裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

312話



近づいてくる気配を警戒しながら待つと、鎧を着た3人組が視界に入った。
俺の気配察知でとらえていたから、実際に見える前からなんとなくわかってはいたが、ずいぶんとゴツい鎧を着ている。
ヘルムまでかぶっているから俺にはあいつらの性別はわからんが、セリナが男っていってたから、あの3人は男なんだろう。
というか、あんな重くて動きづらそうなものを着てよく走れるな。

俺たちから見えているのだから、相手からも見えているのだろう。男たちは警戒するように走る速度を少し落として近づいてきた。

相手の雰囲気に対してはなんともいえないが、見た目だけを見ると騎士って感じがする……もしかして、女はなんかやらかして追われてるのか?

戦闘能力のない女が追われているから、被害者なんだろうと勝手に思っちまったが、女が犯罪者って可能性もあるわけか。まぁ、依頼を受けた時点で、こいつが犯罪者だろうが町までは送るがな。

そんなことを考えているうちに、男たちは俺の間合いより一回り外、剣の間合いからも外れているくらいの位置で止まった。話すには少し遠いが、戦うにはちょうどいい位置といったところか。
そこで止まるってことはこいつら戦い慣れてるのかもな。

「お前はあん時の野郎か…ちょうどいい。」

真ん中の男が呟きながらヘルムを外した。
敵意は向けたままなのに防具であるヘルムを外す意味がわからないが、おかげで顔が見えた。

こいつはメデューサ討伐前に絡んできやがったやつじゃねぇか。
ってことは騎士で間違いねぇはずだ。それに追われるとかこの女は何をしたのかね。

この後は女を渡せとかいってくるのかと思っていたら、男がヘルムを放り投げてきた。
下投げで放ったわりにはなかなか速い。
意図がわからん。この国では何か意味がある行為なのか?

向かってくるヘルムのせいで男が見えなくなった瞬間、男が動いた。

肉眼でしか把握してなければ完全に不意を突かれる形になるんだろうが、今の俺は気配察知が使えるし、まさに今は使っている最中だから、男が剣を腰から抜きながら姿勢を低くして近づいてきているのがわかる。
こいつ話し合いすらなしに殺す気満々じゃねぇか。

まぁ完全に敵対してくるなら殺せばいいだけだから俺としても楽だがな。

向かってくるヘルムを横に弾こうとしていたのをやめて半身を引き、軽くヘルムを殴って男の方に返した。

男は予想の範囲内だったのか、驚いた様子もなく、進行方向を少しだけズラして避けた。その直後に男がわずかに光り、速度が増した。

後ろの2人が動かねぇと思ったら、補助魔法を唱えてやがったのか。

男は自身の速度がこのタイミングで上がるのをわかっていたかのように一気に俺との距離を詰め、剣を振ってきた。
普通の緩急だけでも対応しづらいのに、魔法でさらに緩急の差をつけやがったせいで反応が少し遅れた。
まぁ少し遅れたところで、反応が間に合ってしまう程度の速度なのが残念だが。
対人の戦闘経験は豊富そうだが、援護されてこの速度ならもとのステータス自体は俺よりだいぶ低いようだな。

相手の剣を受け止めてから殴った方が確実にダメージを与えられそうだが、なんか嫌な予感がしたから屈んで避け、立ち上がりながら男の横っ面を左の拳で狙った。

男が避けづらいように剣を振った流れに逆らうように殴りかかったはずなんだが、男は俺の拳が頰に触れる寸前で剣を手放し、ダメージを吸収するように体ごと顔を俺のパンチの流れに合わせてズラした。
見た目の割にずいぶん器用なことしやがるな。全く殴った感触がなかったぞ。そのせいで途中で止められずに左腕を振り切っちまった。

男は無理やり体を捻りながら少しだけ距離を取り、すぐに腰の短剣を抜きながら近づいてきた。

さすが騎士ってやつなのか、戦い方は俺のイメージする騎士らしくはないが、戦闘センスは俺より高いらしい。
これがもし同じステータスなら、俺は一度距離を取って仕切り直すしかなかっただろうが、ステータスが劣ってるうえに勝ったと思って一瞬気が抜けたっぽいこの男相手なら力技で終わりだ。

左腕を振り切った姿勢を無理やり引き戻すことで腰と腹と胸と肩に変な痛みが走ったが、それらを我慢したおかげで男の短剣が俺の首に届くよりも俺の右拳が男の頰に到達する方が早かった。

男の目が見開かれ、わずかに口が開いたところで俺の拳がめり込み、顔を斜め後ろへと拗らせながら男が後ろに倒れて転がっていった。

ステータス差があってもさすがに一撃で殺すのは無理だろうと思ったが、相手が油断した瞬間だったおかげか、死んだっぽい。首の向きがおかしいからな。

『ハイヒール』

念のため地味に痛みのある体を回復し、男の後ろで呆けた顔をしている2人の男を見た。

この男が負けるのがそんなに意外だったのか?まぁいい。どうせすぐ死ぬやつらがどう思ってるのかなんて気にするだけ無駄だろ。

「お、俺らは騎士だぞ!?こんなことしてタダで済むと思っているのか!?今ならその女を渡せば見逃してやるから、とっととその女を置いてどっかに行け!」

呆けた顔をしていた男の1人がハッとした顔をし、震えた声で叫んできた。
騎士ってのは仲間を殺されてんのに敵を見逃すんだな。まぁ仕事の達成が第一だから、勝てない相手を避けるってわけか。死んだ男より弱いっぽいこいつらじゃ俺らに勝ち目なんてないだろうからな。まぁどっちにしろ逃す気はねぇけど。

