裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

309話



1番近場にいたオーガを気づかれる前に殴りつけた。

オーガが雑魚じゃないのはわかっていたが、思ったより硬えな。この中では弱い個体なのに一発じゃ殺せねぇどころか、不意をついたのに転がす程度しかできてねぇ。
一応わき腹に拳の形が残る程度にはめり込ませることが出来はしたが、スキルを乗せてわりと本気で殴ってこれは予想外だ。
馬鹿島レベルって聞いていたから、ちょっとナメていたが、俺の知ってる馬鹿島より間違いなく強い。
セリナは成長した馬鹿島と会ったことがあるのか?

いや、今はどうでもいい。

さすがに殴り飛ばしたことで他のオーガたちにも気づかれたが、行動に出られる前に何体か倒さねぇとな。

殴り倒したオーガはひとまず無視して、隣のオーガの鳩尾に左拳をめり込ませた。

急所は人間と変わらないのか、今度は一撃でうずくまるようにオーガが泡を吹いて膝をついた。
それを横目で確認しながら、少し離れたところにいたオーガに一息で近づき、同じく鳩尾を殴ろうとしたらガードされたが、オーガのガードした腕に俺の拳がめり込む感触があった。

オーガの下っ端どもの硬さに最初は驚いたが、こいつらくらいならまだ力のゴリ押しでも勝てるくらいのステータス差は十分にあるな。

めり込んだ腕を一度引き、オーガの片足を俺の左足で軽く引っ掛けるように浮かせ、再度踏み込みながらバランスを崩したオーガの顔面を殴った。

そこそこの抵抗を腕に感じながらオーガの首を捻れさせ、視界の隅で最初に殴り倒したオーガが起き上がるのが見えたから、トドメを刺しに戻ろうとしたところで、空気が変わった。
わずかにだが、重力が増したような気さえする。

「グオォーーーーーーーーーッ!」

心臓に直接ダメージを与えるような重低音が響いた。
この中で1番強いオーガ…オーガキングが吠えたようだが、それだけで昔の俺なら動けなくなっていたであろうプレッシャーを叩きつけられた。

この世界で戦闘に慣れてきたつもりの今ですら一瞬動きを止められたからな。

動きが止まったのは俺らだけではなく、オーガたちも動きを止め、オーガキングに呼応するように叫びだした。

もちろんそんな隙を見逃すわけもなく、目の前で吠えてる最初のオーガに近づいてから顔面を殴り潰し、黙らせた。

この勢いでどんどん倒していこうと次のオーガに狙いを定めたときにアリアたちが参戦してきたのが見えた。

予定の半分しか倒せなかったな…。

チラッとセリナとウサギを見ると、セリナが5体でウサギが今ちょうど2体目を倒したって感じか。

相性があるとは思うが、俺もオーガの倒し方がなんとなくわかったから、最終的に勝てばいい。
べつに勝負してるわけじゃねぇんだけどな。

さっさとオーガを退治してしまおうと視線を戻そうとした時、セリナが俺の視界から外れる瞬間にニヤッと笑ったのが見えた。

あいつ…。

俺はなんとなく、ファーストジョブを魔王から戦闘狂に変えた。
変えてみても戦闘欲が上がるだけで、意識を失うわけでも理性がきかなくなるわけでもないみたいだな。

それに試すまでもなくわかるほどに力が漲ってくる感覚も悪くねぇ。

戦闘狂のレベルが前にファーストジョブにした時よりも上がっているから、精神的な影響が少し心配だったが、これならオーガの虐殺を普通に楽しめそうだ・・・・・・

身体能力の上がった状態での動きを確かめるように緩めの速度で近くのオーガに近づき、がら空きの脇腹を殴りつけた。

やっぱり破裂させることは出来ねぇが、ズブッと拳が埋まった。
右手をオーガの脇腹から引き抜くと、ボトボトと血やら何やらがこぼれ落ちてきた。

「ははっ。」

自然と上がる口角につられるように声が漏れた。

悪くねぇ。









ゴガッという硬いもの同士がぶつかったようなメチャクチャうるさい音のせいで、最高に上がっていたテンションが一気に冷めた。

イラッとして音の方に目を向けると、ニヤッと笑っている無傷のオーガキングとヒトミがいた。

ヒトミは俺の位置からだと後ろ姿しか見えないから表情はわからねぇが、なんかヒトミの周りの空気だけがやけに淀んでいるように見える。

というか完全に冷めちまったな。

もういいや。

まだ俺からそこそこ離れたところにはオーガたちがけっこういるが、俺はジョブを戦闘狂から魔王に戻した。その瞬間、いろいろ混ざりあっていた感情がスンッという感じで抜け落ちたような気がした。

