裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

307話



騎士たちからある程度離れたところで龍形態のイーラに乗って、コヤハキに向かって飛び立った。

すぐ着くらしいから、今回は寝ずに待つことにしたせいで暇だ。

「そういやさっきの騎士たちは妙に腰が低かったな。貴族にもああいうやつらがいるんだな。」

誰に話しかけたというわけでもなく、なんとなく思いついたことを口にしただけなんだが、左右のアリアとセリナが首を傾げた。

なんかおかしなことをいったか?

アリアが何かを考えるそぶりを取ってから、俺に向き直った。

「…騎士は貴族ではありません。」

「ん?騎士爵って爵位持ちが騎士なんじゃないのか?」

「…わたしの知る国では騎士爵はありません。王族に仕える兵士を騎士と呼んでいるだけだったと思います。」

アリアの知る国ってのがどの程度かはわからんが、このいい方からして、この世界では騎士爵はないのかもな。まぁそもそもたいして気にしてなかったからどうでもいいんだが。

「じゃあ、今朝会った騎士は同じ平民だから殴ってもよかったのか?」

「べつに平民だから殴っていいにゃんてことはにゃいけどね…。」

俺はアリアに聞いたんだが、隣のセリナが苦笑いしやがった。
だが、いわれてみたらその通りだな。

「たしかに平民だからとか関係なく、貴族でも喧嘩を売られたら殴るな。」

「そういうつもりでいったわけじゃにゃいんだけど…まぁ喧嘩売る方が悪いんだし、いいかにゃ……。」

セリナが諦めたように答えた。
そもそも誰彼構わず喧嘩をふっかけてるわけじゃねぇ。何もしてこないやつには何もしないんだから、問題はないはずだ。

「まぁ今朝のやつは上司が止めに入ったから殴りかからなかっただけだしな。よく考えるまでもなく、貴族とか平民とかそこまで気にしてなかったわ。」

「…リキ様はそれでいいと思います。」

一瞬嫌味をいわれたのかと思ったが、アリアは真顔だ。
逆隣のセリナを見るとアリアを見て苦笑いしているから、アリアは本気でそう思ってるのかもしれねぇな。

俺はこの性格を今さら直せるとは思ってねぇけど、アリアの教育にはあまりよくないのかもな。だからといって、見本になれるような生き方なんてできる気がしないが。

そんな雑談をしているうちにイーラが下降を始めた。

本当にすぐについたな。

夕方くらいになるのかと思っていたが、多少薄暗くなり始めている程度で、空に赤みがほとんどない時間に到着したようだ。

「…これから町の近くの山の麓に降りますが、魔物や冒険者と出会う可能性があります。なので、降りた直後に戦闘になるかもしれません。」

珍しくアリアが前もって注意を促してきた。
今はメデューサ討伐後にそのまま来ているから、ガントレットは着けたままだ。
普段は俺が手ぶらでも何もいってこないのにフル装備状態の俺にわざわざ伝えてきたってことは高確率で戦闘になるってことだろう。

戦闘相手に冒険者をあげた意味はわからないが、いつでも戦える気構えはしておくか。

「わかった。あそこに見えるのがこれから行く町だろ?だからもし、はぐれるようなことがあったら、最悪町で集合な。だが、はぐれそうになっても極力1人にはなるなよ。」

このメンツなら1人でもある程度の強敵相手でも問題ないとは思うが、念のためだ。といっても、もし本当にはぐれるようなことになったとしたら、1人にならないようになんて考える余裕はないと思うけどな。

