裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

317話



訳がわからず、しばらく横山を見ていたら、アリアが俺の方を向いたのが視界の隅に映った。

「…リキ様は召喚魔法の適性もあるのですね。」

「凄いね♪勇者召喚以外でも人間を召喚出来るんだね♪」

両肩に手を置かれた感触の後に背中に寄っ掛かられる重さが加わり、耳元からヒトミの驚いた声が聞こえた。

まだ俺自身も驚いていたせいか2人の声が遠く感じてしまったが、徐々に意識が平常へと戻ってきた。

「適性も何も、その本に書かれている文字が知っている文字だったから読んだら、勝手に発動しただけだ。」

「…この本は適性のある人にしか文字が見えないそうです。なので、読めたということは適性があるのだと思います。わたしは全てのページが白紙に見えていたので、騙されたのかと思っていましたが、本屋の店主がいっていたのは本当のことだったのですね。」

だからページをめくるのがやけに早かったのか。
いや、今はそんなことより、こいつをどうするかだよな。こいつは中学受験の際に遠い親戚の家へと引っ越したから、二度と会うことはないと思っていたのに、まさか別の世界で会うことになるとはな。

いや、俺が召喚したのだから、再開しちまったのは俺のせいか。
さっきのヒトミのセリフからして人間の召喚は珍しいっぽいのに、初めての召喚で横山を呼び出すとか、もしかして俺はこいつに会いたいとでも思っていたのかね。忘れられていたはずなんだがな。

「とりあえずこいつが起きたら説明するから、それまでは寝かせとく。こいつは俺らと違ってひ弱だから、下手に触って殺すことのないようにな。」

一応注意だけし、先にカッターを取ってアイテムボックスにしまってから、そっと横山を持ち上げて俺の使っているベッドまで運んだ。
なぜか服が捲られている左腕が濡れているが、この程度なら拭かなくても乾くだろう。それよりも俺が抱えたせいで血がついちまった方が問題だな。これだとベッドのシーツが汚れちまうだろうから、あとで宿屋に追加料金を払って謝らなきゃか。

そんなことを考えていたんだが、2人からは返事がなかったから、しばらく部屋の中が静かだった。

どうしたのかと思い、横山をベッドに寝かせてから振り返ると、ヒトミが不思議そうな顔で俺を見ていた。

「起こさないの?」

「ん?あぁ、無理に起こす必要もないだろ。」

「ふ〜ん。」

なぜかヒトミが真顔になり、納得したのかしてないのかわからない返事をしながら横山へと視線を移した。
まだ横山は寝ているだけなんだが、ヒトミにとって気にくわないことでもあったのか?
まぁ、俺の意に反してまで危害を加えたりはしないだろうから大丈夫だとは思うが。

「…その方はリキ様にとって大切な方なのですか?」

アリアも何か納得がいってないのか?
もしかしたらどう扱えばいいかがわからないだけかもな。

「いや、べつに大切なやつってわけではねぇよ。ただの昔の知り合いだ。とりあえずは客人だと思って対応してくれ。俺はもう一度シャワーを浴びてくる。」

「「はい。」」

なぜかいつもより元気のなさげな2人の返事を聞きつつ、俺は血を流すためにまたシャワー室へと足を向けた。







微妙に乾いたせいでなかなか落ちない血を擦って落としていたせいで時間がかかったからか、俺がシャワーを浴び終わった頃には全員が帰ってきていたようだ。

「あ、リキ様ただいま〜。」

「あぁ。」

俺が更衣室から出てきたことに気づいたイーラが声をかけてきたから、てきとうに返した。

それにしてもこの空気はなんだ?
なんともいえない空気の悪さが漂ってやがる。
基本空気を読まない俺でも訝しむほどの不思議な空気だ。
テーブルにいるイーラとサーシャだけがいつも通りのほほんとした空気を発しているのが逆に場違いに感じるほどだから相当だろ。

ん?床が綺麗になってるな。
すっかり忘れて指示とかしてなかったが、綺麗にしておいてくれたのか。

「全員帰ってきたなら、飯食いに行くぞ。」

「…リキ様、彼女が先ほど目を覚ましました。」

あぁ、横山が目を覚ましたから、扱いに困ってこの空気なわけか。
よく考えたら俺らがまともに客人を迎えることがほぼなかったから、どうすりゃいいかわからなかったのかもな。

「あぁ、ありがとな。」

アリアの頭に右手を置いて礼をいってから、横山がいるベッドへと向かった。

アリアたちが距離をとって横山を観察するように無言で立っているせいか、ベッドの上で上体を起こしている横山は所在なさげに若干挙動不審気味だったようだが、俺が近づいていくと視線を向けてきて動かなくなった。だからといって怖がっているというわけでもなさそうだ。

