裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

322話



地下室へと入ってから周りを確認していたら、脇に抱えているソフィアが左手を前に伸ばした。
角度的に見えづらいが、ソフィアが手を伸ばした方向にある台座にはデカい魔法陣が描かれているように見える。
待ちきれずに手を伸ばすとか、本当に魔法が好きなんだなと思ったら、伸ばしたことで袖が捲れて露わになった細い左腕の4ヶ所に魔法陣のようなものが浮かび上がった。
何をするのかと眺めていたら、その魔法陣の周りを四角く切り取るかのようにオレンジ色に光り、チリチリと音を立ててオレンジ色が中心へと寄っていった。

俺の見間違いかと思ったんだが、この不快な焦げ臭さからして、見間違いではなさそうだな。

オレンジ色が通った部分のソフィアの皮膚がなくなり、生々しい筋肉が見えていた。

4ヶ所の皮膚が焼けきるまでに微妙な時間差があり、3つ目が完全に燃えた瞬間に部屋が明るくなった。
急だったからかなり眩しかったが、そこまで強い光ではなかったみたいで、わりとすぐに目が慣れた。

「何をしたんだ?」

「『エンプティマジック』の中に『アマス』で『上級魔法:光』を封じ込めただけですわよ。暗いとワタクシには何も見えませんから。」

なんか当たり前のようにいわれたが、意味がわからん。いや、魔法を使ったのはわかったが、こいつは今魔法名すらいってなかったよな?

「俺が聞きたいのはその腕の……ん?」

ソフィアが手を下げたことでローブの袖に隠れて腕の焼け跡は見えなくなったんだが、さっきは手の甲も焼けていたはずなのになぜか綺麗になっていたから、言葉が止まっちまった。
まさかの俺の見間違いか?

「ふふんっ!リキ様もこの素晴らしさがやはりわかるようですわね!えぇ、ワタクシの弱点は魔法発動までの時間ですから、そこを短縮するためにこの方法を生み出したのですわ!魔法さえ発動してしまえば、リキ様のように異常な強さの相手でなければワタクシが負けるわけがありませんもの。でも、これでもまだ速度が足りずに奴隷の中では対人戦最弱なのですけれどね…。」

俺が求めていた答えと違う気がすることを興奮気味に答えたかと思ったら、ソフィアのテンションが急に下がった。
情緒不安定かよ。

とりあえず明るくなったなら俺が抱える必要もないからとソフィアを立たせた。

「いってる意味がイマイチわからないんだが、腕が焼けてるように見えたのは自分でやったってことか?」

「そうですわ。以前にアリアさんからスクロールの話をうかがいまして、そこから着想を得ましたの。あれは魔物の素材で作られた紙に描かれた魔法陣に魔力を注ぐことで、その紙を代償にして発動する道具なので、ワタクシはそれを自分の皮膚で代用しましたの。初めは焼ける痛みが辛かったのですが、慣れてしまえば問題ありませんし、これでしたらワタクシも声が出せない状況でも魔法が使えますから、極めようとしているところなのですわ。ワタクシはアリアさんのように『副音声』のスキルを取得することができなかったので。」

一気にいわれたせいで一瞬何をいっているのかわからなかったが、要約すると自分の皮膚をスクロールとして使ったから部分的に燃え尽きたってことか?

それをやろうと思った時点で狂気を感じるが、実際にやって痛かったのに我慢して慣れるまで繰り返したとか……なんもいえねぇ。

たしかにここは弱けりゃ簡単に死んじまうような世界だから、最低限自分を守れる程度には強くなる努力をするべきだとは思うが、ソフィアの努力はさすがにやり過ぎじゃねぇかと思っちまった。

そんな自分の体を犠牲にするくらいなら近接戦闘を少し覚えればいいだけなんじゃねえのか?
いや、ソフィアは最低限の戦闘訓練はやったってさっきいっていたな。それでも詠唱するまでの時間を稼げないからこそ、こんな狂気的な発動方法を選んだんだろう。
人には向き不向きがあるというが、実際にどんなに努力しても人並みレベルすら身につかないことってあるらしいからな。だから無理に近接戦闘を覚えろとはいうべきじゃねぇか。

少なくともソフィアは自分が出来る方法で弱点の克服をしてるんだから、どんなに狂気的だろうが褒めこそすれ、否定をするべきではない……よな?
いや、止めるべきか?いや……。

