裏切られた俺と魔紋の奴隷の異世界冒険譚

葉月二三

299話



面倒な用事はとっとと済ませるに限る。

気持ち的には先延ばしにしたいんだが、その方が余計に面倒になるからな。

ということで、ジャンヌに告げてた予定日より早くなったが、昼過ぎに以心伝心の加護で伝えた待ち合わせ場所へと1人で向かっている。

今回は誰にも見られることなく2人だけで戦いたいといわれ、俺も同意した。
だが、誰にもバレずに戦える場所なんてほとんどないことに考えてみて初めて気づかされた。

今向かっているゴブキン山の山頂だって、誰に見られてるかわからないしな。
俺が今出かけてる理由は誰にもいっていないが、アリアやセリナなら感づいて見にくる可能性がないとはいいきれない。
わざわざ見になんて来ないとは思うが、負ける可能性の高い戦闘を見られたくなんかないからな。

辺境伯との話し合いが終わったあとから昼飯を食い終わるまでずっと考えて、なんとか良さげな場所を思いつけた。
あそこなら夜中でもそれなりに明るいし、来れるやつは限られる。それに隠れる場所もほとんどないから、誰かが来たら気づけるだろうしな。
その代わり、そこに向かうことを気づかれないための移動手段をジャンヌに知られることになるが、まぁあいつなら無駄に人にいったりはしないだろ。その程度の信用はしてる。

最後の少し崖のようになっているかなり急な坂を一息に駆け上がり、山頂へと到着した。

山頂といっても広いうえに一部を除いて木々が生い茂っている場所だ。だからジャンヌがどこにいるかを探さなければと思っていたんだが、その必要はなかった。

「遅かったわね。」

一目でわかるところにジャンヌが1人で佇んでいた。

月明かりに照らされている金色の髪は比喩ではなく輝いていて、部分鎧を着た戦闘スタイルにもかかわらず、見るものによっては物語に出てくるお姫様だと思ってしまいそうな上品さを感じる。

性格が伴っていれば勇者の英雄譚のメインヒロインになれる逸材だろう。
まぁ、俺の知ってるこの世界の勇者に碌なのがいないから、ジャンヌの方が願い下げだろうけど。

「お前が早すぎんだよ。だが、待たせて悪いな。」

夜中の待ち合わせをするのに目安になるものがないから、ジャンヌが宿を出るときに連絡してもらって、連絡き次第すぐに俺も屋敷を出たんだが、わりと待たせちまったっぽいな。

「誰にも追跡されないように走って来たのだけど、無駄だったかしら。」

どうせ移動するから無駄っちゃ無駄だが、そのことを伝えていないんだから、余計なことをいうべきではないだろう。

『上級魔法:土』

地面の土を盛り上げさせ、簡易的な小屋を作った。
入口が月と反対側を向くようにしてあるから、気配を消して見てるやつがいたとしても見えないだろう。
暗視スキルを持っていたら見えるだろうが、まぁ見られたとしてもたいした問題ではない。

「これから起こることは誰にもいわないでほしいんだが、約束してくれるか?そしたら、誰にも見られないところで戦えるはずだ。」

「要領を得ないのだけど、秘密にすることについてはいわれるまでもなく、誰にもいうつもりはないわ。戦闘中のスキルや魔法についてはもちろん、今日あなたと戦うということすらもね。」

「戦闘外でのことも秘密にしておいてほしいんだが、ジャンヌなら大丈夫そうだからいいか。移動するからジャンヌもここに入れ。」

俺が土で作った小屋に入ろうとしたら、ジャンヌが訝しむ視線を向けてきた。

「こんな明かりもないところに入れとか、何をするつもりなの?さすがにそんな狭いところでは満足に戦えないと思うのだけど。」

ジャンヌは単純に疑問に思っただけみたいだ。
実力に自信があるからか、男と暗くて狭い部屋に入ることに忌避感はないみたいだな。もしかしたら乙女とかいってるくらいだから、そういうことを知らないだけかも知れねぇが。
…さすがにそれはねぇか。