全員に伝わったのを確認した直後、イーラが山の麓に降り立った。

到着と同時に周辺の気配を探りつつイーラから飛び降り、辺りを見回す。

とりあえず近場には敵はいなさそうだ。

他のやつらも警戒しながら全員がイーラから降り、イーラが人型へと変わった。

「来るよ。とりあえず奥から4体。早く移動しにゃいともっと集まってくるかも。」

俺の察知範囲内には何もいなかったんだが、セリナが森の奥に目を向けながら声をかけてきた。

「強いのか?」

「1体1体はたいしたことにゃいと思うけど、群がられるとちょっと面倒かもしれにゃい。でも、脅威ではにゃいかにゃ。ただただ面倒で時間がかかるかもしれにゃいだけ。」

「なら迎え討つぞ。まだ夜になるまで多少の時間はあるだろうし、せっかく向こうから経験値がやってくるんだ。無駄にするのはもったいないだろ。」

「経験値…にゃはは…そうだね〜。」

セリナが乾いた笑いをこぼしながら目を逸らして、既に握っていた短剣を握り直していた。

他のやつらも周りへの警戒をさらに強めてから数秒後、俺の察知範囲内に魔物が現れた。
セリナがいっていた通り4体だな。

動きはそこそこ速そうだ。
木の上を移動してきてるみたいだな。そのせいか葉っぱが邪魔で目視は出来ない。

ある程度近づいてきたことで『気配察知』で形がわかったが、人型?
いや、足がけっこう短くて腕が長いから猿系の魔物か。

俺らの真上に陣取ろうとしてるっぽいから戦い慣れてる魔物かもしれねぇなと警戒していたら、セリナが何かを真上に投げた。
あれは石っぽいな。だが、軽く真上に投げただけで、飛んでいく方向や威力からして攻撃手段ではなさそうだ。何がしたいんだ?

「く…。」

遊んでないで警戒しろって意味を込めて俺が「来るぞ。」といおうとしたときには既にセリナが動いていたようで、俺の視界から消えた。速く動いたとかじゃなく、消えた。
そういや前にもそんなスキル使ってたな。
なんか忍者みたいとか思ったことを思い出したわ。

そんなどうでもいいことを思っていたら、4つの影が頭上から落ちてきた。
4つのうち2つは首がないから、多分セリナが先制して殺したんだろう。だが、もう2体は敵意をむき出しにして俺らに向かってきている。
セリナから逃げつつ、俺らをターゲットにしたってところか。

見た目は猿のようだが、割と小さめですばしっこそうな感じだな。
ただ、空中で動けるような体の作りではなさそうだから、飛びかかってきたのは愚策でしかないだろう。まぁセリナから逃げるのに必死だっただけだろうけど。

一体はちょうど俺に向かって落ちてきているから、狙いをつけて構え、殴った。
真上から落ちてくる相手を殴るなんてあまりないから、微妙に力が流れちまったが、吹っ飛んで木にぶつかった魔物は目と口から血を流しているから殺せているだろう。

もう1体はヒトミのモーニングスターと木に挟まれてペシャンコになってるようだ。こんだけ仲間が密集してる中で少し離れたところにいた魔物だけにドンピシャで当てられるなんて、あんな扱いづらそうな鎖のモーニングスターをだいぶ使いこなせてるんだな。
正直、力任せに振り回してるだけだと思ってたよ。

ヒトミのモーニングスター使いに感心していたら、上からセリナが降りてきた。
やっぱり魔物に先制攻撃を仕掛けてたのはセリナだったみたいだ。

木の上への移動はスキルを使ったっぽいのに、戻ってくるのには使わないんだな。

「やっぱり面倒にゃことににゃったよ。」

「どういう……あぁ、そういうことか。集団行動するタイプの魔物だったわけか。」

何が面倒なのかと聞き返そうとしたところで、広げた察知範囲内に大量の魔物の気配があった。
セリナのいい方からして、この魔物の特徴なんだろう。

まだ遠いから全ての魔物が同じ種類かまではわからないが、強さにバラツキがある印象だな。
全部で50体はいないくらいか。こんな場所での乱戦は避けたいが、あえてこのくらいの強さの魔物で経験しておくのも悪くはねぇか?

「これから大量の魔物がくるが、各自判断で討伐しろ。仲間に攻撃を当てるなよ。逆に仲間からの攻撃にも当たらないように気をつけて立ち回れ。これは練習だ。テンコも今回の旅の間は1人の戦力として立ち回ってくれ。アリアはよっぽどでない限り、俺らへの支援はなしだ。」