この反応からして俺が誰だかわかっているんだろう。
俺も成長して、あの頃とは見た目が変わってるはずなんだが、わかるものなんだな。

「久しぶりだな、横山。体調はどうだ?」

「……リキくん?」

「あぁ。」

体調の確認はスルーされたが、とりあえず横山の質問に答えたら、なぜか横山がポロポロと涙を流し始めた。
本人は泣いていることに気づいてないのか、手で拭うこともなく、ベッド脇に立った俺に近づいてきた。
俺はとくに何をするわけでもなく見ていたら、俺の服の裾を掴んだ横山が額を俺の腹に当ててきた。

「リキくん…ごめんね……ごめん…ね……ごめん…なさい…生きるのを諦めて…ごめんなさい……約束やぶってごめんなさい………ごめん…なさい……。」

横山は泣きながら俺の裾を引っ張る強さを強めて懺悔のようなことをし始めたが、謝られる意味がわからん。

…あぁ、たしかに最後の約束・・・・・は破ったことになるのか。ただ、今回は俺が呼び出したから、不可抗力だとは思うが。
それに俺は忘れてたくらいだし、どうでもいい約束だったしな。

「とりあえず落ち着け。」

横山の両肩を持って引き離したんだが、裾は離してくれなかった。

「……こんなの自己満足なのはわかってるけど…最後の妄想の中でリキくんに会えて良かった……。最後に謝れて良かったよ…。神様なんて信じてなかったけど、最後にリキくんに会わせて……。」

「いいから落ち着け。」

横山がなぜか神に感謝をしようとしてたところで軽く頭にチョップをしたら、横山は言葉を止めて、頭を抑えながら目をパチクリし始めた。

涙も止まったみたいだし、一応落ち着いたようだな。

「え?痛い?」

「この世界が死後の世界かどうかを俺には否定も肯定も出来ないが、この世界も現実だ。だから勝手に完結しないで話を聞け。」

「……本物のリキくんなの?」

「本物かは知らんが、俺は神野力だ。」

ずっと目をパチクリさせていた横山の顔がわずかに緩み、すぐに悲しそうな顔へと変わった。

「やっぱりリキくんも亡くなっていたんだね。行方不明って聞いていたから、リキくんなら生きている可能性もあるかもって思ってたけど、そんなことなかったんだね。」

俺は向こうでは行方不明扱いなのか。
あそこは廃墟っていっても行方不明者がでれば捜索されるだろうし、あいつらじゃ死体を完全に隠すなんて出来るわけねぇから、見つからないってことは肉体ごとこっちの世界に来てたみたいだな。
なら横山も向こうでは行方不明ってことになるんだろう。

「生きてりゃ家に帰るからな。死にかけてたところで、気づいたらこっちの世界にいた感じだな。横山は俺がいなくなった後のことはどのくらい知ってるんだ?」

もとの世界のことは極力考えないようにしていたから、正直いえばあんま聞きたくはないが、気になってはいたためについつい聞いてしまった。
昔の知り合い相手だからか気が緩んじまってんのかもしれねぇ。なんか調子が狂うな。

「ごめん…友だちから聞いただけだから詳しくはわからないんだ。リキくんが行方不明になったけど、なんの手がかりも見つかっていないってことと、リキくんのお父さんとお母さんがずっと探しているらしいってことを聞いただけで…。」

なんで父さん母さんはこんな親不孝な息子のために無駄な時間を使っちまうんだろうな。
昔からそうだ。
俺が喧嘩ばっかりしていて、周りから疎まれていたのは俺でも気づけるくらいだったのだから、親が知らないわけがない。だからいつ見切りをつけられてもおかしくなかったのに、ウチの両親は俺を見捨てなかった。
やり過ぎて怒られることはあったが、学業を疎かにせず、喧嘩を好まないやつに手を出さない限りは基本的に好きにさせてくれていた。

周りから見れば親も同類と思われて、母さんは近所付き合いも大変だっただろうにずっと変わらず接してくれていた。
縁を切るなり更生施設にぶち込むなりすればもっと幸せな時間を過ごせただろうに、ずっと無駄に時間を浪費して、本当に変わった両親だよ。
だけど、だからこそ、俺は両親に感謝しているし、喧嘩以外では真面目に生きてきた。