「移動するっていってんだろ。ここだと誰に見られてるかわからねぇし、他の場所でも気配を消して追跡されたら俺には気づけないからな。」

もし今セリナが影に潜んでいたら、どんな手段をとったところでついてこられちまうんだろうけど、そればっかりは仕方ない。
やろうと思えば『超級魔法:太陽』で炙り出せるだろうが、ここで余計な魔法を使ってるのを見られる方が面倒になりそうだ。

「移動?暗くて中はほとんど見えないけど、風の通りがないようだし、行き止まりよね?…まぁいいわ。」

ジャンヌは疑問に思いながらも諦めてついてくることを選んだようだ。

俺が土の小屋に入ってすぐに右に曲がり、壁の位置を確かめた。
この角度なら外からは暗視のスキルがあろうとどう頑張っても見えないはずだ。
気配察知でも近場にはジャンヌの気配しか感じない。

『超級魔法:扉』

壁すれすれに扉を出現させ、俺が開けて先に潜るとジャンヌも何かをいいたそうにしながら続いた。

ジャンヌが通ったことを確認して扉を閉め、魔法を解除する。
どうやら問題なく移動出来たみたいだな。
不自然に移動してくる影もなかったっぽいし、セリナがついてきてるってこともなさそうだ。

「ここはどこなのかしら?火も明かりもないのに明るい時点で察しはつくのだけれど、念のため聞かせてもらえる?」

「クレハたちときたダンジョンの最下層だ。」

「ダンジョンの入り口を隠していたってことかしら?」

「そういやクレハたちには全て秘密にさせてるんだったな。ここはラフィリアの東にあるダンジョンだ」

「…そう。たしかに戦闘外のスキルや魔法についてまで秘密にすることを念押しした理由を理解したわ。でも、それを私のお願いのために使ってよかったの?私としては誰にも知られないようにとここまで配慮してくれて嬉しいけれど。」

ジャンヌが申し訳なさそうな顔をしてきたのは意外だったが、べつに面倒なことにならなきゃ知られたところで問題ないからな。

「ジャンヌも約束は守るタイプだと思ってるから問題ない。それにこの能力を人のために使うつもりはねぇから、知られたところで何も変わんねぇだろうしな。しつこけりゃ殴って黙らせる。」

「そこは安心してちょうだい。このことを誰かに話すつもりはないし、友だちを便利屋扱いするつもりもないから。」

「あぁ、その程度の信用はしてる。そんじゃ、そろそろ始めるか?」

微笑んでいたジャンヌの顔が真剣なものに変わった。

「そうね。あまり遅くなるとピグレたちに探しに来られるかもしれないし。まぁダンジョンの最下層を探しに来るなんてことはまずないと思うけれど。それじゃあ、このハチマキをつけてもらえる?額当てはラフィリアには売ってなかったけど、むしろこっちの方が軽いから戦闘の邪魔にならなくていいでしょ?」

そういや身代わりの加護つきの額当てをして戦うようなことをいっていたな。

ジャンヌからハチマキを受け取り、既に身につけている身代わりの加護つきブレスレットをアイテムボックスに放り込んだ。
その瞬間、ジャンヌが眉をピクリと動かした。

「私は本気のあなたと戦いたいっていったのに、冒険者のジョブで来たの?」

あぁ、アイテムボックスって冒険者の固有スキルだったか?
でも、アイテムボックスではないだろうが、似たスキルをマナドールが使ってたし、誤魔化しようはあるか。

「まさか。冒険者じゃレベルを最高にしたところでジャンヌに勝てねぇのはわかりきってるからな。まともに戦える中で一番ステータスの高いジョブにしてある。」

本当なら戦闘狂の方が物理のステータスが高いんだが、あれはまともに戦えない可能性があるから論外だ。

「特殊なジョブなのね。納得したわ。ルールは単純にハチマキが落ちたら負けよ。加護の消失で壊れても、ただ緩んで落ちても負けだから、キツく縛っておいてね。」

ジャンヌが説明しながら自分のハチマキを縛っているのを見ながら、俺も頭に巻いてキツく縛った。

「開始の合図はどうする?」

「そうね。…私が銅貨を上に投げるから、それが地面に落ちたらってのはどう?」

「それでいい。」

俺は返事をしつつチェインメイルを脱ぎ、これもアイテムボックスに放り込んだ。
ジャンヌの剣はなかなか切れ味よかったからな。ガントレット以外で受けたらどうせダメージを負うんだから、着てても大差ないだろう。それなら少しでも身軽にした方が、ジャンヌ相手にはいいはずだ。それにこんなことでチェインメイルをまたボロボロになんてしたかねぇからな。