わりと冷静に保ててると思っていたが、やっぱり戦闘狂はダメだな。今になって気づいたが、戦ってる最中の記憶があんまりねぇ。
これじゃレベル上げにはいいかもしれないが、戦闘訓練にはならねぇわ。
今回はセリナよりもオーガを多く倒そうと思ってなんとなしにジョブを変えたが、戦闘狂はなしだ。
ただ、周りの惨状を見る限り、やはり物理戦闘向けのジョブの方が俺にはあってるっぽいな。戦闘狂ほどの効果はさすがにないだろうが、格闘家に期待しよう。
戦闘狂じゃ力任せの攻撃しかできなくなってそうだから、頭を使ってくる強者相手にはたぶん使えねぇしな。

俺が心の中で苦笑いしていたら、淀んだ空気を纏っているヒトミがオーガキングに飛びかかった。
ヒトミにしては珍しく大きなモーションで殴りかかったが、オーガキングはヒトミの攻撃を避けずに両腕でガードした。
その瞬間、ヒトミの肘から何かがニョキっと2、3本飛び出した。
一拍遅れてヒトミの手首から肘までがグシャッと複雑に潰れた。

ん?…ヒトミの肘から飛び出してきたのって骨か!?

ヒトミが攻撃したはずなのにヒトミの方がダメージ負ってんじゃねぇか。

見るからにヒトミの方がダメージを受けてはいるが、ヒトミの拳はオーガキングのガードにガッツリとめり込んでいるみたいだ。
そういやヒトミは魔族だから、一般的な人間よりステータスが高いんだよな。そんな体が自滅するほどの威力で殴れば、ガードの上からダメージを負わせるくらいはできるわけか。ただ、自分の方がダメージを負ってちゃ意味ないと思うけどな。

ヒトミはぶっ壊れた右腕を気にするそぶりもなく、腰を捻って左拳でオーガキングの右脇腹を殴りつけた。

モーションは大きいが、なかなか様になってる殴り方だな。

俺がちょっと感心していたら、さすがにこれはだいぶダメージが入ったようでオーガキングが苦しげに息を漏らした。

殴った側のヒトミはそれ以上にダメージを負って、左腕まで痛々しい状態になっているのに、動きに一切の躊躇がなく、オーガキングの開いた口の中に肘から飛び出た骨を突っ込んだ。

オーガキングがそれで息絶えたのかはわからんが、ヒトミに殴られた勢いのまま後ろ向きに倒れた。
そして、ヒトミはオーガキングの上に馬乗りになり、壊れた腕で動かないオーガキングを殴り始めた。

いや、その腕はマズイだろ!?
アリアがいればなんとかなるかもしれねぇが、もう死んだだろう相手への無駄な追撃なんかで後遺症でも残ったらどうすんだよ。

俺が急いでヒトミに近づきヒトミを羽交い締めにしたが、それでも殴ろうと暴れやがる。

「落ち着け。意味わかんねぇから。」

「こいつは絶対に許さない。死んでも許さない。殺す。絶対殺す。死んでも殺す。殺して壊して何度でも殺す。」

なんかヒトミが壊れたんだが。

わけがわからず、周りの戦闘に一切参加してないっぽいアリアに目を向けると、アリアは視線を逸らした。いや、何かに目を向けたっぽいから、アリアの視線の先を追った。

あれは砕けた鉄片か?

鎖が近くに落ちてて、このタイミングでアリアが目を向けたってことはあの鉄片はもしかしてヒトミのモーニングスターなのか?

