裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

319話



「リキ様と村の外でお会いするのはずいぶんと久しい気がいたしますわね。お呼びとのことで参上いたしましたわ。」

『超級魔法:扉』を使って呼び出したソフィアがローブの下の方を指で軽く持ち上げて膝を曲げた。

「俺とっていうか、ソフィアはそもそも村の外に出ることがあるのか?」

ソフィアは引きこもりなイメージがあるせいで、思ったことを質問したら、「えぇ。」と肯定した後に話を続けた。

「カンノ村の住民に義務付けられている最低限の戦闘訓練のためにダンジョンには行きましたわよ。それ以外での外出は数えるほどしかありませんけれど。」

戦闘訓練が義務化されていることを初めて知った。まぁ、魔物がどこにでもいる世界なんだから、戦闘能力があるに越したことはねぇし、止める気はねぇけど。



昨晩のアリアたちとの話し合いで王城に行くことが決まり、ソフィアを呼ぶこととなった。
簡単な説明はアリアが既に以心伝心の加護を通して伝えてあるらしい。

といっても、作戦というほどの作戦もないから、話し合いで決まったのは夜になったら裏口の警備を眠らせて侵入し、魔法陣がありそうな部屋を探して、見たら帰るだけだ。
かなり広そうな城なうえに警備も大量にいるだろうに、裏口から入ったことがバレるまでに魔法陣のある部屋を見つけられるのかと思ったが、問題ないらしい。

昨晩のうちにヒトミとセリナが軽く下見をしてきたらしく、ありそうな場所を数ヶ所に絞ってあるとのことだ。
だからあとは怪しそうな順に回って確認するだけといっていたけど、それでもけっこう時間がかかる可能性があると思うんだが、アリアの話し方的にはバレても問題ないっていっているように聞こえた。まぁたしかに侵入したことがバレても素性さえばれなければ逃げればいいだけだしな。

魔法陣の部屋を見つけるまでにどの程度かかるかわからないから、今日の日中は俺らは宿屋で休みだ。戦闘訓練やらレベル上げのためにこの町に滞在してるはずなんだけどな…。

まぁ、ダンジョン攻略組の4人は休む必要がないということでダンジョン探索に行ったから、何もしてない俺らにも少しだけ経験値が入ってるみたいではあるが。
けっこう距離が離れているはずなのに経験値分配されることにも驚きだが、俺が何もしていないのに経験値が入ってくるってのも変な感じだな。



俺らが城に行くのは夜だから、本当ならソフィアを呼び出すのは夕方にした方がいいのかもしれないが、昨日の夜にアリアが連絡を取ったら、なぜかやる気満々のソフィアから昼飯後に呼び出してほしいといわれ、こんな早くに呼び出すことになった。

俺の対面に座っているソフィアはアリアから召喚魔法の本を受け取って確認しているようだ。

ペラリ、ペラリとけっこうな速度でページをめくりながら、訝しげな顔をしている。

最後のページを見終えてから本を閉じ、今度は裏表紙を確認して、背表紙、表紙と順に確認してから俺を見てきた。

暇だった俺はなんとなくソフィアを眺めていたから目が合った。

「ワタクシには全てのページが白紙にしか見えないのですが、リキ様にはどんな風に見えているのでしょうか?」

魔法が得意そうなソフィアにも見えてないのか。

「俺には全てのページに薄っすらと模様があって、1ページだけ文章が見えた感じだな。ただ、今見たらどのページにも文章は書かれてなかったがな。」

「模様?」

ソフィアが首を傾げながら、また本をパラパラと確認し始めた。

「俺は魔法陣に詳しくねぇから勘違いかもしれないが、俺が横山を召喚したときにそのページの模様が浮かび上がったから、それが魔法陣なんじゃねぇか?」

「全てのページに魔法陣?召喚魔法の際に浮かびあがった?ワタクシには見えず、リキ様には見えている?リキ様の眼が特別だから?…………なるほど。」

ソフィアがぶつぶつと何かを呟いたあと、開いているページに手を乗せたら、薄っすらと描かれていた模様が淡く光り出した。

「…何をしたのですか?」

ソフィアの隣で見ていたアリアが少し驚いたようにソフィアに確認していたが、ソフィアの体から何かが本に流れていたみたいだし、魔力を流したとかだろう。
たしかに魔法陣なんだから、魔力を流せば何かしら反応があるわけか。当たり前だろうに思いつかなかったわ。

