裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

313話



来た道を通って森から出て、街道を町とは反対側へ少し歩いたところに血の跡があった。だが近くにはメアリーとかいうやつどころか、死体も乗り物もない。
気配察知の範囲を広げようとしたところでセリナが何かを見つけたらしいから、セリナの案内で再び森の中へと進んでいくと馬車があった。
片側の車輪が壊れて横転している。中に1人分の気配があるが、もしかしてメアリーとやらか?だとしたら意外にも生きていたみたいだな。

横転した馬車の近くには食い荒らされた死体が1つと、それを貪っていたのだろう、口の周りを血だらけにした狼のような魔物が5体ほどいる。
鎧を剥がしながら器用に食べていたみたいだから、わりと頭がいい魔物なのかもな。

その状態で馬は何事もないように休憩しているのはシュールだ。
そういや馬も魔物だったか。魔物同士は種別が違っても滅多に殺しあわないようなことを聞いた気がするな。それでも我関せずで休憩している馬には違和感が半端ないが。
俺たちが現れてもチラッと見てきた以外は何の反応もないし、完璧なまでに調教されてるのかもな。

そんな馬とは違い、狼の魔物たちは俺たちを睨むようにして唸っているが、たいして脅威でもなさそうだからと歩いて近づいたところで襲いかかってきた。実力差はあきらかなのに躊躇なく突っ込んできたから、返り討ちにした。

5体同時に襲ってきたせいでチェインメイルを若干引っ掻かれたが、特に怪我をすることもなく5体ともを順繰りに殴り殺せた。
頭がいい魔物なのかと思ったが、勝てない相手にただ突っ込んできたところを見るに勘違いだったみたいだな。

この程度の魔物に全身鎧を着た騎士が負けるとは思えねぇから、この死体はさっきの男たちに殺されたんだろう。
顔はボロボロで判別できないが、さっきの男と一緒にいたやつってことはあの男に注意したやつかもな。本当に痛い目にあったみたいだが、もしかして俺がフラグを立てちまったか?だとしたらすまんな。

とりあえず気配の確認が先かと思い、横転している馬車に飛び乗り、真上にある扉を開けた。
中にいたのはメイド服を着た女が1人だ。
戦闘能力はなさそうなのに抵抗したのか、メイド服はボロボロだ。それに対して体の傷はたいしたことはなさそうだし、縛られてすらいない。

破れたロングスカートから覗く脚は脛のあたりが紫に変色していて、おかしな方向へと曲がっていた。

見張りもいないのだから状況的にはいつでも逃げ出せるが、足が折れて立てないこいつには横転した馬車から逃げる術がないわけか。
この馬車は御者の座るところの窓は小さすぎて人が通れないようだし、扉は側面にしかないみたいだからな。

馬車が横転していたのはそういう理由か。これなら逃げられないし、弱い魔物に襲われることもないから安全だ。

メイドを殺しちまえば済むだろうに殺さず、わざわざ人に見つかりづらい森の中に移動させたことから考えて、男たちはこのメイドをあとで使う・・つもりだったのだろう。

胸糞悪いが、あいつらが人を襲い慣れてるおかげでこのメイドは生き残れたんだし、このメイドと後で楽しむために馬車の移動やらをしていたから、女は男たちに追いつかれずに俺らのところまで来られたんだろう。そんで俺らはこんな簡単な仕事で金貨50枚をもらえるんだし、結果としては悪くはねぇか。

そんなことを考えていたら、顔を上げたメイドと目が合った。
メイドは青ざめた顔で怯えた表情になり、口を開け舌を…。
即座にメイドを踏まない位置に飛び降り、指をメイドの口の中に入れた。
たいした戦闘能力のないメイドが俺のガントレットを噛みちぎれるわけもなく、ガギッと不快な音を立てるだけで止まった。
歯が欠けるほどではなかったようだが、音からしてメイドなりに本気だったっぽいな。

状況が状況とはいえ、人の顔を見た瞬間に死を選ぶとか、なかなか失礼なやつだよな。

「お前の仲間が外で待ってんだから、馬鹿なことすんなよ。とっととその足治して馬車から出るぞ。」

この足はこのまま回復魔法をかけても平気なのか?先に骨の位置とか直す必要があったりするのか?