「魔法の代償に使った腕は大丈夫なのか?」

「はい。4つ目の『ハイヒール』で治してありますので問題ありませんわ。『ハイヒール』の魔法陣は何度も使って覚えて即座に魔力操作で描けるようにしていますので、予備部分の皮膚を使って毎回発動させていますわ。何かの魔法を使う度に回復させていますから、皮膚の再生が間に合う限りは何度でも使えますわ。ただ、初めから皮膚に仕込んでいる魔法陣は消費してしまうと消えてしまうので、何度も使えるのは即座に魔力で描ける簡単な魔法陣だけなのですけれど。」

「そ、そうか。…でも魔法陣なんて描かれていなくないか?」

「前もって仕込んである分は特殊なインクで描いてあるので、見えないようになっていますわ。もしかしたらリキ様の眼ですと見えるかもしれませんけれど。」

そういいながらソフィアが袖を捲って右腕を見せてきたんだが、薄い刺青かってくらいにびっしりと模様が描かれていた。紙に水で描いたくらいに薄いから、気にして見なければ気にならない程度ではあるが、量がおかしい。手首から肩までの間で何も描かれていない部分なんて本当に一部だけじゃねぇか。
ソフィアの腕が細いから少しの魔法陣でいっぱいになってるってのもあるかもしれねぇが、皮膚を代償にするとわかっててここまでびっしりと埋まるほどの魔法陣を用意するってのは良くも悪くも凄えな。

「たしかに意識すれば見えるが、凄え量だな。」

「右腕は主に戦闘用ですので。ちょっとの遅れが命取りなんてよくあることですから、出来る限り仕込んでありますの。前もって描いておけば、先ほどよりもっと早く発動できますもの。それこそ無詠唱より早く発動出来ますわ。その分左腕は予備の部分を多めにとってありますので、前もって用意してある分は少ないのですけれど。」

…………。

「…ん?そういや、なんで皮膚を消費する必要があるんだ?魔道具みたいに魔法陣があれば何度でも使えるもんじゃないのか?」

「魔道具は魔道具で制限がありますの。もしワタクシの体を魔道具とするのであれば、魔法を2種類刻むのが限度ですわね。それでは臨機応変には戦えないので、スクロールの再現に落ち着きましたわ。」

このいい方だと、試そうとしたっぽいな。
そのうえで皮膚を代償にする方法を選んだんなら、本当に戦闘には使えなかったんだろうし、スクロールタイプとの併用も出来なかったんだろう。

「というか、SPで取得しちまった方が、楽なんじゃないのか?前はレベル上げが大変だったかもしれないが、今ならSPを稼ぐのもそんなに難しくはねぇだろ?あぁでも、スキルで覚えた魔法だと応用が出来ないんだったか?」

「確かにスキルとして覚えた魔法と詠唱文を覚えて発動する魔法では自由度が異なりますが、ワタクシがスキルを取得しないのはもっと根本的な理由なのです。…お恥ずかしながら、ワタクシは魔法の才がないので、SPで取得できる魔法がほとんどありませんの。だから詠唱文や魔法陣で覚えるしかないのですわ。」

…は?
いや、そういや人によってSPで取得出来る種類が違うとは聞いたことあるが、ソフィアが魔法の才がないって冗談か?
だが、確かにこいつは出会ったときに魔法のスキルを1つも持っていなかった気がするな。
あのときは上級魔法を覚えてないのに魔導師なのが不思議くらいにしか思っていなかったが、魔法の国で魔導師として住んでいたのにスキルとして覚えている魔法を1つも持っていないってのは不自然すぎるだろ。拘りって可能性もあるかもしれないが、ソフィアならむしろ両方覚えたうえで違いを検証とかしそうなタイプなイメージだから、あらためて考えたら取得しないんじゃなくて出来ないから持ってないっていう方があり得る話だな。

だとしたら、才能がないのに努力し続けてこれだけの実力を身につけたのは純粋に凄え。
自分の皮膚を使い捨てのスクロールにする発想には頭がいかれてんのかと思ったが、むしろそれくらいは当たり前に出来るくらいでないと非才が天才を超えることはできないのかもな。