ガントレットはゴブキン山に登る前に着けていたから、俺はこれで準備は完了だ。

ジャンヌはそんな俺をしばらく見ていたかと思ったら、首を傾げた。

「装備に着替えるのではないの?」

「俺はこれで戦うつもりだ。」

「それが防具ってこと?」

「いや、ただの服だ。俺はもともと喧嘩スタイルだからな。私服の方が慣れてんだよ。」

ジャンヌの目つきが変わった。
これはナメてると思われたかもな。

「勘違いすんなよ。ジャンヌのことをナメてるわけじゃねぇからな。俺はマナドールとの殺し合いでもこんな格好だったし、ジャンヌ相手なら少しでも身軽な方がいいって判断したうえでの格好だ。」

まぁマナドールのときは修理中だっただけだけどな。

「ちゃんと自分に合った防具は買っておいた方がいいわよ。」

表情は和らいだが、困ったというか呆れたような顔をされた。
たしかに他のやつには防具を買えとかいっておきながら、今の俺は完全に私服プラスガントレットだからな。…一応考えておこう。

「あぁ、今度な。今日はもう間に合わねぇから始めようぜ。」

「そうね。」

ジャンヌは少し距離を取り、10メートルほど離れた位置で振り向いた。

ポーチから取り出した銅貨を俺に見せつけてから、それを上に放り投げ、ジャンヌは腰に下げていた2本のレイピアを抜いた。

放物線を描いて落下し始めた銅貨を視界の端に入れつつ、俺も構えてジャンヌを見る。

速度でジャンヌに勝つのは今の俺では無理だ。だが、観察眼をフルに使えば対応できないほどではない。…はずだ。
とにかく視界からジャンヌが外れないようにだけは気をつけなきゃな。

銅貨が地面につくのと同時に『気纏』と『会心の一撃』を全身に纏わせたんだが、既にジャンヌが2メートル先くらいにいやがる。
無強化でその速度かよ。

近づいてきたジャンヌがぶつぶつと呟いているように見えるが、魔法の詠唱だろうな。

中断させたいが、余計なことを考える余裕がねぇ。

左肩で突進するかのように近づいて来ていたジャンヌが直前で左腕を外に振ってレイピアで切りにきた。

回避手段が間に合わないから、仕方なく左手のガントレットで受け止めたが、今度はジャンヌの右手のレイピアが俺の左腿を狙ってやがる。

直感に任せてジャンヌに近づき、左膝蹴りで脇腹を狙ったら、サイドステップで避けられた。

視界から外れそうになるジャンヌを首を動かすことでなんとか視界に収め、回り込もうとするジャンヌに本気の『威圧』を使った。

一瞬でも隙が生まれるだろうと信じて踏み込んだが、ジャンヌは顔を不快げに歪ませただけで、即座に殴りかかった俺の右腕を左手のレイピアで受け流そうとした。だが、レイピアが触れる瞬間に俺が腕をレイピアに当てにいき、『会心の一撃』を発動させてジャンヌのレイピアを弾いた。

もちろん俺の腕も弾かれたが、弾かれるままに右腕を内側に曲げ、さらに近づいて肘打ちに切り替えた。

ジャンヌが咄嗟に右手のレイピアで俺の肘打ちを受けたが、どうやら力比べなら俺に分があるようだな。

『上級魔法:泥』

弾かれて半歩下がろうとしたジャンヌの足もとを泥に変えた。
ピンポイントで狙うほどの余裕がなかったから、MPを大量に使っての俺の前方の広範囲を変えるという荒技だが、うまくいったようでジャンヌがスリップした。

宙に浮いたら、いくら速いジャンヌでもどうにも出来ないだろう。

このチャンスを逃さないように一撃で殺すつもりで踏み込みながら、右拳でジャンヌの腹を狙った。

腹なら多少レイピアで受け流されたところで当たるだろうし、防具をつけてないジャンヌの腹なら端っこでも擦れば抉ることも出来るだろうから、これで終わりだなと思った瞬間、わずかだが気が緩んじまった。

