裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

311話



てきとうに進んでいるから定かではないが、来た道とは違う道を通っているはずなのに、そこまで魔物に出くわさなかった。

数体のそこそこ強い魔物とは出会ったが、それだけだ。
この森は魔物が少ないのか?でも、行きはそれなりに魔物に出会った気がするんだけどな。

「たいしたレベル上げにならねぇな。」

「…オーガキングの咆哮のせいで、弱い魔物は逃げてしまったのかもしれません。」

「その可能性もあるのか。あの咆哮はなかなかのものだったからな。雑魚じゃ耐えられねぇだろ。」

「ホントにね!鼓膜が破れるかと思ったよ!」

セリナはかなり耳がいいからな。実際に俺らよりもダメージがあったのかもしれん。

そんな会話をしながら歩いていたら、見覚えのある場所にでた。
特徴的な何かがあるわけじゃないんだが、観察眼のおかげか見たことあると思っちまった。

草が踏み潰されているから、人が通ったのは間違いないだろう。それが俺らかはわからんが。
でも、複数の足跡が同じ方向に向かっているから、俺らが通った道の可能性が高い気がする。というか観察眼が反応してるんだから、俺らが通った道なんだろう。

「私たちが最初に通った道に出ちゃったね〜。目的にゃく歩いていたから真っ直ぐ歩けてにゃかったみたいだね〜。」

鼻をピクピクさせたセリナがいっているんだから、間違いなさそうだな。
まぁ奥に向かってる時も真っ直ぐ進めていたかは怪しいから、道が交わってもおかしなことではないか。
迷ったら『超級魔法:扉』で帰ればいいだけだから、なんも気にせず思うがままに歩いていたからな。

あらためて空を見上げると、少し暗くなり始めているな。
まだ夕方というほどではないが、森の中の影がだいぶ増えている。

たまたまではあるが、最初に通った道に出たんだし、この道で帰るとするか。

「知らない森を夜に探索するのも危ねぇし、今日は帰る…どうした?」

俺が帰ることを全員に告げようとしていたら、セリナが耳をピクピクさせて訝しむような顔をしていた。

「う〜ん…こっちに向かって来てる人がいるんだけど…。」

「人?魔物じゃなくてか?」

「うん。しかも息遣いからしてたぶん女の子。足音からして私と同じくらいの体格かにゃ?それに走る速度や疲労具合からして戦闘能力がにゃさそうにゃのに、1人で走って向かって来てるんだよね。演技かもしれにゃいから、一応警戒した方がいいかも?逃げる?」

「俺らの方に向かって来てるのか?」

「そうだね。迷いにゃく真っ直ぐ向かって来てるね。」

こんな森の中で真っ直ぐ俺らの方に向かって来てるってことは間違いなく俺らに用があって向かって来てるんだろう。
セリナの察知範囲よりも外から俺らを見つけられるほどのやつなら、戦闘能力がないってことはないだろうし、疲れてるってのは演技なのか?まぁ演技じゃなかったとしても体力がないからといって、戦闘能力がないとは限らないか。
だからといって逃げたところでまた狙われる可能性があるんだよな。
セリナが気付く前から俺らの方に向かって来れてるくらいだし、今逃げたところですぐに見つかるだろう。
町中で人混みに紛れられて近づかれるよりは敵の気配しかないところで遭遇した方が対処しやすいか?

「とりあえずここで待つか。いきなり攻撃を仕掛けられてもいいように準備はしておけ。」

全員が俺に返事をしながらそれぞれの武器をかまえた。

「ん?」

急にセリナが首を傾げた。

「どうした?」

「さっきの女の子の後ろから3人の男が走ってきてるみたいにゃんだけど、もしかして女の子は私たちに向かって来てるんじゃにゃくて男たちから逃げてるのかにゃ?」

「そんなの俺に聞かれてもわからねぇよ。先頭の女が俺らのところに来るのと男たちが女に追いつくのはどっちの方が早そうだ?」

「このままにゃら、女の子が私たちの視界に入る方が早いと思うけど、目の前に来る前に男たちが追いついちゃうかも?助けに行くの?」

「目的が俺らと関係ないならどうでもいいんだが、女も男たちも目的が俺らなら、合流されてもめんどくさそうだな。」

「あぁ〜その可能性もあるんだね。じゃあ先に女の子に接触しておく?」

「俺らが歩いて向こうに向かえば、男たちと合流する前に女と会うことになるだろ。その時の反応次第でその後の行動を決めるか。」

待つことをやめて歩き出すと、アリアたちも歩き出した。
まだ俺の察知範囲外だから、けっこう距離があるだろうし、歩いて向かっても余裕で女単体と接敵できるだろう。

「アリアはどう思う?」

俺とセリナだけで話を進めちまったが、そういやアリアはなんもいってこなかったなと思って声をかけたら、アリアは一度下を向いたあとに俺を見た。

「…わたしの発言によって行動を変えてしまいますか?」

ん?質問に質問で返されたが、どういうことだ?アリアは何かを知ってるってことか?
その発言次第で俺が行動を変える可能性があるが、アリア的には変えないでほしいってことか?