「凄いのは間違いないが、無理はするなよ。身を守るための方法で身を滅ぼしたら本末転倒だからな。」

「もちろんですわ。大災害を生きて乗り切るためでもありますので、極めてみせますわ。」

そうか。無理をしなきゃ死ぬかもしれないのだから、痛み程度で才能の差を補えるなら我慢が出来るってことか。

……いや、やっぱりソフィアがぶっ飛んでるだけな気がしてきた。
現に他のやつらは真似しようとすらしてないしな。

チラッとアリアの方を見たが、アリアはイーラを纏っているからか、俺の視線には気づかなかったようだから、俺は視線をソフィアに戻した。

アリアはソフィアのやり方すら真似しそうだと思ったが、かりに真似してたとしても止めるべきではないのかもな。
努力してるやつのやり方が自分と合わないからってやめさせるのはなんか違う気がするし。

取り返しがつかないことをしそうになるまでは余計なことをいうのはやめておくか。

俺が返事を考えていたせいで首を傾げて俺を見上げてきていたソフィアの頭を軽く撫でた。

「前向きなのは嫌いじゃねぇ。無理さえしなきゃいい。そんじゃ、魔法陣の調査を頼んでいいか。」

「喜んで。」

年相応な笑顔を見せたソフィアが駆け足で台の上へと上がっていった。
俺もソフィアのあとに続いて台へと上がったんだが、これはなかなか凄いな。
芸術なんかわからないんだが、そんな俺が見ても芸術的なんじゃないかと思えるような模様が壇上の床一面に描かれていた。

俺は間違って発動なんてさせることのないように魔法陣に触れない位置でソフィアを眺めた。

魔法陣の解析なんて面倒そうなことをやっているのに、ソフィアは本当に楽しそうだな。
本人が楽しいならいいんだが、一応これも俺が与えた仕事みたいなもんだから、何かしら対価は考えておいた方がいいかもな。




暇だが、だからといってやることもないからと、ボーッとただただソフィアを眺めていたら、ソフィアが満足げな顔で俺の方に向かってきた。

途中から何も考えずにいたせいでどの程度の時間が経過したかはわからないが、1時間くらいは経ってるんじゃねぇか?その間ずっと魔法陣と睨めっこをしていたはずなのに、ソフィアは疲れを見せないどころか満足げな笑顔をしているのが不思議でならん。

「なんとか解読できましたわ!これもリキ様がくださった魔法陣集のおかげですわね!」

お世辞なだけかもしれんが、なんとなく買った本が少しでも役に立ったのなら良かったよ。

「まぁ本のおかげも少しはあるのかもしれないが、ソフィアの知識があってこそだろ。」

「そうですわよね!」

…………。

「…で、帰還方法について何かわかったか?」

「申し訳ありません。この魔法陣は召喚魔法の補助のためだけのもので、帰還については一切考えられていないようですわ。考えられていないというよりは帰還を願えない者を呼ぶための魔法陣という感じですわね。」

「どういう意味だ?」

「この魔法陣には複数の意味が込められているようなのですが、おおまかに分けますと魔力の増加などの魔法発動者への補助系と召喚するものへの条件付けの2種類あるようですわ。その条件の中に1ヶ所だけ2択になっている部分があったのですが、それが召喚されることを強く望む者、もしくは死ぬ間際の者となっているようでしたわ。」

「あぁ、たしかにそれが本当なら、自ら望んで呼ばれたやつなら帰りたいとは思わないだろうし、死ぬ間際のやつなら、元の世界の体は死んでいるから戻れないとでもいっていい聞かせられるから、帰りたいといわれたところで問題ないってことか。」

そういやローウィンスも同じようなことをいっていたが、魔法陣にそんな条件が埋め込まれていたわけか。

「そうですわね。それで納得していただければ、良好な関係で国の武力として運用できますものね。まぁ、説得に失敗したところで、召喚紋で従わせるだけでしょうから、良好な関係で運用するか無理やり使役するかの差でしかないのでしょうけれど。」

……召喚された時点で詰みじゃねぇかよ。

そう考えるとアラフミナの勇者は幸せな方なのかもしれねぇな。
ローウィンスがそのへんに気を使って幸せだと思えるように仕向けてくれてるみたいだし。あくまでそのことに気づくまではという限定的なものだが、まぁ馬鹿島じゃ一生気づかないだろうから死ぬまで幸せでいられるかもな。