『スピアラ』

ジャンヌが魔法名だと思われるものを呟いた瞬間、視界の左隅で光った何かに反射的に左腕を上げたら、金属がぶつかる甲高い音が聞こえた。どうやら速度を増したジャンヌのレイピアだったようだ。
あまりに勢いが良かったせいか、『会心の一撃』が勝手に消費されてレイピアを弾き返したみたいだ。その弾かれた力を利用したジャンヌが高速で体を捻り、勢いそのままに俺の右側からレイピアが迫ってきた。

既に殴る体勢に入っている右腕を引き戻せるわけもなく、無理やり首を捻ったが避けることも叶いそうにない。

最後の抵抗として首に力を入れてスキルの『強硬化』を発動させたが、意味がないといわんばかりに1本目のレイピアが抵抗なく俺の首を通り越し、2本目のレイピアが俺の右腕の側面に叩きつけられたせいで思いきり弾かれて軌道がズレ、ジャンヌを殴ることが出来ずに空振った。

ジャンヌは空中で無理やり攻撃と回避をしたためにまともな着地を出来ずに泥の上を転がりながらも即座に起き上がり、構えて俺を見た。

だが、もう戦闘は終了だ。

俺は構えを解いて首をさすった。
ガントレット越しだからわかりづらいが、いつもと変わりがないと思う。ただ、ハチマキが勝手に切れて落ちたから、首を切断されたんだろうな。

完敗だ。

精霊術もアリアのアシストもないと今の俺じゃあジャンヌに一撃すら与えられねぇのか。

あそこで油断しなければもうちょい長引かせることは出来たかもしれないが、まぁ結果が変わったかは微妙なところだな。

「勝った私だけが泥まみれなのはなんか納得がいかないのだけど。」

こいつは敗者に最初にかける言葉がそれかよ…。

『上級魔法:水』

MPを大量消費させ、滝のように水を頭からぶっかけてやった。
いきなりだったのに慌てねぇとか面白くねぇな。

泥が落ちたのを目視で確認してから魔法をきると、ずぶ濡れのジャンヌがジト目で見てきやがった。

「勝負が終わったあとに攻撃するのはどうかと思うわよ。」

「攻撃じゃねぇよ。汚れを気にしてたから綺麗にしてやったんだろ。感謝しろ。」

「ありがとうございますー。これで体調崩したらあんたのおかげね!」

「チッ。」

『上級魔法:風』

『上級魔法:熱』

ジャンヌの周りに竜巻のように風を発生させ、申し訳程度に熱で温めた。

温風の竜巻が気持ちいいのか、ジャンヌは目を閉じてされるがままだ。

そのせいで、スカートがバサバサとめくれてパンツが見え隠れしていることに気づいてない。

「パンツ見えてんぞ。」

一応教えてやったのに風のせいで聞こえてないっぽいけど、べつにいいか。
いくらベルトや部分的な防具のおかげでめくれにくいとはいえ、戦闘で動き回るのにあんな短いスカートを履いてるのが悪いからな。

というか、既に下着姿を俺に見られてんだから、一度も二度も変わらねぇし、わかってて気にしてないのかもな。

風で揺れるスカートに合わせて見え隠れするパンツを見飽き、その後はまるで生きているかのように激しく蠢く金色の髪をなんとなしに眺めていたら、ジャンヌが目を開いた。
どうやら満足したみたいだな。

魔法を切り、帰る準備のためにアイテムボックスからチェインメイルと身代わりの加護付きブレスレットを取り出し、身につけた。

「ねぇ。なんでこんなに魔法が使えるのに使わなかったの?しかも全部無詠唱なのに。」

ジャンヌがレイピアを鞘におさめ、凄みのある笑顔で近づきながら確認してきた。
あんだけ暴れていた髪が手ぐしもせずにサラサラとしたストレートになるとか、ずいぶん柔らかい髪なんだな。

ってそんなことはどうでもいいな。魔法だったか?

