裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

331話



昨日は俺らの訓練時間を削ることになったが、代わりにレガリアの尊厳は守られた。
まぁ訓練時間を削ったといっても、ダンジョンから出たらだいぶ暗くなっていたから、むしろちょうどよかったくらいなんだがな。
昼ちょい前から始めたから、俺の時間感覚がズレてたようだ。

町に戻ったあと、飯は全員で宿屋で食うことになったんだが、レガリアは冒険者と一緒に飯を食うのは初めてだったらしい。
最初は騒がしい食卓に引いていたレガリアだったが、空腹には勝てなかったのか混ざって食べていた。さすがに争奪戦に参加していたわけではないが、会話にはちょいちょい混ざっていた気がする。
まぁ他の冒険者がどんな飯の食い方をしているのかは知らんが、たぶん他の冒険者はここまで騒がしくはない気がする。アリアたちは…育ち盛りだからな。

飯も食い終わり、階段を登ってそれぞれの部屋に向かおうとしたところで、セリナが近づいてきた。

「どうした?」

「忘れちゃダメだよ?」

何を?と聞こうと思ったときにセリナが視線をズラしたから、つられて目を向けた先にはアリアがいた。

…あぁ、一緒に寝るんだったな。

「覚えてるから大丈夫だ。」

「……にゃらいいけど。それじゃ、おやすみにゃさ〜い。」

何かをいいたそうにジト目を向けてきたセリナが、サーシャとレガリアを連れて部屋へと入っていった。

俺らもセリナたちとは別の部屋へと入り、寝る準備へと入った。





1番最初にシャワーを浴び、歯も磨いたあとはとくにやることもなかったから、ベッドで横になってウトウトとしていた。
ふと気配を感じて顔を向けたら、ベッド脇にアリアが立っていた。

「…………いいでしょうか?」

「あぁ、明日も早いからさっさと寝ちまおう。」

特に意味もなく起きていたところに寝るきっかけを持ってきてくれたアリアを迎えるために毛布を持ち上げた。
アリアはいつも通りの無表情でしばらく俺と目を合わせていたんだが、なかなか入ってこないアリアに俺が訝しんだ目を向けたところで毛布の中へと入ってきた。

毛布を持ち上げていたせいでせっかく温まっていた毛布の中の空気が逃げちまったんだが、アリアが入ったことで十分な代わりになった。
夏場だと不快になる子ども特有の体温の高さも、寒くなってきてる今ならちょうどいいな。だからといってあんまりくっつきすぎても寝づらいからと互いの間に半人分の空間をあけ、あやすように右手をアリアの背中に回し、ゆっくりポンポンと間隔をあけながらアリアの背中に右手を当てた。

俺自身が既に眠いせいでアリアの背中に手を置くリズムがかなりゆっくりでてきとうだったんだが、文句をいってこないみたいだから大丈夫だろう。
自分の意識が眠りへと傾き始めた頃、右手に触れる暖かい感覚がなくなった。
なんだ?と思いつつもまぁいいかと右手を動かすのをやめたら、何かが抱きついてきた感覚があった。しかもけっこうな力でホールドされている。

痛いわけではなかったが、一応薄眼を開けて確認したら、小さな頭のつむじが真下にあった。
さっきまで枕に頭を置いていたはずのアリアの顔がないから、このつむじがアリアの頭なんだろう。

左腕の位置をずらしてアリアの枕代わりにし、右腕で包むような姿勢に変えた。
これでアリアの首が疲れることもないだろう。

アリアはまだ力強くしがみついてきているが、眠気を妨げるほどではないからと、俺は眠気に身を委ねて意識を手放した。





左腕の痺れを感じて目が覚めたが、寝ぼけたままに軽く確認した感じでは特に異常はなさそうだ。寝相のせいか?