「アリアが何を知ってんのかわかんねぇけど、アリア的には女のところに行ってほしいってことか?」

「…はい。」

わけわからねぇが、べつに歩いて向かうくらいはいいか。女がいる側が帰り道だし、敵なら殺すだけだしな。俺らと関係なければ放置していけばいいだけだし。

「まぁ女のところに行くのは構わないが、アリアは何か知ってるのか?」

「…知っているわけではないです。セリナさんのいったことを聞いたうえでの推測です。」

「その推測とやらを教えてくれ。」

「…その女性は後ろから追って来ている男性たちから逃げているのだと思います。わたしたちに向かって来ているのはこの道のせいかと思います。」

アリアが地面を指差したがどういう意味だ?
…あぁ、そういや俺らは最初に道なき道を進んで来たんだったな。そんで俺らが進んだ部分が道になってるわけか。
逃げてる女がこの道を見て、この先に人がいると推測して助けを求めようと進んで来てるのだろうってのがアリアの推測か?
それなら真っ直ぐここに進んで来てるって理由も納得できるしな。

「アリアはその女を助けたいのか?」

「…助けるかは相手を確認してからにしたいです。確認せずに放置してしまうと、利用価値のある人間であった場合に取り返しようがなくなってしまうので。」

8歳のセリフじゃねぇな。セリナが苦笑いしてるし。
セリナ以外はとくに気にしてもいないみたいだが。

「もしかして、アリアは相手に心当たりでもあるのか?」

「…いえ、ありません。ただ、子どもが複数の大人たちから逃げている状況の中で少ない情報から生存確率が高い選択を取れるというのは誰でも出来ることではありません。なので、確認せずに見捨てるには惜しい人材かと思いました。」

アリアのセリフ選びは置いておくとして、もし追われているんだとしたら、確かに逃げるっていう極限状態の中で最近作られたであろう道の先に人がいるかもしれないなんて思いつかないだろう。
思いついたとしても大人の方が足が速いし体力もあるだろうから、どの程度先に人がいるかもわからないし、ガキの頃の俺なら追いつかれると思って隠れるって選択を取りそうだな。
ここは森だから隠れる場所なんてたくさんあるし。

ただ、日本でならそれでバレない可能性もあったかもしれないが、この世界じゃ気配でバレるからな。隠れるって選択を取った瞬間バッドエンドだろう。まぁ普通の子どもがそこまで想像できるとは思えないから、そこまで理解して走り続けることを選んだのならかなり賢いのかもな。

そういわれると少し興味が湧くな。

「じゃあとりあえず見てから決めることにするか。俺も少し興味が湧いたしな。」

俺がそういってかるく走りだすと、アリアたちも速度を合わせてついて来た。






しばらく走ると目的の女が見えた。
ぱっと見は俺と同じか少し年下って感じだな。こんな森の中でドレスなんて着てるから、場違い感がハンパない。

俺らから見えたのだから、相手にも見えたんだろう。わずかだが女の速度が上がったような気がする。
あくまで互いに見えたというだけだから、距離自体はまだけっこう離れているのにペースを上げて平気なのか?
まぁ俺ら側からも女の方に向かっているから、たとえ女がそこでコケたとしても後方の男より俺たちの方が先に女に会うことになるからいいんだが。

そんなことを思いながら進んでいたが、女はコケることがなかったため、すぐに俺の間合いへと入った。

今のところ女からの殺気はないが、変な行動を取られてもすぐに反応できるように気を張っていたら、女は最後まで敵意を向けずに俺のチェインメイルを掴んで膝をついた。

ほとんど減速せずに膝をついたから、こいつの足は悲惨なことになっているだろう。
そのせいか、堪えるような涙目で見上げてきた。

「冒険者様、お願いします。メアリーたちを助けてください!今はお金を持っていませんが、町に戻った際に必ずお支払いいたします!だからメアリーを!」

冒険者様とか初めていわれた気がするな。
というか、こいつは追われている身なのに他のやつの心配をしてるのか?それとも後から来るやつはこいつの仲間なのか?