「お前らが最初から話し合いをしていたら、この女を町まで連れていった後なら好きにしろっていっていたかもしれねぇが、問答無用で殺しにきたお前らを逃すわけねぇだろ。」

「アヤレジ王国を敵に回す気か!?」

「知らねぇよ。」

なんとなく叫んでる男と会話をしてみたが、会話に参加していなかった方の男が何かの詠唱を始めたようだから、先に潰した。
さっきの男はなかなか強かったのにこいつは俺が近づいたことに反応すらできず、無抵抗で顔面にモロにパンチを食らいやがった。そのせいかヘルムの上からなのに一撃だったみたいだ。

さっきまで叫んでいた男は交渉が無理と悟ったのか、俺らに背中を向けて走り出した。
潔いっちゃ潔いが、その速度で逃げられると思ってるのか?

追いかければすぐに追いつくだろうが、その前にちょっと試してみようと思い、今さっき殺した男の腰から剣を抜き、その剣を逃げる男に投げてみた。
俺の投げ方が下手くそだからか、向かった方向は悪くないが、クルクルとめっちゃ回転しながら男に向かった。
男は剣が飛んできたことに気づいたのか振り返り、両腕をクロスしてガードしたが、体勢が悪かったせいか転んだ。
振り返らなければ当たらなかっただろうにわざわざ受けてくれるとか優しいやつだな。

「リキ様♪トドメはあたしが刺してもいいかな♪試したいスキルがあるんだよね♪」

俺がトドメを刺しに向かおうと思ったら、隣にきたヒトミが声をかけてきた。

「試したいスキル?『影収納』とかいうやつに生きた人間を収納できるか試すってことか?」

「違うよ♪『影収納』に生きた人間は入れられないのは知ってるからね♪あたしが試したいのは『なりすまし』ってスキルだよ♪どの程度相手の中を見れるのか試したいんだよね♪」

「よくわかんねぇから好きにしろ。」

「ありがと♪」

ヒトミの説明がよくわからなかったから好きにさせることにした。
正直俺らに背中を向けて逃げ出したところでなんかシラけちまったから、どうでもいいしな。だからといって助ける気はないが。

さすがに俺らが話しすぎたせいで男は既に立ち上がって走り始めていたが、男の足元から出てきた黒い手が男の足を掴んだことにより、男は勢いよく顔面から転んだ。
男はすぐに体を仰向けにして上体を起こし、足を掴んでいる黒い手を解こうとしたが、さらに地面から生まれた複数の黒い手に捕まり、仰向けで地面に縫い付けられた。
あの黒い手が『なりすまし』ってスキルなのか?でもあれだとしたら、ここに来るまでの魔物の討伐時に試せたと思うんだが。

俺が疑問に思っている間、男が抵抗しようとしていたのは見ていてなんとなくわかったが、全くといっていいほど動けていなかった。

そんな男のもとへとヒトミは鼻歌を歌いながら近づいていった。
これは男からしたら恐怖以外の何者でもねぇな。
全く身動きが取れないところに拘束した犯人だと思われるやつが上機嫌に近づいてくるんだからな。
まぁ実際はヒトミは上機嫌なわけではなくいつも通りなんだろうが、知らないやつが見たら上機嫌にしか見えないからな。…いや、やっぱりいつもよりなんとなく機嫌がいいかもしれん。

俺らもヒトミから少し遅れてついていく。
男が逃げたのは俺らの帰り道側だから、ここで立ち止まってる意味もないしな。

「こんにちは♪」

男のもとに到着したヒトミが明るく声をかけたが、もちろん返答なんかない。

新しく地面から生えた黒い手が男のヘルムを剥ぎ取ったようだ。
ここからじゃ男の顔がよく見えないが、たぶん恐怖に歪んでるんだろうな。

ヒトミは男に馬乗りになり、顔を男の顔へと近づけ始めた。
そのままキスでもする気か?

何をしてるのかと思いながら近づいたら、凄い近距離で見つめあってるだけだった。いや、本当に何してるんだ?

「……ぁ…あ、ああああぁぁぁああぁーーーーー!!!!!やめろーーーー!!俺を見るなーーーーー!!!!ああああぁぁぁああぁーーーーー!!!!あ…あぁ………。」

いきなり叫び始めたかと思ったら、急に静かになった。
え?死んだのか?