上体を起こして左手を握ったり開いたりと状態の確認をしてみるが、痺れてるだけのようだから、そのうち治るだろう。

左腕から視線を上げたら、離れていくアリアがいた。
アリアも今さっき起きたばかりなのか、わずかに寝癖のついた髪を手ぐしで直しながら俺に背を向けて歩いていた。なんとなくその後ろ姿を眺めていたら、アリアが振り向いたことで目が合った。

「…おはようございます。起こしてしまいましたか?」

アリアはわざわざ体を俺の方に向き直してから頭を下げて挨拶をしてきた。

「おはよう。たまたま目が覚めただけだから気にするな。」

「…今日は一緒に寝ていただいて、ありがとうございました。……たまにでいいので、また……いえ、わたしが何かの成果を出せたときに同じお願いをしてもいいでしょうか?」

そういやアリアと一緒に寝てたんだったな。
この左腕の痺れは今さっきまで腕枕をしていたからか。

「こんなのでいいなら、褒美とかじゃなくてもかまわねぇよ。アリアくらいの歳なら夜寂しくなることがあっても珍しくないと思うしな。さすがに毎日は無理だが。」

「…ありがとうございます。」

窓から差し込んだ朝日がわずかに微笑んだアリアの顔を照らした。
基本無表情なアリアが微笑むこと自体が珍しいのに、そこを朝日が照らし出すなんてすごい確率だな。カメラがあれば…。

そういやスマホがあるじゃん。
せっかくだから撮っておくかとアイテムボックスに手を突っ込んだときにはアリアはいつもの無表情へと戻っていた。

…。

まぁスマホは水没させたうえに時間も経っているから使えなくなってるかもしれないしな。
代わりに歯ブラシを取り出した。

「…どうしました?」

しばらく見つめ合う形になってしまっていたからか、首を傾げたアリアが確認してきた。

「いや、なんでもない。歯を磨いてくる。」

ちょっと早く起きちまったけど、二度寝する気分ではないからと洗面所へと向かった。
まぁいいもの見れたし、たまの早起きも悪くないだろう。







朝の準備を終えてダンジョンの地下20階に来たんだが、レガリアがイーラに抱かれたまま寝ていやがる。
朝飯食ってた時もかなり眠そうだったが、早々にギブアップしたようだ。
セリナに聞いたんだが、どうやら宿屋の硬いベッドではあまり寝れなかったらしい。
この贅沢者め。

まぁレガリアはどうせやることもないし、寝てても全く問題ないんだけどな。

「この階層までが冒険者ジョブでも来れる稼ぎ場だったか?」

俺が歩きながら隣のアリアに確認を取ると、目を合わせてきたアリアがコクリと頷いた。

「…はい。Aランクの方々であればこの階層まではこれるかと思います。ですが、正確にはこの階層は稼ぎ場ではありません。この階層の魔物はAランク上位の実力がある方々でなければ倒すのに時間がかかるうえにそこまでお金になる素材でもないため、稼ぎ場には向いていないかと思います。稼ぎ場というよりはレベル上げや訓練目的に使用されることが多いかと思います。」

「けっこう強い魔物なのか?」

「…一般的には強い魔物だと思います。耐性を持っているわけではないですが、魔法も物理も通りづらく、そのうえ打たれ強いらしいです。だからといって防御特化ではなく、どちらかといえば攻撃を主にしている魔物なため、倒しきるのにそれなりの実力を必要とされます。もちろん相性の問題はありますが、多少の相性の差は意味をなさない程度には強いかと。…あくまでAランク冒険者からしたらですが。」

「Aランク冒険者からしたらってのはどういう意味だ?」

「…Aランクの実力の方々からしたら、どの攻撃も通りづらい厄介な相手になりますが、耐性を持っているわけではないので、Sランク以上の実力がある方々にとってはどの攻撃でもダメージを与えられる倒しやすい相手になるという意味です。もちろんSランクに見合った攻撃力を持つ方々に限りますが。」

つまりはこの階層の魔物を俺が倒せればSランク相当の実力があると思っていいわけか。
周りから強いだなんだといわれてもそこまで実感を持てなかったが、ここの魔物を苦もなく倒せば少なくとも冒険者のSランクの実力はあるって証明にはなるのか。