かりに仲間だとしても、メアリーってのは後ろのやつらとは別の人間だろうな。後ろから来てるのは3人とも男らしいし、メアリーってのはたぶん女性名だろうからな。

「助けろったって、メアリーってのは誰だ?後ろから来てる3人の男たちとは別件か?」

「え?…。」

女は絶望が混じったような表情をし、首だけで後ろを振り向いた。まぁ振り向いたところでまだ見えないんだけどな。

女は何かを察したのか、俺のチェインメイルを掴む手から力が抜けたようだ。
どうやら追われてることには気づいてなかったみたいだな。でも、この反応からして追ってきてるやつらにメアリーとやらが襲われて、その隙に逃げたか、それともメアリーによって逃がされたかってところか。
そんで男たちが追ってきてるってことはもうメアリーとやらは死んでる可能性が高いってことだろうな。

相手が二手に分かれたって可能性もあるが、こいつの態度からして、今追ってきてるやつらで全てっぽいな。
二手に分かれているならメアリーってやつがまだ生かされてる可能性がそれなりにあるだろうに、この女は希望を失ったような顔をしていたし。

まぁ俺の推測だから正しいかはわからんが、この女は現実を受け入れられるタイプみたいだから、話は出来そうだな。

「お前の反応からしてメアリーとやらが生きてる可能性が低そうなんだが、それでも助けてくれと依頼するのか?」

放心しているように見えていたが、俺の言葉はちゃんと聞こえていたようで、女が俺の方に向き直った。といってもまだショックは受けているようで、目を伏せてはいるが。

なんとなく女のことを見ていたら、女は顔を上げて俺の目を見てきた。
思った以上に早く立ち直ったな。

「もし手遅れになってしまっていたとしても、せめて町のお墓に埋葬してあげたいので、町までの護衛をお願いできないでしょうか。」

「俺らはお前を町まで護衛するってことでいいのか?そんでちょっと寄り道して、メアリーとやらが生きてるなら同行させて、死んでるなら遺体を運ぶのを手伝えってところか?」

「手伝っていただけるのであれば助かります。その依頼内容でお願いします。」

俺より少し年下かと思っていたが、けっこうしっかりしてんな。もしかして小柄なだけで年上だったりすんのか?
まぁ今はそんなことは関係ねぇか。

「わかった。どうせ帰り道だから受けてやるよ。そんで、お前はいくら払ってくれるんだ?」

「…………申し訳ありません。冒険者様に護衛のご依頼をするさいの相場を存じあげないので、ご教授いただけないでしょうか。」

困った顔をした女が確認してきたが、なんかかなり堅っ苦しい言葉遣いになったな。
子どもだからってなめられないようにか?
まぁ膝立ちのままでそんな対応をされても威厳も何もないけどな。

というか、相場とかいわれても、護衛の依頼なんて受けたことも雇ったこともないから、俺がわかるわけがない。

俺がアリアに視線を向けると、女もつられるようにアリアへと視線を向けた。

「…一般的な冒険者の相場でしたら、死体の運搬という特殊な条件やギルドを通さないための信用度の問題を含めても、1日で終わる護衛なので、銀貨50枚もあれば十分かと思います。」

思ったより安いな…。
そういや前に護衛が思ったより安いと感じたことがあった気がするな。いつだったかは覚えてねぇけど。

「それでは…。」

女が話し始めたところを遮るようにアリアが話を続けた。

「…ですが、リキ様は一般的な冒険者ではありません。ちょっとしたついでの仕事で金貨10枚をもらうことも珍しくありません。それを踏まえての依頼をすることをお勧めします。」

アリアが続けた言葉に女が驚いた顔をした。
まぁいきなり20倍になったらそりゃ驚くわな。おれも内心驚いたし。

この女がどんな答えを出すのかと少し興味を持って待っていたら、女は覚悟を決めたかのような真剣な顔を向けてきた。

「金貨50枚で引き受けていただけないでしょうか。」

アリアがいった金額のさらに5倍を提示するか。だが、口でいうだけなら誰だってできるからな。

「お前はそれを確実に払えるのか?」

「申し訳ありません。お金を用意するのは私ではなくお父様ですが、必ずお支払いいたします。お父様がすぐに用意できなかったとしても、私がお父様から今までいただいた装飾品を売ることで金貨50枚なら用意できるはずです。」

ぱっと見10代の女が持ってるアクセサリーを売って金貨50枚を用意できるとか、かなり金持ちみたいだな。それならもうちょい吹っかけることも出来そうだが、メアリーとやらがまだ生きてる可能性もあるし、依頼を受けてやるか。
メアリーとやらが家族なのか友人なのかは知らねぇが、自分以外のやつのために金貨50枚を出すっていわれたなら十分だろ。

「まぁいいや、それで受けてやるよ。そんじゃそろそろ後続の男たちが到着するから、お前は……サーシャの隣にでもいろ。あの金目のやつだ。立てるか?」

「はい…あれ?……すみません。」

足に力が入らないのか、立とうとしてはヘタってやがる。
膝を怪我したからってのもあると思うが、ここまで緊張状態で全力疾走したあとの安堵のせいもあるんだろうな。それならしばらくは立てねぇか。

俺は目の前の女の両脇に手を入れ持ち上げ、イーラの方に放り投げた。

「…え?ひゃ!?」

「予定変更だ。イーラが抱えてやれ。アリアは治療を頼む。」

「「はい。」」

空中で暴れる女をイーラが苦もなくキャッチし、アリアが女の膝を治すためにイーラのところに近づいていった。

さて、俺はそろそろやってくる男3人の相手をするとするか。

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