「…オーガキングに壊されました。」

俺がモーニングスターだと理解するタイミングを測ったかのようにアリアが俺らに近づきながら補足してきた。

「は?そんなことでヒトミはこんなにおかしくなってるのか?」

「…そんなことではないです。リキ様からいただいたものを壊されたのですから、当たり前です。」

…。

ひとまずアリアはスルーして、ヒトミに意識を向けた。

「新しいもん買ってやるから、落ち着け。武器なら新しいものを買えば済むけど、ヒトミの体が壊れちまったらリハビリから始めねぇとならなくなるから困るんだよ。」

「……。」

説得するには言葉選びを間違えた気がしなくもないが、ひとまずヒトミは止まった。
だが、まだめっちゃオーガキングを睨んでいるし、体に力が入ったままだし、一言も喋らねぇから、手を離したらまた殴りかかるかもしれねぇな。

「あれはもしかしたら中古だったかもしれねぇから、耐久値がすり減ってたんだろ。それに今のヒトミには性能的にも劣ってただろうし、ちょうどいい買い替えのタイミングじゃねぇか。ヒトミがおとなしくするんなら、新しいのを買ってやるが、どうする?俺のいうことを聞きたくないなら好きにすりゃいいけど、めんどくさいからここに置いてくぞ。」

「………………ごめんなさい。」

珍しくヒトミがしゅんとしてる。

まぁ若干脅しに近いいい方だったかもしれんが、うまくいったから問題ない。

「もともと魔王討伐に来たのはヒトミのためだったしな。新しい武器も含めてヒトミへの褒美だ。」

「リキ様♪ありがと♪」

ヒトミが後頭部を俺の頰に擦り付けてきた意味はわからないが、落ち着いたようだから羽交い締めを解いた。

それに合わせるようにアリアが魔法を使ってヒトミの腕をもと通りにした。
そういやアリアはヒトミの行動に気づいていたのに腕を治してやらなかったんだな。治してもすぐに壊されるだろうから治すだけ無駄とか判断したのか?

「ヒトミは痛みとかないのか?」

ふと思ったことを聞いてみただけなんだが、ヒトミは首だけを俺の方に向けて、不思議そうな顔をした。

「もちろん痛いよ♪でも、痛いからって動けなくなったら足手まといでしょ♪」

ニコッと笑顔を向けてきたヒトミがいわんとしてることはわからなくないが、なんて答えればいいんだろうな。

俺が返答に迷ったからあえて答えないでいたら、ヒトミは話が一区切りついたと判断したようで、おもむろにオーガキングの胸に両手の指を突き刺し、パックリと開いた。

いや、普通に見ちまっていたが、何してんだ?

いきなりグロいことを始めた意味がわからねぇと思っていたら、ヒトミは開いたオーガキングの胸に右手を突っ込み、何かを掴んで引き抜いた。

ここ数ヶ月の殺し合いなんかで見慣れはしたが、わざわざそういうことを俺の前でしなくていいんだぞ…。

「は?」

なんだかんだと見続けていたら、ヒトミがオーガキングから抜き出した心臓っぽいものに噛り付いた。

ヒトミの後ろにいる俺には表情は見えないが、無言で咀嚼して飲み込み、また齧り付くという動作を繰り返しているのはわかった。

べつにまだオーガ全てを倒したわけではない。
イーラたちはオーガ討伐を続けているのだから、俺らもそっちに参戦した方がいいだろうとは一応思っている。
それでも、なぜかヒトミの後ろ姿から目が離せなかった。

そういや、ヒトミが魔物を食っているのは初めて見たかもしれない。

「ゴクッ………うふふ♪あとは経験値だけだね♪」

食べ終わったらしいヒトミが立ち上がって振り向き、右手にべっとりついたオーガキングの血を舐めながら、微笑みかけてきた。

なんだろうな。

俺が知らなかっただけなのかもしれないが、ヒトミっていろんな顔を持ってるんだな。さすがはドッペルゲンガーって感じか。

「なら、残ったオーガを逃さず全部倒すためにも、俺らも参戦するぞ。」

「はい♪」

…ヒトミにいったのは間違いないが、一応アリアにもいったつもりだったんだが、返事をしなかったってことはアリアは参戦する気はないようだな。

まぁ残り10体もいないみたいだから問題ねぇけど。

…残り10体?ん?
転がってる死体はどう見ても10倍はあるが…まぁいい。とりあえず残りを倒すか。

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