親の苦労を知りながらも最後まで喧嘩をやめなかった俺はやっぱりダメな息子なんだけどな。

俺はもう帰る気がないのだから、聞かなきゃよかった…。

「…隼人のことはなんか聞いてるか?」

「え?とくに何も聞いてないけど…何かあったの?」

そういや隼人と横山は小学校が同じでもクラスが同じになったこともないから、話題にも上がらないか。
もし、俺を殺した犯人が隼人だとバレたり、隼人が自首でもしていれば嫌でも話題に上がるだろうが、両親が俺を探してるって時点で隼人は俺を殺したことをなかったことにしたってわけだな。

本当のクズで嬉しいよ。

今は昔ほどイラついてはいないが、目の前に現れたら間違いなく殺しちまうだろうから、この世界に来ないでくれることを願うよ。
これでも小学生のときに友だちでい続けてくれたことには感謝してるからな。その気持ちを思い出せるくらいには落ち着けたのだから、二度と俺の前には現れないでほしい。

「いや、なんでもない。ちょっと気になっただけだ。」

「そういえば仲良かったもんね。」

横山が微笑んだかと思ったら、俺の背後を見て少し驚き、また悲しそうな顔をした。

こいつは表情がコロコロ変わるやつだな。

「どうした?」

「えっと……やっぱりあゆみちゃんもダメだったんだなって思って…でも、死後にもリキくんと会えたなら、少しは良かったのかな。」

「何いってんだ?」

俺が聞き返すと不思議そうな顔をして、また俺の背後を見た。

「ここって死後の世界なんでしょ?なら、歩ちゃんがここにいるってことは歩ちゃんも…そういうことだよね?」

何をいっているのかと思いながら後ろを振り返ると、イーラがいた。
もしかして俺がシャワーから出てきたところからついてきてたのか?いや、今はそんなことはどうでもいい。
たしかにイーラは髪と瞳以外の見た目は数年前の歩だから、5年前の歩を知ってたら勘違いしてもおかしくねぇか。

「死後の世界かはわからんが、あれは歩じゃねぇよ。見た目は似てるが、人間ですらない。スライムっていってわかるか?それが人間に変身してるだけだから、気にするな。」

俺の言葉を聞いた横山がなんともいえない顔をした。

「スライムは知ってるけど、歩ちゃんの姿に変身させてるの?」

スライムが存在していることには驚かないんだな。死後の世界だと思っているからなんでもありだと思ってるのか?

「いや、俺がさせてるんじゃなく、こいつが俺の髪の毛を食って、そこから情報を得たらこうなったらしい。俺にもよくわからん。」

「リキくんと歩ちゃんって似てないけど似てるもんね。それならちょっと納得かな。」

似てないけど似てるとか意味わからんけど、なぜか横山は納得したらしい。
ただ、俺はイーラが歩の姿になった理由よりも、横山のさっきの言葉の方が気になっていた。

「納得してくれたなら何よりだ。そんなことよりさっきのことで聞きたいんだが、歩もダメだったってのはどういう意味だ?」

「あっ……リキくんが行方不明になったあとに歩ちゃんが入院したって話を聞いたから…。」

「あぁ…歩はちょいちょい入院してたからな。それを知ってる横山なら勘違いしてもおかしくはねぇか。だが、歩が入院するのは調子の悪いときだけだから、あの両親がいるうちは死ぬほど体調が悪くなることはないはずだ。俺がいなくなったことで多少のショックを受けて体調を崩したんだとしても、歩はいつまでも引きずるほど弱くはないから、今頃はもう日常生活に戻れているはずだ。」

「…。」

横山が何かをいいたそうな顔をしていたが、待っていても何もいってこなかった。
俺も多少の心配はしているが、歩なら大丈夫だろうという信頼もあるからか、そこまで気にせずにすんでいる。
先に死んだことは悪いと思っているが、もし日本に戻れるとしても俺はもう家族に合わせる顔がねぇから、時間が解決してくれることを祈るしかねぇ。

「横山もだいぶ落ち着いたみたいだから、今後について話しておこうと思うんだが。」

俺が話を切り出すと横山は首を横に振った。

「ありがとう。リキくんが変わらず優しくて嬉しいけど、私はもうリキくんに迷惑はかけたくないから、あとは大丈夫だよ。これからは1人で生きていくから。リキくんとの約束を破ってしまったけど、これからはまた関わらないようにするから。」

こいつは勉強を教えた代わりにした約束である、「二度と俺に関わるな」っていうのを律儀に守ろうとしているらしいな。
そんなん俺が召喚しちまった時点でどうにもならないだろうに。

「もうあの約束はどうでもいいよ。あれは学校で人気のあった横山と仲がいいと色々面倒だったからしただけの約束だしな。今じゃそんなの些細なことってくらいにいろんな奴から嫌われてるから関係ねぇ。」