テンコは少し不満そうな顔をしたが、全員が返事をし、魔物がくる方向に警戒の視線を送った。

どっちから魔物がくるとはいっていないんだが、全員が同じ方向を向いたってことは、こいつらも気配を察知するようなスキルを持ってるのかもな。

距離が近づいてきたことでわかるようになったが、そこそこ速さのある小柄な魔物は木々を伝って移動し、残りの魔物は地面を走って向かってきているようだ。それにしても複数の種類の魔物が手を組んでるのは珍しい気がする。
魔物は大まかに区別すれば全てが人型というか猿型のようだが、地上を走ってくるやつらのほとんどは猿というよりチンパンジーに近い。他にもゴリラに似ているデカイやつもいるな。
地上にいる方は前にダンジョンで見たことある気がする。どこのダンジョンでどの程度の強さだったかまでは覚えてねぇけど。

俺は魔物がくるのを待つつもりだったんだが、小柄の魔物がもう少しで真上にくるというところでセリナとウサギが木々を登っていきやがった。
連続三角飛びとでもいうのか?2人とも手を使わずに数本の木を交互に蹴って身軽に登っていきやがったよ。
セリナはさっきは瞬間移動みたいなことをしたのに、今度は普通に登っていったな。いや、この登り方もべつに普通じゃねぇけど。

「我も戦闘に参加して良いのか?」

俺がセリナとウサギを見ていたら、サーシャが質問してきた。
各自判断で対応しろっていったのを聞いてなかったのか?それとも勝手に戦闘するなってアリアとかにいわれてんのかね。…もしかして俺がいったとかか?全く記憶にないが、いっていないともいいきれねぇ。

「好きにしろ。だが、俺らに攻撃したらぶん殴るからな。」

「もちろんそんな自殺行為はせぬよ。それにしても我の新しい力を試す場を用意してくれるとはありがたいのぅ。」

新しい力?
石化の魔眼のことか?
だが、あれは目が合った相手にしか使えないはずだ。
こんな多数を相手に使えるとは思えねぇけどな。
そういや動きを鈍らせることは目を合わせなくてもできるんだったか。

そんなことを思いながら、気配察知で魔物の位置を把握しつつサーシャを見ていたら、サーシャが上の方を向いた。

何をすんだ?と思った瞬間、ゾッとするような気配をサーシャが発した。
思わず殴りかかりそうになっちまったのを必死に耐えていたら、少し離れたところでボトボトと何かが落ちた音が聞こえた。
サーシャが気になりすぎて気配察知が疎かになっちまってたわ。

『気配察知』にあらためて意識を向けはしたが、まだサーシャから目が離せず、気配だけで落ちたものを確認すると、首と胴体に分かれた魔物や体の一部が潰れている魔物、あとは変な姿勢で固まっている魔物といった死体が落ちてきたみたいだ。

ふとサーシャから発せられる妙な気配が消えた。

そういや前にもこんなことがあった気がするな。いつだったか…。

「何したんだ?」

「『印象操作』を使って注目を集めただけじゃよ?そうでもせんと多数と目を合わせることが出来ぬからのぅ。それにしても実力差があれば一瞬で石に変えられるようじゃな。これは面白い。」

まるで当たり前のようにサーシャが答えた。
もしかして割と頻繁に使ってるスキルなのか?
たしかにあんだけの脅威を感じれば目を向けざるを得ないからな。それで目を合わせたら魔眼の餌食とかエグいな。

…あぁ、思い出した。
ケモーナとの戦争のときにも同じ気配を感じたことがあったな。
しかもあのときはまだ俺は気配察知を覚えていなかったのに振り向くほどの怖気がしたのを思い出した。あれに意識を向けちまったがためにあれだけいた騎士たちが全員魅了にかかったわけか。
魔族が脅威だといわれる理由がなんとなくわかった気がする。
肉体強度自体が高いのもそうだが、魔物と違って考える力もあるんだから、そりゃ脅威だわな。
サーシャですらこんな凶悪なコンボを思いつくんだから。
もちろんサーシャの強さはスキルのおかげってのもあるだろうけど。

サーシャの視線の先へと目を向ければ、石化した魔物が数体転がっていた。
さっき落ちてきたうちの固まった姿勢のやつは石になったやつだったようだな。これがサーシャの新しいスキルか。

