はさまになっていたから、された側としては意外と悪い気分ではなかった。

そういや前にセリナも投げキッスをしてた気がする。…同じ仕草なのに本人の雰囲気でここまで違うんだな。

…というか、そんなことより勇者に気をつけろってどういうことだ?と聞き返そうと思ったときには既にけっこう離れていたから、大声で問いかける気にはならなかったから諦めた。

「アリアは勇者のことをなんか知ってるか?」

「…ごめんなさい。レガリアさんとの関わりについてはわかりません。戦闘能力については今のところはまだ脅威にはならなそうなのでそこまで気にする必要はないかと思います。」

「そうか。でも一応レガリアの護衛が終わるまでは気を抜かないようにしておくか。」

「…はい。」

本当はそろそろ横山に日本に帰れないことを伝えに行かなきゃならないんだが、まだ護衛対象に危険がある可能性が残っているから帰るわけにはいかないな。横山には悪いけど、依頼を引き受けちまったから仕方ない。許せ。

けっしてどう伝えればいいかがわからないから後回しにしているわけではない。

「……はぁ。まぁいいや。帰るぞ。」

「…勇者について調べますか?」

俺がついたため息を勇者が面倒だからと勘違いしたっぽいアリアが確認を取ってきた。
どう調べるつもりかは知らんが、伝でもあるのかね?

「いや、いい。こっちには国に必要とされてるらしい侯爵令嬢がいるんだし、難癖つけられたら力づくで黙らせりゃいいからな。殺しさえしなきゃ大丈夫だろ。」

「…そうですね。」

アリアが珍しく微かに笑いながら同意してきた。
もしかしてこの国の勇者があんま好きじゃないのか?
たしかに調子に乗ってた感じがあるし、好きになれるタイプではないか。

視界の隅で顔を引きつらせているレガリアが見えたが、無視して町へと足を向けた。

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