「ちなみに他にも条件はあるのか?」

「えぇ。今のは2択から選ばれるようになっていた部分の話ですので、条件は他にもありますわ。まず、召喚する主と意思の疎通が取れる者。そして、強くなる知識を持つ者。順応できる者。強者に立ち向かえる者。人族に興味を抱ける者。最後に人族であることといったところでしょうか。もしかしたらワタクシが解釈を間違えている部分もあるかもしれませんけれど、まさに勇者を呼ぶための魔法陣といったところですわね。」

馬鹿島に強敵に立ち向かう度胸なんてなさそうだが、ソフィアが読み取ったのなら多少の解釈違いはあっても間違いではないんだろうな。
もしかしたら俺が知らないだけであいつも喧嘩とか好きなタイプな可能性も…ねぇな。たぶんこの世界をゲームとでも思ってるから恐怖とかの感覚が鈍ってるんだろう。それを見越して条件に当てはまったと認められたとか?
いや、召喚のルールを知らない俺が考えてもわかるわけねぇか。

「けっこうな条件があるんだな。アラフミナの勇者を見る限り、たいした条件なんてないと思っていたよ。」

「大災害を越えるために利用する勇者を呼び出すだけであれば、召喚してから鍛えれば良いだけですので条件など何もなくてもいいのでしょうけれど、条件を緩くしてしまいますと召喚紋の効力も落ちてしまうからだと思いますわ。逆にいえば、これだけの条件を満たした者を召喚したのであれば、その召喚紋は『人類最強』ですら破壊するのは不可能な強度となっているでしょう。その分、条件を全て満たす者がおらずに召喚魔法が不発に終わる可能性も高いのでしょうけれど。」

そういや大災害を乗り越えた昔の勇者すら召喚紋はどうにもならなかったっぽいし、自力で解除は無理なのかもな。
不謹慎かもしれんが、俺を呼んだやつは失敗してくれて本当に良かったわ。

「誰が作ったのかは知らないが、なかなか考えられてる魔法陣なんだな。まぁでも帰る方法がわからないんじゃ無駄足だったが。ちなみに帰る方法はわからなくても、この魔法陣がどこと繋がってるとかがわかるような情報はないのか?」

「残念ですけれど、この魔法陣はそもそも場所の指定はありませんので、どことも繋がってはいませんわ。条件に合う者がリキ様の国に多くいるために勇者の出身国が同じになってしまうことが多いようですが、この魔法陣は条件さえ合えばこの大陸の人族が呼ばれることも、リキ様の国がある世界とはまた違う世界の人族が呼ばれることもあるはずですわ。なので、逆を辿るという方法は取れませんわね。召喚している最中に逆流させることはもしかしたら出来るかもしれませんが、試さないことにはわかりませんわ。それに呼び出した者がリキ様の国の者でなかった場合、全く別のところへ行ってしまう可能性もありますので、そうそう試せるものではないかと…。」

たしかに試して知らない世界に飛ばされて、しかもそこでは魔法が使えなくて詰みって場合もあるから、試すべきではねぇな。

とりあえず召喚魔法で帰還方法を探すのは無理っぽい。だからといって帰還魔法や送還魔法なんて存在自体があるかもわからんから、どう探せばいいかわからんし、横山にはこの世界で生きることを覚悟してもらっておいた方がいいかもしれねぇな。

「ひとまずは諦めることにする。ここまで付き合わせて悪いな。」

「そんなことはありませんわ!ワタクシにとってはむしろご褒美ですので!人族の勇者召喚に使用される魔法陣なんて普通は見れるものではありませんから!リキ様の奴隷で良かったと思うことは今までもありましたが、今日もまた思ってしまいましたわ!魔法関連でしたら最弱のワタクシでも役に立てますので、いつでも呼んでください!喜んで参上いたしますわ!」

「そ、そうか。いや、喜んでくれたならなによりだ。」

あまりにもグイグイと興奮したように詰め寄ってきたから、気圧されちまってよくわからない返答をしちまった。

「奴隷として買われた身のワタクシにこれほどまでに良い待遇を与えてくださり、本当にありがとうございます。」

ソフィアがなぜかあらたまって感謝してきやがった。

「べつに俺はなんもしてねぇよ。そんなことより用は済んだしとっとと帰るぞ。この後は最悪バレてもダッシュで逃げればいいだけだが、一応最後まで気を抜くなよ。」

今まで放置していたソフィアに感謝されても困るから、話を終わらせて帰ることにした。

「はい。」

全員からの返事を聞きつつ、目の前で微笑んでいるソフィアから視線を外して出口へと向かった。

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