その後もボトボトと上から死んだ魔物が落ちてきてはいるが、サーシャは一度で魔眼を使うことに満足したのか、首なしか一部が潰れた魔物だけで、石化した魔物は落ちてきていない。
いや、上から死体が降ってくるような状況で誰も顔色ひとつ変えないとか、だいぶ異常だよな。
まぁ既に慣れちまった俺がいえたことじゃねぇけど。

さて、今度は地上を走ってきた魔物との戦闘か。
仲間の位置をしっかり把握しとかねぇとな。

『気纏』と『会心の一撃』を全身に発動し、『気配察知』の範囲を狭めて精度を増してから前へと出た。
これで不意打ちや仲間の攻撃をくらう危険もだいぶ減るだろう。

なんとなく先頭に立ちはしたが、乱戦の練習のため、こちらから向かうことはせず、魔物が俺たちの間合いに入るのをただただ待ち、目の前まで来た先頭の魔物を殴り飛ばした。

先頭の魔物は胴体が弾けながら吹っ飛んだから間違いなく死んだと思うが、それを押し返すように後続が突っ込んできやがった。
これは無理に反撃しても押し返されかねねぇからと少し下がって距離をとった。向こうは俺らを物量で押しつぶす気なのかもな…。

広範囲に吹き飛ばさなきゃ意味がないだろうとスキルを『一撃の極み』に切り替えようかと思ったら、ニアが俺と魔物たちの間に入り、大盾で魔物たちの進行を受け止めた。

めちゃくちゃ鈍い音がしたから、盾にぶつかった魔物は後続との間に挟まれて潰れたかもな。だが、それで止められるのは大盾の範囲だけで、当たり前だがその横を魔物が通ってくる。

だが、左側を通って来た魔物は急に地面から生えた太い棘に突っ込み串刺しとなり、右側を通った魔物は俺の後ろから飛んできたモーニングスターに当たって一瞬動きが止まり、続けてヴェルの巨大化した右腕に殴られて潰されながら後退した。

物量でそのまま押しつぶそうとしていた魔物の群れは勢いを失ったために一度動きを止め、様子見の姿勢へと変わったようだ。

いや、ここまで完璧に止めちまったら乱戦にならねぇじゃねぇか。
でもまだ可能性はあるか?

中に魔物を引き込むためにさらに俺が少し下がったら、入れ替わるように俺の頭上を赤い球体が魔物の方へと飛んでいった。

あぁ…もう無理だな。
実際危なげなく敵を倒すのは正しいし、わざと窮地に陥れなんていえねぇ。

自然と乱戦に持ち込むなら、もうちょい強い魔物にしなきゃダメか。

俺が諦めつつ構えをとくと、頭上の赤い球体がニアたちを越えたところで数えるのも面倒な量の細長い棘に変わり、一斉に魔物へと向かっていった。

一瞬で穴だらけの魔物たちの出来上がりだな。

ゴリラのような魔物だけは意外にも耐えたみたいだが、体内にサーシャの血を取り込んだ時点で終わりだろう。

一拍遅れてなんとか生き残った数体の魔物が破裂した。

飛び散るはずの魔物の血は生きているかのように動いて集まり、サーシャのもとへと向かっていくといういつも通りの光景だ。

血の通った多数を相手にする場合にはサーシャは異常なまでに強いな。
知ってたつもりだったんだが、あらためて考えるとヤバイ。
今は俺の使い魔だから魔物に対してその力が向けられているが、使い魔になってなかったら、サーシャが大災害の1人になってたかもしれねぇな。というか、俺の使い魔じゃなくなったら討伐対象になるんじゃねぇか?
サーシャは人間の命なんてなんとも思ってないだろうし、野放しにしたら誰彼構わず血を吸い出しそうだしな。

まぁ、俺が死んだ後は好きに生きてくれればいいとは思うが、イーラみたいになんか楽しめそうなことを用意してやるくらいはしとくべきか?
じゃなきゃ、こっちの世界でできた俺の知り合いやその子孫に迷惑がかかる可能性もあるしな。

そんな余計なことを考えているうちにイーラによる死体処理まで終わったようで、とりあえず町に向かうことにして歩きだした。

もうちょい魔物狩りをするのもありだったが、空がだいぶ赤みがかってきたからな。
べつに明日のオーガキングを倒した後は暇になるし、今無理をする必要もないだろう。

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