いや、まだ死んでいたわけではなかったようだ。ただ、静かになった男の首をヒトミが握りつぶしたから、今度は間違いなく死んだだろうけど。

「んん〜…まぁ、こんなものだよね♪」

若干不満そうな顔をしたヒトミだったが、すぐにいつもの笑顔に戻った。

「スキルは試せたのか?」

「うん♪表面だけだけど、男の記憶を取り込めたよ♪リキ様が望むなら、この男にいつでもなれるよ♪」

ん?
表面の記憶を取り込む?
表現が分かりづらいが、相手の心が覗ける的なスキルか?いや、ヒトミの場合は思うままの姿になれるのだから、記憶まで見れるなら完璧になりすませるのか。『なりすまし』ってのはそういう意味かよ。え?怖っ。
いつも通りに話してる相手が実はなりすましてるだけとかホラーだろ。

「シャドウってのはみんなそんなスキルが使えんのか?」

「どうなんだろ♪サーシャは何か知ってる?」

「シャドウは表におらんかったから見た記憶がないが、シャドウキングなら何体かおったな。だが、そんなスキルは持ってなかったと思うがのぅ。といっても、我がまだ魔物時代の話だから、我からシャドウキングに質問することはなかったし、そやつが我の前で『なりすまし』とやらを使わなかっただけかもしれんがな。」

「もしかしたら、あたしがドッペルゲンガーから進化したから得たスキルなのかもね♪感覚的には『模倣』の上位スキルな感じがするし♪」

そういやヒトミはドッペルゲンガーの時点で他人に化けれていたんだから、シャドウに限らず人間と入れ替わってる魔族がいてもおかしくはないし、今さら気にしても仕方ねぇか。
仲間が有用なスキルを手に入れたことを喜んでおこう。

「面白そうなスキルが手に入ってよかったな。」

「うん♪これでもっとリキ様の役にたてるよ♪」

べつに無理に俺の役に立とうとしなくても十分助かってると思うんだが、やる気を削ぐようなことをいう必要はないからとてきとうにヒトミの頭を撫でた。
また誤魔化すために頭を撫でちまったと思ったが、ヒトミはまんざらでもなさそうだからいいか。

「そういや、けっきょくスキルでどんなことがわかったんだ?」

「この男の普段の性格や喋り方だよ♪あとは最近の記憶も見れたかな♪こいつはアヤレジ王国の人間じゃないみたいだね♪国からの命令で最近この国に潜入して騎士になったみたいだよ♪王子の恋人からの紹介って形をとったみたいだけど、そんなことで信用して他国の人間を騎士にしちゃうとか、この国の王族は頭が悪いんだね♪」

ヒトミがクスクス笑いながら楽しそうに話しているが、こいつらが他国のスパイって意味か?だとしたら、王族の恋人ってのも他国の人間だよな?

滞在する国をミスったなと思いかけたが、よくよく考えたら、俺がローウィンス以外の王族なんかと関わることはほぼほぼねぇだろうし、この国がどうなろうと俺には全く関係ねぇからどうでもよかったな。
戦争なんかが始まったとしても逃げればいいだけだし。

「その王子はたしかに警戒が足りなすぎるとは思うが、女に騙される男なんて珍しくもねぇだろ。取り返しがつかなくなった頃には気づけるだろうし、それもまたいい経験なんじゃねぇの。」

「取り返しがつかにゃくにゃったらダメだよね!?」

知らないやつのことなんてどうでもいいから、てきとうに話を締めくくったらセリナに突っ込まれた。
まぁ正論だな。だからといって、これ以上話を続けるつもりはないからスルーだ。

「というか、メアリーとやらがまだ生きてる可能性もあるから、そろそろ行くぞ。」

無視したせいか唇を尖らせて不貞腐れているセリナをさらに無視して進もうとしたところで、アリアが何かをいいたそうに俺を見ていた。

「どうした?」

「…リキ様、この死体の武器や防具はどうしますか?」

どうやら俺らが話している間にアリアたちが死んだ男たちから装備類を回収していたみたいだ。ただ、こいつらの武器防具には同じマークが入ってるっぽいから売れない気がするんだよな。あれが国を表すマークなのかは知らないが、ヘタに売ろうとしたら面倒なことになりそうな気がするし、使うにしてもバレたら同じ結果だろう。

「売れそうにないから放置でいいんじゃねぇか?使ってるのがバレても面倒そうだし。」

「…もらってもいいですか?」

アリアがこんなものを欲しがるなんて珍しいな。

「べつに好きにしてかまわないが、何に使うんだ?そのまま使うのはなしだぞ。」

「…溶かしてアクセサリー類の素材にしようかと思います。」

こいつらが着ていた全身鎧が何の金属かはわからんが、そんな風に再利用が出来るんだな。

「好きにしろ。」

「…ありがとうございます。」

アリアがアイテムボックスに全身鎧の全てのパーツをしまったのを確認してから町の方に走り出すと、アリアたちは戸惑うこともなく俺の速度に合わせてついてきた。

ただ、いまだにイーラに抱えられている女だけが状況を理解できていないようで、青ざめた顔でオドオドと挙動不審になってやがる。
まぁ俺らが受けた依頼に女の精神安定なんてもんは含まれてないから知ったこっちゃねぇがな。

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