…まぁいいや。とりあえず魔法を使ってみて、失敗したらまた折ってアリアにやり直してもらえばいい。メイドには悪いけど。

『ハイヒール』

一度の魔法では完治はしなかったが、勝手に足が真っ直ぐに戻ろうとしてるから、問題なさそうだな。

『ハイヒール』

『ハイヒール』

こんなもんか?

「足はまだ痛いか?」

さっきからやけに静かなメイドに確認したが、呆けた顔をしているだけで返事がない。

あぁ、そういや指を口の中に入れたままじゃ喋れねぇわな。

ずっと口に突っ込んでいたせいで唾液まみれになったガントレットをチェインメイルでてきとうに拭いていると、メイドが呟くように喋りだした。

「なぜ、私の足を治したのですか?私を犯すだけなら治す意味がわからないのですが、そもそもあなたはあいつらの仲間ではないのですか?」

「お前の仲間からの依頼だからだよ。いや、治すことは依頼に含まれちゃいなかったが、町まで行くのに自分の足で歩かせるためだ。あいつらってのが騎士のことをいってるんだとしたら敵対してきたから殺した。これで満足か?足が痛くねぇならさっさと立て。」

とりあえずメイドの質問に答えてから手を出すと、メイドは困惑しながらも手を差し出してきた。
その手を掴んで軽く引っ張って立ち上がらせ、しばらく様子を見たが痛がってるそぶりはないな。

わざわざ説明してやったのにまだ状況を掴めていないっぽいメイドは困惑の表情を浮かべたままだが、これ以上説明するつもりがない俺は馬車の入り口に手をかけて飛び乗り、メイドに手を伸ばした。

メイドは困惑しつつもとりあえず俺に従うつもりなのか手を掴んできたから引き上げ、そのまま横抱きに抱えて馬車から飛び降り、地面に立たせた。

「お前がいってたメアリーってやつはこいつか?」

目の前まで来ていた女に確認を取ったんだが、女は俺の質問を無視してメイドに抱きついた。まぁ反応からして合ってたっぽいからいいか。

「……逃がしてくれてありがとう…………間に合ってよかった…。」

「お嬢様……助けを呼んで戻ってきてくださってありがとうございます。」

互いに涙を流しながら感動の再会をしているところ悪いが、もう暗くなり始めているからさっさと帰りたい。

「感動の再会は町についてからにしてくれ。夜になる前に帰りたい。」

「っ!も、申し訳ありません。すぐに向かいましょう。…あ、ですが馬車が壊れて……。」

このくらいの距離なら歩けばいいと思うが、大事な馬車なのか?
いっそもう片側の車輪もぶっ壊して引きずるか?いや、それだと底が抜ける可能性があるか。なら車輪が壊れている側を持ち上げながら歩けばいいか。

「ヴェルとニアは車輪が壊れている側を持ち上げながら歩いてもらっていいか?」

この中で力がありそうなのはこの2人だろうと頼んでみたが、さすがに馬車を町まで持ち上げ続けるのはキツいか?

「これくらいなら僕1人で十分だよ。」

ヴェルがそういいながら、横転している馬車を起き上がらせ、片手で軽々と支えた。

パッと見た感じでは無理してる風には見えないが、ヴェルは見栄を張るイメージがあるからな。1人に無理させるのもよくないだろ。
いいから2人で持てって命令してもいいが、雑用させるうえに不満まで持たせるのもなんだし、今回はそれっぽい理由をつけてやるか。
女とメイドも馬車に突っ込んで重さを増せば、2人で持たせる理由になるか?