「魔法陣ということでしたので、魔力を流してみただけですわ。」

ソフィアは気づいたことを自慢するわけでもなく、アリアの質問に微笑みながら答えた。

会わないうちにずいぶん成長したようだな。
昔なら胸を張ってドヤ顔してるイメージだったが。

「…リキ様が召喚魔法を発動したさいにわたしの魔力が使われたのはそういうことだったのですか。リキ様が間近で召喚魔法を使ったために引っ張られるように魔力が流れ出たのかと思っていましたが、召喚魔法を発動したのはリキ様でもその補助の魔法陣は本から発動していたために本を持っていたわたしから魔力が使われたということだったのですね。」

「どうやらページに描かれているのは召喚の条件指定のための魔法陣のようですわ。この魔法陣を通して、条件にあった対象が見つかると文字が浮かぶようになっていると…ふむふむ……この本そのものが魔道具といっても過言ではなさそうですわね。」

「…魔道具ということでしたら、魔力を通せば誰でも召喚魔法が使えるということですか?」

「そういうわけではなさそうですわね。いえ、条件さえ合えばどなたでも使えるのでしょう。ですが、この本に用意されている魔法陣はどれも条件が細かそうなので、満たせるかどうかは運の要素が強そうですわ。」

「…条件ですか?」

「えぇ。このページの魔法陣ですと、主に仕えることに喜びを感じる者であり、召喚者より強い者、そして仕える主を強く求めている者という3つの条件に合った者しか呼び出せないようですわ。」

「…そんな方がいるのでしょうか?」

「条件が厳しいからこそ召喚紋による拘束が強固なものになるということかしら。ワタクシは召喚魔法はまだあまり学べておりませんので、詳しいことはわかりませんわ。あくまで魔法陣の意味を読み取っただけですので。」

目の前で子ども2人が子どもらしくない会話をし始めた。
いや、好きなものにのめり込んでいる様子だけ見れば子どもらしいといえなくはないのか。

2人の会話には参加できそうにないから、俺は夜のために寝ておこうかと思ったんだが、ヒトミが練習したいということで、ヒトミを纏う練習をすることになった。

俺はてっきりヒトミを纏えば影に紛れられるようになるって意味だと思っていたんだが、どうやらヒトミを纏って変装するって意味だったらしい。

今はヒトミが俺に纏わりついて鎧の姿になっている。顔にも最低限の鼻と目と口と耳だけを塞がないようにくっついている。

それにしても不思議な感じだ。
イーラを纏ったときは少なくとも物体が体に纏わりついている感覚があったんだが、ヒトミの場合は何かが触れているような感覚があるのに、なんの重さも抵抗もない。
体の形を自由に変えられるのは纏える時点でわかっていたが、固体でも液体でもないのは不思議な感覚だ。
触れているのに触れていないような、そこにあるはずなのに何もないような……よくわからん。

余計なことを考えるのはやめ、今の俺の姿がどんな風になっているかを見るために部屋にある姿見で確認してみたんだが、これってあの死んだ騎士だよな?ヒトミの場合は鎧やその人間を取り入れなくても変装できるわけか。そのうえ形も定まっていないとか、暗殺とか得意そうだな。こんなんに狙われたら、気配察知のスキルを常に発動してなきゃ、気づいたときには殺されてそうだわ。

「リキ様、少しよろしいでしょうか。」

俺が変装の出来を確かめていたら、ソフィアから声がかかった。
俺は全くの別人のようになっているというのに、振り向いてもアリアもソフィアも全く驚いた様子はない。アリアは俺にヒトミを纏うように指示した側だから驚かないのもわかるが、ソフィアは俺の見た目が変わった程度じゃ驚くに値しないようだ。

「あぁ。なんだ?」

「リキ様がお使いになられた召喚魔法のページは覚えていらっしゃいますでしょうか?もし覚えていらしたら、教えていただきたいのですが。」

「正直あんま覚えてねぇけど、見たら思い出すかもな。」

とりあえず見てみるかと思い、アリアと反対側のソフィアの隣に立ち、本をてきとうにめくっていく。
模様はページごとに違うんだが、意識してたわけじゃねぇからあんま覚えてねぇ。見開きの右側だったことと、最初と最後のページではなかったことは覚えてるんだが…。

…………これか?

「これな気がする。」

俺がページを指定すると、ソフィアがページの端に指で触れて魔力を流したようで、模様が淡く光りだした。

「これはワタクシが知らない部分が多いですわね。知っているところといえば…これは意思疎通が取れる者という条件かしら?あとは強く望む者?何をかはわかりづらいですが、何かを召喚主に強く望んだ者という条件も含まれているようですわね。それなのにこちらは諦めた者?矛盾していますけれど……なるほど!現状の打開を諦めた者といったところでしょうか。そして召喚主に救いを求めた者。召喚主個人に救いを求めるとはずいぶんと限定的な条件ですわね。他のはワタクシにはわかりませんわ。アリアさんはわかるかしら?」