「じゃあ最初はちょっと1対1で戦ってみるわ。セリナは1番近いところを教えてくれ。」

「向こうから向かってきてるからこのまままっすぐで大丈夫だよ〜。」

俺の気配察知範囲内にはいないから探してもらうつもりだったが、もう相手には気づかれているらしい。
一応察知範囲を広げてみたら、けっこう遠くからこっちに向かってくる何かがいるのがわかった。たぶん1体だけっぽいからちょうどいい。
それなら接敵する前に準備をしておくか。

精霊術で身体強化をし、ブーツとチェインメイルにMPを注ぎながらスキルの気纏も発動した。
念のため会心の一撃も体全体にタメたところで、魔物が目視できるところまできた。

なかなかの速度で向かってくる四足歩行の犬っぽい魔物だ。ただ、体高が俺より高く、頭が3つある時点で俺の知っている犬とは別物だがな。

これは戦いづらそうだ。
正面から殴ろうにも、前面はほぼ顔で口がデカイから、口を開けるだけで避けられそうだし、だからといって回り込むにも顔が3つもあるから難しそうだ。

いっそ噛みつかれる前に口の中まで飛び込んで殴るか?
唾液まみれになりそうではあるが、1番無難で楽な気はする。ただ、ブレスを使える魔物だとしたら大惨事になるが。

あとは上を飛び越えて敵の背中に攻撃するなり回り込むなりするか、下顎の下のわずかな隙間を潜って首や腹を狙うといった感じか?

まだ行動を決めかねていたんだが、魔物がそれを待ってくれるわけもなく、中央の顔が大きく口を開いて噛み付こうとしてきた。
左右の顔も俺を睨みつけてるから、左右に避けたらすかさず噛み付いてくるつもりだろう。

魔物が近づききる前に左足を踏み出し、相手の噛みつきに合わせて右足を振り上げ、魔物の顎を蹴り上げた。

中央の顔が持ち上がり、左右の顔が俺に狙いを定めたようだが、そこまで首が長くないようで嚙みつけないみたいだ。
代わりに右前足で引っかこうとしてきたが、その攻撃が届く前にPPを多めに消費して勢いよく飛び上がりながら胸らへんを殴りつけた。

俺の右腕が肩近くまで魔物の胸だと思われる辺りにめり込み、一拍遅れて魔物が少し浮き上がるように飛び、俺の左側へと倒れるように落ちた。

俺が着地すると同時に追撃を仕掛けようと倒れている魔物の腹目掛けて一息に近づいたんだが、全く反応しないところを見るに死んでるのか?
だが、念のため近づいた勢いを利用して力の限り腹を蹴りつけたら、巨体が一瞬浮き上がり、蹴られた勢いのまま壁まで転がっていった。

気配察知で確認した感じでは生き物の気配ではなくなったっぽいから死んだだろう。

アリアの補助魔法なしで倒せたってことは俺個人でSランク程度の実力があるってことか。まぁ精霊術を使ってるからテンコの力を借りてるともいえるが、俺は精霊術師でもあるから、俺の力といっても大丈夫だろう。

「この魔物はちょうどいい目安らしいし、全員1対1で1回ずつやってみるか。無理そうなら途中で止めればいいし。」

「イーラやりたい!」

「あたしも♪」

イーラとヒトミがやりたがり、他はイーラのせいで返事のタイミングを失っただけで、嫌そうにはしていなかった。セリナだけは苦笑いをしているが、速度重視のセリナとこの魔物は相性が悪いわけではないだろうから理由がわからん。

まぁ何もいってこないってことはたいしたことではないんだろう。

「それじゃあ次の場所まで案内頼んだ。」

「は〜い。」

さっさと次に向かうためにセリナに声をかけたら、苦笑いを引っ込めたセリナが返事とともに駆け出し、俺らはその後に続いた。

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