「あんな速度の戦闘で魔法なんかポンポン使えるかよ。こっちは避けるだけで精一杯なのに、どの魔法を使うべきかなんて考えてる余裕はねぇんだよ。」

「でも使ったじゃない?」

ジャンヌが人差し指を口もとに当てながら、コテンと首を傾げた。
凄みのある笑顔ではなくなったから、今度は単純な疑問なんだろう。

「いくつかは条件反射で使えるようにあらかじめ考えておいてんだよ。あとは咄嗟に思いついて使うときもあるがな。まぁジャンヌみたいな速いやつ相手じゃなきゃもうちょい使ったりもするんだが、こんな一瞬で終わる戦闘に魔法名を口にする余裕なんてほとんどねぇから。」

「それもそうね。戦ってると感覚的に長く感じるのだけど、実際はほとんど時間が経っていないのよね。」

どうやらジャンヌは納得したみたいだが、こいつは俺らとは体感してる時間が違うのかもな。

「満足したか?帰るぞ。」

「ちょっと物足りないのだけど…ギルドのときの方が強かった気がするのは気のせい?」

「あんときは他のやつらの力も借りてたからな。周りが過大評価してるだけで、俺1人ならこんなもんだ。」

「そういえば、あんなに魔法使って、帰りは大丈夫なの?まぁ歩いて帰れる距離ならいいのだけれど。」

「MPは半分も減ってねぇから問題ない。」

『超級魔法:扉』

俺が話を切って扉を出現させたんだが、ジャンヌは会話をやめる気はないようだ。

「え?上級魔法ってMPを多く消費すると聞いていたけれど、無詠唱だとあまり必要ないの?」

「無詠唱とかは関係ねぇよ。俺のジョブ的にMPが多いだけだ。」

「ちょっと待って、それだと魔法に特化してるジョブっていっているように聞こえるのだけれど…そういえばテンコちゃんは精霊だったわね。精霊関係の上位ジョブでもMPが多かったりするのかしら。」

「まぁ魔法系のジョブで間違ってないな。」

俺がジャンヌの最初の部分を肯定したらジャンヌが黙った。
精霊術師についてはファーストジョブにはしてないからわからん。

少しだけ待ったが、フリーズしたままだ。
もうこいつを置いて帰ってもいいんじゃねぇか?
こいつなら頑張れば眠くなる前に1人で1階まで行けるだろうし。

「帰るぞ。」

一応声をかけてから扉を開けたら、反対の腕をジャンヌに掴まれた。

「なんだよ。」

「あなたって本当は魔法がメインなの?」

「いや、基本は殴って倒すが、ちょうどいいジョブがねぇからとりあえずステータスが高いジョブを使ってるだけで、それがたまたま魔法系だっただけだ。」

「…………正直拍子抜けだと思ってしまったけれど、魔法系のジョブを相手に近接戦で私の速度に対応されたってこと?」

ジャンヌの目が否定しろといってるように感じたが、嘘をつく意味もねぇしな。

「俺は目がいいから対応出来ただけだ。」

ジャンヌが不満顔で軽く殴ろうとしてきたのをはたき落とした。
殺意も敵意もなく、力もほとんど入れてなさそうだったが、だからといって殴られてやる理由がないからな。

そしたらまた殴ろうとしてきたから、それもはたき落としたら、さらに速度を上げて殴ってきた。

意味がわからんが、相手は素手で俺はガントレットだから、そのうち手を痛めてやめるだろうと思ってはたき落とし続けていたら、ジャンヌが両手を使い始め、俺もそれに応戦した。

しばらく無言ではたき落とし続けていたら、ジャンヌが諦めたようだ。

「なんでこの速度についてこられるの?目が良くても普通体が動かないわよね?」

「この距離で殴れる場所なんて限られてんだから、たいして腕を動かさねぇし、体が動いてもそんな不思議なことじゃねぇだろ。」

「…………もう一戦しない?今度は互いにスキルも魔法も武器もなしで。」

嫌に決まってんだろ。

いつもなら間違いなくそういうんだろうが、自分でも口角が上がっているのがわかる。

ジャンヌの方が強いのはわかっていたが、あのとき油断をしていなければなんて言い訳が頭を巡ったまま終わらせたくなかったからちょうどいい。

「しゃーねぇな。あと1戦だけな。」

俺は扉を閉めて魔法を解除し、チェインメイルとガントレットをまたアイテムボックスにしまった。
軽量の加護がなくなって体が少し重くなったが、素手相手なら問題ねぇだろ。