「…わたしはどれも見たことがないためわかりません。」

うちの村の中で魔法に詳しいだろうソフィアとアリアでわからないんじゃ、俺らだけでの解読は無理なんじゃねぇか?
ローウィンスも詳しいことはわからねぇらしいし、交友関係の狭い俺じゃ役に立てそうもねぇな。

そういやソフィアへのお土産で買った本があるじゃん。役に立つかはわからんが、魔法陣集とかいうくらいだから、意味なくはないはずだ。

「そういやソフィアへのお土産に買った本があるんだが、もしかしたらヒントとか乗ってるんじゃねぇか?」

アイテムボックスから本を取り出してソフィアに差し出すと、ソフィアは恐る恐る受け取った。

「ワタクシにですか?ワタクシはなんの役にも立てておりませんのに、いただいて良いのでしょうか?」

「ん?十分役に立ってんだろ。村を作る際にも活躍したらしいし、魔法関連はほとんどソフィアが担当してるんだろ?」

「村に必要な魔道具の設計はさせていただきましたわ。あと、魔法の研究のことでしたら、嬉々としてやらせていただいておりますが、ワタクシはリキ様の戦闘奴隷として買われた身。ですのに、対人戦では戦闘奴隷最弱のワタクシがこんなご褒美をいただいてよろしいのでしょうか?他の方々に申し訳ないといいますか…。」

「どうした?初めて会った頃は自信満々に序列を決めようとかいいだしてたのに、自分で最弱とかいうなんて、具合でも悪いのか?」

「その話は忘れていただけないでしょうか…。」

ソフィアが恥ずかしそうに俯いた。
なんか調子狂うな。

「たしかにいきなり序列うんぬんいい始めたときはふざけてんのかと思ったが、ソフィアの魔法自体は凄えと思ってるぞ。俺も学校でスキルではない魔法を使ったから少しはわかるが、ただ使うだけでなく詠唱を自力で短縮させて強力な魔法を使えるのは凄いことだから、そんなへり下る必要はねぇと思うけどな。」

「凄いことでしょうか?」

「あぁ、ソフィアの場合はほとんどがスキルとして覚えてない魔法だから、全て詠唱文とかを覚えてるんだろ?それだけでも凄えけど、他にもなんかよくわからん魔法の研究とかもしてるみたいだし、魔道具も作ってるって聞いた気がするし……そういやあのギルドカードもソフィアがアリアと一緒に作ったんだろ?だから、戦闘ではアリアたちに敵わなくても、他で十分に活躍できてるから、気にすんな。」

珍しくかなりフォローをしちまった。
ソフィアのことはほぼずっと放置しちまったから、悪いという気持ちが少しあったからかもな。
まぁ、慣れていないせいか、ちゃんとフォローになっていたかは怪しいが。

「フフフッ。そうですわよね。そうですわ。そうなのですわ。フフフッ。えぇ、えぇ。やはりワタクシは凄いですわよね。1対1の対人戦ではたしかに最弱ですけれど、戦闘力がないわけではありませんもの。ワタクシを護ってくださる方さえいれば複数人を一度に相手をすることも可能ですもの。やはりリキ様は見る目があるようで嬉しく思いますわ。魔法に関してはお任せくださいな!」

急に笑いだしたソフィアがまくし立てるように早口で喋り始め、終いには無い胸を張ってドヤ顔で任せろといってきた。
いや、まぁ任せるつもりではあったが、立ち直り早いな。
というか成長して落ち着いた性格になったのかと思ったら、落ち込んでただけかよ。

「あぁ、あとは任せる。俺はもう一度寝るけど、今夜決行だから2人も無理はせずにキリいいところで休んでおけよ。」

「「はい。」」

「ヒトミも試しの変装に付き合ってくれてありがとな。寝るから解いてくれ。」

「はい♪」

練習したがったのはヒトミだったが、俺自身感覚の確認とかを出来たから、一応礼をいってヒトミに解除してもらい、俺は自分のベッドに横になった。
ちなみに汚れたシーツは謝罪とともに追加料金を支払って既に取り替えてもらっている。
もちろんもう1人増えることも伝えて金は払っている。だから、一晩ソフィアが泊まることもなんの問題もない。

あと俺がするべきなのは夜のために寝ておくだけだ。

アリアとソフィアには頭を使ってもらう仕事を頼むが、俺らはもしものときに戦う必要があるからな。眠くて動けないじゃ話にならん。
これから行くのは王城なんだから、化け物級に強いやつがいてもおかしくない。

今回は警備に見つかったら、魔法陣を見つけた後なら逃げ一択だが、見つける前なら戦うことになるだろうからな。

多少の緊張はしているんだが、ベッドに横になって目をつぶっていたら、思いのほか早く意識が沈んでいった。

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