「あの約束が私のためだったのはわかってる。渡辺くんとの喧嘩で目立ち始めたリキくんと私が仲がいいって噂が立たないようにって思ってくれたんでしょ?仲がいいと思われると私を巻き込むとでも思ったんでしょ?だから私のなんでもいうことを聞くって約束をそんなことに使ったんでしょ?その優しさは嬉しかったよ。でも、そんな約束をさせられたのは悲しかった。私はそんなことは気にしないから、もっとリキくんと仲良くなりたかったのに。約束だから、関わらないようにしなきゃいけなくて…。」

なぜか横山がまた興奮し始めた。
俺から無理やりさせた約束を気にしなくていいっていっただけなのに、わけわからん返答がきたな。
俺から関わるなっていって無理やり遠ざけたのに今さら気にするなっていったことに怒ってるのか?
べつに自分勝手な俺のことが嫌いなら嫌いでかまわないんだが、少しでも関わったことのあるやつを死ぬとわかっててほっぽり出すのはなんか後味悪いからな。

「とりあえず落ち着け。俺は横山が思ってるような善人なんかじゃねぇから。そんなことより、横山はこの世界がわかってないから1人で生きていけるとか思ってるのかもしれねぇが、ここは身分証がなけりゃ町からでることすら出来ねぇし、日本と比べるまでもなく治安が悪いから、簡単に死ぬぞ。いや、死ぬ方が楽だって思えるくらいの思いをすることになるかもな。」

横山の目から急に光が消えた。
話を聞いて怖くなったとかではなく、急に絶望したような…わけわからん。

「私はそんな世界でしか生きられない運命なのかもね。」

なぜか乾いた笑いを浮かべた横山が呟いた。
表情がコロコロ変わると思っていたが、情緒不安定なだけかもしれねぇな。まぁ、急に知らない世界に来たら落ち着いてなんていられねぇか。
誰もが俺のように諦めが早いわけじゃねぇからな。

「とりあえず横山は俺の村で少し休め。何日か過ごせば落ち着くだろうし、この世界のこともわかるだろ。周りに迷惑をかけるのが気になるなら、なんかてきとうに仕事でももらえばいい。」

『超級魔法:扉』

「アリア、悪いがサラに玄関まで来るように連絡してくれ。」

「…はい。」

ここで話していても今の横山じゃ話にならないと思い、サラには悪いが落ち着くまで村で休んでもらうことにした。
まぁ2、3日もすれば一先ずは落ち着くだろう。

横山は急に現れた扉に驚きながら、俺に視線を向けた。

「リキくんの村?」

「あぁ、俺はこの世界でなぜか村長をやることになってな。つっても村人はほぼ全員子どもだから、横山からしたら村っていうより小学校って感じかもしれねぇけど。」

横山に説明しながら扉を開けると、ちょうどサラが駆けつけてきたところだった。

「これ以上リキくんに迷惑かけたくないよ!」

「なら、大人しく村で休め。これ以上余計なことをいわれる方が迷惑だ。落ち着いた頃にまた会いに行くから、それまでにそのガリガリな体やボサボサな頭を見れるようにしとけ。サラ、悪いがこいつを頼む。こいつは俺の昔の知り合いだから、客人として扱ってくれ。ある程度自由にさせてかまわないが、こいつは戦闘能力皆無だから、屋敷以外では常に誰かをそばにつけてくれ。あと、何かあったら俺が対処するから遠慮なく連絡をくれ。」

「え?リ、リキくん!?」

戸惑っている横山を無理やり抱き上げ、サラに説明しながら放り投げてから扉を閉めて、魔法を解除した。

まともな思考が出来てないやつとの話し合いとか時間の無駄でしかないからな。
最初は昔の知り合いだからかちゃんと相手をしなきゃなんて思っていたが、けっきょく面倒になっちまった。それなのに放置できずに村に預けたってことは、やっぱり昔の知り合いってのが引っかかっているんだろうな。

まぁ2、3日はどうせ落ち着かないだろうから、今後の話はそのあとに話せばいい。

「とりあえず話は終わったから、飯食いに行くぞ。」

「はい。」

全員から返事は返ってきたが、数人がなんともいえない顔をしていた。
まぁ飯を食いながらでもかるく説明はした方がいいかもな。といってもたいして説明することもねぇけど。

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コメント

  • 葉月二三

    彼女は少し混乱しているだけですよ、きっとw
    話はまぁよくある話ですからね!

    1
  • ノベルバユーザー464270

    思ってたより彼女は吹っ飛んでて 話は吹っ飛んでなかったw

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