「言葉と表情が合ってないわよ。私のレイピアもしまってもらえる?」

そういいながら、鞘に入ったままのレイピアを投げ渡してきた。
だいぶいい武器だろうに軽々しく渡すとか、ずいぶん信用してくれてんだな。

ジャンヌのレイピアもアイテムボックスにしまったところで、ジャンヌが銅貨を見せつけてきた。

「行くわよ。」

「あぁ。」

ジャンヌが放り投げた銅貨が地面に落ちた瞬間、今度は俺も前に出たために間合いが一瞬でなくなった。










こいつは俺がハイヒールを使えると知ったら、区切りがつこうが遠慮なしに何回も殴りかかってきやがった。
それに応戦したってことは俺も楽しんでいたんだろうけどさ。

「やっぱり相手の得意分野で戦うのって難しいわね。でも、いい勉強になった気がするわ。」

「嫌味にしか聞こえないんだが。」

ジャンヌはさすがというべきか、速さが強さであることを思い知らされた。
一撃の威力は俺の方が強いみたいだが、だからといってジャンヌのパンチが弱いわけじゃない。
こんな細腕でなんであんな威力があるのかは知らんが、一回死角から殴られたときに気づくのが遅れて腹に力を入れられなかったというのもあるが、普通にめり込んだからな。

だから受けるわけにもいかず、避けたり受け流したりしながら隙を見つけるとかかなり神経使ったせいでもう眠い。

俺が勝ったと思えたのは一回だけだ。

一度だけ思いっきりジャンヌの顔面を殴り飛ばせたあれは勝ちといっていいはずだ。

あとは俺のスタイルに合わせてきたジャンヌとよくいえば互角、はっきりいえば俺は対応するのにいっぱいいっぱいという感じだった。

それで最後にあのセリフだ。

嫌味にしか聞こえねぇ。

「あなたは勘違いしているようだけれど、魔法系のジョブで私についてこられる時点でおかしいのだからね。私のジョブは戦士系の王級ジョブの1つ手前なんだから。」

1つ手前って俺はその王級ジョブとやらなんだけどな。
まぁそれだけ魔法系と戦士系では物理のステータスに差があるってことだろう。もしジャンヌのジョブが戦闘狂並みのステータスなんだとしたら、それについていけた俺を褒めてやるべきだろうしな。

「まぁ、俺もいい勉強になった。俺の戦闘スタイルで戦うならジョブを変えることも考えた方がいいかもしれねぇな。」

「そうね。それで魔法系のジョブとか意味わからないもの。とくに武器を使うつもりがないのならひとまず『格闘家』を目指したらいいと思うわよ。カンツィアが確か格闘家のジョブだっていっていたと思うし。」

ロリコンは個人としてはかなり強い部類だった気がするな。あのくらいになれるジョブなら悪くはねぇ。ただ、取得条件がわからねぇのが問題だが。

「それにしても互いのジョブを知ってるとか、やっぱり仲良いんじゃねぇか。」

「べつに仲良くないわよ!あいつが勝手に教えてきただけで、私は教えてないもの。」

聞いといて教えないって酷くねぇか?と思ったが、あいつなら聞いてもいないことを勝手にいってくる姿が容易に想像できるな。

「あいつはいいやつだと思うけどな。」

「それは知ってるわよ。でも気持ち悪いじゃない。」

お前も大概だよ。いや、子どもを愛でてるときの絵面的には天と地の差だろうけどさ。

「まぁいいや。もう眠いから帰るぞ。」

「もう少しやりたいけど…そうね。帰りましょう。いい経験になったのはもちろんだけど、とても楽しかったわ、ありがとう。」

「あぁ。俺もだ。」

『超級魔法:扉』

ジャンヌに答えつつ、チェインメイルとガントレットを装着し、扉をくぐって俺らはゴブキンさんへと戻った。

最初は面倒だと思ったが、悪くなかったな。

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