「護衛対象も馬車に乗せるつもりだから念のためだ。魔物が襲ってきたせいで手を離さなきゃならない状況になったからって理由で護衛対象を怪我させるわけにもいかねぇからな。あと一応馬車内に護衛として……サーシャでいいか。サーシャも乗せるから重くなるだろ。」

「我はヴェルが持てなくなるほど重くはないぞ!?」

サーシャが体重を気にしてるのは意外だったが、そもそもサーシャが重いとは思ってなかったからチラ見だけしてスルーした。

「なっ…。」

サーシャは何かをいいたそうにしたが、無駄と悟ったのか黙った。

「というわけで2人には馬車運びを頼んだ。あと、サーシャもよろしく。」

「「はい。」」

「…大役を任されたのだから文句はいわぬが、なんだかのぅ。」

ヴェルはこれ以上文句をいうことなく、ニアと一緒に馬車の車輪が壊れた側を支えた。
何事にも動じずに休んでいた馬の魔物が、出発すると思ったのか、重い腰を上げ、調子を確かめるためか後ろ足で地面を蹴り始めた。

そういや、御者は誰がやってたんだ?

周りを見るが死体は鎧のやつしかない。

まぁ、これだけ大人しい魔物なら、御者は誰でもいいか。

「ヒトミに御者を頼んでもいいか?」

「はい♪」

ヒトミがニコニコしながら馬に近づくと、今までマイペースだった馬が初めて怯えるように後退った。

「逃げちゃダメだよ♪リキ様の前であたしに恥をかかせないでね♪」

硬直した馬の首を軽く撫でたヒトミが「フフッ♪」と笑ってから、準備を始めた。

「お前らも早く馬車に乗れ。出発すんぞ。」

「あ、あの…私たちも歩きますので無理せず馬車はここに置いて…。」

「は?」

「あ、いえ、申し訳ありません。ありがたく乗車させていただきます。メアリー。」

「はい。お嬢様。」

わざわざ大事らしい馬車を持ち帰る方法を考えてやったのに何いってんだと思っての純粋な疑問だったんたが、このお嬢様とやらは冒険者に慣れてないのか、たったこれだけで怖がらせちまったみたいだ。
まぁ大人しく乗ってくれるみたいだからいいか。

メイドが先に馬車に乗り、女を引き上げて馬車に乗せた。その後にサーシャが馬車に飛び乗り、扉が閉まった。
それにしてもサーシャが飛び乗ったのにこの馬車の安定感。ヴェルとニアは本当に筋力がやばそうだよな。まぁヴェルは見た目的にも割と筋肉質だから納得できなくもないが、ニアはあの見た目のどこに俺以上の筋力が隠されているのか不思議なくらいだ。
ちなみに俺も馬車を支えるくらいはできると思うが、さすがに飛び乗られたら揺れはするだろう。微動だにしない方が異常なだけだ。

「そんじゃ、町に帰るからよろしくな、ヒトミ。」

「はい♪」

俺が頼むと、馬車に馬を繋げたりなどの準備をしていたヒトミが明るく返事をし、御者台に座ってから馬を歩かせた。
俺らはその速度に合わせてゆっくりと歩き始めた。

「遅いよ♪」

ヒトミが明るく声を発した瞬間に馬がビクリと震え、速度が少し増した。
たしかに早く町に行きたいとは思っていたが、べつにそこまで急ぐ必要があるわけではない。それでもヒトミ的には馬の速度に納得がいかなかったようだ。

馬は少し進んではチラッとヒトミの様子を伺うように見てからまた前を向き、その後も少し進んでは振り返るというのを繰り返した。

「さっきから何かな♪文句があるっていう意思表示かな♪それなら仕方ないね♪」

ヒトミがそういいながら御者台から降りようとしたところで馬が首を高速で左右に振った。
魔物だから喋れはしないようだが、言葉自体は理解してるのか。

ヒトミは馬の反応に満足したのか、御者台に座り直した。

「そ♪なら前見て歩いてね♪」

ビクッと体を震わせた馬がそれ以降は振り向かなくなった。やっぱりこの馬は魔物のわりには頭がいいのかもな。ビビり過ぎだとは思うが。

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